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わかればなし(6)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

※今回は勝手ながら一日ずれて更新しました。次からは通常に戻ります。ご迷惑をおかけしました。

 

                          6

 

 

 ゆっくりと顔を上げると噤くんの瞳は黒いままだった。

「噤くん……?どうしてここに……」

 驚きを隠せないでいる僕に

「言ったじゃないか。愛姫さまを迎えに来たんだよ」

「そんな…なんで……?」

「何でってそりゃ、そういう命令だからだよ。太郎くん」

 噤くんは顎を少し上げて、僕をまるで見下すように目を細める。

「命令って……一体、誰の……?」

 僕には、いや、この場にいる全員がその答えを知っていただろうけれど、僕はそう言わざるをえなかった。というよりも、そう言わなければならないような気がしたんだ。

「決まっているじゃないか。それは――」

 噤くんの目が金色に変わっていく。

「黒塚家当主、幾歳さまの命令だよ」

「やっぱりか……で?なんで、その黒塚家が今さらなんで愛子さんを連れ戻しに来たんだよ?」

「それは――」

 噤くんが両目を指差す。

「この目が関係してくるのさ。ねえ?愛姫さま?」

「………………」

 噤くんに話を振られたけれど、愛子さんは黙ったままだった。

「ふうん?答えてくださらないんですね?それじゃ、ぼくが説明しても?」

「………………」

「その沈黙はいいって事ですよね?それなら、お答えしましょう」

 噤くんは大仰に頷くと話しはじめた。

「ぼくや、百夜くんのこの目の事は知っているよね?」

「ああ、まあ……」

 嫌な思いしかしていないけれど。

「その目のオリジナルが、愛姫さまの琥珀色の左目なんだよ」

「オリジナル?」

「ああ、そうさ。ぼくの目も、百夜くんの目もどちらも愛姫さまの目を研究して移植された目なんだよ」

「い、移植?」

「そうだよ。この目は両方、どこかの誰かの目さ」

 そう言うと噤くんはにっこりと微笑んだ。

 その笑顔に僕は恐怖をおぼえ全身の鳥肌が立った。

「そんなことって……」

 とてもではないけれど信じられない。

「本当のことよ……」

 信じる事ができない僕に、今までずっと黙ったままだった愛子さんが話しはじめた。

「兄様はまだそんなことを繰り返しているのね……」

 愛子さんは少し悲しそうに見えた。

「その子の言うとおり、この目がオリジナルとなって、その子たちの目を作り上げたのだと思うわ」

「それってどういう……?」

「あたしのこの呪われた目は、人の心が視えるんだけれど、それを科学的に研究したの。するとあることがわかった。それはあたしの目が、相手の脳内のシナプスが発する電気信号を受信して、そのせいで相手の心が読めるという仕組み……。それさえわかれば応用は簡単だったようよ。すぐに何人かの人体実験を行って――」

 愛子さんは苦々しく呟く。

「その結果から百夜が生まれたのよ」

 百夜は相手の感覚を奪うという能力だった。

 そんな不思議な能力も相手の脳内の信号を奪うというなら、無理やりではあるけれど一応理解は出来る。

「でも……だからって愛子さんを連れ戻す理由にはならないんじゃないか?」

 愛子さんから噤くんや百夜が生まれたのはわかったけれど、それと今回の事とがどうしても繋がらない。

「それは、愛姫さまの力だけが特別だからさ」

 噤くんが愛子さんを引き継いで話し始める。

「僕たちの力はどちらも相手の脳波に強制的に感応して、相手に影響を与えるタイプの力なのだけれど、愛姫さまの力はその逆、相手の脳波を感知するタイプ。オリジナルは受信側なのに、僕たちコピー側はどうやってもそうはならなかった」

 噤くんは顔色一つ変えない。それが僕には気味悪く思えて、彼と関わる事を躊躇させる。

 それでも訊かなくては。

「幾歳さまにとってはオリジナルにこそ意味がある、なんだってさ。僕たちはあくまでもコピー、相手に押し付けるだけの力しか発揮できなかったけれど、愛姫さまの力は相手を知る力、それってとっても――」

