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FREAKS(8)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

 

                          8

 

 

「はじめは、ほんの偶然だったんです……」

 僕は静かに話し始める。

 シスターはそれを腕組みしたまま聞いている。

「地元の銀行で銀行強盗があって、たまたま僕と愛子さんとあと流鏑馬さんがそこに居合わせてしまって、それでその事件を愛子さんたちが解決するのを手伝ったというか、手伝わさせられたというか、まあ、それで知り合ったわけなんですが……」

 ふと流鏑馬さんに言われた事を思い出す。

「その時、愛子さんの左目を見てきれいだなって思ったのを視られていたみたいで、それでどうやら気に入られて、半ば強引に助手兼雑用係にさせられてしまって……」

 色々な事が思い出されて、僕は自然と笑みがこぼれる。

「その後も色々ありました。仕事の依頼でいろんな事件にあって、それをまがいなりにも解決してきたんです」

 シスター、それにあの三人娘も黙って僕の話に耳を傾けているようだ。

「新興宗教団体に殺されそうになったり、悲しい殺人事件の真相を突き止めたり、すれ違っている恋人を結びつけたり、迷っている人には道を指し示し、困っている人には手を差し伸べて……なんて言えるほど正しいことばかりしてきたわけじゃないですけど、それでも僕みたいな普通の高校生にしてみれば、それはとても立派でカッコよくて誇らしい事だったんだろうと思います……今にしてみれば」

『今にしてみれば』と僕は思わず続けていた。

「愛子さんと一緒にいれば、こんな僕でもまるで物語の主人公みたいな毎日が待っているんだと思いました。これから先も今までみたいに鮮やかではなくても事件を解決したり、誰かを助けたり出来ると思っていたんです」

 ヘリのプロペラの音も意外なほど気にならなくて、僕の声だけがその空間に響き渡っているかのように感じた。

 だからか、いつもよりも少し素直に話せたような気がする。

「黒塚家みたいな大きな組織にも屈することなく、僕たちはやっていけると思っていたんです。百夜が木星をさらった時も僕たちはそれを取り返すことが出来たんだし……」

 僕は木星の方を見る。当の木星はいつも通りの無表情を顔に張り付かせたまま、まるで人ごとかのように興味なさそうに聞いている。

 その表情に何故か少しだけ安心する。

「だから、今回もまた大丈夫だと思っていた……。またいつもみたいに何とか解決してみんなで笑えると信じていたんです……。でも、それが違っていた」

 思わず拳を握って、体の震えを抑えようとするけれど、その抵抗は無駄だった。

「心のどこかで、僕たちが間違うわけがない、負けたとしてもきっと最後にはハッピーエンドが訪れると、たかを括っていたんです。だけど……」

 目の前で崩れ落ちる流鏑馬さんが、不意に脳裏に浮かぶ。

「僕たちは負けて、全てを失い、思い上がっていた自信や、勝手に信じ込んでいた希望を全てズタズタに引き裂かれて、そこでやっと僕は気がついたんです」

 心を出来るだけ落ち着かせて、なるべくゆっくりと僕は話を続ける。

「愛子さんの隣にいられるのは僕だと思っていた。僕じゃないと愛子さんの隣にはいられないと、そう信じていた……だけどそうじゃなかった……」

 最後に見た愛子さんの顔を思い出して、胸が軋んだ。

「愛子さんは僕から離れていったんです。それは最初、情けない僕の姿に幻滅したからなのかと思いました……」

 ざわめく心がそのまま声に影響を及ぼす。

 震える声で続ける。

「でも……多分理由は別にあると思います。きっと愛子さんのことだから、自分が僕と一緒にいると僕を傷つけてしまうんじゃないか、僕を傷つけたら僕に憎まれるんじゃないか、そう考えたんだと思います」

 シスター達はずっと黙って聞いてくれている。

「愛子さんは悲しい事に人の心が全て視えてしまう。だから人の心を視てしまうことをとても怖がるんだ。それで今までずっと傷ついてきたから……」

 その美しい琥珀色の瞳が、呪いの様に愛子さんを苦しめていた事を僕は知っている。

「僕の情けなさに幻滅して僕の元を去っていった方が、そのほうが何倍もよかった。もしそうなのだったら、僕も諦める事が出来たかもしれない。いや、諦められなかったかもしれないけれど、それでも今みたいな気持ちにはならなかったと思います」

