第三幕 王女様は料理人見習い
「ん……ふぁあ~、お早うございます……」
わたしは朝の陽射しを浴び、誰にともなくそう呟いて、ベッドから抜け出しました。
そして服を着替え、お城の厨房へと向かいます。
いつもいつもこの豪奢な正装で過ごさなくてはならないというのも、考えものですね……動きにくことこの上無いのですが。
途中で何人かの使用人とすれ違いながら厨房へ着くと、そこでは料理人の方々が、すでに朝食の準備をしていました。
「お早うございます、皆さん」
「王女様、お早うございます。今日もですか?」
「はい。勇者様のお世話をするのが、今のわたしの努めですから」
いずれ魔王討伐に向かう旅路では、わたしが勇者様に食事を作って差し上げなくてはいけません。
その練習も兼ねて、わたしは勇者様が召喚されてから毎日、こうして厨房に料理を習いにきているのです。
勇者様がお部屋に引き篭もられてからは、三食全てわたしの手作り料理を、わたしが勇者様の元へ直接届けています。
「今朝は勇者様に魔王討伐への英気をたっぷりと養ってもらうため、少し豪勢なものしたいですね」
「はい、かしこまりました。……そうですね、では……」
「ふむふむ、なるほど、作り方は昨日の夕食のチキンとほぼ同じ……」
「はい、そして朝食なので、さっぱりした風味を……」
女料理長の、ハイレルに料理を教わり、早速調理開始です。
少々のサポートを受けながら、無事完成させることができました。
「やはり王女様は筋がよろしいですね。まさかこの短期間でこれほどのレベルにまで成長なさるとは」
「いえ、貴女の教え方が良いのですよ?」
「もったいなきお言葉に御座います」
「では、わたしはこれを勇者様の元へと届けてきますね」
「……王女様。質問をお許しくださいますか?」
「? はい、許可します」
なんでしょうか?
「王女様は、どうして自ら料理を作り、それを勇者様へと届けているのですか? そのようなこと、私達使用人に任せて頂ければいいようなものですが」
「あぁ、そういえば、お話していませんでしたか。わたしは来るべき魔王討伐の旅路において、勇者様と連れ立つ身。そこで勇者様になるべくご不便をおかけしないように、というのがわたしの役目。ですから、料理もその一環なのです」
「成程……納得致しました。しかし、ではその魔王討伐には何時行かれるのでしょう?」
きっとハイレルにとっては素朴な疑問だったのでしょう。
しかしその疑問は、わたしに深々と突き刺さりました。
そう、一体何時、勇者様は魔王討伐に向かうのでしょうか?
「……それは……」
「いえ、差し出がましい質問で御座いました。どうか、忘れて下さいませ、王女様」
「いえ……」
「勇者様が魔王討伐に向かってくださらないのは、王女様の責任ではないのですから。お気を落とさないでください」
ハイレルはわたしの表情の変化を読み取ったのか、すぐさまそんなことを言ってくれました。
しかし、わたしの心は晴れません。
わたしにもっと才があれば、勇者様を外に連れ出すこともできるでしょうに。
しかしわたしには所詮、勇者様と連れ立って魔王を討伐に行くだけの武力しかありません。
武力以外の才は……それこそ政治の才すらも皆無で、双子の妹にまかせっきりなのですから、笑っちゃいますよね。
「むしろ責められるべきは勇者様ですっ。国民の期待を背負っておきながら、それを放り投げる無責任な、」
「それ以上はなりません」
「……っ。申し訳ありません」
「勇者様は突然召喚されて、少し混乱されているだけです。もう少し、もう少しだけ待って下さい。必ずわたしが、勇者様を連れ出してみせますから」
「王女様……わかりました」
「では、失礼しますね。早くしないと、お料理が冷めてしまいます」
「はい、では」
ハイレルはそう言って、深くお辞儀をします。
こんな話の後では、そのお辞儀さえも、何時まで経っても勇者様を連れ出せないわたしを嘲笑っているかのように、大げさに感じてしまって。
そんな自分が嫌で、わたしは逃げ出すように勇者様のお部屋へと向かいました。
―――
勇者様が召喚されて、早一ヶ月が経過しました。
「勇者様―――!! 朝です、起きてくださいなっ」
そう言ってわたしは勇者様の部屋のカーテンをシャッ、と引こうとして……つんのめってしまいました。
