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FREAKS(16)

毎週連載してきたこのお話も今回で最終回です。どうぞ、お読みください。

 

                        16

 

 

 それから、の話。

 

 結論から言うと、愛子さんは僕たちのところに帰ってきた。

 

 あの後、僕たちは拍子抜けするほど楽に(おそらく幾歳の差し金)黒塚家から撤退して、シスター達の用意してくれた車で無事、東雲町に帰ってくることが出来た。

 あの黒塚家に挑んで、こちらの損害はひまわりちゃんの怪我だけだったというのは、上々だったと思う。

 心配されたひまわりちゃんの怪我も見た目ほど酷くはなくて、一番酷く見えた腕でさえ骨折程度で済んでいたらしい、ってまあ、骨折は酷い怪我なような気もするけれど……。

「らいひょうふらから(大丈夫だから)ひんふぁいふぃなひへ(心配しないで)ほにいひゃん(お兄ちゃん)」

 と痛み止めのせいで、まるでいけない薬でラリっちゃてるみたいなひまわりちゃんは、脂汗を浮かべて、無理やり作った笑顔を僕に見せる。

「ひまわりちゃん……」

 用意されたバンの後部座席で横たわるひまわりちゃんは「らいひょうふ~」と、折れていないほうの手を振って答えて、そのまま眠るように意識を失った。

「ひ、ひまわりちゃん!?」

「大丈夫だ。そいつは、それぐらいでくたばるような鍛え方はしていない」

 僕の呼びかけに、代わりに答えたのは、車を運転するシスタースティグマだった。

「で、でも……」

 そうは言っても、本当に大丈夫なのか……?

「心配するな。これぐらいでくたばるようなタマなら私も苦労はしないよ」

 フフフ、と何故か嬉しそうなシスター。

「まあ、治療費はたんまり頂くがな!」

「ええーーーーーっ!」

 それってやっぱり僕負担ですか??

 まあ、結局それも愛子さんが立て替えてくれて、その分僕のタダ働きが伸びるというだけなのだけれど……。

 

 さて、

 黒塚家から帰ってきたのはいいけれども、それからの数ヶ月、結局事務所も住む家も無くなった愛子さん、流鏑馬さん、木星は、行く当てもなかったらしく、僕の狭いアパートに転がり込んできた。

『なんだか素敵な展開になりそうだ』なんて考えているそこの君は、現実というものをもっとしっかりと見ることをオススメしたい。

 考えてもみてほしい。ぼくの家は一般的な六畳一間だ。いや、見栄を張った。正確には世間一般よりも、もっと築年数を重ねた六畳一間だ。そこに男女四人が寝起きをするスペースなんてある訳が無い。したがって僕は、最近までの数ヶ月を浴室で寝起きするという、過酷な毎日を過ごす羽目になってしまったのだった。(ちなみに流鏑馬さんは忍者なので、きちんと(?)天井裏で過ごした)

 さあ、どうだろう?

 ここに、君達の想像するような素敵な展開が起こるはずもないだろう?

 あったのはここに書けないような壮絶な日々だけ。

 それは、僕に愛子さんを黒塚家に返そうかと思わせるほどだった……。

 

 そんな生活からも、愛子さんたちが新しい事務所を見つけたことによって解放され、僕は数ヶ月ぶりに普通の生活を営む、ごく普通の男子高校生に戻ることが出来た。

 ひまわりちゃんも『よくなったよ~』とメールと写真で元気そうな姿を送ってきてくれたし、なだれちゃんや綾ちゃん、それに鏨先輩にも今回の報告も済ませた。

 少しだけみんなとの距離が変わってしまったような気もするけれども、僕は元の場所に帰って来れたんだ。

 全ては元通り、というわけにはいかなかったけれども、それでも僕はこれで良かったのだと、今なら胸を張って言えると思う。

 そんなことを壇上に立つ校長先生のありがたいお話を聞く振りをしながら、ぼんやりと考えているのだった。

 なぜ、校長の話なんか聞いているのかって?

