FREAKS(11)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。
連載再開です!!
11
『止まれ』
木星の誘導で屋敷の中を駆けていた僕に、突然声がかかる。
「どうした?木星?」
襖を開けようとしていた手を止めて、僕は木星に訊ねる。
『その向こうに数人の反応がある。おそらくは敵』
「数人か……」
僕は少しだけ躊躇した。
でも――
「でも、僕は行くしかないんだ」
誰に言うわけでもなく、自分に言い聞かせるようにそう呟き、僕は襖を開ける。
襖を開けると、そこには畳敷きの広間が広がっていた。
「随分とこの私を待たせましたわね。あなたごときが、私を待たせることがあっていいと思って?」
「久し振りだというのに、随分な言いようだね、めるとちゃん」
広間のちょうど向こう側、巻紙のツインテールを揺らしながら、腕組みした黒塚めるとちゃんは小さな体とは対照的に尊大な態度で僕にそう言った。
「どうやら元気そうみたいだけど……どうも僕は歓迎されてはいないみたいだね?」
何故、僕がこんな事を言ったかというと、それはつるんと、そしてペタンとしたお胸を精一杯そらしためるとちゃんの両サイドには、手にアサルトライフルを持ったとても物騒なメイドさんたちがずらりと十数人並んでいたからなのだった。
しかも、銃口は全てこちらを向いているのである。
やれやれ……まったく迷惑な話だ……。
「いいえ、大歓迎いたしますわよ。ここであなたを亡き者にすれば姫姉さまはいつまでも私と一緒にいてくださいますの。わざわざこっちから出向かなくても自分で殺されにやってくるなんて、飛んで火にいる夏の虫とは正にあなたのことですわ」
そう言ってめるとちゃんは愛子さんそっくりの不敵な笑みをうかべるのだった。
さすが姉妹といったところか……。
「さて、僕はどうしたらいいのかな……?」
僕は両手を頭の上にあげながら、めるとちゃんにそう尋ねる。
「そうですわね……とりあえず、死んでいただきましょうか?」
フフフ、と邪悪そうに笑うめるとちゃん。
「ええっ!?死んじゃうの?僕!?」
まさか……ね?
「フフッ、まあ、死んでいただくというのは嘘ですわ」
めるとちゃんは結構あっさりと前言撤回した。
「ただ、それもあなたの行動次第ですわよ」
「僕の行動次第?」
「ええ、そうですわ。私の出す条件をあなたが飲んでくださるのでしたら、なにも命まではお取りしませんわよ」
「条件……?なんとも穏やかじゃないね……」
「そんなこともありませんわよ。それは、とっても簡単な条件ですの」
「簡単ね……」
そんなわけ無いだろうけれど。
「それで、僕はどうしたらいいのかな?」
僕の二度目の質問に対して、めるとちゃんは簡潔のこう答えた。
「ここであなたが大人しく引いてくださるなら、このまま見逃して差し上げない事もありませんの」
「大人しくねえ……」
ベルトの背中に挿した拳銃が存在感を重くする。
これを抜くときが来たのかな……。
「出来ないって言ったら?」
「あなたが死ぬだけですの」
めるとちゃんが合図するとメイドさんたちは銃を構えなおす。
………………。
数秒の沈黙。
張り詰めた空気がはじけそうになる。
その時だった。
「――フン、困っているみたいだな?」
「お、お前……」
僕の後ろの襖を開けて現れたのは――
「何で……何で、お兄さまがここに……?」
相変わらずな邪悪な笑みを湛えた、黒塚百夜その人だった。
「お前……何しに来やがった!?」
動揺を隠し切れずに、僕は上擦った声でそう訊ねる。動揺しているのは、めるとちゃんたちも同様で、メイドさんたちはあからさまにざわざわしだした。
「何をしに来ただなんて、随分とつれない事を言うじゃないか?ぼくがそのショックで自殺してしまったらどうするんだ?」
「お前は殺しても死なねえよ!」
百夜はフフン、と鼻で笑い、肩をすくめる。
「人をゴキブリみたいに……。あ~あ、そんな事言われたら、あまりのショックにぼくは呪いのノートに君の名前をびっしりと書き連ねてから、君の見ている前で、君の学校のあの大事な屋上から、突き落とされるーって叫んで飛び降り自殺をしてしまいそうだよ」
「何だよ!その最悪な死に方は!」
そんなことされたら、僕まで後追い自殺しかねないぞ!
「それはそうと、騒がしいと思って来てみれば、なかなか忙しそうじゃないか?田中太郎くん?」
「見たら分かるだろ?僕は今とーっても大事な用があるんだよ。だから、お前の相手なんて出来ないんだって。分かったら、引っ込んどいてくれるかな?」
引きつった笑顔を見せながら、僕は出来るだけ感じ悪く百夜に言う。
「おいおいー、そりゃあんまりだろう?それが助けに来た友達に言う言葉かい?」
百夜は白々しく、僕を小馬鹿にしたような態度でそう返す。
「お前と友達になったおぼえは……って助けに?」
そういえばこいつ、最初に現れたとき確か『困っているみたいだな?』とかカッコつけて言っていたような……?