 噤くんは口の両端をあげて、不気味な笑顔を作る。

「――やさしいよね」

「……だから愛子さんを連れ戻しに来たのか……」

「愛姫さまの力は幾歳さまのお傍でこそ活かされる。だから、来てくださいますよね?愛姫さま?」

 愛子さんのほうを見てみると、考え込むような顔つきで俯いている。

「もし……」

 愛子さんはゆっくりとこちらを向く。

「もし……断ると言ったら……?」

「フフッ、そう言うと思っていました。でも、そんなこと言えると思っているんですか?」

 噤くんは意地悪をする子供のような表情で続ける。

「あなたが今、こうやっているのは一体誰のおかげなんですか?ねえ?愛姫さま?」

「あたしは……もう、あんなところには戻らない!自分の力で今までだってちゃんとやってきたんだから!」

 愛子さんは、子供が駄々をこねるように首を振る。

「まあ、そう言うだろうことは予想していましたけれどね。いわゆる想定の範囲内ってやつかな」

 噤くんは肩をすくめる。

「こうなったら力ずくでも、って言いたいところだけれど、僕たちコピーの力はオリジナルには効かないんだよね。だ、か、ら……」

 噤くんはドアの向こうに向かって、

「それじゃ、お願いします」

 と、声をかける。すると――

「はあい」

 と、語尾にハートマークが付きそうなぐらい甘ったるい声が返事を返す。

「この声……」

 愛子さんはこの声の主に覚えがあるらしく、少し緊張したような面持ちでドアを見つめる。その表情に、僕も自然と動悸が早くなる。

 果たして入り口のドアの向こうから現れたのは、一人の女性だった。

 年齢は愛子さんと同じくらい。薄いピンクに髪を染めていて、その色と同じような派手なスーツに身を包んでいる。スタイルのよさも相まって大人の女性といった風だけれど、顔つきは甘えん坊を具現化したような甘い顔つきだった。

 つまり、有体に言うと水商売の女性のように派手だった。

 けばけばしいと言ってもいいぐらい。

「やっぱり……あなただったのね」

 どうやら愛子さんは、その女性に見覚えがあるらしい。

「久し振りね、愛子ちゃん。いつぶりかしら?」

「さあ?もう覚えてもないわね」

 愛子さんはこの突然乱入してきた人物の事をあまり快く思っていないようで、つっけんどんに言い放つ。

「そんなあ~。つれないなあ、愛子ちゃんは。ところで……」

 そんな愛子さんの態度なんて何のその、その女性は僕と南の方に向き直ると、

「はじめましてだね。あたしは黄泉山よみやま魔魅美まみみ。愛子ちゃんの古いおともだちよぉ。そっちが南ちゃんで、こっちが太郎くんね。よろしく~」

 ……軽い。

 さっきまでの重々しさに比べると、高級羽毛掛け布団ぐらい軽い。高田社長だって、この軽さなら自信をもってオススメ出来ることだろう。

「それで、あなたが何でいるの?」

 愛子さんが明らかに警戒した声でそう訊ねる。

「ほんとうにひどいなあ、愛子ちゃんは。久し振りに会った友達にたいしてそれはないんじゃなあい?」

「あなたのことを友達だなんて思ったことは無いわよ」

「あら~?あたしは友達だと思っているわよ、愛子ちゃん」

 魔魅美さんは愛子さんとは対照的に、にこやかに答える。

「友達だけど、今は…て、き」

 そう言うと魔魅美さんは愛子さんにウインクする。

「!?」

 ウインクされた愛子さんの様子が急に変わった。

「愛子さん……?」

 僕が呼びかけても愛子さんはぼーっとして反応を示さない。

「愛子さん……?どうしたんですか?愛子さんっ!?」

「無駄だよ」

 何も答えることの無い愛子さんに変わって、噤くんが答える。

「ぼく達の力はオリジナルには通じないけれど、それ以外の力に対しては案外脆いものなのさ」

 噤くんはフフッと馬鹿にしたように笑う。

「おい!愛子さんに一体、何をしたんだ!」

 僕たちがどれだけ騒いでも、愛子さんは宙を見たまま何も反応を示さない。

「酷い言われようね。そんな事言われたら、あたし傷ついちゃうわよ。心配しなくても何もしていないよお」

 魔魅美さんは緊迫した空気なんて全く無視してゆる~く話す。

「そ、そうなの?」

 明らかに愛子さんおかしいけれど……?

