FREAKS(15)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。
15
「天苑オォーーーーーッ!」
固く握り締めた拳を、天苑に突き出す。
僕の全体重と走る勢いと思いを乗せた拳は、天苑の頬に炸裂した。
後ろに吹っ飛ぶ天苑。
そのまま襖を大きな音を立てて破り、天苑は停止する。
「やったのか……?」
そうだとしたらあまりにあっけない、と思っていると、案の定、天苑は何事も無かったかのように、立ち上がる。
「……なわけ無いか」
こんな事ぐらいで、倒せる相手ならここまで苦労する事は無い。
「いやー、実にいいパンチでしたよ。真っ直ぐで熱くて、まるであなた自身のようです」
天苑はパンパンと埃を払いながら、余裕の笑顔で僕にそう言う。
「まあ、そうだよな……」
それに返すように、僕も手首を振って、不敵な笑みを浮かべる。
「やっぱりお前を倒すのは……」
僕は、流鏑馬さんに教わった構えをとる。
「これ、じゃないとな」
僕に殴られた頬を少しさすりながら、天苑は再度、拳法のような構えをとる。
「フフフ、あなたに私が倒せますかね?」
そう言うと、手のひらを返し、クイックイッと手招きをして見せた。
「まず、その口を閉じさせてやるよ!」
僕は天苑との距離を一気につめると、その勢いを乗せた左肘を天苑の鳩尾にぶつける。
そのまま裏拳を顔面に当てると、その自分の拳ごとその顔面に右手で掌底を当てる。
「ぐっ!」
吹き飛ばされそうになる天苑の手首を掴んで自分のほうに引き戻し、僕は天苑の首下にラリアートのよう腕を当てて引き倒し、掴んだままの手首を逆方向に捻りあげる。
「ぐあぁあぁぁっ!」
苦悶の表情を浮かべ、天苑は僕から逃れようと暴れる。
「はあ…はあ…ど、どうだ……?」
僕は肩で息をしながら、足元でもんどりうっている天苑を見下ろしている。
「教えといてやるよ、最初の技は『総角』次の技は『早蕨』。この連続技は、お前のせいで死んでしまった流鏑馬さんから教わったんだ!覚えとけ!」
流鏑馬さんからは五十四の型をを教え込まれている。
そのどれもが急所を狙って、確実に相手を殺すような技なのだけれど、僕は非力なので殺せはしないまでも、こうやって相手を降伏させるぐらいの事は出来る。
「お前のせいで流鏑馬さんは……」
僕の怒りが天苑の手首を捻る力を強くさせる。
「ぐあぁぁぁあぁあぁぁあぁぁぁっ!」
さっきよりも激しく暴れる天苑。
「流鏑馬さんはこんなもんじゃなかったんだ……」
流鏑馬さんの仇はどうしても流鏑馬さんに教わった型で取りたかった。
僕はさらに手に力を込めて、手首を捻りあげる。
「ぐああぁぁあぁぁぁっ!…………」
天苑は一際大きなうめき声を上げて、静かになった。
「気を失ったか?」
僕はかがんで天苑の表情を確かめようとした。
その時――
「なぁーんちゃって」
突然、僕の足元を何かがすごい勢いで払う。
「えっ!?」
僕は受身をとる事も出来ずに勢いよく肩から床に倒れる。
「いってぇ!」
「太郎っ!」
愛子さんの叫び声にハッとして、目を見開くと、目の前に飛び上がり、僕のほうに肘をつき立ててこようとしている天苑のにやけた顔が、目に飛び込んできた。
僕は横に転がってそれをかわし、天苑との距離をとる。
「な、何で……?」
天苑に攻撃された衝撃と、それよりも大きなショックとで僕の頭は混乱していた。
「技は完璧だったんだ……天苑だってあんなに苦しんでいたのに、何で立ち上がってんだ?それに……今の技って……」
足払いからの、飛び上がって肘うち。
「そんなわけ……」
「太郎…今のって……」
愛子さんもそれに気がついたようで、驚きで目を丸くしている。
「フフフ、随分と驚いてらっしゃるようですね」