 それは、今が二学期の終業式だからに決まっているじゃないか。

 この後、僕は講堂から教室に移動して、あまりかんばしくない成績の通知表を受け取り、担任教師の脅迫とも取られかねない冬休みの注意を受け、やれやれと帰路につくのだった。

「太郎くん!」

 廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。

「ああ、南か。どうした?」

 南は僕の元へ、人懐っこい笑顔を浮かべ、小走りに駆けてくる。

「今日のクリスマスパーティー、どうする?」

「ああ……そういえば、今日だったっけ?」

 そうなのだ。

 今日はこの後、新ドクロ事務所の引越し祝いを兼ねた、クリスマスパーティーを件の新事務所で開催することが決まっているのだ。

「もう!忘れてたの?」

 南は頬を膨らませて『プンプン』なんて化石のような事を言ってやがる。

「いや、忘れてたわけじゃないんだけれど……」

 本当は忘れてましたけど……。

 立ち止まったままだと、追及されそうなので、僕たちは並んで歩き出す。

「ちゃんと飾りつけ、用意してきてよね、太郎くん?太郎くんが飾りつけ係なんだからね」

「あ、ああ、わかってるよ」

「私も今日は、腕によりをかけてたくさんご馳走を作るから、楽しみにしててね。ケーキだって手作りしちゃうんだから」

 心の底から楽しそうに、南はそう言って笑う。

 愛子さんが帰ってきて、流鏑馬さんも無事だったとわかって、南は泣きながら喜んだ。

 何となくそれから月日が経ってしまってはいるけれども、今日のパーティーは南にとって、そのお祝いも兼ねているのかもしれない。

「ああ、それなら今日の昼飯は少なめにしておくよ」

 僕はそう言うと南に笑ってみせた。

「ウフフ、いっぱい食べてね!もし残したりなんかしたら、太郎くんの体を土に埋めて頭だけ出して、その口にどんどんご馳走を詰め込んじゃうんだから!」

「そんなことしたら、僕の肝臓が世界三大珍味に変わるだろうが!」

 よく考えたら残酷だよね、フォアグラって……。

 美味しいらしいけど。

「それで、この後はどうするの?私は愛子さんのところにこのまま行くから、よかったら一緒に行こうよ」

 下駄箱で靴を履き替えながら、南は朗らかに声を弾ませて、僕に訊ねる。

「う~ん……そのお誘いは魅力的だけれど、僕は一度家に帰ってから行くことにするよ」

 飾りつけの道具を取りにいかなくてはいけないしね。

「そっか……わかった。じゃあ先に行っとくね」

 少しだけ寂しそうな表情を南は見せたけれど、すぐに明るい笑顔を見せた。

 下駄箱を出て、僕たちは校門へと向かう。

 横目でちらりと盗み見ると、さっき見せた寂しそうな表情が嘘かと思うほどに、ご機嫌な南の顔が僕の肩の先に見え隠れしていた。

「それじゃ――」

 校門のところで、南はくるりとこちらを向く。

「また後で、太郎くん」

「ああ、後でな、南」

 僕たちはお互いに手を振って別れた。

 

 僕はもうすっかり冬の表情を見せる空を見上げながら、家までの坂道を下る。

「あっ、そういえば……」

 愛子さんを連れ戻しに行く前に、南に言われた『帰って来たら僕に言いたいこと』についてなのだけれど、帰ってから南に訊いても、

「う~ん…やっぱりまだ秘密」

 と結局はぐらかされてしまったのだった。

 気になっていたから、それからことあるごとにちょくちょく訊いてみるのだけれど、その度に何だかうやむやにされてしまう。

 言いたい事なのか、言いたくない事なのか……。

 それとも、言いたいけれど言えない事なのか……。

 このことについては、僕はもう少し待ってみることにする。

 きっと時が来れば、南から話してくれるはずだ。

 これは何となくの勘なのだけれど、多分、無理やり訊いてはいけないような気がする。

 まあ、気長に待ってみることにするさ。

 アパートの階段を上り、僕は鍵を開け誰も待っていない部屋のドアを開ける。

「あら、あなた、今日は早かったのね。どうする?お風呂にする?食事にする?それとも……あ、た、し?」

「何でお前がいるんだ?綾ちゃん?」

 誰もいるはずが無い僕の部屋で待っていたのは、エプロン姿で新妻のコスプレをしている佐々咲綾ちゃんだった。

「もう、あなたったら~。これはコスプレなんかじゃなくて、あなたの妻なんだからこうやっておうちで待つのは当然の事でしょ?」

 ウフッ、と頬を赤く染めて、照れ笑いを浮かべる綾ちゃん。

「一度、専門機関でしっかりと検査を受けることをオススメするよ、綾ちゃん……」

 そしてそのまま出てこないでくれ。

「っていうか、勝手に家に入ってんじゃねえよ!」

 前から綾ちゃんは僕の家に勝手に入っているのだけれど、最近、特にあの告白以来、ほぼ毎日のように僕の家にいる。その事については一度、糸くんに相談した事もあったのだけれど、兄である糸くんはすっかり娘を嫁に出す父親みたいな顔で、僕に『あーやを頼むんだよ』とか言う始末で、全く頼りにならない。