「そうだよお。何もして無いよ――」

 魔魅美さんはそう言いながらフラフラと愛子さんに近づいていく。

「まだ、ね」

 魔魅美さんは僕に向かってそう言うと、愛子さんの首に腕を絡ませていく。

「な、何を……?」

 驚きのあまり動けない僕の前で、魔魅美さんは自分の顔を愛子さんの顔にゆっくりと近づけていき、

「ちょ、ちょ、ちょ……」

 そのまま少しだけ顔を傾けて、

「っ!?」

 魔魅美さんは愛子さんの唇に自分の唇を重ねた。

「って、おい!何やってんだ!」

「何って、キッスだよお。知らないの?ああ、太郎くんはまだ童貞クンだから……」

「それは関係ないだろ!僕だって好きで童貞を守り続けているわけじゃないんだよ!」

 自分で言って自分を傷つけた。

 自爆。

「じゃなくて何やってんのかって訊いてんだよ!」

「何って見たまんまだよ?」

 魔魅美さんはそう言うと、また愛子さんにキスをした。今度はさっきよりも激しく、より熱いくちづけが僕の目の前でなされている。

 何だか変な気分になるような……。

 正直、羨ましいような……。

「いいな……じゃなくて!」

 と、僕が無限ループに陥りそうになっていると、さすがに愛子さんが気がついたようで、急にもがいて魔魅美さんから離れる。

「あなた、あたしに何をしたの!」

「もう、愛子ちゃんまで。だ、か、ら、キスしただけだよ」

「わかったわ、質問を変えてあげる。何であたしにキスをしたの?」

「うふふ、それは~愛子ちゃんのことが好きだからに決まっているじゃな~い」

 魔魅美さんはそう言うと、キャッと恥らうように顔を隠してモジモジする。

「ふざけないで!あなた、あたしに何を伝染うつしたの!?」

「う、伝染した!?」

 一体どういうことだ?

 僕の疑問に愛子さんが答える。

「彼女の素性を教えて無かったわね。彼女は……」

 愛子さんはそこまでは言ったのだけれど、その続きを言う事が出来なかった。なぜなら、

「あ、愛子さん!?」

 愛子さんの顔はみるみるうちに真っ赤になって、その場に倒れこんでしまったから。

「どうしたんですか?愛子さん!」

 すかさず流鏑馬さんが駆け寄り、倒れこむ愛子さんを抱きかかえる。

 愛子さんの息遣いは短く早い。明らかに様子がおかしい。

「おい!本当に愛子さんに何をしたんだ!?」

 答えによってはタダじゃおかない。

 しかし、僕がどれだけ鼻息荒く、攻め立てても魔魅美さんはどこ吹く風、まるで気にも留めてない。

「だから~伝染しただけだよお」

「だから、何を!」

「それは……ひ、み、つ!」

 魔魅美さんのそんな態度にだんだん腹が立ってきた。

「てめえ!教えろよ!」

「だ~め!だってそれを教えたらあたしのお仕事が失敗しちゃうもん」

「仕事?どういうことだ?」

「それはぼくが答えるよ」

 噤くんが割って入る。

「これはぼく、というよりも黒塚家が黄泉山魔魅美さんに依頼したのだけれど、愛姫さまにある病気を伝染して、その病気を治してほしければ、大人しく黒塚家に帰ってくるように交渉しようとしたんだよ」

「それは交渉じゃなくて恐喝だろ」

「フフッ、そうかもね」

 噤くんはくつくつと笑う。

「まあ、これは警告だととってもらおうか。それじゃ――」

 魔魅美さんに目配せをして、噤くんはドクロ事務所を出て行こうとする。

「いい返事を期待しているよ」

「ま、待て!」

 僕の声は空しく響くだけで、二人を止める事は出来なかった。


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