「お前、まさか僕を助けに来てくれたのか?」
こいつ、もしかして心を入れ替えて、僕と一緒に戦ってくれるというやつじゃないのか?
所謂一つのジャンプ的展開、みたいな?
昔の敵がピンチにやってきて『お前は俺が倒すんだからな、俺以外にやられるな』的な?
なんと熱い展開!
確かにこいつが今、僕の側に付いてくれたら、これ以上心強いものはないけれど……。
しかし、僕の胸を熱くしている、この思いを裏切るように百夜は
「はあ?貴様は本当に馬鹿だな」
と嘲るように笑った。
「ぼくが貴様の味方なんて死んでもするわけないじゃないか。ははっ、一体どんな風に考えたら、僕が貴様の仲間になるだなんて思いつけるんだ?まったく、馬鹿の考えは理解できないよ」
ははははは、と百夜は笑った。
いや、嗤った。
「……お前、絶対いい死に方しねえぞ」
さっき助けに来た友達って言ったじゃない!詐欺で訴えるぞ!
しかし、そんな僕のついた悪態にも、百夜は「ふん」だなんて鼻で笑って、まったく取り合おうとはしない。
「いい死に方しないなんて、そんなことは百も承知さ」
百夜はそう言って、少し寂しそうに笑った。
「お前……」
「お兄さま!」
そんな僕たちの会話に、めるとちゃんから横槍が入った。
「お、お兄さまといえども、私の邪魔立てをするようなら、よ、容赦しませんわよ!」
精一杯強がっためるとちゃんの声に、武装メイド達が困惑しながらもライフルを構えなおす。
「容赦しないって、それはぼくに言っているのか?めると?」
静かに、しかし刺すような声で、百夜はめるとちゃんにそう問いかける。
「そ、そうですわ!お兄さまがどれだけめるとを怖がらせても、ま、負けませんの!ほら!あなた達!何をしていますの!」
めるとちゃんはメイドさんたちを焚き付ける。それでもメイドたちはざわめくだけで撃っては来ない。このメイドたちが黒塚家で雇われているのだとしたら、百夜に銃口を向けているだけでもかなりな罪悪感なのだろうと思う。
「何を怖がっていますの!お兄さまもろともあの男を撃つんですの!」
その時、百夜が髪を掻き分けた。
「うるさいぞ、めると。黙れ」
隠れていた左目が赤く光ると、ライフルを構えていたメイドたちはお互いに銃口を向け合う。
次の瞬間――
「っ!?」
銃声が響き渡り、メイドたちがバタバタと倒れていく。何故、そんなことになったかというと、メイドたちはお互いにライフルを向け、互いに撃ち合い始めたのだった。
パンッ、パンッといったライフルの音と同時に血まみれで倒れるメイドが増えていく。
「おいっ!百夜!」
「ふん、うろたえるな。ちゃんと急所は外している」
百夜は僕を見下すような目付きで睨み、前へと出る。
「こ、こっちに来ないでください!お兄さま!」
倒れていくメイドには目もくれず、めるとちゃんは百夜をけん制するようにそう叫んだ。
「なんだ?妹のくせに随分な言いようじゃないか」
百夜はそれをまったく意に介せず、ずかずかとめるとちゃんに近づく。
「な、なんでお兄さまがそんな奴に力を貸すんですの?お、おかしいじゃありませんか!」
「ふん、ぼくは別にこんな虫けらの事なんてどうだっていいんだよ」
薄笑いを浮かべる百夜。
「お前こそどうしてそこまでして、姉さんを引きとめようとする?」
「わ、わたくしはただ……大好きな姫ねえさまと一緒にいたかっただけですの」
めるとちゃんは急に歳相応の女の子のようにモジモジと恥ずかしそうにそう言う。
「か、家族が一緒にいたいって思って何かおかしいんですの?」
「いや、全然おかしくないぞ、めると」
百夜はついにめるとちゃんの目の前に立った。
「じゃ、じゃあ……」
めるとちゃんの顔が期待に輝く。しかし、
「ああ、普通の家族ならな」
百夜は意地悪そうにそう言った。
「ふ、普通の家族……?それってどういう……?」
「簡単なことさ。ぼくたち、この黒塚家は普通の家族じゃないってことさ」
まるで妹に意地悪くまだクリアしていないゲームのエンディングを教えるみたいに、百夜はめるとちゃんにそう言った。
「うそ……」
「何だ、知らなかったのか?めると。ぼくたち四兄妹は全員、母親が違うんだよ。そんなのが普通の家族っていえるか?」
百夜は嘲るように続ける。
「そもそもぼくたちの家はおかしいんだよ。大きすぎる権力は人を殺してしまうのさ。いろんな意味でね。そんな家がぼくたちの愛すべき家なのさ」
「そんな……うそですよね?お兄さま……?」
めるとちゃんはショックを受け止め切れないようで、震える声でそう言った。
「いや、本当の事だ」
百夜はそう言って、めるとちゃんの頭に手を乗せる。
「お前は色々と知らなくてはいけない。そうだ、お前に良い事を教えておいてやる」
百夜はめるとちゃんの頭に手を乗せたまま、その顔を覗き込む。
「そうやって、誰かを思いのままに縛り付けていると、その誰かにいつか嫌われるぞ」
お前がそれを言うかよ、と僕は心の中で突っ込む。
去年、お前がしたことそのままじゃねえかよ!