「何言ってるのよ、あなた~。ここはあたしとあなたの愛の巣よ」

「そんな不吉なものにした覚えはねえよ!いいから早く出てけって!」

「ウフフ、そんなつれない事言ってぇ~。もう、一体、何の冗談なの」

「お前の頭の中のほうがよっぽど冗談じゃねえよ!」

 モジモジと体をくねらせて、恥ずかしがっている綾ちゃんを無理やり部屋から追い出す。

「じゃあ、先に行ってるわね~あ、な、た~」

 そんな声をドアの向こうに残して、カンカンと足音を立てて綾ちゃんは去っていった。

「ふう…行ったか……って、あれ?先に行くって……まさか……」

 今日のパーティーというヤツに来るのか……?

「今日のパーティーは多分、大荒れだろうな……」

 とりあえず、呼べるだけ呼んだって愛子さんは言っていたけれど、何だか嫌な予感がする。

 僕は今日、無事に帰ってこれるのだろうか……?

 

 飾り付けの道具達を持って、僕は部屋の鍵を閉める。

 何となくパーティーに行くのが怖い僕は、歩いて新ドクロ事務所に向かう事にした。

 今の新事務所は前の事務所よりも大分僕の家に近く、歩いていける距離になったのだ。

 吸い込む空気は冬の冷たさと、クリスマス前の暖かさを含んだ、複雑で胸をざわつかせる臭いがした。

 ピリリリリリリリ……ピリリリリリリリ……。

 そんな空気を裂くように、携帯電話の着信音が町に響いた。

 反射的に僕は携帯電話を開いて、通知を見る。

 表示された名前を見て、自然に口元が綻ぶ。

「はい、もしもし。どうしたんですか?愛子さん」

『どうしたんですか、じゃないわよ!』

 携帯電話から聞こえてきた愛子さんの声は、いつも通り高圧的に僕を叱り付けた。

『あなた、一体何しているのよ!?』

「何してるって……そっちに向かっているんですけど……」

『違うわよ!そんなことはわかっているの!』

 わかっているなら訊くなよ、とは口が裂けても言えないな。

『そうじゃなくて、遅いから何しているのって言っているのよ!』

「いや、その…色々ありまして……」

 綾ちゃんの襲撃とかね。

「それはそうと、愛子さん、もしかして僕が遅いのを心配してくれてるんですか?」

『ば、ば、ばっかじゃないの!そ、そんなの心配してる訳ないじゃない!そうじゃなくって、その……もう、みんなが来てるのに太郎ごときが遅れたら、みんなが怒っちゃうじゃない?だ、だからなんだからね!』

「フフフッ、そういうことにしておきましょうか」

 全く見事なツンデレっぷりに、思わず笑みがこぼれてしまう。

『た、太郎のくせにあたしを笑うなんて生意気よ!』

「はいはい、そうですね~」

『もう!』

 顔を真っ赤にして地団太を踏む愛子さんが目に浮かぶ。

 しかし、これ以上いじめると後が非常に怖いので、この辺りで話題を変えることにしよう。

 すっかり日が短くなって、沈みかけた太陽がオレンジに染め上げる街を歩きながら、僕は愛子さんとの電話を続ける。

「それで、みんなもう来てるって言ってましたけど、誰が来ているんです?」

『えーっとね~あたしと流鏑馬と木星はずっとここにいるからいいとして……』

 そりゃそうでしょうよ。

『南ちゃんはもう随分早くから来て、せっせとご馳走を作り続けてくれているし、ああ、あと料理といえば、あのトルコ料理屋のシェフもなだれちゃんと一緒にもう来てるわよ。なだれちゃんったら張り切ってウェイトレス姿で来てるんだから』

「へえ~それはそれは……」

 急がねば!