天苑は立ち上がり、ニヤニヤと僕たちを馬鹿にしたように笑う。
「それでは私も教えて差し上げましょう。最初の技は『末摘花』次の技は確か…『空蝉』でしたかね」
ウフフフ、と肩を揺すって天苑は笑い声をたてる。
「お前、何でそれを……」
「以前、見せていただいたじゃないですか。覚えておられないですか?」
「いつ……って、まさか……」
あの技の流れは僕が百夜と戦ったときのものだ。
「そう、黒塚百夜さんをあなたが倒したときに見たのですよ」
「あの時、お前はあの場にいたって言うのかよ」
僕たちの動揺を気にする素振りもなく、天苑は自慢げに話し続ける。
「ええ、何を隠そうあれも私が仕組んだ事ですし」
「なんだと?」
「あら?知らなかったんですか?」
わざとらしく驚いてみせて、天苑は続ける。
「いくら百夜さんといえども、あの当時の黒塚家による軟禁状態から、何の手助けも無く外に出られる訳ないでしょう?」
「そういえば、確か愛子さんが何者かによる手助けが無ければ、あんな事できなかったと言っていたけれども、まさかそれが……」
まさかそれまでもが天苑の企みによるものだったなんて……。
「だ、だとしてもその技を何でお前が使えるんだよ!」
僕はなんだか大切なものを勝手に使われたような気持ちで、天苑に叫んだ。
「そんなこと、私の力を持ってすれば簡単なこと」
ニヤついた口元をさらに歪にゆがめて、天苑は得意げに話す。
「私の催眠はイメージを相手に植え付けるものです。例えば何の力も持っていないのに、さも自分は万民を救うことの出来る教祖だと信じ込ませるように」
天苑はその力で、こころのみちしるべ事件を引き起こしたのだ。
「それの応用ですよ。その力を自分に使うんです。するとどうでしょう?私に無限の力を宿らせる事ができるということなのです。どうです?素晴らしいでしょう?」
誇らしげに胸をそらせて、天苑はほくそ笑む。
「私は何にだってなれるし、どこにだって行ける。私は可能性の塊なんですよ」
あーっはははははっ!
天苑は声をあげて笑う。
「そんなの反則だろ……」
その笑い声に打ちのめされるように、絶望感でいっぱいになった胸が、僕の体を重くさせる。
「狂ってやがる……」
しかも、腐ってやがる。
「そういえば、ついでにお教えしますが、あなたの攻撃は私にはききませんよ」
顎を上げて、天苑は僕を見下す。
「どういうことだ?それは?」
「あなたも知っているでしょう?ボックスくんと一緒ですよ。というか、彼を『ああ』したのは私なんですがね」
実に楽しそうに、天苑は話す。
「私も感じないんですよ、痛みも苦しみもね。なかなかいいものですよ」
フフフ、と嬉しそうな天苑。
「お前だけは……」
許せない。
けれど、どうすればいいんだ?
痛みを感じないのだとしたら、どうやって倒せばいいんだ?
しかも、一度見せた技は全て盗まれる。
この状況をどうやって打ち破るか、僕には全く見当がつかない。
思いをめぐらせていると、背中の拳銃が冷たく、そして重く主張する。
『抜け、そして撃て』
と。
「太郎?」
愛子さんの声に我に返る。
「は、はい?」
「あなた、今にも死にそうな顔してるわよ」
心配そうに僕の顔を覗き込む愛子さん。
「いえ、なんでもないんですが……」
僕は何となく愛子さんの顔が見れなくて、思わず目を逸らす。
「そんな風に誤魔化したって、あたしにはわかるんだから……あなた、それを使いたくないのね?」
「……まったく、その力はやっぱりズルイですよ」
僕は肩をすくめて、力なく笑う。
「これを使わないと、あいつには勝てない……それはわかっているんですけど…わかってはいるんですけど……」
これを使うということは、つまり『それ』を意味している。
僕にはそこまでの覚悟が無いのか?
