わかればなし(10)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。
10
「それなら、こちらからも条件を出しても構わないよね?」
噤くんはそう言って、微笑んだ。
「条件?」
「そうさ。そちらの提案をのむ代わりに、こちらも少し条件を出させてもらう。簡単なことだよね?」
思わず聞き返した僕に、まるで当然の事だとでも言いたそうな不遜な態度で噤くんは続ける。
「愛姫さまの出した提案というのは、こちら側とそちら側が戦って勝った方のいうことをきくという、少年漫画にありそうな対決方式だったから、ぼくはそれに更に条件を付け足して、より演出しようというのさ」
「演出?」
「そう。よりこのゲームを楽しくするためにルールを少しばかり足すのさ」
ニコニコとじつに面白そうに噤くんは僕達にそう説明する。
「それで、そのルールって言うのは何?もったいぶってないで教えなさいよ」
僕たちの反応を楽しむように話していた噤くんに、愛子さんは痺れを切らせて問いかける。
「どんなルールだってのんであげるわよ!言ってみなさい」
「そのルールというのは――」
噤くんの口元がニヤリと歪む。
「勝ち抜き戦、さ」
「勝ち抜き戦?」
正直、もっと厄介なものを想像していたから少々拍子抜けする結果だった。愛子さんもそれは僕と一緒だったようで、
「勝ち抜き戦って、えらく普通の条件を出してきたわね」
と噤くんに言った。
「フフフ、もっとエグい条件を出すと思ってたでしょ?そうじゃなくて少し勝負を面白くするためだけなんだから、この条件で十分なのさ」
「そ、そんなんだ……」
何だか意外という気もするし、それでも嫌な予感もするし……。
「こちらは愛姫さまの言うとおり、ぼくもスコアも戦闘には向かない。その上、そっちには流鏑馬、木星、それに愛姫さまの力だってあるし、おまけに一応君もいる」
「おまけは余計だ」
それは自分でもよくわかっているんだよ!はたして僕は戦力になるのかってね!
「これで総当たり戦を申し込まれていたら、僕たちの負けは確定だった。だから勝ち抜き戦にしてもらおうっていうのさ。君だってセルゲームぐらい知っているだろう?」
「セルゲームって……」
確かに勝ち抜き戦だけれども……。
「どうだい?それぐらい、いいんじゃないかな?」
「そうだな……確かに人数だってそっちの方が少ないし……」
愛子さんを振り返り伺うと愛子さんも頷いた。
「いいわ。その条件をのみましょう。勝ち抜き戦でいいわよ」
愛子さんのその言葉を待っていたかのように、噤くんは一層口元を歪めると、
「そうですか。どうもありがとうございます」
とお辞儀をして、
「そう言ったことを後悔しないでくださいね」
と小さな声で付け加えた。
その声はどうやら僕にしか聞こえなかったようで、
「ちょっ、それってどういう……」
「それじゃ、こちらの先鋒を呼びますよ」
僕がその言葉の真意を問おうとしているにもかかわらず、僕の言葉をまるで遮るように噤くんは強引に話を進める。
「おーい、入っておいでよー」
噤くんが場違いなほど暢気な声で誰かを呼ぶ。
「大丈夫だからさー。こっちへおいでー」
噤くんはなおも呼び続けているけれど、屋上に空しくその声が響くだけで、その誰かは一向に姿を現さない。
「……どういうことだ?」
本当に誰かいるんだろうな?
「いやー、ちょっとだけ恥ずかしがり屋さんだからさ、照れているんだと思うんだけど……ねえ、大丈夫だから、だれも君の事をいじめないからさ、出ておいでよー」
「…………おい、誰も出てこねえじゃねえか!」
「いやいやいや、こんなはずじゃ……」
おっかしいなーと首を捻る噤くん。
そのときだった。
「おや?やっと出てきたかな?」
噤くんに言われて屋上の出入り口のほうへ目を向けると、微かに扉が動いてその隙間から何かがこちらを覗いているのが見える。
「ほら、大丈夫だから、愛姫さまとかジュピターとかは知っているだろう?」
噤くんの言葉に少しずつ扉が開いていく。
その隙間から少しずつ見えてきたその姿というのは、こんな何の変哲も無い雑居ビルの屋上には似つかわしくないものだった。
「……わ、わかった」
そろりそろりと怯えるように現れたのは、両手にボクシングのグローブをはめて、上半身裸、下は妙に派手なハーフパンツという出で立ちの、やけに痩せた体の男の子だった。年齢は僕よりも少し下のように見える。ちょうど木星と同じぐらいか。
「まさか……あなた、ボックス?」
「ボックスってことは、もしかして……」
「ええ、そうよ。彼も元ヴードゥーチャイルドの四角、四屍柩よ。想定しうる限り最悪な相手ね」
僕の嫌な予感は的中だった。
暗殺集団ヴードゥーチャイルドの中の最強のヒットマン。
一対一では負け無しといわれる最凶の少年。
歩く災厄。
生きる不運。
鎌を持たない死神。
数多の通り名を持つコードネーム四角
それが――
「……それが、この今僕たちの目の前でおどおどと物陰に隠れようとして、隠れられる物陰が無いものだから、また扉の向こうに戻ろうとするのを噤くんとキャリーさんが必死に止めようとしている男の子なんですか?」
本当にそうなの?
