FREAKS(12)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。※今週はPCの調子が悪く少しだけ遅れちゃいました。
12
黒塚家。
この国に古くから君臨する、影の権力。
現在では、その影響力はこの国だけに留まらず、世界情勢にまで影響を与えるという。
また、その一方で私設軍隊を持ち、兵器、もしくは人材開発のためなら何でもするという面も持っている。
特にヴードゥーチャイルドという養成施設を作り、投薬、洗脳を主とした能力開発を行い、その『商品』を紛争地域や世界中の軍隊に輸出するということも以前は行っていた。
それも被験者たちの反乱により、今はそこまで表立っての開発は行われていないようだが、裏では未だ続いているようで、裏に隠れたがゆえに以前より、より非人道的な事も行われているらしい。
その全ての大元締め。
黒塚家の現当主。
それが今、僕の目の前にいる黒塚幾歳。
そして、その男に銃口を向けているのが、この僕。
僕に銃口を向けられたまま、幾歳は口の端を持ち上げて一言、
「それで?」
と言った。
「は?」
その言葉の意味が本当に分からなかった僕は、間抜けな声で聞き返す。
「それで、って何がだよ?」
「何が、ってそのままの意味だが?」
まるでそれが分かりきっていることかのように、幾歳は僕にそう言う。
「そのままの意味……?」
どういう意味だ?
僕はまだ拳銃を構えたまま、首をかしげる。
「その馬鹿のような顔つきは一体何だ?」
「いや……その……意味をはかりかねているというか……その、言ってる意味がいまいち分からないというか……」
困惑を顔中にこれでもかと貼り付けて、僕は幾歳に答える。
そりゃそうだろ?
幾歳はすかして『それで?』って言っただけで、まったく説明してくれないし。
「ふっ、お前は我が妹を連れ戻しに来たのだろう?だから、それで?」
幾歳は楽しんでいるかのように薄く笑って、もう一度同じように僕に言った。
いや、それ説明になってないから!
というか、こいつ説明する気ゼロだな。
「それで、お前はその拳銃で私を脅して、愛姫を手に入れるのだろう?それならばそうすればいいと言っているまでだ」
「それが『それで』の意味かよ?」
好きにしろってことか?
「ふっ、そんな拳銃、私の前ではまったく何の意味も持たないが、それでもお前には随分な武器に思えているのだろう?それで私を脅し愛姫を連れて行けばいい」
「お前……何言ってんだ?」
僕にどうしろって言っているのだろうか?
「私は退屈しているのだよ。お前が、それで打ち破ってくれるのだろう?」
僕が構えている拳銃を指差しながら、幾歳はそう言い不適に笑った。
「これで?」
僕は拳銃を覗きこむ。
「ああ、それで私を撃てばいい。そうすればあの愚妹を、お前の好きなように連れ帰ることも出来よう」
ふふふ、と幾歳。
「いや、別にお前を撃ちたいわけではないんだけど……」
どちらかといえば、出来る事なら撃ちたくない。
さっきのはあくまでもポーズなのだ。
「なんだ、つまらんな。お前ならば少しぐらいは楽しませてくれるかと期待しておったのに……」
心の底から落胆したようで、幾歳は本当につまらなそうに眉をひそめた。
「そうだ」
落胆を見せたのも束の間、幾歳は何かを思いついたようで、表情を明るくさせる。
「これで勝負をしようではないか?」
幾歳は、その腰のホルスターに刺さっていたリボルバーを手に取ると、弾を抜き始めた。
「な、何をする気だ?」
「お前はロシアンルーレットというものを知っているか?」
