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チョコレートケーキ、できました?  作者: 倉永さな


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《四十三話》和解

 父はマンションの近くで降りてしまった。

 そしてあたしはなんだか強引に橘家へ。


「チョコちゃん、待ってたのっ!」


 と綾子さんはいつものようにぎゅっとあたしを抱きしめてくれたけど、きちんと怪我を考慮した遠慮がちな抱きしめ方だった。

 前に使ったことのある部屋に通され、あたしはようやく一人になることが出来た。

 相変わらずのピンク一色の部屋だったけれど、それでも見慣れた場所にホッとする。

 少しの移動だったけど疲れた。

 あたしはベッドに横になり休むことにした。


。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+


 こうしてあたしの拠点はマンションから橘家へと移った。

 最初は色々なものが今までと違っていたから戸惑ったけど、一週間もすれば慣れてきた。

 那津と梨奈と一緒に学校に行くのは楽しかったし、アルバイトは覚えることがたくさんありすぎて頭がパンクしそうだったけど充実していた。

 身体も動かすことで徐々に痛みも薄れ、気が付いたら元通りになっていた。

 授業は一回か二回、欠席になったけど、レポートを出せば出席とみなしてくれるものもあって助かった。

 そしてなによりも驚いたのは……。


 必須の英語の授業を受けるために教室に向かうと、橋内さんご一行が入口で仁王立ちしていた。

 ……仁王立ちを見ると薫子さんを思い出すから止めてほしいんだけど。

 と心の内で思っていると、橋内さんの横に立っていた黒髪を横で結んだ人があたしに向かって一歩踏み出してきた。見覚えのない顔。

 またなにかトラブルに巻き込まれてしまうの?

 あたしの身体は反射的に後ずさる。


「待って! 都さんっ!」


 待てと言われて待てるわけなく。

 あたしはきびすを返して部屋から遠ざかろうとしたところ。


「ごめんなさいっ」


 突然の謝罪の言葉にあたしは中途半端な体勢で止まった。

 ……ごめんなさい? ってなに? どういうこと?

 あたしは訳も分からず、しかし恐怖に支配された身体は彼女たちから遠ざかろうと足をもう一歩、踏み出していた。


「わたしが嘘を言ったばかりに、都さんに迷惑をかけたみたいだから……」


 嘘? 迷惑?

 なんのことだろう。

 心当たりがなくて今までの彼女たちの言動にあたしは怖くなり、走り出そうとしたら……。

 チャイムが鳴り、授業が始まることを知らせてきた。


「シトラスのアルバイト、決まってなかったのに決まったなんて嘘をついたのっ!」


 チャイムの音にかぶせるように彼女はそう口にした。


「面接で落とされたのに、そう言うのが恥ずかしかったから、決まっていたけどあなたのせいで駄目になったって言ったの」


 あたしは数回、瞬きをした。

 それから記憶をたどる。

 色々あったからなかなか思い出せなかったけれど、そういえば……。


「えっ……と。キョウコさん?」


 シトラスでのアルバイトが決まっていたのに駄目になったと言っていた人?


「そうよ。風邪を引いて休んでいるうちになんだかとんでもない騒動になったと聞いて、申し訳なくて早く謝らないと、と思っていたら入院したって聞いて……。わたしのせいで入院になったんだって思ったら」


 えっ?

 あたしは驚いて振り返ると、思った以上に思い詰めた表情を浮かべていて焦った。


「やっ、ち、違うから! あなたのせいではないから!」

 

 そうこうしているうちにチャイムが鳴り終わり、先生がやってきたのであたしたちは席に着いた。

 なんだか分からないけれど、キョウコさんはひどく誤解をしているようだ。

 橋内さんたちにいじめられる原因を彼女が作ったのは確かだろうけど、入院はあの人たちには関係ないと思う。

 ……分からないけど。

 そんなこんなで気もそぞろで授業を受け、終わったから部屋を出ようとしたらまたもやキョウコさんに捕まった。


「わたし、桜さんと懇意にしていたの」


 思わぬところから出てきた名前に顔がひきつる。


「だからシトラスのアルバイトの面接で落ちるわけないって思いこんでいた。……後から考えたらわたし、そのことにあぐらをかいてとんでもない対応をしでかしていたわ。それなのに自分のことは棚に上げて、あなたのせいにした」


