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FREAKS(4)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

 

                         4

 

 

 佐々咲綾ちゃんの襲撃は、僕の心に多大なる影響を与えた。

 どんな風にと訊かれたら、具体的にはなんとも答えにくいものなのだけれど、大雑把に言うとやっと前を向けたような気がした。

 だからといって、すぐに何か行動を起こすのか、というわけでもなく何をどうすればいいのか僕にもはっきり定まっていないのも確かだ。

 だけど、何も見ないようにして、ただただ逃げる事を自分に言い訳していた僕から、とりあえずは周りをよく見てもう一度考えてみようと思わせたのは綾ちゃんのおかげだろう。

 感謝してもいいと思う。

 不法侵入と覗きの件は、もちろんしかるべき機関へ通報させてもらうけれども。

 そんなわけで今朝の僕は何となく新しい一歩を踏み出せそうな、そんな希望に満ち満ちた心持だったのだった。

「じゃあ、行ってくるよ、木星」

 木星にかける朝の挨拶も、心なしか軽い。

「………………」

 木星はいつも通りの無言を押入れの中から返すのみだった。

 だけど。

「そうか、わかった。晩御飯はお肉がいいんだな」

「………………」

「わかった、わかった。そんなに言わなくても買ってきてやるから、いい子にしてるんだぞ」

「………………」

 ……決して頭がおかしくなったのではないと弁解させてほしいのだけれど、それも無駄かもしれない。

 説明させてもらうと、このときの僕には木星の無言の箇所にそれなりの台詞が聞こえて……実際には聞こえていないのだけれど、それを脳内補完していたのだった。

 つまり最初の無言の箇所には

「あのね~木星、お願いがあるの……」

 で、次の箇所には、

「何でわかったの?お兄ちゃんすごい!じゃあ、絶対だからね!約束だよ!」

 が入り、最後の箇所には、

「うん!わかった!行ってらっしゃいお兄ちゃん!早く帰ってきてね」

 が入るのだった。

 ……誰だ?痛いヤツだなんていうのは?

 ま、まあ、ともかくこの日の僕はそれほどまでに浮かれていたという事が伝えたかったのであって、決して人の優しさに飢えているがために、自分を騙して慰めていたわけではないのだ。

 ……そうだよな?僕?

 

 

 晴れ晴れとした気持ちで、アパートの階段を下りる。

 僕の心を映したかのような快晴が、より一層僕の心を晴れやかにする。

「天気いいな~」

 僕は空を見上げて目を細める。

「こういうのを何ていうんだっけ。えーっと……天高く…天高く……」

「馬肥ゆる秋ですよ、太郎さん」

 アパートを出たところで、突然声をかけられた僕は、驚いて振り返る。

「何をそんなアホみたいに間抜けな顔で振り返っているんですか?叩っ斬りますよ」

「相変わらず随分な挨拶だね、なだれちゃん」

 振り返るとなだれちゃんは、麗しい女子高生姿でキッと僕を睨みつけていた。いつもの戦うウェイトレス姿もいいけれど、これもなかなか……。

「……じゃなくて」

「何がですか?」

「いや、こっちの話なんだけど……ていうか、こんな朝っぱらからどうしたっていうんだい?」

「どうしたもこうしたも……」

 なだれちゃんは鞄をあさって携帯電話を取り出す。

「私のところに怪しげなメールが届いたんです。で、その内容から推察するに、これは太郎さん、あなたを叩っ斬らなくてはと思い、こうやって朝からあなたが出てくるのを待っていたんですよ」

 やっぱりか。

「なだれちゃん、君はどうしても僕を叩っ斬りたいみたいだね……。それで、どうせそのメールっていうのは、僕が愛子さんのことで悩んでいるとか、迷っているとかってことなんだろ?」

「え、ええ…そうですけど……太郎さん、なんで知っているんですか?」

「いや、まあね……」

 何となくはぐらかしてしまうけれど、きっと鏨先輩や綾ちゃんの所に来たメールと同じような内容なのだろう。

「それで、なだれちゃんも僕を慰めて励まして、愛子さんを助けに行かせようと、こうやって僕の所にきたんだろう?それだったら、もう大丈夫だよ。僕はもう前に進む事を決めたんだ。だからもう――」

「いえ、違います」

「へっ?」

 なだれちゃんの意外な答えに、思わず聞き返した言葉が裏返ってしまった。

「ち、違うの?」

「ええ、違いますよ」

 そう言うとなだれちゃんは微笑む。

 魅力的なその微笑みは普段ならウェルカム!なのだけれど、今の僕には何故か何となく恐ろしいように見えた。

「違うって、じゃあ、一体……?」

 僕の問いかけに、なだれちゃんはどこからともなく木刀を取り出し、

「太郎さん、あなたを止めにきました」

 と、その木刀の切っ先を僕に向ける。

「僕を止めに?」

「そうです」

 短くそう言うとなだれちゃんは木刀を構える。

「どうせ、あなたは誰かにすぐにその気にさせられて、大人しくしていればいいものを、すぐにほいほいと危険を顧みず、またそうやって愛子さんを助けに行くだとか浮ついたたわ言をのたまうんでしょう?だったら――」