抜き取った弾を床に捨てて、幾歳はリボルバーの弾が入っていた箇所をルーレットを回すみたいに勢いよく回す。
「それで勝負と洒落込もうではないか?」
カシャンと音を立てて、リボルバーを振って回転を止める。
「いま、この銃には弾が1発だけ入っている。これを――」
幾歳は自分のこめかみに銃口を突きつけて、
「っ!?」
カチッと音がして撃鉄が落ちる。が、弾は出ない。
幾歳は何の躊躇もなく引き金を引いた。
「さあ、次はお前の番だ」
薄笑いを浮かべ幾歳は僕にリボルバーの銃口を向け、
「お、おま、何言って――」
カチッ、と撃鉄が落ちる音だけが響く。
「……マジかよ」
僕が戸惑っている間に、幾歳は僕に向けて、いとも簡単に手にしたリボルバーの引き金を引いた。
「ちょ、ちょっと待て!」
僕の制止もお構いなしに、幾歳は自分のこめかみに銃口を当てて、
「では、私の番」
と、その引き金を引く。
そうなる事が約束されていたように、撃鉄は落ちてもその銃口が火を噴くことはない。
「狂ってる……」
幾歳は薄く笑いながら、僕を蔑んだような視線で見つめる。
「さあ、次はお前の番だな」
そう言うと、幾歳は何の躊躇もなく僕に銃口を向ける。
「おま、ちょっと待てよ!何やってるのか、分かってんのかよ!」
「お前こそ何を今さら。お前は愛姫を取り戻しに来たのであろう?だとしたらこんなリスクぐらい想定の範囲内であろうが?」
幾歳は口の端を持ち上げてそう言うと、引き金を引く。
「ひっ!」
僕は思わず声を出して、ビクッと身構える。
しかし、僕の反応をまるであざ笑うかのように、撃鉄は馬鹿にしたような音を立てたけれど、銃口は沈黙したままだった。
「ほう。なかなかお前も運がいいほうのようだな」
手にしたリボルバーをクルクルと回して、幾歳は感心したような声をあげる。
「だ、大体なんでお前が今さら愛子さんを連れ戻す必要があったんだよ!」
僕はロシアンルーレットの重圧から何とか逃げようと、苦し紛れにそんなことを幾歳に叫んだのだった。
「ほう、なるほど……なぜ…か……ふむ……」
僕の苦し紛れは意外にも功を奏したようで、幾歳は考え込むように顎をさする。
「それは……『家族だから』…ではダメなものなのか?」
「お前もか……」
そう呟くと、めるとちゃんの泣き顔が瞼の裏に浮かぶ。
「た、確かにそうかもしれないけれど、なんだかお前がそんなことを言うとは意外だったな」
「そうか?それが普通の事なのだろう?」
幾歳は肩をすくめておどけて見せた。
「……なんだかお前がそんなことすると、逆に怖いな」
というか、正確に言うならば『気持ち悪い』
もしくは、
「というか、なんか嘘くさい」
僕は思わず嫌悪感丸出しで、幾歳に言っていたのだった。
「ふん、嘘くさいか」
僕にそう言われた幾歳は、口の端を少し持ち上げて、
「それはそうであろう。何故ならさっきお前に言った事はまるっきり嘘であるからな」
くくく、と幾歳は珍しく声をあげて笑った。
と、そんなことよりも、
「って、嘘なのかよっ!」
思わず突っ込んでしまった。
この国の影の権力者。
世界的にも影響を与えるほどの力の持ち主。
黒塚家の現当主、黒塚幾歳。
に、思いっきり突っ込んだ男子高校生、それが僕。
……って大丈夫なのか?僕?
「お前も知っているだろうが――」
つまらないこと(?)を気にしていた僕が、まるで馬鹿みたいなほど突然、幾歳は話題を変える。
「お前も知っているだろうが、愛姫にはその左目に呪われた力を宿している」
「あ、ああ、知っているけど……」
それが、今さらどうした?
