表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/91

わかればなし(4)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

 

                        4

 

 

 佐々咲綾ちゃんの献身的な(変態的な)看病の甲斐もあって、僕の風邪はさほど長引きもせずに治ってくれた。珍しく彼女に感謝の気持ちを抱いたのだけれど、彼女は僕が寝ている間に出て行ったらしく、きちんと礼は言えなかった。

 礼はきちんと言えなかったけれど、綾ちゃんはきちんと鍵をかけて帰っていった。

 って、おい、どうやって鍵をかけたっていうんだ?

 僕の持っている鍵は一本しかないのだけれど、その鍵は無くなってないし……。

 まあ、あの子なら合鍵ぐらい勝手に作ってそうだけれど。

 どうせ僕のあのボロアパートなんてセキュリティレベルで言えば、公園のジャングルジムにも劣るだろう。

 盗まれて困るようなものは、幸い心以外持ち合わせてないさ!

 なんて、カッコつけてみる。

 ともかく。

 僕は普段の日常に帰ってきた、つもりだった。

 

「……それで、あたしのところにも帰ってきたってわけね、太郎」

 普段の日常なのだから、学校にも行くし、その後のドクロ事務所にだって行く。

「はい、ご無沙汰してます。と言うほどでもないですけれど……」

 久し振り(と言うほどでもない気もするけれど)に会った愛子さんは、僕の復帰を喜んでくれるかと思っていたけれど、顔中に不機嫌を貼り付けて、仁王立ちで腕組みのまま僕を攻め立てるような目付きで睨んでくる。その気迫たるや、全盛期の呂布だっておののきそうなほどだ。

「いいえ!あなた、何の連絡もなしに三日も顔を見せなかったんだから、それはもうご無沙汰様様なんだから!」

「はあ……」

 ご無沙汰様様って何?

「しかも、このあたしをここまで放っておくだなんて、すっかり忘れられてしまったのかと思って不安になっちゃったじゃない!どうしてくれるのよ!」

「はあ……」

「責任をとって、あなたはこれから一生ここでタダ働きをしてもらいます!」

「はあ……って、はいっ!?」

「当然でしょ!異議は受け付けません!」

 おいおい……。

「お言葉ですが、愛子さん……今まで一度だって僕にその……給料というか、報酬のようなものをくれたことってありましたっけ?」

「ええっ!?何を言っているのよ!ちゃんとあげ…てるじゃない」

「その間は何ですか?」

「何でも無いわよ!」

「何かあるでしょ?」

「な、何も無いっていってるじゃない!ド、ドーナツの真ん中みたいなものよ!」

「ドーナツの真ん中には乙女への誘惑が詰まっているんですよ。だとするとあの間にも何かが詰まっているはずですよ」

「た、太郎のくせに生意気なんだから!」

 愛子さんはそう言うと、顔を真っ赤にしてプイッとそっぽを向いてしまう。

「最終的にはそうなりますか……」

 これが僕の帰ってくるべき日常の風景なのだ。騒がしいったらありゃしない。

(結局、愛子さんの機嫌は、南が淹れてくれた紅茶を飲むまで直らなかった)

 

「それで?三日も休んで何をしていたのよ?」

 愛子さんは、今ので僕に対する労働基準法違反の件をスルーできたことにして、話題を僕のこの三日間の欠勤の理由へとシフトさせる。

 絶対、後で給料の件をもう一度問いただしてやると心に誓って僕はこの三日間にあった事を、端的に説明した。

「――というわけで、簡単に言えば雨に濡れたせいで風邪をひいて、この三日間寝込んでいたんですよ」

「ふ~ん、なるほどね……」

 僕の説明を酷く真剣な面持ちで聞いていた愛子さんが、何かを考え込むようにしていたかと思うと、突然

「あなたはアホね」

 と言い放った。

「何言ってんですか!?」

 さすがに聞き捨てならねえ!

「アホなんだからアホと言ったまでよ」

「ちょっ、いくら愛子さんでもそれは言いすぎでしょ?理由を教えてくださいよ!理由を!」

 声を荒げる僕に対して、愛子さんは哀れむような目を向けて、一つ大きなため息をついてから、

「いいわ、教えてあげましょう」

 と言い、少しずつ近づいてくる。

「まず、あなた、その敵とか名乗ったヤツと暢気に雨の中、傘もささずに話し込んで、一体何のつもりなの?」

「うっ…そ、それは……」

「第二にそいつの素性を、そんなに話しこんでいるにもかかわらず何にも掴めてないじゃない。一方的に弄ばれて何やってるのよ」

「ま、まあ……」

 愛子さんは近づいてきながら、追い討ちをかけるように僕を詰問する。

「さらに、あなた、何でわざわざ自分のストーカーを家に連れ込んでるのよ。あの子は一応アレでも危険人物なのよ。それを…無警戒にもほどがあるわ」

「そ、そうですかね……」

「最後に。連絡の一本ぐらい入れなさいよね!心配して損しちゃったじゃない!」

 目の前まで迫ってきて下から睨みあげるようにしている愛子さんに対して、僕はただただこう言うしかない。

「はい、すみません……」

 もう、ぐうの音も出ない。

 弾丸のように論破されてシュンとなった僕に、愛子さんは話を続ける。

「それはそうと、気になるのはその噤くん?だっけ?その子が何者なのかって事ね……」

「そう…ですか……?」

 そんなに気になるだろうか?

