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わかればなし(9)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

一週休んでごめんなさい。

                       9

 

 

「愛子さんっ!」

 僕と流鏑馬さんが駆けつけたら、愛子さんがちょうど廊下に出てきた。

「良かった、無事だったんですね?」

「ええ、何とかね」

 パジャマにマントを羽織るというなんともいえない格好で、愛子さんは不安げに眉をひそめる。

「何よ、その目は?」

「いえ……何も……」

 にしても、クマさんマークのパジャマとは意外だった。とは言わない方が身のためだろう。

「それよりも、これは……?」

 けたたましく鳴り響く警告音と赤い照明が、ことの非常事態をより強調している。

「ああ、これは念のため木星にお願いしたセキュリティシステムよ。きっとどこかで侵入者がよくて瀕死、悪ければすでに仕留められていることでしょう」

「そんなに危険なの!?」

 何も殺さなくても。

「というのは冗談だけれど、それでもただで済んではいないでしょうね。なんたって木星特製のシステムなんだから、ここに侵入するぐらいなら、国防総省に侵入するほうが簡単でしょうね」

「ペンタゴンよりも!?」

「ええ、そうよ。さしずめここはペンタゴンよりも上なんだからヘキサゴンといったところかしら?」

「五角形よりも六角形の方が上ということも無いでしょうけれど、何だか羞恥心のかけらも無いようなネーミングですね」

 ファミリーとか勘弁してくれよな。

「なにはともあれ、その侵入者とやらを見に行きましょうか」

 見にいかなくても、おそらく黒塚家関係だろうことは想像できる。

「その必要はないよ」

 僕たちが進もうとしたその先、廊下の奥から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「フフッ、さすがはジュピターの構築したセキュリティシステムだね。僕と一緒に突入した一般兵はみんな阻まれてしまって、誰一人侵入できなかったよ」

 赤く照らされた廊下の先から姿を現したのは、

「それもあなたには通じないようね。噤くん」

 噤むくんの金色の眼が赤い照明の中でも一際明るく光る。

「ええ、ぼくには心強い仲間がいますからね。それこそあなたに負けないぐらいの、ね」

「それがこの前の魔魅美さんか?」

 僕の問いかけに対して、ちっちっち、と非常に腹立たしい態度で指を横に振る。

「それだけじゃないんだよ、太郎くん」

「えっ?」

 戸惑う僕を置いて、愛子さんが噤くんに

「そうね。あたしが思うに、おそらくまあちゃん以外の元ヴードゥーチャイルドも何人かあなた側についているわね?」

 と訊ねる。

「フフッ、さあ?どうでしょう?」

 噤くんは嬉しそうに笑う。

「もしそうなら、どうだって言うんです?」

「もし、あたしが考えているヤツがあなたの側についているのだとしたら、それはとても……」

 愛子さんの顔は恐怖に歪む。

「あ、愛子さん……?」

「それはとても……めんどくさい事になるわ……」

「えっ?めんどくさい?」

 めんどくさいって、何?

「ええ、とーーーーーってもめんどくさいのよ。もう二度と会いたくないぐらいにね」

「そ、そんなにですか……?」

「そうよ。キャリスタ・マックスウェル・バズ・ホープ・サイサリスはね」

 何だ?今のは?

「きゃ、キャリ?キャリス?えっ?何ですか?」

「だから、キャリスタ・マックスウェル・バズ・ホープ・サイサリスはとてもめんどくさいのよ」

「きゃ、キャリスタ・マックス……なんでしたっけ?」

 名前だけでもすでに面倒くさいじゃないか。

「だ、か、ら!めんどくさいんだってキャリスタ・マックスウェル・バズ・ホープ・サイサリスは!」

「呼んだぁ~?」

 廊下の奥から声がして僕たちは振り返る。

 すると、どこからとも無くスポットライトが照らされて、影を映し出す。そこに映し出されたのはピンク色の地に真っ赤なリボンをあしらった、まるでどこかの魔法少女のような格好に身を包み、ウインクしながらこちらに向けてポーズを決める――

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん」

 ――おっさんだった。

 おっさんだった!?

 ものすごいのがキターーーーーッ!

「久し振りねキャリー。二度と会いたくなかったわ」

 キャリーと呼ばれたおっさんは髭剃りあとも青々と、満面の笑みを愛子さんに向ける。

「二度と会いたくないだなんて、ご挨拶だわ~あ、い、こ、ちゃん」

 お仕置きよ、と指で鉄砲を作ってバンと撃つ真似をする。

「あの……愛子さん、まさかと思いますが、この人も……」

「ええ、認めたくないけれど、あれでも元ヴードゥーチャイルド、楽譜スコアよ」

 愛子さんは実に苦々しくそう呟く。

「はぁい、はじめまして。よろしくねぇ~ん、太郎ちゃん」

 キャリーさんは僕に向けてもウインクを飛ばす。

「……無理かもしれない」

 キャリーさんが果たして敵か味方か、強いか弱いかもまだわからないけれど、もうすでに逃げたい。そして、もうすでにめんどくさい予感が、参観日の香水のキツイ臭い並みにプンプンする。

 というか、このおっさんの香水の臭いも相当にキツイ。

「それで、このおっさんの能力って一体どんなものなんですか?」

 腐ってもヴードゥーチャイルド、きっとすごい力の持ち主なのだろう。だと思う。なのだろうか?