 シスターを見つめて僕は力強く言う。

 まるで、愛子さんに対して言うように。

「愛子さんがそんな理由で僕の前からいなくなったって言うのなら、僕は愛子さんに会って言いたい事が、言わなくてはいけない事があるんです」

 頭の奥のほうが痺れるように熱い。

「だから……だから、僕に力を貸してください。お願いします……」

 僕は深々と頭を下げる。

「もう何があっても逃げないって決めたんです。だからどうか、もう一度、僕を愛子さんに会わせてください」

 頭を上げるとシスターは値踏みするような視線を、僕の上から下まで浴びせかけていた。

「なるほどな……」

 何かに納得したようにシスターは頷く。

「お前の気持ちは大体わかった」

「じゃあ!」

「ちょっと待て。まだ話は終わっちゃいない」

 僕のはやる気持ちを片手で制して、シスターは続ける。

「お前が愛子に会いたいのはわかった。で、会ってどうするんだ?」

「そんなの決まっているじゃないですか。連れ戻すんですよ」

 なにを今さら。

「そうか……じゃあ、仮に愛子が帰りたくないと言ったら?」

「えっ……?」

 至極当然な事を訊ねるように、シスターは僕に訊いてくる。

「いや、愛子の気持ちを聞いたわけじゃないんでな。もし、帰りたくないと言ったらどうすんだ?」

「それは……」

 考えていなかった。

 とてつもなく馬鹿げたことだけれど、僕はシスターに指摘されるまで気付いてさえいなかった。

 僕はてっきり連れ戻しに行けば、愛子さんは帰ってきてくれると思っていた。

 愛子さんは僕たちの所に帰って来たい、そう盲目的に信じ込んでいた。

 よく考えてみれば何も愛子さんは拉致されたわけではないから、あくまでも自分の意思で黒塚家に行ってしまったのだ。

 理由はどうあれ、愛子さん自身はそれが最良だと信じて行動を起こしたわけなのだから、僕が会いに行ったところでその考えを改めるとは限らない。

 連れ戻したいというのは、あくまでも僕がそう勝手に考えた事なのだ。

 愛子さんが帰って来たいというのは、僕がそう勝手に想像したなのだから。

「だけど……」

 僕は自分の決心を確かめるように、

「だけど、必ず連れ戻します。愛子さんがそれに反対するなら、僕が説得します。だって、僕は愛子さんにここにいて欲しいから」

 そう力強く言った。

 

「ふうん……」

 何かを思案するようにシスターは腕組みをして、目を閉じる。

「あの……」

 僕の渾身の宣言はどうだったのだろうか?

「よし!お前の依頼を引き受けよう!」

 目をカッと見開いて、大声でシスターは言った。

「そ、そうなんですか?」

 その気迫に押されて、僕は少し尻込みしてしまいそうだ。

「なんだ?あまり嬉しそうじゃないな?」

「い、いえ!とっても嬉しいです!」

「そうか?そうだろう!」

 わはははは、と豪快に笑うシスター。

 というか、この人本当に聖職者なのだろうか?今の所、歴戦の鬼軍曹にしか見えないけれど……。

「お前が命を捨ててまで愛子に会いたいというなら、それを叶えてやろうじゃないか。あたし達にはその力がある」

 自信満々に拳を作ってみせるシスター。

「いや、何もそこまで言ってないんですけど……」

 命を捨てるとまでは言ってないぞ。

「何だ?その覚悟もないのか?」

「正直なところわからないです。わからないですけど……」

 僕は噛みしめるように言う。

「僕は何があっても、もう逃げないことだけは約束します」

 本当にそれが出来るかは分からない。分からないし、もしかしたらそれは重要じゃないのかもしれない。けれど、僕はこの時、初めて自分の決心、もしくは覚悟というものを口にしたのかもしれない。

 それはとても重く、だけどとても熱く口の中に広がった。

「その言葉で十分だ。お前の覚悟はよく伝わったよ」

 シスターはさっきまでとは一転して優しそうな笑みを浮かべ、そう僕に言った。その表情だけを見ているなら、確かにみんなを正しく導いてくれる聖人にも見える気がする。

「なるほど、最初はどうしてお前みたいなのをあの愛子が傍においていたのか理解できなかったが、こうやって話してみると、そうした愛子の気持ちも何となく分かる気がする」

「僕ってそんなに評価が低かったんですか……」

 ちょっとショックかも。

「とにかくこの作戦を引き受ける事にする。だから、これからはお前もあたし達のチームの一員として扱うからそのつもりでな」

「よろしくね!お兄ちゃん!」

 ひまわりちゃんが僕に元気良くそう言ってピースサインを送ってくれる。それに続いて瞑路ちゃんたちも口々に僕に挨拶を投げかけてくる。

「――さて」

 ひとしきり挨拶が済んだのを見計らって、シスターが話し始める。

「今回の作戦ははっきり言って、かなり難しい。いや、ほぼ不可能といってもいいだろう」

 チョーヤの梅酒ぐらいさらりと諦めたような事をシスターは事も無げに言う。

「って、あんた、さっき自信満々に引き受けてたじゃねえか!」

 さっきの僕の覚悟を返しやがれ!