「ただの変わった子なんじゃないですか?僕に何かしたのだとしても体に直接危害を加えられたわけじゃないですし。あれもどうせ催眠術か何かでしょう?」

 ――天苑白のように。

「そうだったら良いのだけれど……他に何か特徴みたいなものは覚えてないの?」

「そうですね……目を見張るような美少年だったのと……ああ、あと気を失う寸前だったんでよくは覚えていないんですけど、彼の目の色が金色に変わったような気が……」

「あなた…それは本当なの?」

 僕の言葉に、愛子さんは目を見開いて驚きを隠せないようだ。

「え、ええ……ちゃんとは見てなかったんで何となくですけど……元々金色だったか、黒から変化したかも定かではないんですけど……」

 それってそんなに大切な事なのか?僕の錯覚だと思っていたのだけれど……。

 暢気に構えていた僕に対して愛子さんは

「あなたはやっぱりアホね。アホを通り越してあなたはアポよ」

 と再度言い放った。

「な、何を――」アポにはアホの最上級なんて意味はないぞ!

「まあ、聞きなさい」

 僕の反撃を切っ先でかわすように、愛子さんが先手を取って話し始める。

「その噤という男の子、おそらく黒塚家からの刺客で間違いないわ」

「え?今なんて?」

 黒塚家からの…刺客……?

「あたしの実家、黒塚家からあたし達への刺客だと思うわ」

「えっ…?何で愛子さんに黒塚家から刺客が送られてくるんですか……?」

「あなたには前に少しだけ話したかもしれないけれど、あの家とあたしは決して良好な関係というわけではないのよ。おそらく今の当主、つまりあたしの兄が仕向けたんだわ」

「だとしても刺客だなんて大げさじゃないですか?僕も風邪を引かされただけですし、特に危険そうには見えませんでしたけれど……」

「だとしても、相手はあの黒塚家なのよ。何をしてくるかわかったものじゃないわ」

「何もそこまで――」

「あなたは何もわかってない!」

 珍しく感情的な愛子さんだった。

「ど、どうしたって言うんですか?何をそんな……」

 愛子さんは俯き加減に、僕と目を合わそうとはしない。

「いいわ……本当はあなたに知られたくは無かったのだけれど……」

 そう言うと愛子さんは、顔を上げて僕を真っ直ぐ見つめる。

「あなたに教えてあげるわ。あたしの家…黒塚家がどんなところかを……」

 

 木星がさらわれた時に少しだけ聞いたことがあった。

 黒塚家というのは、この国をもう大分昔から陰で支え、陰から操り、決して歴史の表舞台には出てこないこの国の暗部のようなものだという。

 大きな政変や戦いの裏には必ず黒塚家の力が及んでいて、それは現代まで続いている。

 一国をも滅ぼすほどの軍事力と経済力を持ち、世界的にもその影響力は計り知れない。

 その一環として才能のある子供達に人体実験まで施し、最強の戦士にして世界へと輸出するヴードゥーチャイルドなるプロジェクトもあった。

 その結果生まれたのが、木星であり、ひまわりちゃんであり、黒塚百夜などだった。

 その計画も百夜を首謀者にする反乱と同時多発サイバーテロによって、計画自体が今では凍結されているということ。

 僕が知っているのはここまでだった。

「あの家は、他にもたくさん酷い事をしているのだけれど、それも必要悪だとして処理されてきたの」

 愛子さんの口は普段からは考えられないほど重かった。まるで一言一言、鉛を吐き出しているような口調で、愛子さんは続ける。

「それもあたしの父親……まあ、前の当主の頃はそれでもせいぜい政治家を一人失脚させるぐらいで、この国に対してもそこまで関わっていなかったのよ。時代も平和だったしね。酷い事といってもそれぐらい……誰かの都合であたしの家がそれに力添えするぐらいだった」

 でも……、と愛子さんは一層重々しく口を開く。

「あの男……今の当主になって変わったのよ」

「変わったって?」

「あの男は力を欲した。自身に備わっている力以上に強力な力を求めてそれで……」

 愛子さんはそこで一呼吸置いた。

 そしてゆっくりと息を吐き出すように

「あたしの父、つまりは自分の父親を殺したのよ……」

「そんな……」

「そういう男なのよ……」

「でも、どうやって?」

 黒塚家の当主を殺すなんて、いくら実の息子だとしても不可能なのではないだろうか?

