11
しんしんと地上に降り注がれる雪。
何かを覆い隠すように。
急に降り出した雪に天気予報が外れたと嘆きすら聞こえた。人々は足早に家路に急いでいる。
誰も気付きはしない。そこで何が起こっても。
事が終わるまでは。
それはまるで、蜃気楼のように。
「よく来たね」
「……」
「ここが君の場所だよ」
「……」
「さあ、眠りにつく時間だ」
「……」
「君がここに来たのは、偶然じゃない。君は選ばれたんだ。餌となる素材としてね」
「……」
「もう苦痛も感じる事はない。身を委ねるんだ」
「……」
「さあ、おやすみ。お嬢さん」
「ユズ、セキさん起こしてきて」
エプロン姿のクロエがフライパンを持ったまま振り返り、机を拭いていたユズに言った。
「はーい」
スリッパをパタパタさせてユズはセキを起こしに行く。
成長途中の少女の顔。さらに、あどけない顔にちらりと見える大人の顔。それは彼女の生活で身に付けられたものだろう。猫目はそのままで明るい所の時は眼球が細くなる。肩まであるツインテールの白髪は人間に変身しても猫のようだ。
二階が住居で玄関の入口に近い方からセキの部屋、トーリの部屋、反対側にトイレやお風呂。奥に台所と居間が繋がっていて、さらに奥がクロエの部屋、台所と居間の右側の部屋にユズの部屋がある。
フライパンの中身は目玉焼き。目線を元に戻して、先にウインナーを焼いていた皿の横に盛り付ける。後はほんのり焦げ目が付いたトースト。
料理はクロエ担当になった。
病院で雇ってくれるとセキが言った時に聞かれたのだ。
「あ、そうそう。クロエって料理作れる?」
「えっと、簡単なものなら」
それがどうしたのだと、不思議そうにクロエはセキを見た。見たところ、二人だけで住んでいるようなので誰かに作ってもらってはいないだろう。どちらかが作っていると考えるのが普通だからだ。
「ならよかった。私たち、まったく手付けないから、任せた」
「あの一つ聞いていいですか?」
「何?」
「今まではどうしてたんですか?」
「外食か仕事先でいただくか、……ザイルのとこか」
それを聞いて呆気にとられていると肩を叩かれた。
「助かるわ。女のくせに一切料理しないのよ、セキは」
「食は大事ですからね。なんとかやってみます」
「よろしく」
と。
あれから、少し料理を勉強した。煮物とか挑戦したことのないものも。なんとか大きな失敗もなく、セキにも御墨付きも頂いた。
朝食が出来た匂いがしたのか、トーリが目を擦りながら、起きて来た。
「おはようございます」
「ん。おはよー」
顔洗ってくるわ、とトーリは洗面所に向かった。
トーリは自分で起きて来るが、セキは誰かが起こさないと起きない。なので、ユズが起こしに行っている。
ユズはセキがまだ起きてないのは分かっているのだが、礼儀としてドアをノックする。返事がないのはいつもの事なので、ドアを開けて部屋に入った。
「セキねぇさま、朝ですよー。起きてー」
セキは鼻の辺りまで布団を被り、ユズに背を向けて眠っていた。
カーテンを一気に開け、太陽の光が部屋中を包み込む。
眩しいのかもそもそとユズの方に向いて、ゆっくりセキの目が開く。
「朝ですよ、セキねぇさま」
「……そう」
また、眠りに入りそうな小さな声。
「朝ご飯、もうすぐ出来るみたいですよ」
「……みたいね」
目は開いているのだが、起き上がらないセキを不思議に思い、ユズは頭を傾げる。
いつもなら、声を掛ければ起きて来るので、少し心配になる。
「昨日仕事で寝るのが遅かったから」
「起こさない方がよかったですか?」
「大丈夫。起きるから。――ありがとう。今日もユズはかわいいわね」
「セキねぇさまはいつも素敵ですね」
照れると思いきや、逆に返されてしまった。
「寝起きの時に言われてもねー」
体を起こして、照れ隠しにユズの頭をなでる。
年の離れた若いユズに褒められるのはなんだかくすぐったい。
ドアが急に開くと、顔を出さずトーリが言う。
「朝ご飯出来たって」
「すぐ行くわ」
ドアが閉まる。
先に行ってて、とユズに言って、布団を直し部屋を出る。