 可哀想なトルコ料理屋のオッサンは、あの時焼け出されてしまって、店を失ってしまったのだけれど、何とか屋台から再出発したそうだ。オッサンのキャラはともかくとして、味だけはかなりなものだから、意外に早く屋台から店に復帰するかもしれない。なだれちゃんという看板娘もいるしね。

『そうそう、そういえばなだれちゃんが教えてくれたんだけど、どうもなだれちゃんの学校で変なおまじないが流行っているそうなのよ』

「変なおまじない?」

 まあ、大体おまじないってものは変なものなのだけれど……。

『ええ、そうらしいの。おまじない自体は何の変哲も無いものらしいんだけど、そのおまじないをした子達がみんな学校を辞めていくらしいのよ』

「学校を辞める?それはなかなか穏やかじゃない話ですね……」

『確かにそれだけでもおかしいのだけれど、もっとおかしいのはその辞めた子達がみんなおかしな占いの館に入り浸っているそうなの』

「……なんだか、聞いたことあるような話ですね」

『しかも、そこの館長の特徴を聞いてよ』

「聞かなくても何となくわかりますけど……」

『その館長というのが、そのおまじないを広めた人物らしいんだけれど、銀髪でオールバック、真っ白い派手なスーツを着てて、いつもニコニコとして物腰が柔らかい…と……』

「愛子さんそれって……」

『ええ、間違いないと思うわ』

「『天苑白!』」

 僕たちは声をそろえて、その名前を口にした。

 

 僕はあの時、結局天苑にとどめを刺さなかった。

 理由としては色々考えられるけれど、大きな理由としては二つある。

 一つは天苑自身がとどめを刺されることを望んでいたから。そのままとどめを刺してしまったら、なんとなく言いなりになったみたいで面白くない。というのが一つ目の理由。

 もう一つは、やっぱり愛子さん絡みで、誰かが死ぬという事を起こしたくなかった。きっとどれだけ許しがたい相手だったとしても、それを殺してしまったら愛子さんは自分を責めるだろう。まして、愛子さんを理由にして僕が殺したなんて事になったら、愛子さんをもっと苦しめてしまう事になると思う。だから、殺さなかった。というのが二つ目の理由。

 あの時、僕は確かに引き金を引いたけれど、撃ちだされた弾丸は天苑の傍の床に穴を開けただけだった。

 天苑は言った。

『私を生かしていたら、また、あなた達に災厄を持たらしますよ』

 と。

 でも、僕はそれに言い返したんだ。

『何度でも来やがれ、相手してやる』

 って。

 

「早速お出ましか……全く困ったやつだぜ」

 僕はニヤつきながら、思わず呟いていた。

『何がそんなに嬉しいのか、あたしには全然分からないけれど、それにしても、まったく迷惑な話よ!あなたがあの時キッチリととどめを刺しておかないから、こんな事になったんじゃない!』

 僕の思いを知っているはずなのに、愛子さんは僕をそんなふうに責める。

「そんな~、愛子さんのためにと思って……」

『あら、あたしは『あなたに任せるわ』とは言ったけれど、何も『あたしのために天苑を殺さないで』なんて頼んだ覚えはないわよ』

「えぇ~………」

 ちょっと酷くない?

 そんな事言われたら泣いちゃうぞ。この、街のど真ん中でも泣いちゃうんだから。

『ウフフフフ』

 僕が涙ぐんでいると、電話の向こうの愛子さんは唐突に笑い出した。

「どうしたっていうんですか?急に笑い出したりして……」

『ウフフフ、あんまりあなたが悲しそうな声を出すから、面白くって。心配しなくても冗談よ。そんなの冗談に決まっているじゃない』

「へっ?」

『ウフフ、さっきあなたが太郎のくせにあたしを苛めるもんだから、あたしも意地悪したくなっただけ。タダの仕返しよ』

 愛子さんはそう言うと、心から嬉しそうに笑った。

「そうですか……」

 なら良かったけれど、なんだろう?この弄ばれた乙女のような気持ちは。

「それで、どうするんですか?」

 すっかりネガティブに染まった心を無理やり叩き起こして、僕は愛子さんに訊ねる。

『そんなのわかりきった事でしょう?あなた、言ったじゃない?』

「そうですね。何度だって相手してやりましょう。僕は何度だってあいつの企みをぶち壊してやりますよ」

 不思議なもので、天苑がまたそうやってどこかで悪さをしているということを聞くと、何故だか心が躍る。

 しかもなんとなく安心したような気もするものだから、人間の心なんてものは実に理解しがたいものなのだ。

 僕は口の端を持ち上げて、暗くなり始めた街を足早に歩く。

 