いや、覚悟はあるつもりだ。
……あると思う。
でも、心のどこかが、それでいいのか?と問いかけ続けているんだ。
「フフッ、全くあなたらしいわね」
愛子さんは優しく微笑むと、強張った僕の頬を撫でた。
「まあ、それがあなたのいい所なんでしょ」
「愛子さん……?」
「下がりなさい、太郎」
愛子さんは僕の前へと進み出る。
「愛子さん、何をするつもり……?」
「まあ、任せなさいって」
愛子さんはそう言うと、僕に力強く握りこぶしを見せた。
……って、
「マジで?」
「さて、どうですか?降参する相談は終わりました?」
待ちくたびれたといった風情で、退屈そうに天苑は僕たちに訊く。
「まさか。降参なんてする訳ないじゃない」
それに負けじと愛子さんが、随分と不遜な態度で答える。
「へえ~頑張りますね~太郎さん」
「はあ?あんた何言ってんのよ?太郎に代わって、あたしがあんたの相手をしてあげるわ」
この言葉にはさすがの天苑も随分と驚いたようで、ニヤニヤとずっと細めていた目を見開いたほどだ。
「これは驚きました。姫さま自ら私の相手をしてくださるだなんて、光栄至極でございます」
腹が立つほどに慇懃にそう言うと、天苑は深々と頭を下げた。
「それで?姫さまはどうやって、この私と戦うおつもりなんですかね?」
くくくっ、と思わず天苑は笑い声をこぼす。
そんな天苑の馬鹿にしたような態度に、さぞ怒りも吹き出さんばかりだろうと、愛子さんを見てみると、不気味なほど邪悪に微笑み、心から嬉しそうにしていた。
どれぐらい不気味だったかというと、トラウマになって毎晩夢に出てきて、それにうなされて寝不足になり、昼間、授業中に眠くなり、居眠りをしたら、また夢に見て、こんな事なら寝ないほうがマシだと思うぐらいだ。
って、よくわからないか。
何はともあれ、こんな表情の時の愛子さんは、大概この後とんでもないことをしでかすけれど、なんだかんだで問題を解決しちゃうのだ。
「……太郎」
「はい?なんですか、愛子さん?」
「全部聞こえているんだけど……」
……………。
しまったあぁぁっ!
「後で覚えておきなさい」
「……はい」
これは僕の人生も残り少ないかもしれない。
とはいえ、とにかく今のこの事態をどうにかしない事には、僕の人生は短いどころか、今すぐにでもエンドロールだ。
「そ、それで、どうやって戦うつもりなんですか?愛子さん?愛子さんが格闘技を習得しているなんて、全然知らなかったですけど、それでもあいつはなかなか手ごわいかと――」
「えっ?あたし格闘技なんて出来ないわよ」
僕の心配事を根こそぎ吹っ飛ばしてしまった。
「な、な、何言ってるんですか!?さっき愛子さんが戦うって言ったんじゃないですか!」
「誰がそんな事言ったのよ!」
あんたが言ったんだよ!
「相手をするとはいったけれど、あたし自身が戦うだなんて一言も言っていないわよ」
「それはそうですけど……」
屁理屈なんじゃない?