 そんなことを一方的に言われてもあたしは困る。


「あの……。もう、あたしに関わらないで」


 同じクラスだから仲良くしなければと思うけど、今のあたしはまだあの時の恐怖に勝てないでいる。

 ふとしたとき、本当になんでもない瞬間にあの時の気持ちを思い出して、泣きわめきたくなる。

 何度も夜中に夢を見て、叫んで起きることも未だにあった。

 もう終わってしまったことだし、今更、手の内を明かされても困ってしまう。

 キョウコさんはなにかまだ言いたそうだったけど、周りの人たちに引っ張られて部屋から出ていった。

 あたしも荷物を抱え直すと、部屋を出て、朱里と待ち合わせをしているカフェテラスへと向かった。


 カフェテラスの端に朱里は席を取っていてくれた。あたしを見つけると、大きく手を振ってくれた。


「ごめんね、待たせた?」


 小走りに駆け寄ると、朱里はなぜか焦っていた。


「チョコ、走らないの!」

「……なんで?」


 訳が分からずあたしは足を緩めて首を傾げた。

 朱里は眉尻を下げてあたしを見ている。


「怪我してるんでしょ」


 心配性の朱里らしい言葉にあたしは苦笑した。


「あ、うん。大丈夫、もう治ったから」


 朱里はあたしの言葉を信じていないかのようにさらにしかめっ面をしていたけど、あたしはもう一度、大丈夫だと伝えた。

 朱里の向かいの席に座り、あたしと朱里のお弁当を取り出した。


「はい、朱里の」


 手渡すと、朱里は戸惑った表情であたしを見ていた。


「え……?」

「報告を聞いてもらうのに、手ぶらだと悪いかと思って」

「もうっ、やだ、チョコ。そんな気を使うような仲じゃないでしょ」


 といいつつも、朱里はうれしそうにお弁当の包みを開けている。

 突き返されたらどうしようなんて思っていたから良かった。


「それで──?」


 朱里はお弁当を食べながら、あたしにそう聞いてきた。

 あたしは差し障りのない範囲であたしの身に起こった出来事を朱里に報告した。


「ヘンタイ椿と桜先生が親戚だった?」

「うん、そうみたい。あたしも那津に教えられるまで知らなかったんだけど」


 今回の騒動は大人の事情に振り回されたというのが大枠なんだけど、薫子さんはすでに成人しているからなあ。


「桜先生も迷惑な人だったわよね」


 という朱里の感想に、あたしはそうねと他人事のような返事しかできなかった。

 だって、もしも立場が逆だったら?


「チョコのことだから桜先生に同情しているのかもしれないけど、甘いわよ」


 そうではないと首を振り、あたしは考えていたことを口にした。


「──もしも逆の立場だったらって……」


 朱里はあたしの言葉にびしっと箸の先を向けてきた。朱里サン、おぎょーぎ悪くてよ?


「チョコは奪い返そうなんてしないでしょ? そんなこと考えるだけナンセンスよ」


 箸を戻して、朱里はほうれん草のお浸しをつまみ、口に運んだ。

 朱里が言うように去った人を追いかけていかないと思う。


「チョコはきっと、去っていった人のことを思い出してうじうじといつまでも悩むタイプね」


 まさしくそうだけど、なんだかかちんと来た。


「そもそもが取っただの奪っただのなんて考えるのが間違ってるのよ。だってどんなに近くにいても、自分以外の意思を持った人間よ? 他人よ、他人。自分の気持ちも思い通りにいかないのに、人を操ろうなんておこがましいわ」


 朱里のその妙に達観した言葉にあたしは苦笑いを浮かべるしかなかった。


【つづく】


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