20
イアンはアヤカの背中を押して、後ろに下がらせる。隠してあった剣をニ本取り出し、片方をキリィに投げる。
「で、僕の相手は君なわけね」
トーリを見ながら、剣を抜く。
「オレじゃ、不満か?」
「君は狐族だよね。しかも、その感じじゃ黒狐だ。負ける気がしないね。――ただ、可能性として、位を隠してるなら別だけど」
「どっちがいい?このままか。本性出すか」
トーリが本当の事を言っているならば、現在の姿の黒狐以上の力を持っていると言うことになる。
それをどう受け止めるかは、イアン次第。
少し考えて、口を開いた。
「いいよ。君がそう言うなら、実力、見せなよ」
その言葉を聞き、ニヤリとトーリが笑う。
「セキ。本気、出していいって」
「楽しそうに言ってんじゃないわよ……。好きにしなさい。クロエとユズは倉庫の外にいて。直で喰らわない方がいい」
クロエは頷くとユズを連れ、外に出る。
振り返り、イアンに一言。
「催促したのはあんたなんだから、ちゃんと処理しなさいよね」
深く息を吐き、忠告する。
「久しぶりだから、どうなるか分からないから」
というと、トーリは目を閉じ、髪をかき揚げる。
刹那――――!!
見えはじめた髪から、黒から白いパールの輝きに。さらに、短髪から腰ほどある長髪へ。
一瞬の出来事に一同唖然。セキ以外は。
狐族は妖力、位によって髪の色と長さが変わる。妖力、位が高いほど長くなる。そして、黒色、銀色、金色、白色となる。
周囲の空気が重くなり、動けなくなる。息がしにくく、早くここを離れたい。そう思う程の妖力の強さ。
これが、トーリの本性。実力である。
「さあ。やろうか」
軽くジャンプし、銃を構える。
「隠してたわけね。これは、ちょっときついか、な!」
圧力に負けそうになるのをイアンは無理矢理奮い立たせる。
剣を振りかざし、トーリに狙いを合わせる。
行動を見てから、トーリは銃を上に軽く投げ、左手に持ち変え、イアンの懐に入る。
刃を銃の長い所で受け止め、右手でイアンの持ち手を握りしめた。そのまま、腹に膝蹴りを食らわせる。
「うがっ!……いっ、――がはぁっ」
イアンが苦痛できれいな顔が歪む。
勢いのまま、トーリは後ろに放り投げた。
受け身がとれないまま、地面に叩きつけられる。
投げ出された右手と左足に一発ずつ銃を打ち込む。
「ぐあぁっ!!」
うずくまるイアンに近づき、左手を払いのけ、上半身を仰向けにして、右膝を載せ、暴れるのを固定する。
イアンは額に銃口をあてられ、死を覚悟した。
――――――――撃たれる!!
そう思った、瞬間。
「トーリ」
これまで聞いたことのない重いトーンのセキの声。
ただ、トーリの名を呼ぶ声。
ピタリとトーリが止まる。
「……? セキ、大丈夫だって。勝手に、殺したりしないってば」
「ならいいんだけど」
「抵抗しない?」
額から銃を外し、トーリは立ち上がる。抵抗するも何も、手と足を撃たれれば動けない。
「……しない」
「よし。クロエとユズも出てきていいよ。止血頼む」
「はい」
何も見てないので状況は分からないが、見たままの状態だとイアンの血を止めるのが優先のようだ。出血多量では仕事にならない。
クロエが止血をしてるのを確認して、銃を懐に戻す。
「そんな事までするんですか……」
怪我をさせておいての止血行為。キリィには相手方の行動が不思議である。
「仕事である以上、私情は挟まない。あなた達の行動には賛同できないけど、死なれては困るので」
キリィはイアンに渡された剣を見下ろす。
「なあ、セキ」
元の黒髪に戻ったトーリが呼びかてきた。
「何?」
「アヤカから微かに匂った血の匂いはイアンの方だ。最初の事件現場の匂いと少し違ってたから、よく覚えてる」
「ごくろうさん。ユズ、あの人に連絡。処置頼んで」
「あ、はい!すぐに電話します!」
ザイルにアヤカを解放する処置をしてもらえばいい。ついでにイアンも治療してもらおう。そうセキは思っていた。