「それじゃ?」
「決まっているじゃない」
愛子さんは得意げな表情を見せて、
「呼ぶのよ」
と言った。
って、
「誰を?」
僕の問いかけに愛子さんは何か含みのあるような笑顔を見せて、こう叫んだ。
「流鏑馬!お願い!」
「や、流鏑馬さんって、そんな……」
その言葉に驚く僕の前に、天井から一つの影が降り立った。
「お呼びでしょうか?愛子様」
月明かりの中、徐々に明らかになっていくその姿は、真っ黒いスーツを着こなし、手には真っ白い手袋をはめて、オールバックにした髪の下には銀縁眼鏡が光る、執事兼、流鏑馬流忍術の継承者――。
「や、や、流鏑馬さんっ!?」
そこに居るのは確かに流鏑馬さんその人だった。
「どうしましたか?太郎さん?幽霊でも見たような顔をして」
うふふ、と目を細める流鏑馬さんは以前と全く変わらない。
「ど、ど、どうしたも何も!」
「フフフ、ちゃんと生きていますよ」
「いや!そりゃ、そうでしょうけど!問題はそこじゃなくて!」
「何故か?ということですね?」
流鏑馬さんは以前と変わらず、優雅な笑みを湛えて、静かに話し始める。
「あの時、私は確かにボックスに破れました。片腕も失ってしまいましたし、もうダメだと思ったのですけれど、運がよかったのは彼らが火を放ってくれたので、それに紛れて文字通り命からがら逃げる事に成功したのです」
「そうだとしても、あんな傷でよく無事でしたね?」
「ああ、それは――」
そう言って、流鏑馬さんは左袖をまくって見せてくれた。
「そ、それは……?」
流鏑馬さんの左腕はボックスくんにやられた辺りから先が、完璧に機械の腕に変わっていたのだった。その腕はコードや基盤やらコネクタやらが整然と並んでいながらも、どこか生き物っぽいというか、有機物と無機物の間と言った雰囲気を持っていた。
「実際、ビルを出た私はそこで力尽きてしまっていたのですが、それを木星に見つけてもらって、この腕を木星がジュピターシステムを使って作ってくれたのですよ」
「そうか、自己再生と自己増殖か……」
とは言っても、本当にそんなことできるのかよ?
でも、目の前で実際に起こっているのだから、信じる以外ありえない。
それにしても、腹立たしいのは――
「おい、木星。知ってたんならなんで教えてくれなかったんだよ!」
『……てへぺろ』
「誤魔化せてねえよ!」
いつも通りの無愛想な声でそう答えたっきり、木星は黙ってしまう。
「愛子さんも知ってたんなら――」
「あたしは知らなかったわよ?知っている訳ないじゃない?」
確かに、愛子さんがそれを知っていたなら、とっくに僕たちのところに帰ってきていたかも知れない。
「じゃ、じゃあ、さっきのは……?」
でも、愛子さんはさっきはっきりと流鏑馬さんを呼んでいたよな?
「ああ、あれは……」
ふふん、と鼻を鳴らして、愛子さんは自慢するように言った。
「来たらいいな、って思っただけよ」
「へっ?」
どういうこと?
「いや~あなたに代わるって言ったけれど、何も考えていなかったのよね~。それで、困った時の神頼みじゃないけれど、流鏑馬を呼んだらどうにかなるかな~と思って呼んでみただけ」
はははは、とあっけらかんと愛子さんは笑う。
「でも、まさか本当に来るとは思わなかったから驚いちゃった」
「来なかったどうするつもりだったんだよ!」
そのノープランっぷりの方が驚いちゃうよ!
「何よ!来たんだから結果オーライでしょう!」
愛子さんは頬を膨らまして僕に抗議した後、不適な笑みを浮かべて、
「それじゃ、流鏑馬、やっておしまいなさい」
と天苑を指差して言った。
「かしこまりました」
流鏑馬さんは恭しく愛子さんに頭を下げて、構えをとる。
「いや~本当にあなた達は面白い」
天苑は僕たちのほうを見てニヤニヤと笑っている。
「それで、太郎さんの次はその死にぞこないが私の相手をするのですね?」
首をストレッチするかのように左右に曲げて、天苑は悠然と構えをとる。
「言ってろ。お前はその死にぞこないに負けるのだよ」
流鏑馬さんも、見たことのないような冷酷な目つきで天苑を睨む。
空気の温度が急激に下がったような錯覚を覚える。
そんな数秒が経過した後。
先に仕掛けたのは流鏑馬さんだった。
