第五幕 勇者様と王女様
「勇者様―――!! 朝ですよ! 今日こそ魔王を、倒し、に?」
「おはよう、王女様」
いつものように勇者様を起こしに行くと、そこにはにわかに信じられない光景が広がっていました。
「勇者様が……ベッド以外の場所にっ」
「いや、王女様がそれで驚くのはどうかと思うよ?」
なんと勇者様が、この一カ月以上ベッドから起きもせずにごろごろしていた勇者様が。
椅子に座ってテーブルに肘をついているのですっ!!
「ああ、勇者様……ご立派になられて……」
「そういう王女様は、随分と志が低くなってるように見受けられるんだけどねぇ」
はっ、そうです。
勇者様がベッドから出たなんて、魔王討伐までの一歩にしてはあまりにも小さすぎることでした。
今までの勇者様の怠惰っぷりにすっかり毒されていますね……
よし、これからは心機一転、一層勇者様を外に連れ出す努力をしなくては!
「あー、そのことなんだけどさ。ちょっと話があるんだよね」
「そのこと?」
「勇者様を外に出す努力うんぬんだよ」
「もはや呼吸をするかのように人の心をよみますね……」
「まぁ、座りなよ」
勇者様が心を読んでくるのは日常茶飯事なので、いまさらとやかくは言いませんが。
「話とは?」
「うん。まさに王女様にとってベリーホットな話題、魔王討伐についてなんだけど」
おお、遂に!! この時がっ!!
「王女様が想像している通りのことではないけど」
「何やら不穏な言い方をしますね」
「単刀直入に言うとさ……魔王を討伐する必要、無くなったから」
「は?」
「てか、無くなってる。かなり前に」
「え?」
「具体的に言うと、王様が僕に討伐命令を出した日にね」
それは一体、どういう……?
「いや、割とそのまんまの意味。僕はその日、魔王を無力化したから」
「はぁ!?」
「いや、適当に魔王を僕の部屋に連れてきて、軽くボコったの」
「はぁぁぁあああ!?」
いやいや。
いやいやいや。
そんな馬鹿なことが有るはずない……ですよね?
いやしかし、勇者様ならばそれもあり得そうですね……
「というか、勇者様今、“無力化”と言いましたか?」
「うん。そこが今回の話のややこしいところなんだけどさぁ。そもそも王女様、どうして魔王は倒さなくてはならないのかな?」
「それは……魔王は「闇」を生み出し、魔王が活性化すると「闇」が拡大するから……えーとそれで、その「闇」からはモンスターが生まれてきて……魔王を倒せば、「闇」の消滅と共に世界にはびこるモンスターも消滅します。だから世界の平和のために、魔王は倒すべきなんです!」
「闇」は魔王の活性化と共に、その範囲を拡大していきます。
そしてそこからは、より多くのモンスターが生まれます。
これは放っておいて良いことではありません。
「うん、確かにモンスターの脅威は取り除かれ、世界は平和になるかもね」
「でしょう?」
「でもさ、考えてみてよ。この世界に今、どれだけモンスターに携わる仕事をする人がいると思う?」
「え? それは……知りませんが……でもその人達は危ない仕事から解放されて、良いことじゃないですか」
「モンスターに携わる仕事をしてる人は、世界人口の三割から四割と言われているね。そしてモンスターがいなくなれば、この人達は仕事から“解放”されるだろうさ」
意外と多いですね……でもそんなに多くの人が、危ないことをしなくてすむのですね。
そうと分かれば、わたし達は一刻も早く魔王を倒すべきです。
「でしょう!? 勇者様は、何を仰りたいのですか?」
「じゃあさ、その人達の仕事は、一体どうするんだい?」
「え?」
「世界人口の三割から四割の人が、一斉に職を失うんだよ? まぁ、携わるってだけだから全員が完全にに仕事失いはしないだろうけど、今までとはやり方も何もかも大きく変わってしまう」
「あ……」
「これが世界に、どれだけの打撃を与えるのかな? 少なくともこの国の王様が僕に向かって秘密裏に、“魔王を倒さないでくれ”って頼む程度ではあると思うよ」
そんな……
魔王を倒すことが、望まれていないことだと仰るのですか?
