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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

帝国シリーズ

煬明帝の後宮粛清計画!

作者: 川上桃園

第四十六代 煬明帝。

帝国二千年の歴史において、後世の評価が二極化される皇帝の一人。

ある歴史家は彼を先見の明のある名君と呼び、別の歴史家は聖代と呼ばれる前代の平穏を乱した暗愚の皇帝と記す。どちらが果たして正しかったのか――それは現代に至るまでも決着がついていない。



――『帝国史 皇帝編』より一部引用。




煬明二年。晩春の早朝。

山のように積まれた書簡に埋もれながている二十五歳の青年皇帝煬明は、徹夜明けの疲労困憊状態の中、突如、天啓のような閃きにおそわれた。


「そうだ、後宮を潰そう!」


決意した振り上げた拳は力強いけれども、目の下のクマが濃い上にその場に誰もいなかったものだから、傍目には大きな独り言をわめきたてているおかしな人にしか見られなかっただろう。


もしも彼が皇帝でなければ。

もしも彼が「優秀な」皇帝でなければ、の話だが。


そしてこれより後宮対煬明帝による全面闘争の火蓋が切って落とされることになるのだが、その始まりはひどく何気ない日常場面の閃きだったことは意外と知られていないものである。





若き皇帝がまず最初に取り掛かったのは、現状把握である。

後宮の組織配置に、人材、財政をきちんと理解せねばなるまい。

すると、驚くべきことがわかった。


現在後宮にいる妃嬪の数。―――百六十三人。

だが当然のこと、彼は全員の元へ通えるわけもなく、基本的に子をもうけている五人以外は放置されている。

妃たちの周りでお世話する女官や宦官の数はその数倍。詳細な記録さえ取られていない。

財政もひどい。妃たちの装飾品や後宮の建造物の維持費だけで国庫が圧迫されている。しかも毎年その額は増加の一途を辿っている。

他にも数字を精査するだけで汚職や賄賂の跡がどんどこ出ていた。


もろもろの状況把握終了。


「よし、切り捨てよう!」


彼は明るく即決。後宮粛清計画は彼の中で決定事項となったわけである。



「大事を成すにはまず小事から片付けなければならない」。

彼が「有言実行」と同じくらいに好んでいる言葉である。

後宮を潰すのに、何が障害として立ちはだかってくるかを考えてみた。


「妃の実家と、宦官だな」


妃の実家は娘を皇帝の母にすべく後宮に放り込み、宦官は皇帝の私的なお世話と言いながら自分たちのお世話ばかりしている。皇帝の近辺でおこぼれに預かろうという奴らだ。

彼は淡白な性分なので女を侍らせたいという欲もなく、即位するまでにできた五人の皇子の誰かが適当に自分の跡を継げばいいと思っている。なのに、近侍の宦官たちがいらぬお膳立てを次々としでかして、まだ子作りさせようとする。最近は女と寝所を共にするたびに精力を搾り取られている気がしてならない。そもそもその気にならないのに、無理やりさせようというのはいかがなものか。

勧められる妃の実家と宦官は結託しているのは見え見えだったが、よくよく考えればわざわざ乗ることもなかっただろうと自戒をしつつ、次の手に出た。


前々から使っている諜報に長けた者たちに集めさせたのは妃の実家と宦官たちの身上書である。

今までの経歴や趣味、交友関係や性癖まで簡潔に調べさせた。これに含まれている弱みは後々とても役にたつことになるが、今は割愛。


後宮粛清の第一撃は朝議における皇帝陛下の勅命からだった。


「余に宦官はいらぬ」


「後宮もいらぬ」


「よってこれから宦官と後宮に対し、大改革を行うこととする。このことを民にしらしめよ」


押さえつける声が上がらぬうちに最低限の根回しをすませていた煬明帝は、すぐにこの勅令を国中に発布させたので、このことは誰もが知ることとなった。皇帝の意志が示された以上、それはそうそう撤回できるものでもない。結果どうなるか。……暗殺されかけるわけである。