「そういえば、話が途中でそれちゃいましたけど、南となだれちゃん以外には誰が来る予定なんですか?」

『そうね~、えぇーっと……』

 どうやら愛子さんは部屋の中を見渡しているようだ。

『とりあえず来ているのは、佐々咲兄妹でしょ、あと鏨くん、シスタースティグマと三人娘と魔魅美は来てるわね』

「魔魅美さん、来てるんだ……」

 いいのか?まあ、敵ではなかったのだけれど……。

『めるとが遅れるって言ってたから、多分それと一緒に百夜も来ると思うわよ』

「びゃ、百夜も誘ったんですかっ!?」

 僕は思わず街中である事も忘れて、大声を出してしまい、周りから実に冷たい目で見られてしまった。

「百夜なんて呼んで大丈夫なんですか?というか、もとよりあいつこんな会に来るんですかね?」

『あら?呼んではいけなかった?兄妹なんだから当然でしょ?』

「いや、そりゃそうなんですけど……」

 メンバーが不安すぎる……。

『まあ、本当の所は来るかどうかは五分と言ったところなんだけどね。めるとに会いに行ったときに、ついでに誘ったのよ。ちなみに幾歳兄様も誘ったのだけれど、そっちは断られてしまったわ。百夜のほうはあたしが誘ったときに、特に返事もしなかったから、多分来るんじゃないかな?木星もいることだしね』

「それはなかなか気合を入れていかないと……」

『なんで、あなたが気合を入れる必要があるって言うのよ』

「こっちには色々あるんですよ!」

 下手をすれば今日が僕の命日になりかねないメンバーだ。

「それにしても、よくもまあ、こんなに変わった人ばかり集めたものですね」

『ウフフフ、そうね。ただ、そう言うけれども、あなたも随分変わっているわよ』

「ぼ、僕が?この平凡を具現化したような、普通の申し子というようなこの僕が変わってる?」

『ほら、そのリアクションがすでに変わっているじゃない?』

「そうですかね……?」

『そうよ。なに?嫌なの?』

「いや……」

 昔の僕だったら、きっと変わっているなんて言われたら嫌だっただろう。

 でも、今はどうだろう?

「嫌、じゃないですけど……」

『太郎、あなたも変わったのよ。それは、今は良いか悪いかなんて分からないでしょうけれど、きっと良い事なのだとあたしは思うわ』

「確かに僕は変わったのかもしれないですね……でも、僕が変わったのはきっと愛子さんのおかげなんですよ」

『あたしのおかげ?』

「はい、愛子さんと一緒にいることで、自分の世界とは全然交わらないはずの人たちとこんなに会えたんですから。やっぱり僕が変わったのは、愛子さんの力があっての事だと思います」

『フフフッ、そうなのかもしれないわね。でも、それはきっとあたしからあなたへの一方的なものじゃなくて、お互いさまなんだと思うわ』

「そういわれたら、嬉しいですね」

 胸が温かくなるのを感じる。

「愛子さん」

『何よ?』

「これからもずっと一緒にいますからね」

『な、な、何、恥ずかしい事言ってんのよ!』

「だから、あの続きを……」

『続きって何を……あっ』

 愛子さんはあの時、噤くん、もとい天苑に邪魔された続きを思い出したみたいで、電話の向こうでもその慌てっぷりが伝わってくるぐらい動揺した声で、

『あ、あれはその…ち、違う、じゃ無くて……その…勢いっていうか……」

 と取り乱す。

「僕はいつでも良いですよ。いつまででも待っていますから」

『ば、ばかっ!ふざけた事言ってないで早く来なさいよね!じゃないと――』

 顔を真っ赤にしている愛子さんの姿が目に浮かぶ。

『いつまでも続きをしてあげないんだからね!』

 ブチッと、通話は一方的に切られてしまった。

「フフッ、それは急がないと……」

 僕はそう呟いて、歩みを速める。

 

 すっかり日が短くなったせいで、辺りはすでにかなり暗くなっていた。

 冬の夜空は澄んでいるせいで、星がいつもよりもよく見えていて、僕の行く先を照らしている。

 白い息を弾ませて僕は道を急ぐ。

 街の喧騒から少し離れた所に、新しいドクロ事務所が入るビルが建っていた。

 以前のビルと同じか、それ以上にボロい外観なのだけれど、愛子さんによると中は以前とは比べ物にならないぐらい広くなっているとのことだった。

 今度のビルは真ん中に大きな螺旋階段があり、それでしか上の階には登れない構造になっている。

 その階段を軋ませて上りながら、これまでのことを考えていた。

 

 はじめはほんの偶然だった。

 愛子さんに出会った時は、何て理不尽でわがままで無茶苦茶な人なんだろうと思った。

 そんな愛子さんに振り回され、掻き回され、引き摺り回される日々。

 その中で出会ったたくさんの人たち。

 そうして経験した様々な事。

 それらを通して僕は少しでも変わったんだろうか?