「そうだね。そもそも勇者を何故“魔王が活性化した時”に呼ぶのか。それは、勇者を“生贄”にして、魔王の活性化“だけ”を食いとめるためなんだよ? 勇者はそのためだけに呼ばれる。
召喚された勇者はまず“首輪”を付けられて、その大量の魔力を王国の支配下に置かれる。そしてその状態で修練をつませ、“強力なモンスターを倒せる”程度になったら魔王討伐に行かせる。
でもって、魔王までたどり着いたら、“首輪”を操ってその勇者の命と引き換えに魔王を強制的に眠りにつかせるんだ。ひっどい話だよねぇ。心の中真っ黒過ぎて笑っちゃったよぉ」
なんて、酷い……
では、わたしは今まで、勇者様に対してなんと酷い行いをしていたのですか……
でも、あれ?
でも……勇者様は……
「そうだね。僕は首輪をつけられていない」
「それは、何故」
「ん。ただ単に、首輪の方が僕の魔力量に耐えられなかったっぽいよ?」
「……勇者様は本当に……凄いですね」
「あっはは。褒めてる?」
褒めていると言うか。
勇者様があまりにもあっさりとそんなことを言うものですから、逆に呆れてしまいました。
しかし、魔王を討伐することが不味いことだというのは、なんとなくわかりました。
でも。
「では勇者様は何故、魔王を無力化したのですか?」
「え?」
「今の話が本当なら、勇者様はわたし達に愛想をつかしてもいいはずです。なのになぜ、魔王を無力化するなんて、」
「んーとねぇ……今回の魔王の活性化、割とヤバかったみたいだから。ほっとくと一年で大陸中が「闇」に覆われるってレベルで。だからかな。僕はこの世界にすむつもりだからさぁ。まわりにモンスターがいるより、可愛い子がいてくれた方が人生楽しくなるでしょ?」
「元の世界帰るということは……」
勇者様の魔法なら、それこそ元の世界にもどることも容易いはずです。
「それはねぇ……うーん。今言うのはなぁ」
珍しく歯切れの悪い勇者様。
何か、重大な理由があるのでしょうか?
「重大ってほどでもないんだけどさぁ」
「よろしければ、教えていただけませんか?」
「ん、じゃあ言うけどさぁ……」
「……?」
「……王女様のことが好きだから、かな」
はい?
好き?
え?
「一目ぼれってやつ? 僕の世界には王女様ほど綺麗な人もいないからねぇ」
「え、いやそんな……そんなことで? わたしが、理由? というか、本当ですか?」
「そんなことで動くのが僕と言う人間だし、王女様が理由だし、本当も本当だよ……僕は王女様を、愛していると言っていい」
あ、愛……
「あ、あわわわ……」
「できれば、王女様がどう思ってるのかとか聞きたいな? 心を読んでもいいけど、無粋だし……あ、別に王女様が嫌だったら、僕はおとなしく元の世界に戻るよ。安心して、魔王はもう僕の中だから、アフターケアもばっちりさ」
「あ、いやそのえっと」
本当に、わたしなんかのことが好きなのでしょうか、勇者様は。
心の中で問いかけてみますが、勇者様はいつものように答えを返してはくれません。
そ、そりゃあ……正直な所を申しますと、わたしも勇者様のことはカッコいいなー、とは思っていましたし、怠惰ですけど根は優しいですし、わたしよりも強い男性というだけでもうわたし的にはかなり好みな訳ですが……
でも、逆に。
勇者様は、わたしでいいのでしょうか?
「いいよ。王女様が、いいんだ。この一カ月接してみて、それは確信した」
「ふえっ」
「ちなみに今のは心を読んだわけじゃなくて、王女様が口に出していたからね?」
「あっ、あぅ……」
「で、どうなの? 王女様」
わたしは……
「わたしは、武力しか能のない役立たずですよ?」
「料理も上手だし、容姿も魅力的じゃないか。性格も素直で優しいし、パーフェクトだよ?」
「……でもわたしは、王族ですし」
「王様に聞いたら、“貴様が本当にアレのことを想っているのであれば、くれてやる。力しか能のない馬鹿娘なのでな、好きにするがいい……精々幸せにしてやれ”って。腹黒のくせに、良い人ぶるんじゃねぇよって言ってやりたいけどねぇ」
「お父様が、そんなことを……?」
「うん。幸い王女様に婚約的な話は成立してなかったから良かったよ。でないと僕は相手さんを滅ぼさないといけないところだった」
「さらっとおそろしいことを言わないでくださいっ」
「あっははは。冗談だよ?」
「全く冗談に聞こえませんが……わかりました。そこまで想われているとは、わたしは幸せ者ですね……」
「……」
「わたしも、勇者様のことが、……好きです」
「……あっは。緊張したぁ」
勇者様はそう言って、テーブルに突っ伏してしまいます。
わたしだって……
と、突然勇者様に、がしっ、と手を握られます。
「うん、何気に、初だよね。僕が王女様に触れるのは」
「そっ、そうですね……」
「これも魔王のおかげかぁ……」
「は?」
そう言えば。
まったくもってさらっと流しておりましたが、勇者様は先ほど、なにやら凄いことを言っていたような……
ええと……
なんでしたっけ。
「ああ、魔王は僕の中ってやつ?」
!
