FREAKS(3)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。
3
自問自答
僕は誰?
僕は田中太郎。
僕は何?
僕は人間。ただの人間。
どんな?
年齢は十七歳。ただの男子高校生。
どんな?
さしてとりえも無い、どこにでもいるような男子高校生。
どんな?
取り留めて特徴もない、平凡を絵に描いたような男子高校生。
だけど……。
だけど?
そんな僕でも髑髏塚愛子さんと一緒に事件を解決してきたんだ。
彼女と一緒にいれば平凡な僕でも特別になれた、ような気がした。
でも……。
でも?
でも……一緒に居続けることは出来なかった。
何で?
それは、僕が特別じゃないから。
何で?
彼女にとって僕は必要じゃなかったから。
本当に?
本当さ。
後悔してる?
後悔は……している、と思う。
じゃあ――
「じゃあ……僕はどうすればいいんだよ……」
そう呟いて、僕は天井を見上げる。
僕の呟きは浴室の中に少しだけ残響を残して、湯気みたいに消えてなくなった。
一日の終わり、僕は多くの日本人がそうするように、入浴しているのだった。海外ではあまり湯船につかるという事はしないのだそうだけれど、僕は生粋の日本人なので、体を洗う、髪を洗う、と同じぐらい、いやそれよりももっと、湯船につかるということがすなわち入浴するという事を意味する。
したがって今、僕は我がオンボロアパートのこじんまりとした浴室の、さらにその半分にも満たない、広さより深さが勝っているんじゃないかというぐらい狭い浴槽にお湯を張って、体育座りのような格好で無理やり浸かっているのだ。
お湯で体を温める行為は血行促進作用のみでなく、精神にもリフレッシュ効果をもたらすと、某公共放送でガッテンしながら聞いた事がある気がする。
だからだろうか?
こうやってお風呂に入っているといろんな事が頭の中に浮かんで、考えを整理するのに向いている。
向いてはいるけれど……。
「あ~あ……どうすりゃいいんだよ……」
ため息は口をお湯に沈める事によって、ブクブクブクといった泡に変わった。
確かに入浴という行為は考えをまとめるのに向いていると思う。
だけど考えても考えても、答えが出ない事だってある。
そういった時、人は繰り返し自問自答を続け、より一層、その頭を悩ませるしかないのだった。
最近の僕はお風呂に入るたびに色々考えて悶々としている。しかも今日はとくにそれが酷い。
何故なら今日の夕方、久しぶりに会った鏨先輩からあんなに強く問われたから。
『これでいいのか?』と。
普段の僕ならおチャラけてあの有名なパパの真似でもしていることだろうけれど(いや、しないかもしれないけれど)今はとてもそんな気分にはなれない。
あの事件以来、あそこまでしっかりとその言葉を僕に突きつけてきたのは、鏨先輩が初めてだった。
だから僕は過剰に反応してあんなに声を荒げて否定しまくってしまった。
「今になって考えてみると、よく殴られなかったな、僕……」
普通、心配してきてくれた人にあの態度は無いだろう。
「今度会ったら謝んないとな……」
反省、しても手遅れかもしれないけれど……。
「ほんと……どうすりゃいいんだろ?」
もしくは、どうすればよかったんだろう?
