6:二裂け女と幼馴染
後のことは蛇足になるので省略しようと思う。
けれども話が途切れない程度のダイジェストを言えば、俺達は家を出たあと、何とも不敵なことに、ちょうどカオルが絡まれていた通りで夕食をとったのだった。まともな店がその辺りしかないとは言え、あんまりな結論ではなかろうか。
提案者はもちろん俺ではなくてカオル女史。
理由は『こっちに非がないのになんでアタシたちが遠慮するのよ?』というマキシマムピンボケなもの。流石は武闘派女史でもお嬢様なカオルさん。もしかして生まれはブータンですか。
ちょい絶句気味になった俺に対し、しかし続けて彼女は言ったのだ。『それに、今頃は連中も頭冷やして反省してるわよ。今日は特に暑かったから、きっとどうかしてたのよ。ね?』と。
たぶんこの時覚えた頭痛は殴られた時のダメージとは別件。
おお、秋風カオル女史。なんとマキシマム善人な思考か。性善説だって眩しくて逃げ出す勢いである。それがマジなら世のなか警察さんも弁護士さんも即刻廃業である。あと刑務所とか少年院とかが滅ぶ。法律相談所も閑古間違いなし。
まぁそんなことこそ蛇足でどうでもよくて、以下略としようか。
いや――ああ、そうそう。
ともかくそうしてファミレスに入って、俺とカオルがテーブルを挟み、メニューを広げたときになって、彼女はにこにことした顔で聞いてきたのだ。
「そういえば、レオ。殴られたとこ大丈夫?」
「え、このタイミング?」
「さっきのお返し。ふふふ」
まぁ振り返るにしてもこの程度だろう。ちなみにその夜は以後、何もトラブルはなかった。事件は今朝起きたばかりだというのに警察さえいなかったし、もしかしたら本気で、カオルさんの言うことが正しかったのかもしれません。あるいはここがブータンだったか。
そして時間軸は現在に戻る。
具体的には月曜のお昼すぎ。
大学の講義三限目。
右隣の秋風何某さんに足をグリグリされてるところ。
「往生際が悪いわよ、レオ? 正直に言って」
解説:往生際。ついにあきらめななければならなくなった時の態度や決断力。死に際とも。
「そのメイちゃんって、いえ、メイさんってどこの誰なのよ?」
足グリグリのみならず身体までグイグイ寄せてくるカオルさん。俺も平均的な男子である以上、女の子とイチャイチャ身体くっつけて授業を受けるなんていう、そんなストロベリーな展開を夢想したことも一度や二度ではない。それこそ大学に入る第一目的だったことさえあったかもしれない。
が、もちろんこれはない。
俺の脳内イチャイチャはこんな殺伐としてない。
そして相手もカオルとかじゃなくて、もっとこうお嬢様な感じで、文学的教養があって、世話焼きで、ポニーテールで、幼馴染とかで――あれ?
「そろそろ白状しないと――そうね。貴方が更新してるあの『ブログ』のURL。貴方のお父様とお母様に連絡しちゃうけど、いい?」
あの『ブログ』とはもちろん、俺のライフワークとも言える『洒落にならんぐらい怖い話』のこと。あれを俺から取ったら、文月レオは取るに足らない一介の男子学生になってしまうという意味で、あれは俺のアイデンティティと言えるかもしれない。
そんなブログ内で、都市伝説と共に紹介される妖怪コンテンツで、実は一番人気なのが現代妖怪『モンスターペアレンツ』なのである。特技はバガニアに掘っ立て小屋を買うこと。それと息子を置き去りにすること。あと、ブログ未記載事項としては置き去りにしたと見せかけて息子をご近所妖怪『秋風カオル』に売り飛ばすこと。
「へぇ、冷や汗タラしながらも黙秘なの。じゃぁ言っても良いのねレオ? あそこの行をお母様が読んだら、グァムから飛んで帰ってくるかもね?」
その行とはもちろん、あれにほかならない。
――中略。実はこの身内妖怪モンスターペアレンツの片割れ『ママス・バガニア』には、相方に黙って50000k程の貯蓄を別口座にもってるとかもってないとかという秘密があったりなかったりするらしいのだが、真相はいまいち定かで無い。しらんけど。
あかん、ここまで来たら庇いきられへんわ。
そういうことで文月レオはついに開き直る。
「――カオル」
名を呟くように呼べば彼女はニッコリして
「なぁに?」
可愛いなぁホント。マジ向こういけよ。
「お前随分俺に干渉してるけど、いったい俺の親に何を託されたんだよ」
割りとマジでこれは聞いておきたかった。例の乱闘イベント以来、このカオル女史は爆速でうちの両親と親しくなっていき、気付けばもう、うちの両親がカオルを見る目は『近場に一人暮らしする愛娘』である。いや親もう近所じゃねぇよ。
しかし時は現代。ところは先進国日本。世にはスカイプというインターネットを用いた遠距離連絡手段があったのである。お陰様でおれの両親は、画面越しにカオルの『いいとこ』しか見ちゃいない。ちなみにカオルは親の『変なとこ』しか見ちゃいない。まぁいつも背景がヤシと海じゃ変なとこしかないが。
ともあれそんな極めて納得いかん展開ではあるが、しかしこの事実に対する説得力は抜群である。昔の人はいいこと言った。類は友を呼ぶと。つまりカオルと俺の両親が親しくなった理由は何も難しいことではない。妖怪同士仲良く手を取り合ったというだけのことである。その心中を人間たる俺が図り得ようものか。
ともあれカオルさん、
「お父様とお母様に何を託されたか――そうねぇ」
というおれの問いに復唱し、意味深に笑みつつ
「さしあたって生殺与奪の権利?」
さしあたって息子の全権譲渡ですか、すげーなうちの親。まじでバガニアに彗星飛来しろよ。
「それ以前にね、カオル。ここまで人の人生に干渉するとか、お前一体何様のつもりだよ?」
彼女は足グリグリを止めた。
それから俺の向こうの、今度はラプラス変換とか勉強してるメイちゃんにも、ちょっと聞こえるような感じでこう言った。
「それはもちろん、幼馴染でしょ?」