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2:続:二裂け女

 突如として俺の日常に現れた麦わら変態少女『夕凪メイ』の言うことを要約すれば、彼女は空想上の現代妖怪『口裂け女』と『二口女』のハーフである『二裂け女』であり、一度は妖怪ブーム終焉と共にこの世界から絶滅したのであるが、このほど、インターネットの発達に伴う『シャレにならんぐらい怖い話』などの都市伝説ブーム再来により、再び認知認識されるようになって現世に復活を果たしたとのことだった。

 そして復活したはいいが、まだまだ知名度や認識率が低いせいで自分の存在は希薄であるため、このままでは再びフェードアウトしかねないそうである。だからそうならないためには、よりたくさんの人間に自分を認知してもらう必要があり、だからメイちゃんは今日みたいに公園で一人佇み、『こっちみろー』といろんな人にメンチを切っていたとのことであった(地味)。

 そして認知・認識させる最有力方法とは、『実際に見た』『実際に触れた』という直接的接触だそうであり、それらの積み重ねにより妖怪たちはどんどんと存在感を増し、一端の生き物として現代世界での生存を許されるようになるのだそうである。 


 もしもこれら彼女の言うことが真実だとするならば、俺は声を大にして言いたい。おい、いい加減な都市伝説をバラ巻いて妖怪(こんなの)を復活させたヤツ、お前責任とってメイちゃん揉んでやれと。そんで望み通りしっかり復活させてやれと。


「そ、その流れで行くと、や、やっぱり、……貴方が私に触るってことに……なり、ませんか?」


 チャブ台に置かれたノートPCの画面から目を離して、メイちゃんがオドオドと伺うようにいった時、俺はただ一言「返す言葉もございません」とだけ返し、お茶の容器と引き換えにショートケーキを載せたお皿と紅茶をメイちゃんの前に置いた。

 今しがたメイちゃんが見ていたノートPCには、『シャレにならんぐらい怖い話』というホームページが表示されている。ノートPCの所有者はもちろん俺であるが、しかし誠に遺憾なことに、そのホームページの所有者も俺であった。 

 今更の自白になるが、俺は怪談とか妖怪とか都市伝説とかをネタにして、ネット上でブログを更新している不定の輩である。要するにメイちゃんを揉まなくちゃいけない張本人とは俺のことだ。流言飛語とありもしない噂を垂れ流し、退屈な現代人に夢とワクワクを与えるのがライフワークだと勘違いしていた残念な大学生、その末路がこのザマ。都市伝説が現実化して流布者の門戸を叩いたのである。昔の人はいいこと言った。後悔先に立たずと。天罰ともいう。 

 メイちゃんは用意されたスイーツと、俺の顔をビクビクと見比べる。


「あ、あの……これ……は?」


 尋ねるメイちゃん。俺は答える。


「見ての通りイチゴのケーキだよ。紅茶が温かいうちに一緒にどうぞ」


 勧めながら溜息の俺である。

 自分の空想ネタが現実化したら喜ぶべきなんじゃないか、と仰る人はいるやも知れないが、ちょっと冷静に考えてほしい。心霊スポットにビクビクワクワクと、しかし楽しみを持って侵入できる連中のうち、果たして何割ぐらいが本気で地縛霊や呪いに遭遇することを期待しているだろうか。

 断言するがゼロである。

 彼らは確実に、そういうものが存在しないと決めてかかりそう信じているからこそ、楽しみとしてそういう遊びが成立するのだ。もしもそれらの存在を本当に信じているならば、普通は身の危険を感じて近づかない。危険な場所でキャンプなど張れば、それを『そこは野生動物が出っからやめとくんだべ』と止めてくれるのは怖さを知っている地元民であり、忠告を聞かず調子に乗ってクマにかじられるのは怖さを知らぬ部外者である。

 ――まぁ今回のケースでは俺が該当。


「わ、私がこれを……た、食べても良いんですか……?」


 一人自虐後悔していたら、そんなメイちゃんの声でふと我に返る。見れば彼女は、ケーキにも紅茶にも手を付けず、ただ怯える様な上目遣いで俺を見ていた。


「あ、あの。こんなにして頂いて良いんですか? ……か、勝手に押しかけて玄関で暴れて。い、家にあげてもらった上に……こんなの出してもらうなんてそんなの……」


 メイちゃん、なんだかこのまま放っておけば泣きそうな感じである。


「や、やっぱりだから! こ、こんなの頂くわけにはいきません!!」


 と、目を閉じて急にガード姿勢。目元には涙まで滲んでいる。

 俺はその自己否定レベルの卑屈さに苦笑してしまった。

 ――――やれやれ。


「勘違いだよそれ」


 言いながら、とりあえず空のカップに紅茶を注いであげる。


「どんな経緯でメイちゃんがやって来たにしろ、ここの鍵を開けて家に上げたのは俺の判断だろ。だからメイちゃんはお客さんだよ」


 注がれた紅茶がティーカップに湯気を立てる。優しい香りがのぼってきて、彼女はそれに目を開ける。


「そして主人がお客さんをもてなすのは当然じゃないか。だからほら、遠慮せず」


 これは世辞でもなければ、メイちゃん復活の引き金をひいたという罪悪感から出た言葉でもない。礼儀として親に教わった作法である。


「で、でも! やっぱり私なんかがこんなの頂くなんて、そんなのできません!」


 しかし麦わら少女は頑なである。彼女の性格上、このままでは拉致があかないと思われたので、俺は少し強引に仕向けてみる。

 