何も無い虚空に、といえばカッコつけすぎだろうけれど、実際のところはただのボロアパートのせせこましい風呂場の天井に向かって自分の悩みを吐露する。
もちろんそこには何も答えるものは――
「くっくっくっ……案ずるでないぞ、我が半身よ」
「はい?」
無いはずだったのだけれど……。
まあ、嫌な予感しかしない……。
答えが帰ってくるはず無い風呂場の天井から、この後の展開が読めそうな声が降ってきたのだった。
次の瞬間。
「げっ!?」
天井の一部が開いて、そこから黒いニーハイソックスに包まれた足が、にゅっと飛び出した。
そのままズルズルッと這い落ちて(?)きたのはやっぱりというかこいつだった。
「てか、どこから出てきてんだよ!?綾ちゃん!?」
天井から現れた佐々咲綾ちゃんはいつも通りの黒いゴスロリ姿で、右手で顔半分を隠すといった、いかにも厨二病的ポーズをとって
「くっくっくっ…我が現れしはこちらとあちらを繋ぐゲート。この現世と我の住む暗黒世界とを繋ぐ扉。我を呼び出せしものはそなたか?我が半身よ」
といった痛すぎる、いや痛々しすぎる台詞を吐いた。
「では、改めて問おう。そなたが私のマスターか?」
「僕はマスターじゃないから、今すぐにその暗黒世界とやらに帰ってくれ!」
どうやら綾ちゃんの厨ニ病は、深刻な症状にまで進行してしまったようだ。
なんだか色々と混ざってしまっているようだし……ああ、あれか、合併症か……。
「くっくっくっ……驚いているようだな、我が半身よ」
「驚いてるんじゃなくて、怒ってんだよ!早く出てけ!」
「そなたがそう求めるなら、それに従うまでのこと」
くっくっくっ、と不適な笑い声を残して、佐々咲綾ちゃんは風呂場からやっと出て行った。
「なんなんだよ、マジで……」
こんなんじゃ落ち着いて風呂にも入れやしないじゃないか……。
皆さんはご存じないと思うけれど、風呂場、特にアパートなどの集合住宅の風呂場には天井裏の機器の点検や修繕をするときの為に、点検口なるものが設けられている事が多いらしい。どういったものかというと、天井に四角く穴を開け、そこに開閉できる蓋を取り付けたもので、もし皆さんがそういった集合住宅に住んでおられるなら、一度見てほしい。
本来ならば電気屋さんなどが全うな目的のために使用するその穴を、本来意図されていない暗黒世界との扉として使用し、佐々咲綾ちゃんは僕の目の前に現れたのだった。
「……って、どう考えても犯罪だろ!」
法律に疎い僕だって住居不法侵入ぐらい知っている。あと痴漢も。
「はい……反省しています……」
その現行犯である綾ちゃんは風呂場を出たところを、騒ぎを聞きつけた木星に取り押さえられ、今は僕の目の前でケーブルで縛られた上で正座させられているのだった。
綾ちゃんは以前から今回と同じ侵入経路で我が家に幾度と無く侵入しているとのことだった。どおりで以前、風邪の看病をしてくれたときに、鍵がかかっているにもかかわらずいつの間にか現れていて、いつの間にか消えていたわけだ。最低でもあの時にはすでに今回のルートは開通していたのだと思うと、背筋に冷たいものが流れる感覚に襲われる。
佐々咲綾……恐ろしい子!
「で?一体なんであんなところにいたんだよ?」
「ああ、それは毎日の日課で太郎さんの入浴シーンを盗撮……じゃなくて」
「今、聞き捨てならない台詞が聞こえたんだが」
僕はもっと自分の貞操を守る術を身につける必要があるかもしれない。
「いえいえ、そうじゃなくて、送り主不明のメールが私のところに届いたんですよ。それで太郎さんの様子を伺いに来させて頂いたという訳です」
「送り主不明のメール?」
あからさまに誤魔化された感は否めないけれど、それよりも送り主不明のメールのほうが気になる。
確か鏨先輩もそんなことを言っていた。
「それって、もしかして僕についてのメールじゃなかった?」
「えっ?そうですけど……まさか太郎さんが自分でこんなメールを送ったんですか?」
そう言って綾ちゃんが見せてくれた携帯のメール画面には、僕が愛子さんのことで傷ついていじけているから慰めてやってほしいといった内容の事が書かれていた。
「いや、まったく身に覚えのないメールだよ。鏨先輩にも同じようなメールが送られていたみたいだけど……大体、僕は傷ついていないし、いじけてもいない。あのことはもう終わったことなんだよ……」
誰だか知らないけれど、いい加減な事を書きやがると僕は呟く。
「とにかく、僕の中ではもう消化されているんだから、綾ちゃんもそんな変なメールに惑わされてこんな事しなくていいんだよ」
その言葉に綾ちゃんは少しだけ微笑んで、
「そんなこと無いでしょう?」
と、まるで子供を諭すような口調で僕に言った。
「えっ?」
「太郎さんがそんなことを本気で言うはずがありません。嘘ですよね?」
「嘘って……」
綾ちゃんの予想外の反応に戸惑っている僕に、彼女は続ける。
「私の知っている太郎さんは、そんな簡単に人を諦めたりする人じゃありませんよ。だって、私の事だって……ね?」
と言って綾ちゃんはモジモジする。
「くっくっくっ…我を闇より呼び起こしたのは、そなただったからの」
「ああ、その厨ニ病の発作は照れ隠しだったんだね……」
便利だな、厨ニ病。
「冗談はさて置き、太郎さんはそんな人じゃないって私、知ってますから」
「そんな人じゃないって言われても……」
彼女には僕がどう映っているのだろう?