「ったく、元気がいいな、お前は。何も、不可能とは言っていないだろう?ほ、ぼ、不可能と言っただけだ」

「その違いがよく分からないんですが……」

 生憎、国語は苦手なのだ……だからといって他の教科が得意というわけでもないけれど。

「やりようはあるということだ。」

 シスターは不適に笑う。

「しかし、その作戦では、おまえ自身も戦ってもらうことになるかもしれないんだがな」

「それは、どういう……?」

 その後、僕が説明を受けた作戦は、確かにシンプルではあるけれど、それしか手は残ってていないと思うような内容だった。

 

「……確かに、それならとりあえず愛子さんのところまでは僕がいけると思いますけど……」

「けど、なんだ?」

 その作戦を実行するに当たって、僕は不安を拭いきれないでいる。

「いや、確かにいい作戦だとは思いますけど……」

「自分が戦うのが不安なのか?」

「はい、まあ……」

「それはお前にまだ足りないものがあるからだ」

 シスターはそう言うと修道服のたもとをゴソゴソとあさりだした。

「僕に足りないもの……?」

 足りないものだらけなような気もするけれど。

「ああ、それは――」

 シスターは袂から

「これだ」

 と、真っ黒く光る拳銃を取り出し、まるでリレーのバトンぐらいの軽々しさで、僕に手渡そうとする。

「な、な、な、何、取り出してるんですか!?」

 僕は手で万歳をするような格好で受け取りを拒否する。

「何をやっている?」

「そ、それは、なんなんですか!」

「ああ、これか?これは見てのとおり拳銃だが?」

 シスターは真面目な顔でそう答える。

「だから、そうじゃなくて!」

 何でそうなるかな!もう!

「ああ、そうか。そうじゃないな」

「そうそう!」

「これはジェリコ941だ。中には9ミリ弾が16発、装てんされているぞ。初心者のお前でも、イスラエル製のこの銃は比較的扱いやすいからな。それにほら、カウボーイ・ビバップのスパイクと同じレザーグリップカスタムなんだぞ?どうだ?嬉しいだろ?」

「嬉しいよ!ありがとうございます!」

 やけっぱちになって僕はそう叫ぶ。

 確かにかっこいいよ!

「そうじゃなくって!」

「お前に足りないのは、これということだ」

 シスターは手の中でクルクルと拳銃を回してみせる。

「それはどういう……?」

「それはな――」

 シスターはクルクル回していた銃を器用に止めて構えてみせる。

「お前は自分が傷つく覚悟は少しはあると思う。でも、それと同時に誰かを傷つける覚悟ってヤツも持ち合わせないと、戦場では生き残る事ができないぞ」

 バン、とシスターは手にした拳銃で、僕を撃つ真似をした。

「誰かを傷つける覚悟……」

「ああ、そうだ。傷つく覚悟よりも傷つける覚悟の方が難しい」

 シスターの目が厳しく光る。

「僕は……」

 傷ついても構わないと思ったのは嘘ではない。

 ただ、誰かを傷つけるということは考えていなかった。

 果たして、自分の思いのために誰かを傷つけることが出来るのだろうか?

「………………」

 そう思うと、言葉が思うように出てこなかった。

「まあ、いい」

 シスターは手の中で拳銃を回し、グリップを僕のほうに向ける。

「とりあえずこれを持っておけ。その引き金を引くかどうかは、お前がそのときに感じたままにすればいいさ」

 フッとシスターは笑う。

「はい……じゃあ、一応……」

 僕はおずおずと手を出す。

「ほらよ」

 手のひらに乗せられた拳銃は、落としてしまいそうなほど重く、背筋に冷汗をかいてしまいそうなほど冷たい殺気に満ちていた。

 僕はその拳銃を握り締めてシスターに訊く。

「それで、作戦はいつ決行なんですか?」

「それも聞いていないのか?」

 驚いたような、もしくは呆れかえった様な表情のシスター。二人して、連絡ミスの当事者である所の木星を見ると、ヘリの隅っこで携帯ゲームをいつも通りカチャカチャと弄っているのだった。

「わははは!お前はどうやら随分と木星に気に入られているようだな!」

「嫌われてるの間違いじゃ……」

 木星はプイッとそっぽを向いてしまう。

「それで…いつ作戦開始なんですか?」

「それは――」

 シスターはとても聖職者とは思えないほど邪悪な笑みを浮かべて、

「今からだ!」

「は、はい?」

「作戦開始!」

 シスターは声高に宣言する。

了解ラジャー!」

 例の三人娘、それにひまわりちゃんが答える。

 それと同時に、僕たちを乗せた軍用ヘリはスピードを上げる。

 こうして、愛子さんを取り戻す戦いが始まった。


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