「その力は知っての通り、人の心を視る力だ。それはそれは恐ろしい力だと思わないか?」
幾歳の問いかけに、僕は何もかえす事が出来ない。
「しかしその力も私の元にあれば、ただ恐ろしいだけの力ではなく、良き意味合いで最大の効果をもたらすであろう?」
「だから……愛子さんを……」
「ああ、その通りだ。私の周りには色々と魑魅魍魎よりも薄汚れた者たちが寄ってくるからな。愛姫がいればそういったもの達を私から遠ざけられるであろう?まあ、便利なものであるからな。蚊取り線香のようなものだ」
「そんな理由で……愛子さんを連れ去って、流鏑馬さんを……」
僕は焼けた鉄の棒を飲み込んだように、腹の底が熱く燃え上がるような感覚に、体の震えを止める事ができなかった。
「連れ去ったのではない。愛姫は自ずから帰ってきたのだ」
幾歳は薄笑いを浮かべ、僕を見下す。
「お前が、そう仕向けたんじゃねえか!」
僕は叫ぶと同時に、幾歳のほうに駆け出していた。
「まったく言いがかりも甚だしい」
僕は幾歳の目の前で止まる。殴りかかろうとしていた右手もその動きを止めた。
何故かというと、僕の額にリボルバーの銃口が突きつけられていたから。
「さて、続きを始めようか?この勝負にお前が勝てば愛姫など、どうとでもすればよい」
幾歳は突きつけていた銃口を一度、僕から離し
「次は……私の番であったな」
そのこめかみに銃口を当てる。
「と、ここで引き金を引いてしまえば、私の勝ちが決まってしまうのだが、それはつまらないだろう?だから、お前にチャンスをやろうと思う」
幾歳はリボルバーをこめかみから離して、手の中でくるりと回し、リボルバーのグリップを僕に向ける。
「喜べ、順番を変えてやろう」
「はあ?」
意味が分かりかねて、僕は間抜けな声で聞き返す。
「どういうことだ?」
「ロシアンルーレットはいわば確率のゲーム。その順番であれこれと文句を言われてもつまらないからな」
押し付けるようにリボルバーを僕に手渡す幾歳。
「お前が先に引き金を引け」
「そんな勝手な。大体、次で出る可能性のほうが高いんじゃねえのか?」
僕は一つの疑念を幾歳にぶつける。
「ビビッてんのはお前のほうじゃねえのかよ?」
「何?」
幾歳は僕の言葉に少し顔色を変えた。
「お前は何も分かっておらんようだから、私が教えてやろう。お前は私の力を知っているか?」
幾歳はこの日、初めて少しだけ声を荒げる。
「知っているさ。運命を自分の都合のいいように変えられるって力なんだろ?」
本当かどうかは知らないけどな。
「だったら分かるものであろう?私が次に、そのリボルバーの引き金を引けばどうなるか?」
「それは……」
もしも幾歳の力が本人の言うとおり本物だったとしたら、おそらく次では弾は出ない。そのまま、僕の負けでこのゲームは幕を閉じるはずだ。
「だから……順番を変えたのか?」
「そうだ」
「でも、何で?」
「それは――」
幾歳は不適に笑って
「そのほうが面白いであろうが?」
と言った。
その顔はどこか愛子さんと重なる所があって、何となく僕の胸をざわつかせた。
「さあ、引き金を引くがよい」
口の端を少し持ち上げて、幾歳は僕に言う。
「でも……」
このまま、こいつの言う事をきいてしまっていいのか?
「なんだ?怖いのか?」
幾歳は挑発するように笑う。
「どうした?命を賭けても愛姫を取り戻したかったのであろう?その引き金を引く勇気も無く、度胸も無く、リスクを負う事も無く、軽々しくそのような事を言っておったのか?とんだ期待はずれであるな」
ふん、と幾歳は鼻で笑う。
「うるせえ!やってやるよ!」
僕は勢い、リボルバーの銃口を自分でこめかみに押し当てる。
そのまま、引き金に力を入れていく。
その時、色々な事が頭に浮かんでは消えていった。
眩しい日の光。
学校の廊下。
暖かい手。
バースデーケーキ。
新しいスニーカー。
雨。
合唱の声。
横断歩道。
など。
取りとめも無く浮かんでは消えるそれらに、どこか感覚は僕の体を離れていく。
そして引き金は引かれ、撃鉄が落ちる。
カチン
音が響いた。
しかし、銃口は沈黙したままだった。
「は、は、はは、あははは」
僕は思わず笑い出してしまい、そのままその場にへたり込んでしまった。
「はははは、やった!勝った!」
勝利の喜びというよりも、生存の安堵のあまり僕は腰が抜けたようになっていた。
「お前は、やはり面白い男であったか」
幾歳は少し感心したような声をあげて、僕の手からリボルバーを取る。
そして、そのままこめかみに銃口を当てて、
「おま、何やってんだよ!」
僕の制止も空しく、幾歳は引き金を引く。
「っ!?」
僕は思わず身構える。
「バン!……とでもいうかと思ったか?」
幾歳はフフフ、と笑う。
「へっ?ど、どういう……?」
確かに幾歳は引き金を引いたはずだ。そこには銃弾が1発残っているはずなのだけれど……?
