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わかればなし(3)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

どうでも良い事ですが、今日は私の誕生日だったりします。

 

                        3

 

 

 結局、僕は不思議な少年、噤くんに出遭った日に雨に濡れすぎて体調を崩した。

 簡単に言うと風邪を引いてしまった。

 う~ん……なんというか、厄年のような気分だ。僕にとってはまだ先のはずなのだけれど……。厄年の先取りなんてありえるのだろうか?

 といったわけで、僕はここニ、三日を学校を欠席して自宅にて静養しているのだった。

「それで、なんでお前がいるんだよ?」

「くっくっく……何を言うかと思えば、闇より出でしこのわらわを現世へと召喚したのは、我が半身であるそなたであろうが」

「いや……意味が分からないんだけど、綾ちゃん」

 僕が床に臥せってから三日目。熱もだいぶ引いたのだけど、もう一日位学校を休んでも構わないかなと思い、二度寝して昼ぐらいに起きたら、枕元にこの頭のおかしなゴスロリ少女である佐々咲兄妹の妹の方、佐々咲綾が座っていたのだった。確か、鍵はかけていたはずなんだけれど……。

「というか、一体どうやって入ったっていうんだ?そろそろ犯罪じみているんじゃなくて、犯罪そのものになってきているよ。それに、その話し方は何?何かのまね?」

「私なりに考えたんですけれど……」

 綾ちゃんはさっきまでの邪悪(っぽい)な笑みからいつもの表情に変わる。

「最近なんだか私のキャラって薄いんじゃないかな~と思って。ほら、前回も結局出るタイミングを逃しているじゃないですかぁ。それで、他の人とカブってないキャラを探していたら、私には厨ニ病キャラしかない!って。だから――」

 綾ちゃんはまたさっきまでの顔つきに戻って、

「我が半身よ。見ておれ、今に我の闇の…闇の…な、何かでそなたのエナジーを回復させてやるからの」

 くっくっく、と邪悪に笑う綾ちゃん。

「…どうやらそのキャラは失敗みたいだね……」

『闇の何か』って何だよ?

「くっくっく…まあ、待っておれ」

「ああ、やめないんだね……」

 こんなんじゃ熱がぶり返しそうだ。

 綾ちゃんはそう言うと、僕の家の小さな台所へと立って行った。

 大体、どうやって僕の部屋に入ったかは答えていないし。まあ、それについてはあまり聞かないほうがいいような気もするけれど……。

 そんな僕の心配と予想とを外れ、綾ちゃんがゆっくりと慎重に持ってきたのは温かそうな湯気が立ち上るコーンスープだった。

「さあ、この闇の……むにゃむにゃ……を飲み干せ。さすればそなたのエナジーもこの満月のように満ち溢れる事だろうよ。くっくっく……」

「誤魔化したっ!?」

『むにゃむにゃ』ってそれぐらい考えておけよ!

「なあ、綾ちゃん?そのキャラ少し無理があるんじゃないか?」

「え、ええ、そうですね……。私も流行りに任せて挑戦してみましたけれど、いまいち厨ニ病キャラというものがどういったものなのかよく知らなかったもので……。なんせ私も作者も迷走中ということで……」

「あ、ああ……その方がいいよ……」

 最後の方の理由はよく理解できなかったけれど、ここはこう言っておいたほうがいいのだろうと、僕の本能がそう判断した。

 ネーミングはともかくとして、綾ちゃんが作ってくれたコーンスープは意外なほど美味しかった。

「……美味しい。どうしたっていうんだよ?綾ちゃん?」

「はい?」

「いや、てっきりそういうことが出来ないキャラだと思ってたんだけれど……」

 監禁された時も、自信たっぷりにカップめんを出してきたもんな。

「くっくっく…我の力を思い知ったか!?」

 綾ちゃんは邪悪に口の端を持ち上げて笑う。

「厨ニ病がぶり返した!?」

「ああ、失礼。私は意外に出来る女なんですよ。どうです?惚れ直しましたか?」

「惚れ直すも何も最初から惚れてねえよ!」

 僕の全力の否定に対して、そうですか…、と綾ちゃんは少し不満げに頬を膨らました。僕はそれに気付かない振りをしてスープをスプーンですくってすする。そのスープは本当に惚れ直すほどでは無いにしても、なかなかな味だった。

「それにしても、本当に美味しいね。どうやって作ったんだよ?」

「えっ?そ、それは……」

 僕に訊ねられた綾ちゃんの目が、バサロ泳法でものすごい勢いで泳ぎ始めた。泳ぐ先を見てみると、そこには蓋の開けられたスープの缶詰が台所に置かれているのが目に入る。有名なウォーホルのやつだ。

「あ、あのですね……あれは、その、何ていうか……」

「ふーん…で?」

「いや、その……ああっ!太郎さんの目が私に突き刺さる!そんな目で見られると、私ますます太郎さんの事――」

「誤魔化すな」

 少しでも見直した僕の気持ちを返還請求するぞ。

「ええ……ええ!そうです!缶詰を温めただけですよ!そうですよ!私は料理なんて出来ませんよ!精々お湯を沸かすか、出来合いのものを温めるぐらいしか出来ませんよーだっ!べーっ!」

「ぎゃ、逆ギレ!?」

 色々と間違ってないか?