 僕の問いかけに対して、愛子さんは重々しく口を開く。

「キャリーの力…それは……」

「それは……?」

 僕は息を飲んで愛子さんの言葉を待つ。

「それは……よくわからないわ」

「よ、よくわからない?」

「ええ、よくわからないのよ」

「それってどういう……?」

「よくわからないというか、よく知らないのよ。ただ言えることは、厄介ってことだけ」

「厄介なのはよく理解できますけれど……」

 会ってまだ数分だろうけれど、もうすでに身にしみて理解している。

「現象とでもいうのかしら、彼の手にかかったら何でも劇的になってしまうというか、彼の脚本どおりに物事が進んでいくの。そこにいるべき人物がちゃんとそこにいるというか、その場所をセッティングするというか……」

 愛子さんの説明は、珍しくあまり的を得ているようには思えない。見かねたようにキャリーさんが声をかける

「もう仕方ないわね。あたしがせつめいしてあ、げ、る」

「結構です」

「何で断るのよ!」

「てか、何であんたが説明すんだよ!」

 仮にも敵なんだろ!

 自分の能力は隠しておくもんだろうが!

 そんな僕の内面のツッコミなんて気にした様子も無く(気に仕様も無いが)キャリーさんは実に自慢げに自分の能力を説明しだした。

「あたしが行く所、それは全てステージなのよ。完璧にキャスティングされたステージングなの。それはとてもインタレスティングでアメージング!わかる?」

「わかるか!イングって言いたいだけなんだろ!?」

「あら?淫具だなんて。太郎ちゃんのエッチィー」

 うふっと笑われた。

「くそ……本当にめんどくさい……」

 敵として立ちはだかっていないなら、絶対に係わり合いにならなかった。

「それは置いておいて、あたしの仕事はその場にふさわしい人物、出来事、シチュエーションを整えること。だから、もうすでにあたしの仕事は終わっているのよ」

「何だよ、それ?それってそんな大層な仕事なのかよ?」

「あったりまえじゃない!」

 キャリーさんはものすごい剣幕で僕に言い返す。

「あたしにかかればどんなところにだってステージをセッティング出来るのよ。その気になれば明日、どこかの国でクーデターをセッティング出来るし、劇的な出来事をあなたに毎日起こしてあげる事だって可能なんだから!」

 なめんじゃねえよ!と最後だけおっさんの声で凄んだキャリーさんだった。

「た、確かにそう考えるとすごい力かも……」

「ええ、そうなのよ」

 愛子さんが首肯して続ける

「はじめにあなたのところに噤くんがやってきた時も、まあちゃんたちに襲われたときもきっとキャリーが手を貸しているわ」

「そういえば……」

 確かにどちらも不自然なほど、自然に都合よく彼らは現れたよな。

 それがキャリーさんの力によるところなのだとすれば説明もつく。

「しかも面倒な事に、そのステージは用意したキャリーの都合に合わされるのよ」

「ん?どういうことですか?」

「つまり、キャリーが勝とうと思って用意したならこのステージではあたし達は勝てないわ。ただ、結果まで考えずに用意してくれていたら別だけどね……」

「なるほど……まったく……」

 本当にめんどくさい力だな。

 もしかしたら僕たちは勝てもしない勝負に、それでも挑まなきゃならないということじゃないか。

「ちなみにキャリーさん、今回はどういったステージなんですか?」

「そうね…さしずめ、家出っ子にお仕置きといったところかしらね」

「そうですか……」

 そのネーミングだとまあ、僕たちに都合いいステージじゃない事ぐらいわかる。

「さて、どうしましょうか?愛子さん?」

「そうね……まあ、こちらもちょうど良かったといえばそうなのだけど……」

 愛子さんはそう言うと、流鏑馬さんをちらりと見る。

「いける?流鏑馬?」

「はい。もちろんでございます」

 愛子さんはその答えに思わず笑いだしてしまう。

「ウフフ、そう、わかったわ。あなたにはいつも迷惑ばかりかけるわね」

「そんなことはございません。どんな事であれ、愛子さまのために働ける事はこの流鏑馬、至上の喜びでございますから、もったいないお言葉でございます」

 流鏑馬さんは深々と頭を下げる。

「フフッあなたといったら、まったく……」

 愛子さんはその姿に嬉しそうに微笑む。

「太郎!」

「は、はい!」

 二人のやり取りを見入ってしまっていた僕は、急に呼ばれてビクッと体を震わせる。

「多分、木星はまだ寝ているだろうか起こしてきてくれる?そして屋上に集合よ」

「は、はい……わかりましたけれど……」

 屋上?

