FREAKS(14)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。
14
「くっくっくっ……まったく、そんなに張り切らないでくれよ」
噤くんは薄ら笑いを浮かべる。
「そんなに張り切られると、ますます楽しみになっちゃうじゃないか」
くくく、と思わず笑い声が漏れる噤くん。
「楽しみって何がだよ?」
「それはね……」
僕の問いかけに、噤くんはニヤニヤとこちらを見る。
「それは、君がこれからぼくに負けて絶望する様を考えると、もうぞくぞくするほど楽しみなのさ」
「んだと!?」
「太郎!」
突っかかっていこうとする僕を、愛子さんが制する。
「あんな安っぽい挑発に乗るんじゃないわよ」
「はい、すみません……でも、腹が立つんですよ……」
「そうね、確かに腹が立つけれども、熱くなってしまったら、それこそあいつの思う壺よ。いつもその手口でやられていたんじゃない」
「そうですね。冷静にいきましょう」
ふぅーと息を整えて、僕は噤くんを睨みなおす。
「それじゃ、まず冷静にお前の正体から暴いていくとするか?」
慣れない不敵な笑みを浮かべ、僕は噤くんを挑発し返す。
「へえ~なかなか面白いことをいうね、太郎くんは。正体っていうのは一体、何のことだい?」
肩をすくめ噤くんはとぼけてみせる。
「いつまで、その余裕が続けられるかな?噤くん?」
「さあ?何のことだかね」
このまま話していても埒があかない。僕は勝手に話し始めることにする。
「どうして最初に気がつかなかったのかと、今では後悔するよ。はじめにお前に会った時に、僕は別の世界と嘘をつかれて夢を見させられた。そのときに噤くんの目が金色に光っていた事で、僕はてっきり愛子さんや百夜と同じ『眼の力』で僕に夢を見せたんだと思ってしまった。いや…そう思い込まされたんだ」
もう一つの世界。
愛子さんがいない世界。
「でも、それはありえないことだったのよ」
僕の言葉を引き継いで、愛子さんが話し始める。
「あたしのこの左目の力は呪われた力なのよ。だから、どれだけ研究を重ねても、普通の人間にはその力は備わらなかった。この力はあたしと同じ遺伝情報を持つもの。つまりは兄妹にしかこの呪いの力を耐えられることは出来ない。それなのに、あんたにはその力が備わっている。いえ、備わっているように見えた。それは何故か?」
愛子さんの琥珀色の瞳が光ったように見えた。
「それは、あんたがそう見せていたからよ」
「ぼくが見せていた?はて?それはどういった意味でしょう?」
にやけ顔を少しも崩さずに、噤くんは白々しくそう言った。
「いつまで、それが通用するかしらね」
愛子さんも負けずに顎を上げて、不適に笑う。その表情に比べたら、さっきの僕の精一杯の不敵な笑みなんて猿真似もいい所だ。これぞ、髑髏塚愛子ここにあり!と言ったところか。
「ん?なにか嫌な事を言われた気がするわ」
「……い、いえ、何も」
しまった。
愛子さんは臨戦態勢だから、眼帯は外されたままなのをすっかり忘れていた。
「ん~、まあ、いいか」
はたしてお咎めなしなのか、それとも単にめんどくさくなったのか、愛子さんは僕の思考に突っ込みを入れることなく、話を再開する。
「あんたは太郎の人がいいのを利用して、その心に入り込もうと、幻覚を見せた。あたしの力を真似して、まるで特殊能力を使ったように見せかけてまで、太郎を惑わした。どう?違うかしら?」
相手の心を覗こうとするような(愛子さんは実際に出来てしまうのだが)目つきで、愛子さんは噤くんを睨む。
「くくっ、仮にそうだったとして、それがどうしてぼくの正体なんて話に繋がっていくんですか?まったく意味が分からないよ」
「わからないかしら?あたし達が何を言いたいのか。じゃあ、説明してあげるわ」
愛子さんは噤くんのほうに向けて、人差し指を立てる。
「まず一つ、あんたは何で、眼の力を使ったように見せかける必要があったのか?それは、あなたが太郎にどうやって幻覚を見せたか、わからないようにするためのカモフラージュだったのよ」
結構痛いところをついたはずだったのだけれど、噤くんの表情が変わることは無かった。
「じゃあ、何でカモフラージュする必要があったか?これが二つ目だ」
僕は噤くんに向けて、二本の指を立ててみせる。