「な、そんな……」
「ふふふ。毎朝毎朝、寝起きに陽射しを当てられるのは癪だからね。〝固まれ〟ってさせてもらったよ。もうそのカーテンは世界最強の硬度と固定感を持つ、最強のカーテンなのさ」
「なんと不健康な……」
「明かりなら僕の魔法でどうとでもなるしね~」
まさか、完全に太陽を拒絶なさるとは……あり得ません。
世界の恵みを全て拒絶するに等しい所業です。
それではまるで、魔王ではありませんか。
魔王の、勇者以外の弱点は“太陽”だと言われていますからね。
「勇者様! そんな魔王じみたことはおやめ下さいっ」
「魔王じみた? あぁ……魔王も太陽嫌いなんだよね。好感持てるよねぇ」
「なっ……馬鹿なことを仰らないでくださいっ!!!」
「うわー、馬鹿って言われたー」
勇者が魔王に好感を持ってどうするのですかっ。
勇者と魔王は、絶対に相容れない存在です。
勇者様の思考は、普通に考えれば勇者としての資格はないのですが……そういえば、何故勇者様は勇者として召喚されたのでしょうか。
資格を有していない者が召喚されるはずはないのですが……
……考えても仕方のないことでは有りますね。
それよりも今は、
「勇者様……わかりました。とりあえずそれ置いておきまして、今はお料理を召し上がってください」
「今日はチキンだねぇ。朝から食べるのには重すぎない?」
「勇者様には精をつけて魔王討伐に向かってもらわねばなりませんからね」
「働きたくないでござるぜぃ」
はぁ、もぅ。
「いいから召し上がってくださいっ。今日も丹精込めて作りましたからね!」
「愛情は?」
「込め……何を仰いますか勇者様っ」
「込め、てる? てない?」
「……っ、この意地悪勇者様は……」
「超聞こえてる」
愛情など……こんな短期間で生まれるものでは……
「あははっ。王女様は可愛いねぇ」
「馬鹿なこと仰ってないで、早く召し上がってくださいな!」
「はいはい……」
「……」
「……もぐもぐ」
「ど、どうでしょうか?」
「ん、今日も美味しいよ~。これで口うるさくしなければ完璧なんだけど」
誰のせいで口うるさくしていると……
「僕だね」
「はっ。そういえば心を読めるんでしたね……」
「まぁ、騒がしくない王女様はもはや別人だからねぇ。今のままでも僕は満足だけど」
「誰が騒がしいですかっ」
私は常にお淑やかを心がけて過ごしていますのに。
「騎士団にまざって訓練してるような人をお淑やかとは呼ばないよね」
「なっ、何故そのことを……」
「んー、千里眼とか。知ろうと思えば方法はいくらでもあるよ? 凄いよねぇ、一人で騎士団三十人相手に無双できるんだから」
「流石、と言うべきでしょうかね……」
「褒めてくれていいよ~?」
凄い力を、無駄使いしてますね、もう。
「そんなことしてる暇があったら魔王討伐に……」
「ヤダよ。そうやって僕を外に出そうったって、そうはいかないよ?」
「でも、そもそもお部屋からすら出ないなんて、退屈では無いのですか?」
「いや、全然? 僕はこうやって寝っ転がってるだけで幸せになれるの○太君人間だから」
「誰ですかそののび○君というのは」
「僕の世界の有名人だよ。特技は昼寝で、口癖は“助けてたぬえも~ん”」
「清々しいくらいの駄目人間だということはなんとなく伝わりました」
勇者様の世界ではそんな人間が有名人なのですか。
勇者様のこの性格は、勇者様の世界特有のものだったのでしょうか……?
「いや、勤勉な人もいるよ? ただ、僕は特別めんどくさがりかな」
「勇者様ェ……」
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「うん。やっぱ最初からカーテン固定しときゃ良かった……これで頭痛とはおさらばだ」
「それにしても」
「今日も王女様は絶賛騒がしかったねぇ」
「まぁ、僕はそれで満足だからいいんだけどさ」
「でもなぁ。そろそろ王女様の我慢の限界かなぁ」
「さてさて、どうするか?」
「とりあえず王様は味方に付けてるから……あとは王女様に何時教えるか、だよねぇ」
「王女様は王族のくせに政治に疎いしなぁ……どうやって納得してもらおうか」
「はぁ、面倒だ……これが惚れた弱みってやつかねぇ」