「あたしに考えがあるのよ」

 あたしの予想が当たっていればだけれど……と愛子さんは付足して、

「さあ!作戦開始よ!」

「はい!」

 僕はそう返事して階段を駆け上がる。

 確かにここでこうやって襲撃される事を、愛子さんはすでに読んでいた。だからこの襲撃は僕たちにとっても都合がいいものなのだけれど、本当にそうなのだろうか?キャリーさんがあちらについているという事は僕たちに都合がいい訳ない。でももしキャリーさんが本当にただ単に今回の襲撃だけをセッティングしたのだとすれば、この機を逃すわけにも行かないのはお互い様なのだけれど……。

 どうにも考えが上手くまとまらない。

 まったく本当にめんどくさい力だ。

 とにかく今は愛子さんの指示通りやってみるしかないか。

 

 木星の寝室はドクロ事務所の奥のジュピターシステムの本体がある部屋だった。僕が扉を開けると体操服(!)を着た木星が機械に囲まれて寝ていた。

「おい!起きろ!木星!」

 こんな時によく寝ていられるもんだ。眠っている木星は白く透き通るような肌も相まって、本当にお人形のようだった。

 まったく、寝ていたら本当に可愛いんだけどな……。本当、何かしたくなっちまうじゃねえか。ええい、どうしてくれよう!

「おい!木星!起きろって!起きないと……」

 と、僕が木星の体に手を伸ばそうとした時だった。

 唐突に木星はむくりと起き上がった。

「お、おお、起きたか」

 チッ、もう少しだったのに……。

 起き上がった木星はいつもよりももっと眠たそうな目をこちらに向けて、

「……死ね」

 と冷たく言い放った。

「あら?寝ぼけちゃってるのかな?木星ちゃん?」

「お前、わたしに何かしようとしてた。多分悪い事。だから死ね」

「あ、あははは…そ、そんなことある訳ないだろう。ぼ、僕が木星に悪いことする訳ないじゃねえか……あはは、まったく冗談きついぜ……」

 僕の必死の弁解の間も木星は容赦ない極寒の視線を僕に撃ちつけ続けていた。

「そ、それよりも大変なんだよ!」

「わかっている」

 木星はどこからとも無く取り出した上履きを履きながら、

「敵が来たんだろう?迎え撃つ」

 そう言うと携帯ゲーム機を手に取る。

「わかってんなら話が早い。愛子さんが屋上に来いって」

「わかった」

 木星はそう言うとスタスタと歩き始める。

 僕もそれについて屋上を目指した。

 

 屋上に着くと愛子さんたちと噤くん、キャリーさんが対峙していた。

「これで、うちは全員そろったわ。もう一人いるけれどその子は非戦闘員なんだからいいわよね?」

 愛子さんは噤くんにそう訊ねる。

「南さんの事ですね?ええ、構いませんよ」

「そう。じゃあ、今度はそちらの手駒を見せてもらおうかしら?」

「手駒?何のことです?」

 噤くんは明らかにとぼけてみせた。

「わかっているのよ、あなたにしてもキャリーにしてもとてもじゃないけれど戦闘が出来るタイプじゃないもの。こちらには流鏑馬がいるのにあなた達がそんなメンバーだけで乗り込んでくる訳ない。ましてあたしを連れ戻そうとしているなら尚更ね」

「出来れば話し合いで解決したかったのですけどね……そう言うということは素直にぼくたちに従ってはくれないんですね?」

 噤くんはニコニコとしたまま愛子さんに問いかける。

「従う訳ないじゃない!徹底抗戦よ」

「そうですか……それで、こんなところにつれてきて一体どうしようって言うんです?」

「簡単なことよ。ここであたし達とあなた達とで戦って、あたし達が勝てば黒塚家は今後一切あたし達に手を出さないって約束しなさい!」

 愛子さんはビシッと噤くんを指差しながらそう宣言した。

 これは、僕たちが事前に話し合っていたことだった。

 こうなってしまった以上、徹底抗戦の構えだと。

 次に黒塚家が攻めてきたときに、僕たちはその勝負を受けて立って、勝利を条件に手を引かせようと。

 そう決めていたのだった。

「そうですか……」

 愛子さんにそう言われた噤くんは、

「それはそれは……実に面白い」

 そう言ってまるで悪魔が乗り移ったように邪悪に笑ったのだった。


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