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わかればなし(11)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)次話投稿します。

 

                         11

 

 

 崩れ落ちた流鏑馬さんの向こう側に、黒い影がゆらりと立ち上る。

 僕の背中を恐怖が駆け上がる。

「そんな……技は確かに決まっていたはず……」

 流鏑馬さんの向こうから、その影はこちらにゆっくりと近づいてくる。

 流鏑馬さんが繰り出した技は『匂宮』。禁じ手の一つだ。

 相手の喉元に掌底を当て突き上げてから、地面に叩きつける。決まれば一撃でKO、悪ければ相手の息の根も止めてしまうほどの強力な技なのだ。

 その技の強さゆえ、僕は流鏑馬さんから技の使用を禁止されているほどだ。

 その技が完璧に決まった。

 なのに――

「なのに……なんで……」

 なんで立っていられるんだ?

 あの技を食らって無事なはずが無い。

「フフフ、信じられないって顔をしているね?」

 噤くんが、僕を小ばかにしたような顔でそう言う。

「種明かしをしようか?まあ、してもしょうがないかもしれないけれどね?」

「種明かし?何のことだよ?」

「フフフ、まあ、聞いてよ。ボックスに流鏑馬の技は確かに決まった。普通の人間ならあれで決着が付いていただろうね。でも、ボックスには効かなかった。何故か?」

「坊やだから…ってわけないよな?」

「そんな訳ないだろう?ボックスはあらゆる痛点、急所、その他人体で弱点になるところを全てなくしているのさ。だから、どんな技を食らおうとも彼にはまったく効かない」

 噤くんは舌を出して、

「残念でした」

 とおどけてみせた。

「馬鹿にされているような気がものすごくするんだけど……」

「いやいや、そんなこと無いさ。本当だよ?」

 余計に馬鹿にされている気がする。

「でも、どうやってそんなこと……?」

「お得意のいつものよ」

 驚きを隠せない僕に、愛子さんが答える。

「黒塚家お得意のいつもの投薬と洗脳による肉体改造といったところよ、おそらくね」

 愛子さんは苦々しく吐き捨てるようにそう言った。

「そんなこと出来るものなんですか?」

「あそこは……そういうところよ」

 とてもではないけれど、自分の実家を語るような口調ではないな。

 

「さて――」

 噤くんはニコニコと話す。

「これで僕たちが一勝したんだけれど、次は一体誰が相手してくれるのかな?」

 そう言うと、噤くんは倒れている流鏑馬さんを一瞥する。

「とは言っても、もう木星ぐらいしかボックスの相手は出来ないだろうけれどね」

 そう言って笑う噤くんの横で、ボックスはさっきとは別人のように堂々と立ちはだかっている。どうやら何かのスウィッチが入ってしまったようだ。

「ほら、早く次を決めないと――」

 噤くんがキャリーさんに目配せをすると、キャリーさんが指を鳴らす。

 その瞬間――

 ズンッ!

 という地響きが鳴り響いた。

「な、何だ?今のは?」

「さあ?何だろうね?きっとあれじゃないかな?一階のトルコ料理屋でガスの元栓が緩んでいて、誤って引火して爆発を起こしちゃったんじゃないかな~」

「何だって!?」

 噤くんはニヤニヤと笑う。

 僕は屋上のフェンスに駆け寄り下を覗き見た。ここからはしっかりとは見えないけれど、確かに一階のトルコ料理屋の辺りが赤く明るくなっているし、煙も少しだけれど立ち上っているように見える。

「てめえ……何やってんだよ!」

「なんだい?言いがかりはよしてくれよ。たまたまトルコ料理屋が火事を出しただけだろ?それが何でぼくのせいになるって言うのさ?」

 噤くんはさらに一層ニヤニヤと嗤う。

「くそっ!」

 悪態をつくぐらいしか僕には出来なかった。

「こうなったら……」

 僕は一歩前に進み出ようとする。けれど、その腕を後ろから掴まれて、一歩踏み出してから前に進めなくなった。

「……何をするんですか?愛子さん?」

 振り返ると愛子さんが僕の腕を掴んで、必死な形相で僕を見上げていた。

「それはこっちの台詞よ!あなたこそ何をする気なのよ!」

「決まっているじゃないですか。あいつらをぶっとばすんですよ。流鏑馬さんも助けないとダメですし……」

 出来るだけ落ちついているようにみせようと、僕は極めて静かに話す。

「あなたではボックスに勝てる訳ないじゃない!流鏑馬でさえ……」

「勝てるとか勝てないとかじゃないんですよ!」

 僕は思わず叫ぶ。

「腹が立っているんですよ!あいつらめちゃくちゃにしやがって!だから僕があいつらをぶっ飛ばしてやるんですよ!」

「それは本気なの?」

 愛子さんは眼帯を外したままの琥珀色の左目で、僕の顔を覗き込む。

「そうやって叫んで、自分に言い聞かせて、恐怖を吹き飛ばさなければ立ち向かうことも出来ないのに、あなたにボックスをぶっ飛ばせるって言うの?」

「な、何を……」

「もういいのよ……無理をしなくても……」

「無理なんて……」

 悲しい事に僕の言葉はそれ以上続く事が無かった。

 