「その理由は実に簡単なこと。その力を、僕に見せるわけにはいかなかったから。見せるだけじゃない。僕がそれに感づくことさえ避けたかったから、あえて僕が勘違いしそうなシチュエーションを作って、身近な人の能力を真似て、僕に幻覚を見せる必要があったんだ」
まるでこの状況を楽しんでいるかのように、噤くんはニヤニヤと僕たちを見ている。
「それで?」
さらには話の先をせかすように、僕たちを促してきさえもしだした。
「それで、続きは?」
「まだ、しらを切るつもりなの!」
相変わらず挑戦的な態度を崩さない噤くんに、愛子さんは半分呆れたようにそう言った。
「三つ目は、じゃあ、どうやってそのカモフラージュをやってのけたのか?、さらに言えば、眼の力じゃないのだとしたら、一体どうやって太郎に幻覚を見せたのか?」
愛子さん…怒りのあまり三つ目が二個に増えちゃってますよ。
「その答えはたった一つしかないのよ」
「そう、それしか考えられないんだ」
僕と愛子さんはお互い目で合図を送る。
「力を隠したのは、その力を太郎に見せたら気付かれてしまうから」
愛子さんが言った。
「どうやってそのカモフラージュをやってのけたか、また、どうやって僕に幻覚を見せたか」
僕は愛子さんの後に続く。
「その力を僕は知っている。過去に僕はその力で、今回と同じように惑わされた事があるんだ。だから、お前は僕にその力を隠さなきゃならなかった。なぜならその力を僕に見せてしまったら、きっとお前の正体がばれてしまう。その正体を知ってしまったら、僕はきっと警戒してお前の術にはかからなかっただろうよ」
僕は噤くんを指差す。
「その、催眠術にはな!」
「いい加減に、正体を現したらどうなの!」
僕と愛子さんは声を合わせ叫ぶ。
「「天苑白っ!!」」
「……くっくっくっ」
肩を揺らして、噤くんは笑い、
パンッ!
手を一つ打ち鳴らした。
その瞬間、僕たちの目の前には、さっきまで居たシンプルな服装の少年の姿はどこにも見る影を無くし、その場所には真っ白いスタイリッシュなスーツを颯爽と着こなした銀髪の男が、ニコニコと立っていた。
「やっぱり……」
「どうも、お久し振りですね、髑髏塚愛子さん、それに田中太郎さん」
貼り付けたような笑顔のまま、天苑はお辞儀をする。
「ついに黒幕のお出ましか」
「黒幕?それは私のことでしょうか?」
姿を現した後も、天苑はとぼけてみせる。
「幾歳が言っていた、首謀者は僕のよく知る人物っていうのが、お前だってことだよ」
「あらあら、太郎さんともあろう人が、それが久し振りに会った人物に対して言う事ですか?私はショックのあまり、黒かった髪が一晩で真っ白になってしまいそうですよ」
「お前はもともと銀髪だろうが!」
「おや?マリーアントワネットの事はご存じないのでしょうか?それにかけた私なりのジョークのつもりだったのですが?」
フフフ、と人を化かした狐みたいな顔で、天苑は僕を嗤う。
「……もういい。お前と話していたら、僕のほうがおかしくなってしまいそうだ」
そういえば、こんな奴だった事をすっかり忘れていた。
ジョークも全然面白くないし。
「それはそうと、噤の正体が私だとよく分かりましたね?今回は私の催眠も完璧だったと思ったのですが、一体、どうやってわかったのですか?」
首をかしげる素振りを見せて、天苑は僕たちにそう訊ねてきた。
「それに答える義理は無いけれど……」
と、前置きして愛子さんが話し出す。
「さっき言った通りよ。色々な条件を出して、消去法でそれを突き詰めていったら、自然とあんたにぶち当たったってだけよ。でも……そうね、最初におかしいと思ったのは、噤くんに始めて会ったときに、心を視ようとしたのに、それがまったく視えなかったときかしら。それが最初のヒントになったと思うわ」
「なるほど……」
天苑は本当に得心したようで、何度も頷いた。
「姿かたちをどれだけ誤魔化しても、その本質を見抜くあなたの前では私の力も及ばなかったという訳ですか……なんだか世の真理を説かれたような気分ですね……」
天苑は僕たちに微笑んでみせ、
「いや、実に不愉快ですね」
と、言った。
「じゃあ、今度はこっちの質問に答えてもらおうか?」
僕はずっと気になっていた事を、天苑にぶつける。
「お前、何でこんな事をしたんだ?」
こいつが今回の首謀者でまず間違いない。