しかし、僕の疑念とは裏腹に愛子さんはとても真剣な顔つきで、
「ええ、間違いないわ。あたしが最後に会ったのはあのヴードゥーチャイルドの反乱のときだからもう何年も前になるし、その頃からすると随分と大きくなっているけれど、あの体つきそれにあの性格は間違いなくボックスよ」
と返すのだった。
「そんなにですか……」
よほどまずい相手なのだろうか?
「それだったら、ちょっと気になったんですけれど、ひまわりちゃんとどっちが強いんですか?」
僕たちはもう一人のヴードゥーチャイルド最強、日向葵を知っている。
「ひまわりちゃんとはまた違う強さというか……ひまわりちゃんはどちらかといえば一人で多数を相手するのに向いている力なのよ。相手を殺さないでも無力化させることだって出来る」
確かにひまわりちゃんは木星奪還作戦の時に、関節技を駆使して並み居る黒服を一人残らず殺さずに無力化させていた。
しかも、鼻歌を一曲歌っている間に、だ。
「それに対して、ボックスは一撃必殺。必ず相手を殺すの。性格があれだから、必ず一対一である必要があるんだけど、その条件さえクリアすれば相手は誰であっても何であっても彼が任務を失敗することは無かったわ」
「なるほど……それが彼ですか……」
僕たちの前では扉の方へ必死に逃げようとするボックスを、噤くんとキャリーさんがしがみつくようにして引き止めようとしている。
コントかよ。
関西のおばちゃん風に言うなら、ほんまマンガやで。
「それで、どうなんですか?」
「何がよ?」
「勝機はあるんですよね?」
僕は思い切って愛子さんに訊いてみる。
まあ、こういったことを訊くと大体答えはわかってるんだけどね。
「そんなの……」
愛子さんはいつも通りの自信満々な顔つきで、
「ありありに決まってるじゃない!」
「そうですよね……やっぱり勝ち目なんて無いですよね、ってええーっ!」
あんのかよ!?
「そりゃそうよ!あたしが勝ち目が無い勝負をするわけないじゃない!」
「あんた、どの口がそんな事言ってんだ!?」
今まで僕がどれだけ苦労してきた事か……。
「今までは今までよ!ただ、今回ばかりは負けるわけにはいかないのよ」
「確かにそうですけど……それで、作戦は?」
「無いわ!」
やっぱりそう来たか……。
「無いんですね。じゃあどうやって……」
「違うわよ。無いんじゃなくて作戦を立てようが無いのよ」
「どういうことですか?」
「大丈夫、小細工無しで勝てるってことなのよ」
ね?と愛子さんは流鏑馬さんを振り返る。
「もちろんでございます」
流鏑馬さんは銀縁眼鏡を外しながら微笑む。
「わたくしがあんな小僧に負けるわけがございません。まして愛子様の身がかかっているとなれば、必ず勝ちます。必殺に必勝です」
フフフと流鏑馬さんは珍しく声をあげて笑った。
……えっ?今の笑うとこ?