 なだれちゃんの目付きが変わる。

「私がここで、あなたを叩っ斬ってでも止めてみせます」

「はい?何を――」

「問答無用!」

 なだれちゃんは木刀を勢いよく、何のためらいもなく僕の脳天目掛けて振り下ろした。

「ちょ、ちょ、ちょ!待って、待ってって!」

「逃げるな!」

「いや!逃げるって!」

 何度も繰り返し振り下ろされる木刀を、僕は必死にかわしながらなだれちゃんに訊く。

「だ、大体、何でなだれちゃんが僕を止めるんだよ!理由を聞かせてくれよ!」

「そ、そ、それは……」

 その言葉に、なだれちゃんの木刀がやっとその動きを止める。

「あの、その……」

 なだれちゃんはなんだかモジモジとして、言いたいことをどう伝えたらいいか悩んでいるようだ。

 よし。どうやら僕の作戦(?)は功を奏したようだ。

「た、太郎さんは……少しは私がどんな気持ちか考えた事がありますか?」

「な、なだれちゃんの……気持ち?」

 なだれちゃんの気持ちだなんて、急に言われても想像も付かない。というか『考えた事がありますか?』だなんて僕は考えないといけなかったのか?というか、考えているはずだよね、と言いたげななだれちゃんの瞳が突き刺さるんですけど……。

「……はあ~」

 なだれちゃんは唐突にため息を大げさにつく。

「その様子だと、考えもつかないといった所でしょうね……」

 呆れたようになだれちゃんは呟くと、もう一度大きく溜め息をついた。

「いや…あの…まあ……」

「本当にあなたって人は……」

 仕方ありませんね、となだれちゃんはあきれ果てたように言うと木刀の切っ先を一度僕から外した。

「私がいつもいつも太郎さんが危険も顧みず突っ走っていくのをどんな気持ちで見ていたと思います?」

「それは……」

 僕ってそんな向こう見ずだったっけ?

「あなたはいつだって他の誰かのために、出来もしないことをやってのけてしまうんです」

 なだれちゃんは僕の疑問なんて気にも留めない様子で続ける。

「本当はそんなに強い人じゃないのに、いつだって誰かのために……いいえ、誰かのせいであなたは強い振りをするんです」

 なだれちゃんは言葉を徐々に噛みしめるようにつむいでいく。

「誰かのせい……」

 何故かその言葉は、僕の胸にずしりと重く沈んだ。

「なんで……なんであなたはいつもそうなんですか?」

「そうって?」

「そ、それは……」

 僕は何か答えにくいことを訊いたようで、なだれちゃんは答えに詰まる。

「それは?」

「そ、それは……もう、いいです!」

 なだれちゃんは怒ったように顔を真っ赤にして、

「やっぱり叩っ斬りますっ!」

「何で!?」

「何でもですっ!」

 そう叫ぶとなだれちゃんは木刀を振りかぶり、

「覚悟!」

 と振り下ろす。

 その時。

「斬りたきゃ斬れ!」

 とっさに目を瞑り僕は叫んだ。

 …………?

 木刀は僕の脳天には降ってこない。

 僕が恐る恐るゆっくりと目を開けると僕の頭ギリギリの位置で木刀が止まっていた。

「そんなことされたら、こうするしかないじゃないですか……」

 なだれちゃんは静かにそう言うと、ゆっくりと木刀を下ろした。

「はは、ははは……」

 乾いた笑いがこぼれ、僕はその場にへたり込んだ。

「なだれちゃん」

「はい?」

 なだれちゃんはさっきまでの殺気(駄洒落じゃないよ)をすっかりなくして、ただの美少女剣士みたいな顔でこちらを向く。

「なだれちゃんが心配してくれているのは嬉しいけれど、やっぱり僕はここで行かないと僕じゃないような気がするんだ」

 僕の言葉をなだれちゃんは黙って聞いている。

「相手が愛子さんだからじゃない。僕は誰が困っていようと、僕に出来る事がもしあるのなら、それをしないでいるなんてことをしたくないんだ。それがたとえ僕自身の身を危険に晒す事になっても、僕の不利益になるとしても、だ」

 こうやって話していると、これから何をしたらいいのか分からなかったのが、徐々に頭の中ではっきりしてくるような気がする。

「誰かのためでも、誰かのせいでも、そんなのどっちでもいいんだよ。僕は僕らしくいるために、愛子さんを助けに行くんだ」

 その言葉になだれちゃんは薄く微笑んだように見えた。

「まあ、こう言ってはいるけれど、本当に僕に出来るかどうかは分からないんだけどね」

 フフッ、と思わず笑いがこぼれる。

「だから、悪いんだけど今はなだれちゃんに叩っ斬られるわけにはいかないんだ。もう少しだけ待ってくれよ」

「あはは、何ですか?それは?」

 なだれちゃんが珍しく笑う。

「分かりました。じゃあ、帰ってくるまで待ってあげましょう」

「ははっ、それは助かった」

 僕は土を払って立ち上がる。

「……本当は嫉妬なんだけどな……」

 なだれちゃんが小さな声でそう呟いた。

「えっ?嫉妬って?」

 何のことだ?

「な、な、何でもありません!太郎さんには関係ないことです!」

 なだれちゃんはそう言うと木刀をしまって、くるりと反転して朝日の中走り去っていく。その背中を見送っていると、少しはなれたところでなだれちゃんは立ち止まり、振り向きざま、

「ちゃんと無事に帰ってきてくださいよね!じゃないと私、太郎さんの事、叩っ斬りますからね!」

 と笑顔で叫んで、坂を転げ下りるように走り去っていった。

「ははっ、僕はどっちにしろ叩っ斬られるのか……」

 僕は肩をすくめ、学校への坂を上り始める。


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