「そうですっ、それですっ!」
それは一体、どういう意味なのでしょうか?
「簡単な話だよ。僕は魔王を封印する器に、僕を選んだってだけ」
「それは……大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ。魔王は倒してないから「闇」は消えない。それでいて、活性化も起こらない。よって王様が懸念していることはおきない」
「いえ、そうではなくて……勇者様自身のことです」
「……ああ、ちょいと面倒だったけどね、概ね大丈夫。ちょっと日の光を浴びると苦しくなるぐらいかなぁ」
「それはなかなかに一大事ではありませんか!」
「うん。日除けの言霊も何故か発動しないからねぇ……まぁ、そのお陰でこうして王女様に触れられているから、フィフティーフィフティーかなぁ」
そういって、ぎゅっ、と手を握る勇者様。
その手はわたしが想像していたよりもずっと温かく、優しくて。
思わず強く握り返すと、顔をしかめられてしまいました。
「今は肉体強化してないから、馬鹿力で握るのは勘弁してほしいなぁ」
「あぅ、すみません……」
「いやいいけど。潰れたら潰れたでまた治すし」
「……恐ろしいことを言わないでください……」
「なんで魔王を僕の中に封じると、王女様に触れられる、ということに繋がるかというと、だけど」
「あ、はい」
どういうことなのでしょうか。
「実は僕、魔力が多すぎるからさぁ、生物に触るだけで“壊しちゃう”んだよねぇ」
「壊す……」
それは、どれだけ魔力に差が有れば起こるのでしょうか……
少なくともわたしは聞いたことがありません。
「ホント、多すぎるのも困りものだよねぇ。で、そんなことが起きないようにってことで、ここで魔王が登場だ。魔王と勇者は本来、相容れない存在じゃない?」
「はい、そうですね」
「だからさ、その魔王を僕の中に封じ込めれば、僕の魔力が大きく減退するんじゃないかなーっておもったんだ。で、やってみたら大当たり。見事、僕の魔力は魔王によって大半を消滅させられた。むしろ僕から喰わせたけど。魔力っていうか、魔力を入れる器ごと小さくなったね。だいたい今の僕の魔力量は、王女様100人分くらいかな?」
「それでも充分に多い……」
しかし、最初はわたしが24000人分だったことを考えると、かなり減ったのですか。
「大分魔王に喰わせたからねぇ」
「魔王に敢えて魔力を与えるなんて……狂ってますね」
「あっは。自覚はあるよ? ……おかげで僕の中で魔王に自我が残っちゃったし……」
「何かいいましたか?」
「なんでもな~い」
「そうですか」
まぁ、いいです。
それよりも、わたしはこれからどうすればいいのでしょうか?
魔王討伐に行く必要がなくった以上、わたしが勇者様のお部屋を訪れるのはおかしいことですかね?
そうなると、わたしは……
「いやいや、大丈夫だから。言ったろ? 王様から許可貰ってるからねぇ。王女様はこれまで通り、僕を起こし来て、僕に食事を届けて、僕の話し相手になってくれればいいよ?」
「勇者様……それはもう、ただの要介護者では……」
「あっはは。でも、日の光を浴びられない以上、部屋から出るのは得策じゃなくてさぁ……ごめんね?」
勇者様が謝ることではありませんが……
「さっき王様に連絡したから、王女様はそのうち正式に僕の世話係・・・になるだろうねぇ」
「王女なのに世話係とはいかに……」
「まぁ仕方ないんじゃない? どんまい!」
「いえ、むしろ嬉しいですけども、ね」
―――
数日後の王城。
勇者召喚を行った儀式の場には、沢山の人々に祝福される勇者と王女の姿があったそうな。
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「働かない勇者様は、実は働き終えていましたとさ」
「なかなかに酷い話だよねぇ」
「詐欺だね、詐欺」
勇者は、ベッドに横たわりながら独りごちる。
『ふん。妾としてはなかなかに傑作だと思うがな』
その呟きに応える、勇者にしか聞こえない声。
「そうだと、いいねぇ」
そう言って、勇者は眼を閉じるのだった。
一応この話で完結です。
つっこみどころ満載かと思いますが、無理に五話に纏めた結果です……でないとgdgd感が半端なかったもので……
その内外伝でも書くかもしれません。
王様の話とか、番人の話とか?