「メイちゃん。逆に、もてなしで出されたものを食べないと、お客さんは失礼なんだよ?」


「ふぇう!?!?」

 

 また大仰な声をあげる。


「だからほら、メイちゃんが本当に俺に悪いと思っているのなら、それ食べなきゃウソになるよ」


 そんなふうに言えば効果は覿面、彼女はすぐさまフォークを手にとって、でもまた俺の方を向いて


「ほ、本当に食べてもいいんですか?」


「もちろん。どうぞ」


「い、一応なんですけど……! あ、あの! その! け、ケーキって、食べたらなくなるんですよ!?」


 知ってたけど意識したことなかったな~、それ。


「妖怪の世界には食べてもなくならないケーキがあるの?」


「そ、それはないですけど! で、でも! た、食べてないのになくなるケーキならたくさんあります……! わ、私はそんなのばっかりでした……」


 言ってから、どうしてか「えへへ」とはにかむように可愛く笑うメイちゃん。それきっと誰かに食べられてるよ、というのは何だか心が痛かったので飲み込み、ただ俺は『どうぞ』とだけ薦めた。それでようやく、メイちゃんはフォークをケーキの先にサクっとさし、


「じゃ、じゃぁ……本当に、遠慮なく頂いちゃいますね」


 とフォークでケーキの先をカットしてお上品に食べる、かと思いきやケーキ一つをそのまま持ち上げ、豪快だなぁとか口入るのかなぁとか思うまもなくその小さな口がバクンと一気に耳まで裂けて、中から出てきた細長い舌がケーキを絡めとって


「ばぐん……モグモグモグ」


 ――――予想外の一口食い。

 に気を取られる間もなく、彼女は口を膨らませてモグモグやりながらも紅茶を手に持ち、それからおもむろに被っていた麦わら帽を取って、さて何をし出すのかと思いきや紅茶を頭にザーっとかけ――


「え、ちょっとメイちゃ――」


 と手を伸ばしかけたら、ごくごくごくごく――と、何かを飲み下す音が彼女の頭より聞こえてきた。

 果たしてどのような処理が行われているのか怖くて見れないが、見れなくても想像がつくが、見たままを報告すれば、メイちゃんが後頭部の方に熱い紅茶の入ったティーカップを傾けて、それがこぼれる代わりに『ごくごくごく』と音が鳴っているのである。

 そして数秒後、

 それは起きた。

 メイちゃんがティーカップを下ろしたかというその瞬間、

 

「ぐぇっぷ! あぁ、ハーヴが喉に絡みついてたまんねーぜ。ぶぎぃいいい!!!!」


 突然響き渡る、三十路(みょうれい)かと思しき豪胆な女傑の声。

 そして後半はそう、どこかで聞いたあの豚声が、再び。

 メ イ ち ゃ ん の 後 頭 部 よ り 聞 こ え て き た 。 

 麦わら少女が空になったティーカップを手元に戻してきた時、彼女と目が合う。


「…………」

「…………」


 無言で見つめ合う二人。

 正座したまま動けない俺と、ティーカップ持ったまま動かないメイちゃん。

 時間ばかりが過ぎていき、掛け時計の秒針音さえコチコチと、響き渡るこの静寂。見つめ合いは続く。

 おおよそ数分が過ぎた頃、やがてメイちゃんの方が気まずそうに目を逸らし、そっとティーカップを置いて麦わら帽子を被った。そしてしかしどういうわけか、その頬をほんのりと染めて、手をキュっと胸に当てて彼女は言った。


「……これが恋の始まりですか?」

「先に言うべきことがあるよね!?」



 要するにさっきの怪現象が意味するところは、メイちゃんが口裂け女でも二口女でもなく、二裂け女であるということだった。


「う、後ろの方の口は、……『宵闇さつき』ちゃんって、言います。えへへ」


 と。メイちゃんは指と指を付きあわせつつ花も恥らうような笑顔で言う。たいそう可愛らしい仕草で彼女は仰るが、しかし賢明な俺はもう騙されない。だってさっき聞いたあのブギーボイスはどう美化したって『さつきちゃん』って感じではない。100歩譲って『さつき(ねぇ)』である。なんの話や。