「ふん、まだ、分かっておらぬようだな」
幾歳はリボルバーの弾を込める部分を僕に見せる。
「こういうことだ」
そこには弾が1発も入っていなかった。
「お前……まさか……?」
「はははは、今頃分かった!なかなか面白い余興であったぞ」
あはははは、と幾歳にしては珍しく声をあげて笑う。
いや、これこそ『嗤う』か。
「んだよ……それ……」
僕は力が抜けてしまった。
つまり、はじめからリボルバーには弾が込められていなかったのだ。
「始めに私が弾を抜いて捨てたときに、注意深く見ていれば分かったであろう?」
「んなもん分かるかよ!」
ははははは、と笑い続ける幾歳。
「まあ、それでも勝負はお前の勝ちだ。愛姫をどこへでも連れて行くがよい」
「ああ、言われなくてもそうさせてもらうよ」
僕はやっとの思い出立ち上がり、幾歳に悪態をついて、部屋を出て行こうとする。
「そういえば――」
出て行こうとしている僕に、幾歳が声をかける。
「そういえば、お前は私が今回の件の首謀者だと思っておるようだが、それは違うぞ」
「……なぁにぃぃいいいぃいいぃぃぃぃっっ!!」
驚いた!
「じゃ、じゃあ、一体誰が今回の首謀者だというんだよ?」
僕の言葉に幾歳はふふんと笑う。
「それはお前もよく知っておる人物。まあ、すぐに分かる」
そう言うと幾歳は口の端をいつものように持ち上げる。
「それなら、何で僕と勝負なんかしたんだよ?」
すんなり通してくれた方がよかった。
「そうだな……それは、やはり――」
幾歳ははにかんだように笑って、
「兄としては妹の相手を見極めておかなくてはな」
そう言った。
「なんだそりゃ?」
「いや、結構本気なのだぞ?私だって一応、あやつの兄であるからな。その相手がふさわしいかどうか気にもなるであろうが?」
「そんな理由で……」
僕は思わずまた力が抜けて、その場にへたり込んでしまいそうなる。
「まあ、その相手を殺すわけにもいかないから、すこし手加減してやったがな。概ねお前は合格だ」
わははははは、と幾歳は高笑いするのだった。
「なんだかものすごくからかわれたような気分だ」
「まあ、そう言うな。大体、お前が勝手に私を首謀者だと思い込んで、先に吹っかけてきたのであろうが」
「まあ、確かにそうだけど……」
そこをつかれると弱い……。
「兄である私が証明する。お前は愛姫にふさわしい。お前のように真っ直ぐで、馬鹿のような奴こそあやつのそばにいるべきなのであろうな」
幾歳は兄らしく柔らかい笑みをたたえる。
「それは……」
僕は何となく面映くなってしまい、
「……ありがとう…ございます……」
幾歳のほうを向かずにそう呟くと、僕は部屋を出て行った。
『その廊下を真っ直ぐ。もう少しだ』
部屋から出た僕に、木星から指示が入る。
「そうか、もう少しか……」
僕はそう呟いて、暗い廊下を進む。
少しずつ高鳴る胸を押さえて。
これは期待?
それとも喜び?
それとも不安?
それとも……?