 僕は変われたんだろうか?

 愛子さんは『僕は変わった』と言ってくれた。

 変わる事というのは、良い事なのだろうか?

 様々な思いを抱えて、僕は暗い階段を上る。

 人は良くも悪くも変わっていくものだ。

 人だけではない、この世界は常に変化し続けている。そりゃ、事務所だって新しくもなる。

 これから僕も変わっていくのだろう。

 歳だって取っていくし、歳をとればそれなりに大人にだってなっていくだろう。

 物事の見方だって変わるし、性格や考え方だって変わるかもしれない。

 変わること、それは良い事だと思う。

 でも、変わらないもの、もしくは変えてはいけないものだってある。

 大切なもの。

 守りたいもの。

 ゆずれないもの。

 僕たちの心にはそういったものがぎっしり詰まっている。

 愛子さんの琥珀色の左目はそれらを見ることが出来る。

 それって、やっぱり素晴らしい事だと思う。

 僕はその瞳から涙が流れないよう、これからも傍に居続けようと思う。

 これが、僕の変わらないもの。

 変わった人たちの中で、僕が見つけた変わらないもの。

 何の変哲も無いそれが、僕にとってはとても大切で、ピカピカ光っているように思える。

 心が視える愛子さんには、この窓から見える星みたいに見えてほしいと思う。

 

 いつの間にか僕はドアの前まで上ってきていた。

 ドアの隙間からは、中の騒がしい雰囲気が滲み出てきている。

 僕は思わず笑みがこぼれる。

 コンコン、とノックをする。

『はーい』と聞きなれた声で返事が返ってくる。

 僕はドアノブに手をかけ、それを右に回す。

 もれてくる暖かい光と、賑やかな声。

 

 僕は扉を開けた。


子供の頃から、私達は「嘘をついてはいけません」であるとか「他人の痛みを分かち合いましょう」であるとか「人に思いやりをもって接しましょう」などと言われ育ってきました。多少、世代の違いがあったとしても、概ねこのようなことを子供時代に言われ続けたのではないでしょうか?確かにその言葉は正しいと思います。それに、大人になった今でも、そうあるべきなのはよく分かっています。でも、これが出来ている人なんて本当にいるのでしょうか?大概の人は自分の都合で嘘をつくし、社会もそれを容認しています。人の痛みを本当に分かっている人なんてほんのわずかで、大抵、分かったつもりになって、その人の痛みを勝手にでっち上げて押し付けているように思います。思いやりなんてものはイリオモテヤマネコよりも絶滅危惧種なのではないでしょうか?これが本当の所だと私は思います。では、何故そうならないのか?思ってはいても何故、そう出来ないのか?その答えのひとつが、心が視える愛子さんという存在なのかもしれません。もし本当に心が視えたのだとしたら、嘘のつきようは無いですし、相手の痛みも手に取るように分かるでしょう。思いやりなんてものは足し算よりも早く身に付くでしょうし、全てが平和のうちに解決するかもしれません。でも、それって面白い?分からないから面白い。それが人なんだと思います。このお話にはちょっと…いや、かなり変わった人たちが出て来ます。はっきり言って理解する事なんて出来やしないと思いますが、だからこそ面白い。だから愛子さんはいつも眼帯で力を封印しているのかもしれませんね。というわけで、「フリーク・フリークス」最終話「FREAKS」でした。

さて、いかがだったでしょうか?最後の話はハッピーエンドにするぞ、といきまいて書きましたが、何となくいつも通りな結末で、やっぱりこういう具合に落ち着くのか、なんて自分で書いたのに妙に納得してしまったりもしました。みなさんにおかれましては、いろいろと思うところもあるかとは思いますが、このお話はこれにて一旦の終了となります。長い長い長ーーーーーい話になりましたが、こんなに長い話を自分が書けるということが、驚きであり、また自信にもなりました。これで少しでもみなさんに楽しんでいただけたのなら、これ以上の幸せはないかと思います。どうでしょうか?

最後にこのお話、というか小説というものを書くきっかけを下さった友人達、それにこんな稚拙な文章でも毎週欠かさず読んでくださった読者の諸兄に心よりの感謝を込めて、ここに筆を置きたいと思います。本当にありがとうございました。次回作なんてものはまだ考えてもいませんが、いずれまた書きたいと思いますので、そのときは是非ともよろしくお願いします。というわけで「フリーク・フリークス」でした。またお会いする日まで。バイバイ。

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