 分かっているんだ。

 何も愛子さんに言われなくたって、この震える足でこれ以上進めないことぐらい。

 そんな自分に幻滅したくなくて、

 幻滅されたくなくて、

 必死に奮い立たせようとしているのだけれど、

 どうしてもさっきの映像が脳裏に浮かぶんだ。

 かっこ悪い自分を認めたくない自分がいるのだけれど、

 かっこつけてもかっこつけきれない自分がいて、

 愛子さんにもういいと言われ、悔しい自分がいて、

 だけど、その言葉にどこかホッとしている自分がいて……。

 

 前に進めない僕をおいて、愛子さんが前に立つ。

「どうしました?次はまさか愛姫さまが?」

 噤くんは驚いたような表情を作ってみせる。

「まさか。そんな訳ないでしょ?」

「じゃあ、一体?」

「こんな戦いはもう止めにしましょう」

 愛子さんの声からは諦めが滲み出ているように聞こえる。

「それは、負けを認めるということでいいんですね?」

 噤くんは心から嬉しそうにそう言う。

「ええ、あたし達の――」

 ――負け、と続くかと思われた。けれど、

「逃げてください!愛子さまっ!」

 意識を取り戻した流鏑馬さんは、勢いよく立ち上がると、片腕でボックスの体に抱きついた。

「流鏑馬!」

「流鏑馬さん!」

「太郎さん!愛子さまを連れて逃げるんです!早く!」

 流鏑馬さんの左腕からは、真っ赤な血が止めどなく流れ続けている。

「でも、流鏑馬さんが……」

「私の事は大丈夫ですから!早く!愛子さまを連れて!早く――」

 流鏑馬さんがそう叫んでいる中、流鏑馬さんに抱きつかれて身動きできないはずのボックスの上半身が勢いよく回転した。

「ぐはぁっ!」

 流鏑馬さんの悲痛な声が屋上に響く。

「流鏑馬?」

「流鏑馬さん?どうし…た……」

 火の勢いが増しているのか、赤く照らされた夜の中、流鏑馬さんの胸を貫いたボックスの右腕が、その先端から赤い液体を滴らせながら、不気味に輝いているのが見えた。

「きゃああああああっ!」

「流鏑馬さん!」

 愛子さんは悲鳴をあげてその場にしゃがみ込んでしまう。

「ぐ、ぐふぅ……は、早く逃げ……」

 どさっ、と音を立てて流鏑馬さんは地面に落ちて動かない。

 

 ダメだ……。

 

 僕は愛子さんの手を引き駆け出していた。

 途中で立ち尽くしている木星も引っ張って、僕は屋上の扉の前まで逃げたのだ。

「太郎?」

 愛子さんの問いかけに僕は応えることが出来ない。

 ドアノブに手をかける。

「熱っ!?」

 思わず手を離す。

「どうしたの?」

「フフフ、もたもたしている間に、多分向こうは火の海なんじゃないかな?どうしようね?」

 あははは、と噤くんは声をあげて笑う。

「さて?太郎くんはどうするのかな?ここでぼくたちと戦うのも、その扉を開けて逃げるのも、どちらにしても地獄なのには変わりないよね」

 噤くんは楽しんでいるようだ。

「くそっ!くそっ!くそっ!何なんだよ!」

 振り返るとボックスが虚ろな目でこちらを見ていた。

 恐怖が背筋をまた駆け上る。

 僕は考えるより早く、熱く焼けたドアノブに手をかける。

「太郎!?」

「ぐっ……」

 手のひらが焼ける感覚に汗が吹き出る。

「太郎!?何しているのよ!?」

「に、逃げないと……」

 歯を食いしばって僕はドアノブを回す。

「くっそぉーーーーっ!」

 叫んで、

 扉を開ける。

「こ、これは……」

 扉を開けると目の前は文字通り火の海だった。

 扉を開けることで枯渇しかけていた酸素が入り込み、より一層火の勢いが増した。

 

 怖い

 

 けれど

 

 僕は愛子さんの手を引いて階段へと駆け出した。

 

 

 その後、

 僕たちは木星の力のおかげで、無事に下まで逃げる事ができた。

 煙に巻かれた僕たちは、それぞれ救急車に乗せられて搬送された。

 後で聞いた話だけれど、ドクロ事務所のあったビルは全焼だったそうだ。

 僕たちは失ってしまった。


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