しかしながら、皇帝はこれを怯えるでもなく、むしろこの事態を喜ばしげに受け止めた。暗殺という短慮に出てくれた方が、相手を排除するのに都合がよいからである。少なくとも暗殺までしてこれば、間違いなく敵だと認識できて楽なのだ。

兇手に依頼主を吐かせれば、いくつもの家が一族郎党もろとも処刑の憂き目にあった。……この告白は言わば、真実でなくともよかった。彼が指定しておいた腐敗した官僚、宦官たちの名前さえ出してもらえれば。

身上書が最初に役立った時である。

五つ目、六つ目の家を潰したぐらいになるころ、彼に表立って逆らう者はいなくなった。



第二撃は法の改正である。

綺麗な建前を積み上げて宦官の不必要性を説き、以後朝廷における宦官の任用と男性の去勢は禁止される。これを破ればこれまた一族郎党もろとも処刑。

後宮に関しては華美な生活の禁止である。守れなければ、処刑。しかし、これは傍目には失敗していると思われた。誰も守る者がいなかったのである。次の年も多額の金が後宮に消えていった。

支出の額が増加している報告書を眺めて、皇帝はほくそ笑んだ。


「これで大義名分を得た」


彼は意気揚々と後宮に乗り込み、報告書の過剰な支出の詳細な内訳を求めた。

法を盾にすれば、強権を持つ皇帝陛下に叶う者はいない。

女官長、侍従長始め罪に問われた者は投獄または死刑。

妃も死刑。実家が関わっていた場合は家族ぐるみで死刑。

後の世で『煬明の大粛清』と呼ばれるのはこの出来事である。

民草は彼を「残虐帝」と密かに噂するようになっていく。

が。意外にも市井で悪口を言ったからといって煬明帝が不敬罪として名も無き庶民を処刑した記録は皆無であった。

彼の矛先は常に身内(朝廷人)に向けられていたのだ。これもまた煬明帝の評価を二分する一因ともなっている。




さて、後宮の人材をあらかた「整理」した皇帝陛下。ついでに広すぎる後宮の敷地を削り、なんの用途で使うのかよくわからない変な建物なども潰したのでかなりご満悦のご様子で、第三撃の開始。

それは妃の「仕分け」である。

だいぶ行き過ぎた行為を行っていた妃は処分したが、それ以外の妃の処遇が課題である。

ここまできっちり終わらせてからようやく、後宮粛清終了を宣言できるのだ。


ちなみに。現時点で残った妃は当初の半分以下になる。嘆かわしいことに半分以上が後宮腐敗に一役も二役も買っていたのだ。

その中には二人の皇子の母たちもいたので、彼女らも実家もろとも処分の対象になった。皇子たちは煬明が責任を持ってしっかり育てるつもりだ。さすがにまだ物のわからぬ幼子に責任を取れとは言えまい。煬明とて子の親である。


妃の「仕分け」について戻るが、これは皇帝が直接彼女らとの面談を通じて決定されることとなった。

今後の進路は主に三つになる。例によって見てみよう。



〈その一〉ある妃の場合。

「お待ちしておりましたわぁ、陛下ぁ。こちらにお出ましになられるのを一日千秋の思いでお待ちしておりましたのぉ。……えぇ、これからのことはぁ、陛下がお決めになってくださいまし~」

 