「お兄さま、それじゃめるとの質問にも答えてください」
めるとちゃんは泣きそうなぐらい、いや、泣いているかもしれない声で弱弱しく百夜に訊ねる。
「お兄さまは何でめるとの邪魔をして、姫ねえさまを連れ出す奴の手助けなんかしているんですの?」
「そんなこと決まっているじゃないか」
百夜は今日一番のいい笑顔を見せて答える。
「ぼくが姉さんのことを大嫌いだからじゃないか」
百夜はそう言うと、めるとちゃんの頭に乗せていた手を撫でるようにして離す。それと同時に、まるで眠るようにめるとちゃんはその場に崩れ落ちた。
「百夜、お前まさか……」
「貴様はさっきからうろたえすぎだ。大丈夫だ、貴様に昔したように少し意識を奪っただけだ」
百夜はめるとちゃんから離れ、ゆっくりとこちらに帰ってくる。
「それにしても……」
惨憺たるとは正に、と言った状況だな。
死屍累々と転がる血まみれのメイドさんたちと、その真ん中で倒れこんでいるクラシカルなドレスの女の子。
目の前に広がっているそんな光景に軽く眩暈を感じながらも、
「まさか、お前が僕を助けてくれるだなんて、とてもじゃないけれど信じられないよ……」
百夜にそう訊ねる。
その僕に殺気さえ感じさせる視線を、百夜は投げかける。
「ふん、勘違いするなよ、凡人。別に貴様を助けたわけではない」
「そうなのか?じゃあ一体、何で?」
「ぼくは姉さんの事が嫌いだからな、出来るだけ遠くにいてほしいのさ。まあ、簡単に言うと出て行ってほしいのさ、ここからな」
「へえ~そんな理由で……?」
眼前の光景の理由としては、いまいち説得力に欠けるような気がするけれど。
「ま、まあ、それと……」
百夜にしては珍しく、途切れながら話しはじめる。
「そっちにはジュ、ジュピターがついているだろう?ジュピターはきっと姉さんと一緒にいたいはずだから……」
百夜はそこまで話すとモジモジと恥ずかしそうにしだした。
「ぷっ!なるほど、そっちが本心か」
その百夜の行動に僕は思わず吹き出してしまう。
「まあ、なにはともあれ感謝してる。お前が来なかったら僕はこいつを抜かなきゃならなかったかもしれないから」
僕はズボンの腰に差し込んだ拳銃を指してそう言った。
「貴様には引き金が引けるのか?」
百夜はまるで意地悪なクイズ番組の司会者のような顔で、僕にそう訊ねてくる。
「そのときが来たら、決めるさ」
僕は拳銃の持ち手を少しさすってみせて、そう答える。
「ふん、まあ好きにしろ」
百夜はそう言うとくるりと振り返る。
そのまま部屋を出て行こうとする百夜に
「とにかくサンキューな」
と声をかける。
百夜は「ふん」と鼻で笑って、そのまま振り返りもせずに部屋を出て行ってしまった。
もしかしたらめるとちゃんに言っていたのも本当の気持ちなのかもしれないと、僕には何となく思えるような気がした。
「だってさ、木星。愛されてるね~」
『…………死ね』
茶化した僕にインカム越しに冷たい言葉が返ってきた。
「じゃあ、次はどう進めばいい?」
僕は木星に問いかける。
「…ここは確か……」
木星に案内されてたどり着いた部屋は、この家の現当主、黒塚幾歳と初めて会った部屋だった。
確か、謁見の間とか言う部屋じゃなかったっけ?
「それで木星、ここをどうするんだ?」
『通り抜けるのが近道』
「了解」
無駄に広く、装飾過多で威圧的な部屋だ。いい思い出もないし、足早に通り過ぎるのが一番だろう。
そう思い、部屋に足を一歩踏み出した時だった。
「随分と騒がしいと思えば、いつぞやの命知らずな小僧であったか」
暗闇から声がかかって、僕はとっさに身構える。
「黒塚家のご主人様は、本当にサプライズが好きなんだな?」
僕はその声の主に向かって、
「久し振りだな、黒塚幾歳。愛子さんを帰してもらいに来た」
と言い、腰に差していた拳銃を構える。