「……ま、まあ、とにかく流鏑馬は負けないわ。だってあたしがついているのだもの」
「そうでございます。あんなもの当たらなければどうという事も無い」
フフン、と鼻で笑うと流鏑馬さんはボックスを見遣る。
「一撃必殺をかわせば、そこに勝機があるのでございますよ」
そう言って流鏑馬さんは愛子さんと目配せをする。
「なるほど……愛子さんの力があれば……」
妙に納得させられる話だ。
「さあ、それじゃ始めましょうか?」
愛子さんは眼帯を外して不適に笑う。
ちょうど、向こうも何とかボックスを落ち着かせたようだった。
「それじゃ、確認するけれど、勝敗は相手を戦闘不能にするかギブアップさせた方が勝ちということでいいわね?」
愛子さんがの問いかけに噤くんは微笑で返す。
「はい。それでいいですよ。何も殺しあうことは無い。ただ――」
噤くんは口元を歪めて、
「間違いってものはどうしても起こってしまうものですけどね」
と言った。
「ふん、強がっていればいいわ。あたし達が負ける訳ないんだから」
愛子さんが売り言葉に買い言葉でそれに食って掛かる。
「フフッ、そうですね」
噤くんはまったくそれに取り合おうとはせずに、さらりとした梅酒のごとくあっさりと流すのだった。
「まったく張り合い甲斐が無いわね……まあ、いいわ。こっちは流鏑馬が先鋒よ。そっちは……訊かなくてもいいわね」
「そうですね。こっちは彼意外ないですし」
そう言って噤くんはボックスを振り返るのだけれど、とうのボックスはというと挙動不審に目を逸らすだけなのだった。
敵ながら大丈夫なのか?
「それじゃ、双方前に出て~ん」
キャリーさんの言葉に流鏑馬さん、それにボックスが一歩前に進み出る。
「始めっ!」
まるで空手か何かの試合のようにキャリーさんが号令をかけると二人は相手の出方を見るように距離を置いて構える。
流鏑馬さんは隙の無い合気道のような静かな構え。それとは対照的にボックスは左拳を前に突き出した特徴的な構えだった。その服装が表すように戦い方の基本はボクシングのようで、ボックスはすばやくリズミカルにステップを踏んで流鏑馬さんとの距離を詰める。
空気が張り詰める。
息をするのさえままならないほどの緊張感が辺りを支配する。
見守るだけの僕でさえ、そのプレッシャーに押しつぶされてしまいそうだ。
緊張が高まり、膨らんだ熱量が弾けそうになった。
――その時。
「今よ!流鏑馬!」
愛子さんがそう発すると同時に、流鏑馬さんの体が目にも止まらないほどの速さで動く。
その体の上を、何かがものすごい勢いで通り過ぎる。
遅れてボックスが、ほとんど無反動でストレートを打ち出したのがわかる。
ボックスの懐に潜り込むような形になった流鏑馬さんは、そのままボックスの喉元へと掌底を打ち込む。
「あれは……匂宮!」
流鏑馬さんは喉元へ打ち込んだ掌底をそのまま上へと突き上げ、ボックスの体を浮かせるとその勢いのまま地面へと打ちつける。
ズンッ!という重い音と共に屋上全体が揺れ、土煙が上がる。
「決まったわね……」
愛子さんがニヤリと笑う。
舞い上がった土煙が風にさらわれて、流鏑馬さんの手の下で倒れたままのボックスが見える。
「やった!さすが流鏑馬さん!」
僕は思わず声をあげる。
流鏑馬さんはゆっくりと立ち上がると、こちらを向いて微笑むと胸ポケットから眼鏡を取り出すと、ゆっくりとした手つきでそれをかけた。
「当然よ」
愛子さんはまるで自分の手柄のように、誇らしそうにその慎ましい胸を張っていう。
「さあ、これであたし達の勝ちは決定したけれど、まだ続ける?」
真夏の高気圧でさえ鳴りを潜めそうなほど、極めて高圧的に愛子さんは噤くんに問う。
しかし、噤くんは顔色一つ変えずに答える。
「ククッ、何を言ってるのかな?まだ終わってないですよ」
「は?何を言って……」
「自分で言ったんじゃないですか、『相手を戦闘不能にするか、ギブアップさせることで勝利とする』って」
「確かに言ったけれど……」
愛子さんも僕もまだ噤くんが何を言いたいのか理解できない。
「まだ、ボックスは負けてませんよ」
「だって、もう……」
僕たちはもうすで勝ちを確信していた。
その慢心がいけなかったのだ。
こちらに歩いてこようとしている流鏑馬さんの後ろに、ゆらりと幻のような影が立ち上る。
「そ、そんな……」
愛子さんも驚きを隠せない。
「や、流鏑馬さん!」
振り返る流鏑馬さん。
その時、ボックスの右腕の肘から先が消えた。
パァンッ!
乾いた音が響いて次の瞬間、僕の目の前で信じられない光景が広がった。
「……っ!?」
とっさにガードしようとした流鏑馬さんの左腕が、まるで爆発したように肘から先が弾けて消えたのだ。
「ま、まさか……そんな……」
弾け飛んだ流鏑馬さんの腕からは、思い出したかのように大量の血が溢れ出す。
流鏑馬さんは驚いた表情のままその場に崩れ落ちた。