そうなると、今度は何でこんな事をしたのか?という、その動機が気になる。
愛子さんを黒塚家に連れ戻したところで、天苑には何のメリットも無いように思うのだけれど……。
「何でこんな事をしたか…ですか……」
天苑は思いをめぐらせるかのように、宙を仰ぎ見て、
「まあ、簡単に言えば、そのほうが面白そうだから、ですかね」
と答えたのだった。
「面白そうだと?」
その答えに僕の中の何かが蠢く。
「ええ、そうですよ。面白そうだからです」
天苑は軽く、極めて何事も無いように、話を続ける。
「あなた方とは、以前から色々ありましたよね?あの宗教法人のときも、河原を取り合ったときも。ああ、そういえば、去年の年末もありましたね~」
思い出話を語るような口調で、実に楽しそうに天苑は話す。
「あなた方はいつもいつも私の前に現れて、私のすることを邪魔してきたでしょう?最初は驚きましたよ、私には催眠という力があるので、大抵の人は逆らう事はないのに、あなた方はそれに逆らった。それはそれは、腹が立ったものです。でも、それは同時にあなた方への興味へとすぐに変化した」
フフフ、と笑いをこぼす天苑。
「何で、この人たちは私に逆らえるのだろう?何で、私に逆らうのだろう?何で、私は逆らわれているのだろう?人を騙し続けてきた私はいつも裏切られた人物が見せる絶望した顔しか見ていませんでしたが、あなた方はどうやっても私に逆らってきた。どうしてそんなに逆らうのか私には分かりませんでした。しかし、それが私は楽しかった」
「楽しかったって?」
「ええ、そうですよ。あなた方に出会うまでの私はきっと退屈していたんでしょうね。考えてもみてくださいよ。周りの人は全部、私の言いなりなんですから。人に対してわからないなんて感情を持つことは無かった。でも、私はあなた達が分からなかった。わからないからわかろうとして、あなた達にアプローチを続けたんですよ」
「そのアプローチっていうのが今回の事件という事か……?」
知らない内に僕は、力いっぱい拳を握り締めていた。
「その通りです。私なりの愛情表現なんですよ」
「何が愛情表現だ」
「人を知りたいと思うのが愛情でなくて一体何でしょう?私はあなた方の絶望した顔が見たくて、あなたとそちらの髑髏塚愛子さんを引き離したのですよ。このことで私はまた一つ、あなた方を知る事ができました。実に楽しくて、有意義なことです。わかりませんか?」
天苑は両手を僕に広げて見せて微笑む。
「まったく理解できないし、理解したくも無い。そんなことを共感できないし、したくも無い」
僕は息が熱くなるのを感じながら、体の中で暴れる感情を噛みしめるように言った。
「お前はそんなふざけたような理由で、たくさんの人を傷つけてきたのか……」
如来さん。
流鏑馬さん。
糸くん。
百夜。
傷つけられた人たちの顔が脳裏に浮かぶ。
「たった、そんな独りよがりの理由で、これまでもずっと人を苦しめて、蔑んで、欺いてきたっていうのか……」
僕は体が震えだすのを抑えられなくなっている。
その僕をさらに煽るように、天苑は薄ら笑いを浮かべて言う。
「それはそうですよ、だって私は――」
天苑の口元が邪悪に歪む。
「詐欺師なんですから」
「お前……絶対ぶっ飛ばしてやる……」
こいつだけは許してはいけない。
いや、許せない。
「そうですか。どうやらわかってもらえなかったようですね?それならば仕方ありません……」
天苑はスーツの上着を脱ぎ、その場に落とす。
「では、こうしましょう。ここで私と太郎さんが戦って、あなたが勝てば大人しく返してあげましょう。そのかわり私が勝ったなら、太郎さん、あなたは一生私の助手として過ごしてもらいますよ」
「んだと?」
挑発するような目付きで僕を見て、天苑は笑う。
「助手といっても私がきっちり催眠をかけてあげますから、ただのでくの坊ですけどね」
「お前、それ、本気か?」
「ええ、もちろん本気ですよ?おや、どうしました?負けるのが怖いのですか?そうですか……それでは、もう一つ選択肢をあげましょう。それはこのまま髑髏塚さんを置いて、あなた一人で帰るというものです」
「んなことできるわけねえだろ!」
「それなら、決りですね」
天苑は軽く肩を回して、中国拳法のような構えをとる。
「上等だ……覚悟しろ!」
僕は床を蹴って駆け出す。
天苑と僕が激しく交差した。