「それがあの男の力、目に見えないけれどとても強い力……あの男は周りの人間の運命を狂わせてしまうのよ。それも自分の都合のいいようにね」

「そんなことって……」

「ええ、きっと誰も信じないわ。今でもあの家では父様は事故で死んだのだと思われているはずですもの。でも、あたしは知ってしまった。兄様がそれを望んでいたことを……」

 愛子さんは見てしまった。

 盛大な黒塚家当主の葬儀の最中。

 悲しむ親族、悼む関係者の中に一人だけ笑みを浮かべていた者を。

「父様はほんの数段の階段を誤って足を滑らせて、そのせいで転がり落ちて打ち所が悪くそのまま死んでしまったの。はじめは誰もが陰謀を疑ったわ。だけれどどれだけ調べても何も陰謀の手がかりのようなものは出てこなかった……」

「それでなんで愛子さんのお兄さん…幾歳いくとせでしたっけ、が愛子さんのお父さんを殺したことになるんですか?」

「あたしには……この左目があるじゃない」

「あ……」

 僕は間抜けにもそれ以上、二の句が継げなかった。

 愛子さんはその左目で幾歳の心を覗き視てしまったんだ。

「兄様も、そんな力をその時までは自覚していなかったみたいなのだけれど、そのときに確信したみたい」

「それで、そんなにはっきり言い切れたんですね……」

「それからの兄様はそれはもう酷いものだったわ。自分の気に入らないものは誰であれ、その力か、もしくは黒塚家の力で排除していき、実質この国を支配してしまって、今では世界までもその手中に収めようとしているのですもの」

「そんなことってあるんですか……?」

 とてもじゃないが簡単には信じられない。

 しかし、愛子さんは僕へ頷くと更に続ける。

「あたしは自分の身の危険を感じて、そのときにあの家を出たわ。流鏑馬だけがそんなあたしについてきてくれた。その後に百夜が起こしたヴードゥーチャイルドの反乱があって、木星が来て、そしてあなたと南ちゃんが今はここにいるって事よ」

 愛子さんにウインクされて、メイド姿の南は少し照れくさそうに笑った。

「でも、どうして今になってその黒塚家が僕たちに刺客を差し向けてきたんですか?」

「それは……ここからはあたしの推測なのだけれど、この前の河原の一件を覚えている?」

「はい、もちろん」

 忘れたくても忘れられない、痛い敗戦の思い出だ。

「あの時にテレビにバッチリ映っちゃったじゃない。それが原因かもしれない……」

「どういう意味かイマイチ分からないんですけど……」

「もう!相変わらず鈍いわね!そんなだからいつまで経っても太郎のままなのよ!」

「いや、だから太郎ってそんなに恥ずべき事なんですか?」

 存在自体を否定されているようだ。

 のび太のくせにといわれるよりも辛い。

「説明してあげるから、よく聞きなさいよ。あの時関わっていたのは誰?」

「あの時は如来さん?」

「そう。それと……?」

「それと……あっ!」

「わかったようね」

 僕たちが負けた相手。

 最凶にして最強、最悪にして災厄の詐欺師。

「天苑……」

「そう。あいつは百夜の一件にもかんでいたわよね?だとすると黒塚家、いえ、もっというなら兄様と繋がっていたとしてもおかしくないわ。その天苑がまた兄様をそそのかして、あたしが兄様の心を視てしまっていると告げたとしたら……?」

「知られて都合が悪い相手は消しに来る…!?」

「そういうことよ」

 愛子さんはそう言うと紅茶のカップを口へと運ぶ。

「……だけど、どうして噤くんが黒塚家からの刺客だとわかったんですか?」

 紅茶を飲み終えた愛子さんはカップをソーサーに戻して、ゆっくりと口を開く。

「それは……彼の目よ」

「彼の……目?」

 金色に変わったような気が……。

「もしかして噤くんの目と愛子さんや百夜の目って、何か関係がありますか?」

 僕の質問に愛子さんはまずい事を訊かれたように体を一瞬ビクッと震わせた。

「愛子様」

 その様子に離れてみていた流鏑馬さんが近寄ろうとする。

「いえ、大丈夫よ、流鏑馬」

 それを愛子さんは片手で制して、

「あたしもいつかは太郎や南ちゃんにも、このことを言わなくちゃいけないと思っていたから……」

 愛子さんはゆっくりと僕、そして南の顔を見回し、

「この呪われた左目のことをね……」

 と眼帯の上から左目を指差した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