 メイちゃんは続ける。


「さ、さつきちゃんは……わ、私の双子の御姉さんみたいなもの……です。う、生まれた時からずっと一緒で、こ、困ったときはいつも私を助けてくれるんです」


「それはまぁ、随分と頼もしいお姉様で」


「そ、それとすごくテレ屋さん……です。だから普段は、あんまり表に出て来ません……」


「それはまぁ、意外な側面をお持ちのお姉様で」


 などとまた適当に話を合わせつつも、俺はもうどうやってさつきお姉様もろともお帰り頂くかで頭が一杯なのである。なので再び本題を切り出してみる。ただし少しこちらから歩み寄って。


「メイちゃんがここに来た目的とか俺を追尾してきた理由ってさ、もう一度この世界から消えてしまわないようにするために触って欲しい、だったよね?」

 

 言えば麦わら少女は何故か目は逸らし、ホッペを人差し指でポリポリしつつ


「つ、追尾というよりかは。こう、とりとめなく歩きまわってたら……。た、たまたまここにいたっていうか、偶然と運命に翻弄されてたっていうか。むしろ貴方に導かれたっていうか。へへへー」


 ふふふ、可愛いいなぁ。この娘は俺をなめとんか。


「俺を裸足全力疾走猛追したと認めなければ『シャレにならんぐらい怖い話』@俺のブログのカテゴリ『二裂け女』の最後に『というのは全部嘘で二裂け女とかいませんでしたーwww(まさに外道)』って更新しますがそれでも宜しいですか?」


「殺す気で追いかけました!」


「そこは『死ぬ気』と言おうね?」


 ヒヤッとしたので突っ込んでおいた。


「 ……で、その復活に必要な『直接的接触』なんだけどね」


 といえば、急に正座して真顔になる麦わら少女。すごく気合入ってマジメな顔しているのだが、なんだかそれがかえって間抜けに見えて可愛らしい。ほら、あの、『子犬がキリっとした顔する』あの感じである。メイちゃん、妖怪なのが実にもったいない。

 ちょい脱線した。


「それって握手とかでも良いのかな? それぐらいで良かったら、今すぐにでも初めようと思うんだけれど」

  

 麦わら少女はしかし、それから少々気まずそうな、そして申し訳無さそうな笑みを浮かべた。


「そ、それでも一応大丈夫なんですけど……。でも、け、結構時間かかっちゃいます……よ?」


 結構時間がかかる、ほう。しかしまぁ握手で架空を実在に換えるというのだから、一分一秒という訳にもいくまい。


「それってどのぐらい? 4,5時間ぐらい?」


 こんなふうに少し多めな見積もりを言ってみて、メイちゃんに余裕を見せつける俺マジ紳士。こんな風に言ってあげることで、奥手なメイちゃんでも話はスムーズに進むはずだ。


「早くて3年だと思います」

  

 昔の人はいいこと言った。桃栗三年柿八年、石の上にも三年。

 そして時は現代、いまや妖怪との握手も三年

 ――――ギネス申請できるよメイ氏。


「な、なんとかこう、今日中に終わる術はない?」

 

 日・月すっ飛ばされて狼狽しつつも、何とか冷静に会話をつなぐ俺。するとメイちゃん、口元に人差し指を当て、天井など見上げつつ「えっと……。そ、そのぐらい急だと……。か、かなり強めの接触が必要になるんで……」


 と脳内検索を開始する。これは思ったより厄介な上に面倒臭いことになるかもしれない。だって今日中に『二裂け女復活の儀式@自業自得』が完結しないと、彼女(こんなの)と一夜を明かすことになるのだから。

 そして数十秒が経過したあと、どういうわけか急に顔が耳まで真っ赤になるメイちゃん。なんぞと思ったら彼女は一瞬俺を見て、でもすぐにバっと真下を向いてからブルルっと顔を左右に振り、


「えへへ……わ、私がママになるなんて」


 果たしてこの娘はどのような結論を導いたのであろうか。

 

「い、一日というか!」


 急に声が上ずりだす妖怪少女。


「ひ、ひ、ひ、一晩で済む方法は!……あ、あるにはあるんです! けど! その! ……お、お互い心の準備とか、か! り、両親の承諾がいると思うんです!」


 どうしよう、まるで雲行きがカトリーナ。


「ちなみに私は、わたしの返事は……イエスです……」


 言ってから、言ってから、どういうわけか。

 妙に濡れた目で、ポウとした表情て見つめてくる麦わら少女。

 その顔は恍惚としていて火照っていて、蠱惑的で魅惑的で――――いやいやいやいや。いやいやいやまてまてまて。落ち着け妖怪少女。俺のあずかり知らぬ所で、果たして一体何を考えているのだ。

 

「何に対するイエスかはあえて聞かないでおくけど、とりあえずノーと答えておくね」


「い、一姫二太郎が良いですか? そ、それとも最初から男の子が良いですか?」


 まるで人の言うことなんざ聞いちゃいないのである。


「わ、私は女の子もいいかなって、思うんですけど。どうですか、パパ」


「落ち着いてママ、じゃなくてメイちゃん」

 

「わ、私頑張りますから」


「頑張る前に落ち着こうね?」


評価ありがとうございました!


byソラネコHIT

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