「な、何はともあれ、僕のことを思って作ってくれたんだろ?それはありがと……」

 いまいち釈然としないけれど、人としてここはお礼をいうシーンだろう事ぐらいは僕にだって理解できるさ。

「い、一応、礼ぐらいは言っとくよ……」

「た、た、太郎さん……」

 見ると綾ちゃんは震えながら目に涙を溜めて僕を見つめてきた。

「それは結婚していただけるという事ですね!」

「何でそうなる!」

 どこをどう解釈したらそうなるのか、四百字詰め原稿用紙に十枚以内にまとめて来週までに提出しなさい。

 

 梅雨時だといっても風邪を引いていれば、やはり寒さを感じる。綾ちゃんのコーンスープは前後のやり取りを抜きにすれば、掛け値なしで美味しく、ありがたいものだった。たとえそれが暖めただけのものだったとしても。

 そういえば、南にしてもなだれちゃんにしても、ナカコちゃんや綾ちゃんにしても僕は意外に女の子の手料理を口にする機会が多いように思う。

 これって、もしかしたらリア充ってヤツなのではないか?と今さらながらに気がついた。

 どおりで糸くんの視線と僕への捨て台詞が、徐々に酷くなっていっているはずだ。

 ただ、それって幸せな事なのだろうか?

 と、コーンスープをすすりながらそんなことを考えている。

 そういえば、僕はなんだかんだいって愛子さんの手料理は食べた事が無いな。

 というか、あの人料理とか出来る……わけないか。

 想像するだけでも何となく恐ろしい。

 愛子さんといえば――

「そういえば、綾ちゃんから見て愛子さんってどう思う?」

「どう思うって言われても……なんでそんなことを訊くんです?」

 綾ちゃんは小首を傾けて不思議そうにする。

 確かにいきなり訊くにしてはおかしな質問だよな。

 僕は噤くんと会ったこと、そのときに不思議な体験をしたこと、その世界には愛子さんが居なかった事などを掻い摘んで綾ちゃんに伝える。

「――ということなんだけど……」

「へえ~。何だか俄かには信じがたいお話ですね」

 綾ちゃんは僕のそんな荒唐無稽な話を表面上はとても真剣に聞いてくれた。

「信じられないかもしれないけれど、本当にあった話だから」

「ええ、太郎さんが仰るなら信じますよ。まあ、こんなこと言うまでも無い事でしょうけれど」

「そ、そうなのか?」

 それはそれでその愛は少しヘビーというか、僕の心にしてみれば積載量超過な様な気がしないでもないが、そこはスルーしておいた方がいいと直感が打診してきたのでそれに従う。

「そ、それで、綾ちゃんは愛子さんとの付き合いもそんなに長くも深くもないから、客観的に見てどう思うか聞いてみたくて。まあ、ただの好奇心みたいなものだよ」

 だから、軽く答えてみてよ、と僕が促すと、

「じゃあ……」

 とほんの少しの間、思案して言葉を選んでいるようだった。

「まあ、率直に言うと――」

 綾ちゃんは言葉を選ぶようにして、

「邪魔ですね」

 と言った。

「直球すぎるだろ!」

 何を選んでたの?

 ランディ・ジョンソンもびっくりだよ!

 ……と、それはそうと、

「それで?邪魔ってどういうこと?」

 言葉は選んでいなかったけれど、綾ちゃん答えの内容は結構しっかり考えてくれていたようだ。

「一言で言っちゃえば、あの人が居なければ私が太郎さんを好きに出来るのに、あの人が居るせいで思うように出来ない、と言った感じでしょうか?」

「居ても居なくても好きには出来ないよ!」

「まあ、今のは少しだけ冗談も混じっていますけれど」

 冗談なのかよ!……なのか?

「でも、全部が本当ってわけじゃないですけれど、あながち嘘ばっかりというわけでもないんですよ」

「それは?」

 珍しく真剣な顔つきで綾ちゃんは続ける。

「どちらにしろ愛子さんは私と太郎さんの間に立ちはだかる大きな壁みたいなもので、邪魔なのは間違いないんです。ただ、その壁である愛子さんが居ない事には私も太郎さんと出会うことは無かったわけで、そこが少しだけ難しいところなのですよ」

「そういうものなのか?」

「そういうものなんです。私だけじゃないですよ。南さんもなだれさんも、もしかしたら木星ちゃんもそう思っているかもしれないです。きっと愛子さんが居なければ太郎さんは一人ぼっちかモテモテかのどちらかだっただろうと思います」

「それは嬉しいような嫌なような……なんとも反応しにくい話だね」

 綾ちゃんから見ると、僕はみんなから好かれていて、モテモテなように見えているらしい。

 そんな訳ないのにね。

「それじゃ、もし噤くんが僕に見せたみたいな世界が本当にあるとしたら?」

「もしそんな世界があったらですか……それは……」

 う~ん…と綾ちゃんは少しだけ悩んで、

「それは戦争ですね」

「戦争!?」

 それは物騒な。

「戦争とまでは言いませんが――」

 言わないのかよ!

「もしかしたら理想の世界かもしれないですね」

「そうなの?」

「じゃあ、逆に訊きますけれど、太郎さんは何で愛子さんの言いなりになっているんですか?私から見ると、それってとても変です。太郎さんにとって愛子さんって何なんですか?」

「言いなりって……僕は愛子さんの一応助手って事になってるから……愛子さんは僕にとって一応、雇い主っていうか……」

 綾ちゃんの突然の問いかけに少したじろぐ。

「それだってなし崩し的なものでしょ?大体、お給料は出ているんですか?」

「それは……まあ……」

 出たためしは無いな。

「その…なんでしたっけ?噤?くんが太郎さんに言ったように、太郎さんにとって愛子さんが居ない方が何かと都合がいいかもしれないですよ?」

 もちろん私達にも、と綾ちゃんは付け足す事を忘れない。

「そんなことは……無いよ」

 僕は、まるで自分自身に言って聞かせるようにそう小さく呟く事しか出来なかった。

 愛子さんが居ない世界?

 それは僕にとって幸せなのだろうか?

 それとも……?


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