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チョコレートケーキ、できました?  作者: 倉永さな


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《十八話》敵視

 余裕を持って出たはずなのに、どうしてか分からないけど校門にたどり着いたのは二時限目開始の五分前。どうやら移動時間の計算を間違ってしまったようだ。

 掲示板を確認してからと思っていたけど、ここから次の教室まではかなりの距離がある。遅刻したら大変とそのまま素通りしたのも間違いだった。

 ここのところどうもついてないというか……通常運転と言われたら言い返せないけど、なんかちょっとずれているような感じ。

 必死になって指定された教室へと向かって慌てて入ったまではいいけど、だれも来ていない。

 どういうこと? 時間割を間違った?

 今日の曜日と事務局の人からもらった時間割を確認する。間違いなく二時限目で、教室もここになっている。

 ということは、もしかして休講になった?

 あたしは確認するために教室を飛び出し、校門の掲示板まで引き返した。

 途中で授業の始まりのチャイムが鳴っていたけど、休講かどうか分からないからそれを確かめないといけない。

 走って到着した頃にはあたしは汗だくになっていた。今日はそんなに暑くないのに。ああ、ついていない。

 掲示板の周りはまだ人がまばらにいたけど、あたしは素早く目を走らせて確認した。

 休講情報が載っているところにはない。

 ということは……他にはどういうこと?

 分からなくておろおろしていたら、別の場所に今から受ける授業名を見つけた。

 それによると、教室移動のお知らせとあった。

 通知日を見ると先週の授業が終わった後のようだ。その後に何度も同じ授業を受けている人たちと一緒になっているけど、だれ一人として教えてくれなかった。

 ……ううん、もう大学生なんだから人に頼ってばかりいたらダメ。気をつけてここを見ていなかった自分が悪いのだ。

 泣きそうになりながら、でも必修科目だからと、あたしは書かれている教室へと向かった。

 幸いなことに新しい教室は掲示板のある場所から近かったからすぐにたどり着いた。扉の前に立つと中からざわざわとしたざわめきが聞こえる。

 扉をそっと開けて見ると、当たり前だけどすでに教授は来ていた。ぱっと見たところ、だれ一人として遅刻をしてきた人がいるように見えない。

 あたしはごくりと唾を飲み込み、勇気を出して後ろの扉を開けた。

 がらりと予想以上に大きな音がして扉が開き、音に気がついた人たちが一斉にこちらを向いた。思わず後ずさってしまう。


「講義は始まっていますよ。遅刻、ですね」


 教授の声に部屋にいた学生たちはくすくすと忍び笑いを洩らす。

 遅刻したことに対して謝罪をしなければと思うのに、笑われてしまったことでパニックになってしまい、あたしはただおろおろすることしか出来なかった。動くことも出来ず、どうすればいいのか分からない。頬から耳に掛けてすごく熱い。たぶん今のあたしは顔が真っ赤だ。

 動くこともなにか口にすることもないあたしに痺れを切らしたらしい教授は、呆れた口調で聞いてきた。


「名前は」

「み……都千代子、です」


 名乗る前に遅刻の謝罪をしないと……!


「遅刻に関してはなにも言えないけど、名前は名乗れるのね」


 とげとげしい教授の言葉に、やはり学生たちは笑っている。


「まあ、いいわ。とりあえずここに座りなさい」


 教授はそういうと、目の前の空いている席を指し示した。

 あたしは鞄を抱きかかえて、うつむいてそこへと向かった。


「あっ……」


 一瞬、なにが起こったのか分からなかった。

 あたしの視界が急激に地面に近づき、次の瞬間には身体に強烈な痛みを感じていた。あまりの痛さに声さえ上げることが出来ない。


「だれですかっ!」


 教授の鋭い声が教室内に響いた。

 それまでざわついていた室内がしんと静まり返る。


「都さんの足を引っかけた人は、だれっ」


 あたしが転けたあたりの人たちに向かって教授は詰問をしているようだった。

 痛みが薄れてきて、のろのろとではあったがどうにか動けるようになっていた。ゆっくりと身体を起こして息を吸う。

 あたしの後方から声がした。


「言いがかりですよ」

「どーして転げさせるようなことをしないといけないんですかあ?」


 小馬鹿にしたような声にむっとする。


「自分の足に絡んで転けたんでしょ?」

「そうよねぇ。そうに決まってるわ。ねー?」


 すでにグループが出来ているようで、仲のよい人たちなのだろう。口々にそんなことを言って否定している。

 確かにあたしはおっちょこちょいだけど、今のは自分の足に絡まって転けたのとは違う。

 その証拠にあたしのすねはじんじんと痛んだ。だれかが足を出して引っかけたとしか思えない。


「……そう」


 教授の声に顔を上げた。

 教授はグループに鋭い視線を向けて突き刺すような冷ややかな表情で見ていたけど、すぐに逸らした。


「都さん、立てるかしら?」


 先ほどまでの態度とは違い、心配しているような声音に思わず涙腺が緩みそうになってしまった。だけどあたしはぎゅっと唇を噛みしめ、小さくうなずいた。


「気をつけて歩いてね」


 そう言って教授は手を差し伸べてくれて、立つのを手伝ってくれた。

 あたしが席に着いたのを確認して、教授は口を開いた。


「都さんを入れて、前期の届けを出していた人全員がそろったところで、講義を改めて開始します。教科書を出して」


 そこから先は通常通りの講義になり、あっという間に終了時間となった。


「来週もこの教室で講義しますので、間違えないように」


 教授はそれだけ言うと、教科書や教材を持ち、部屋を出て行った。

 昼の時間ということもあり、周りの学生たちはがやがやとなにを食べようやどこに行こうという会話をしているのが聞こえて来た。


「最低よね。キョウコがアルバイト決まっていたらしいのに、縁故かどうか知らないけどシトラスのアルバイトに割り込んでくるなんて」


 これみよがしなその声は、足を引っかけたグループだ。

 その言葉にあたしは息を飲んだ。

 シトラスのアルバイト。募集のポスターが貼られていた。でもあたしが面接に行った日にはすでにはがされていて……。

 もしかしなくても決定していたのに、圭季がごり押しして……?


「キョウコ、かわいそうにショックで寝込んでるんだって」

「うっそー。マジそれ? だれ、その縁故で割り込んだって人っ」


 そこでひそひそと小声で会話が交わされている。一斉にあたしに視線が向いたような気がした。


「遅刻はするし、わざとらしくわたしたちの側で転けるし、しかもアルバイト割り込み? ほんと、いい性格してるわよね!」


 周りに聞こえるようにわざと大きな声で言っている。

 部屋から出て行こうとした人たちが一瞬、足を止めて声の方へ視線を向けていたけど、関わり合いにならない方がいいと判断したようで、素知らぬ顔をして出て行った。

 あたしもその後に続けば良かったのに動けなかった。

 後ろの方でまだなにか言っていたけど、こぼれ落ちそうな涙を我慢することが精一杯で聞こえてこない。

 がつんと後ろの机が揺れたような気がしたけど、今のあたしには確認することも出来ないほど余裕がなかった。

 けたたましい笑い声とともにそのグループは教室から出て行ったようだった。

 あたしは動けないでいた。


【つづく】

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