「勝手に話、進めないでくれるかな?」
「あら、まだやるの?」
存在を忘れてたわけではないが、ほぼ仕事完了に近い状態で抵抗されるのは面倒くさい。
「弟をやられて、黙っているほどお人好しではないですよ?」
「あっそう。好きにすれば」
キリィは鞘から剣を抜く。セキも剣を構える。
「手を貸そうか? セキ」
「結構よ。自分でやるから」
セキにとって久しぶりの殺陣である。無い方がいいのは確かだが。トーリに邪魔はされたくない。
「見たところ、君は人間の混血種だよね?」
「混血種ですけど?」
この状態でそれがどうしたというのだ。
セキにとって、純血でなく人間の血が混ざっていた所で自分は自分で嫌だと思ったことはない。ただ、純血種にしてみれば、セキの存在は邪魔でしかなかった。里を出たのもそれが少し理由に入るのは間違いない。
「それは大変だね。僕たちとは違い、食事でも特定人物でないとダメだと聞いている」
「だから?この身体で不便に思ったことはないので、心配ご無用」
「興味深かったもので。よかったら、仲良くしようよ」
「結構よ。生憎、人望には不十してないの。それに、世の理を守れない者に用はありませんから」
「それは残念だ、――よっ!」
互いの剣が交わる。
セキは刃を滑らせ、下から払いのけて、また交わる。
「しつこい男は嫌われるわよ」
「なら、早く終わらせてあげようか」
一旦離れ、キリィは剣をふるった。防戦一方のセキだったが、キリィが懐に飛び込んで来た所を見計らって、身をひるがえし、宙を飛ぶ。そして、キリィの背中目指して、腰に忍ばせておいた短剣を投げる。
瞬時に悟ったキリィは避けたが、着地していたセキの剣が降り下ろされていた。
背中に一撃を喰い、地に伏せる。
痛みで顔を歪めながら、尚も立ちろうとするキリィに更に短剣が飛ぶ。
ざくりと刺さった場所は指と指の間。少しでも動いていたら、確実に一本なくなっていた。
「余計な動きすると、次は、確実にやるから」
そう宣言をされては、キリィは身動きができない。どう強気で言った所で死にたくはない。
「賢いのは嫌いじゃないわ。クロエ、こっちもお願い」
イアンの応急処置を終わらせたクロエにキリィも頼む。
後はザイルに任せてから、里に放り込めばいい。
「頼む!!」
ウエル警部が顔の前で手を合わせ、セキに頭を下げる。
すでに、アラウド兄弟は里に放り込んでいるので、一切警察には関与させてない。
「今更、無理ですよ。強制送還、してますから」
「そこをなんとか!」
手を机に置き、頭をより下げる。
それを見ても尚、セキは足を組み、ウエル警部を見下げる。
「契約上、決まっているのはご存知でしょう?こちら側の事件の場合、一切警察は関与しない」
「分かっている。たが、どう説明する。死因は?」
普段こんな事をする人ではない。大方、上層部に圧力でもかけられているのだろう。身柄を無理矢理にでも確保しろ、とか。
「そんなの知りませんよ。そういう隠ぺいは警察殿らが得意でしょ」
隠ぺいと言われ、ウェル警部は黙り込む。認めるわけではないが、結局のところ、隠すしか手はないのだ。
「はぁ…………。こんなもんでいいか?」
「いいんじゃないですか。芝居ですし」
そう。芝居なのだ。
関与出来ないのは決まっているのだ。覆ようもない。しかし、どんなに無理だろうと説得してこい、と言われれば行くしかない。形だけでも。
後は、録音して聞かせればいい。芝居ごっこの模様を。
これを信じるかは相手次第だが、誰が押し掛けようと終わった事件である。どうも出来ない。埒があかないのは誰が見ても分かる。
「助かった。んじゃあ、帰るから。誰が来ても追い返せ」
「ウエル警部。誰に言ってるとお思いですか?」
「確かに。君には必要のない言葉だったな。失礼するよ」
軽快に笑いながら、ウェル警部は帰っていった。