綾ちゃんは初めて見せる普通の女の子みたいな顔で微笑む。
やばい……可愛いかもしれない……。
いやいやいや、気をしっかり持て僕!こいつ、僕の風呂を覗いてたんだぞ!
そんな僕の心の葛藤を知らずに、綾ちゃんは続ける。
「私の知っている太郎さんは、そんなちょっとダメだったからってあきらめてしまう様な人じゃありませんし、目の前の人が助けを求めていたなら、それがどんな人だって助けようとしてしまうような人なんです」
「それはちょっと過大評価じゃないかな?」
僕は思わず照れて頬を掻く。
「私を救ってくれた太郎さんはそんな人なんです。私はそんな太郎さんが……」
綾ちゃんは潤んだ瞳で僕を見つめて
「そんな太郎さんが私は好きなんです」
と、突然の告白をした。
それに対して、
「……はい?僕?」
と、間抜けにも聞き返すのが僕だった。
「……お前、死んだ方がいい」
傍で黙って聞いていた木星も、凍てつく波動を僕に放つほどの馬鹿さ加減だった。
「いや、ていうか、いま関係なくない!?」
綾ちゃんのド直球の告白に、思いっきりたじろぎまくりな僕なのだった。
そりゃあ、前から少しはそうかな、って思っていたけれど、まさかこんなタイミングで告られるなんて想像だにしていなかったっていうか、って僕は一体誰に弁解しているのだろう?というか、いや、問題はそんなところじゃなくて。
「お、お、落ち着いて話そうか……?」
うろたえまくりな僕なのだった。
それとは逆に告った張本人の綾ちゃんはというと、なんだかすっきりしたような顔を見せて、
「まあ、それはおいおい話すとして……」
と、実に落ち着き払った態度を見せる。
なんだか先輩としても男としても、僕の小ささを目の当たりにさせられているようで、どうにも居場所がないような気持ちだ。
「私の好きな太郎さんなら、愛子さんとのことをこんな形で中途半端に終わらせたりはしないって信じてますから」
「そんなこといわれても……信じてます、なんて軽々しく言うなよな……」
僕は苦々しくそう吐き捨てる。
「太郎さんはそうやって面倒だ~とか、やれやれとか言って、でも結局はちゃんと助けてくれるんですよね?」
「なんだよ?それ?」
「フフッ、分かってますって」
綾ちゃんはそう言って微笑む。
「私は太郎さんがこのまま黙っているなんてそんなこと信じない。そんなことあってはいけないから、全力で阻止しますよ」
綾ちゃんはニコニコと微笑みながら、
「もし、このまま黙っているなんて言うんだったら、私がまた監禁してお仕置きしちゃうんだから」
そう言って綾ちゃんは、ウフフと笑いツインテールを揺らした。
それを見て僕はこう言う。
「縛られたまま、何言ってんの?」
僕は綾ちゃんの言葉とケーブルで縛り上げられているままのその姿とのギャップに思わず笑い出してしまう。
「あはははは、ったく、しょうがないな……」
僕はそう言って肩をすくめるのだった。