 豪奢な衣装に身を包み、けばけばしい化粧をした妃がもたれかかってきたのを皇帝、すげなく払う。


「まだ処刑されたいと鳴く女がいたようだ。誰かあるか、この女をつまみ出せ!」

「ひぃっ!」


色気じかけで取り入ろうとする妃は、進路その一。罪を犯していた場合は処刑、そうでなければ投獄のち後宮追放。美人で、身分も高く、高慢な女に多い。



〈その二〉ある妃の場合。

「……何か、今後の希望などはあるか」

「……恐れながら、郷里に想う人がおりまして」

「……そうか。幸せになれ。皇室からも祝いをやろう」

「ありがたき幸せにございます」


進路その二、結婚。

相手がいればこころよく送り出し、そうでなければ希望の男を聞き出して、できるだけそれに近いいい条件の男を見繕ってやる。結婚相手からすれば妃を下賜されるということで皇帝のお墨付きを得られ、皇帝も味方を得られるので互いに損はない。年若い妃が多くこれを選ぶ。



〈その三〉ある妃の場合。

「も、もももももも、も、申し訳ございません! わ、わたくし、どどうも、緊張しておりましててて……、うわぁ、お酒がっ、こぼれて! あぁ、申し訳ございませんっ」

「いや、よい。それで、そなたは今後何したいか聞いてもよいか」


いきなりその場で平伏する妃。


「わ、わたくし、実家が貧乏なので帰れないんです! なんでもするので、こちらに置いていただきたく……」


ということで、彼女の進路は女官に決定。これから宦官が徐々に減っていく中で穴埋めとして女官の存在は必須である。実家に帰っても行き場のない者たちが多い。



以上が典型的だが、ごくまれに例外も存在する。

皇子の母たちは後宮の中に止め置かれることになった。

希望すれば外に出してやってもよかったのだが、息子の成長を傍で見守りたいのは母ごころというものだろう。

そして、最後に面談した、位階の末端に位置するある妃も例外に入っていた。


「……美人だ」


彼の目の前に現れたのは、白百合もかくやのほっそりとした柳腰の美女。

いや、彼女以上の美人はいるが、彼好みの雰囲気を持った、彼好みの美人は彼女以外いまい。

もっと早く気が付けばよかった! もったいない!



煬明帝、一目惚れ。初恋おめでとう。

……そして、幻の進路四。後宮に妃として残留。皇帝の寵愛付き。

以後、皇帝陛下の寵愛はもっぱらこの一目惚れされた彼女が独占することになる。

本人としても大いに困惑したに違いない。

彼女が生んだ六番目の息子が二代後の皇帝として即位することになるのだが、それはまた別の話になる。



かくして、煬明帝の御代において、後宮は大きく縮小することとなった。

宦官も廃止、多数の妃を抱えるのも禁止され、以後の後宮は少数の妃とそれを守る女官たちで細々と営まれるものとなる。代替わりになると、一度は多くの妃候補たちが大挙して押し寄せるが、皇帝が気に入らなければすぐに帰された。選ぶ妃もほんの数人しか許されなかったという。

これ以後、後宮での熾烈な女たちの権力闘争は比較的緩やかなものになり、皇帝たちの胃炎は多少軽減されたことだろう。記録によれば、平均寿命が十年ほど伸びたというが、これは単純に医学の進歩のためとは言い切れない事実である。



後宮の大改革に踏み切った煬明帝。これ以降目覚しい功績は特になし。

人の命をものともせずに好き勝手にやらかしてしまったこの皇帝が最期、どうなったかというと。


「う……お腹痛っ……」


生牡蠣に当たって、三日三晩寝床の中で下痢に苦しみ続けて、結果ご臨終という何とも締まらない最期だったという。きっとその生牡蠣にはいろいろな恨みつらみが詰まっていたに違いない、たぶん。











書き終わってから、後宮潰してないなぁ、と感じましたが、「腐敗した」後宮を潰す意味だったと考えれば納得。というより大改革後の後宮はもはや「後宮」じゃなくて、ただの奥さんたちがいる心のオアシスという認識なのかもしれないと思いました。異論は認めます。


〈補足〉

最後に出てきた美人のお妃様が生んだ子こそ、「貴妃の脱走」のヒーローです。

女の好みが親子揃って同じなんですよ……。

この父親とヒロインが顔を合わせていたら、彼はきっと内心穏やかではいられないことでしょう。

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