勢いよく飛び出した流鏑馬さんはそのまま右ストレートを繰り出す。
それを間一髪かわした天苑がカウンターで流鏑馬さんの顎を狙って掌底を繰り出す。
急停止した流鏑馬さんだったけれど、天苑の攻撃をかわしきれない。
流鏑馬さんの顎を捉えた天苑の掌底は、そのまま流鏑馬さんを上に浮かび上がらせるほど勢いよく炸裂する。
しかし、天苑の攻撃はこれで終わったわけではなかった。
上に持ち上がった流鏑馬さんの体をそのまま、今度は手のひらの方向を変えて、床に叩きつける。
「あれは……匂宮!」
その技はあの日、流鏑馬さんがボックスに繰り出した必殺技だった。
ものすごい轟音と共に、床にたたきつけられる流鏑馬さん。
「流鏑馬さん!」
床に倒れた流鏑馬さんは全く動かない。
「ま、まさか……」
「ふ…ふ……ふはははは!私に勝てる訳ないんですよ!あなたのような死にぞこないのガラクタが!」
天苑は高らかに勝利宣言をする。
「さあ!まだ、やりますか?それとも降参します?」
天苑はニヤニヤといやらしく笑いながら、倒れている流鏑馬さんをまたいでこちらに歩いてくる。
そんな天苑に対して、愛子さんは堂々と言い放つ。
「そのどちらもないわ」
「はい?」
天苑はその愛子さんの言葉に不意をつかれたように、きょとんとしている。
「あたし達はもう戦わないし、降参もしない」
「それはどういう……?」
天苑は何かに気がついて、振り返る。
「なぜなら流鏑馬はまだ負けてもいないし、絶対負けないから!」
天苑の背後にゆらりと黒い影が立ち上る。
その影は目では到底追えないほどのスピードで天苑の背後から、その首を掴む。
「な、何で……?技は完璧だったのに……?」
首を絞められた天苑は驚きと苦しさで、とぎれながら言う
「フフ、それは――」
流鏑馬さんの目が怪しく光ったように見えた。
「お前が偽物だからだ」
流鏑馬さんは天苑の首を掴んだまま体を抱えて、上へと飛び上がる。
「うおおおおおおおーっ!」
そのまま流鏑馬さんもろとも後ろに吹っ飛び、天苑を頭から床につき立てた。
流鏑馬さんは颯爽と立ち上がり、天苑を見下ろして、
「この技は『夢浮橋』、お前の知らない、本物の技だ」
と言った。
「さて、と……」
僕たちの目の前には縛り上げられた天苑が座らされている。
「こいつ、どうしましょうか……?」
「そうね……」
痛み、苦しみを感じない天苑でも、さすがにあの流鏑馬さんの攻撃では、完璧にKOされてしまって、その隙に縛り上げたのだけれど……。
「生かしておいても良い事はないわね……」
愛子さんは苦々しく呟く。
「そうですけど……」
僕は背中の銃を撫でて、そう呟いてみる。
「その通りですよ」
考えがまとまらない僕たちに、天苑が親しげに話しかける。
「私を生かしておくと、また、あなた達にちょっかいを出すかもしれません。いえ、必ず何か仕掛けるでしょう。だったら……わかりますよね?」
「お前、何言ってんだ?」
「私はもう十分楽しんだんですよ。だから、もういいんです。あなたの手にかかって私の人生を終えるのでしたら、それはそれで本望でしょう」
「少し黙ってろ!」
こいつの話を聞いていると、いつも騙されているような感覚におそわれる。
「でも……確かに言う通りなのよね……」
愛子さんはそう言うと、僕の瞳を覗いてくる。
「まあ……」
僕は答えに困る。
「太郎、あなたが決めなさい」
「えっ?」
「今回の事はあなたが決着をつけなさい。あたしも流鏑馬も木星も、それに文句は言わないわ。こいつを生かすも殺すもあなたに任せるわ」
「任せると言われても、困るというか……」
僕はとりあえず背中から拳銃を抜く。
ここには覚悟を決めてきたはずだ。
傷つくことも、傷つけることも。
何があったとしても、僕はもう逃げないと決めた。
でも、
それと同時に、今回の事で誰も死んでほしくはない。
愛子さんは自分が関わった人物が死んでしまうことを、まるで自分のせいかのように感じてしまっているから。
それが愛子さんを苦しめてきたんだ。
だから、誰にも死んでほしくないんだ。
それがたとえ敵だとしても。
だけど……
こいつだけは、
天苑だけは許せない。
許してはいけない、と思う。
僕はゆっくりと引き金にかけた指に力を入れる。
乾いた音が、夜の闇を振るわせた。