ON THE EDGE(6)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話更新します。
6
その後、の話。
演奏が予想以上の喝采と拍手とおまけの大爆笑で幕を閉じて、舞台袖に下がった僕達を待っていたのは難しそうな顔をした教師の皆さんだった。最初に出て行ったうちの誰かが呼んでしまったのだろう。
僕達の言い訳やら弁解なんて全く聞く耳を持ちあわせてらっしゃらない先生方は、僕達を別室に連れて行き、色々と尋問してきた。
まず訊かれたのは僕達の素性、そしてなぜこんな事をしたのか?ということだった。それについてはナカコちゃんが必死に庇ってくれて、どうにか無罪放免とはいかないまでも、警察沙汰になるほどの大事にはいたらなかった。
それでも先生方は尋問の手を緩めることなく、まだまだ僕達に詰問してくる。
例えば、どうやって学校に侵入したかだとか、僕達の格好、つまり制服をどうやって手に入れたかとか、何故男である僕が女装をしているのかだとか、女装は趣味でしているのかだとか、僕に性犯罪の前科が無いかとか、僕の素性とか住所とか連絡先とか……。
って、あれ?何か後半、僕のことしか訊いてなくない?しかも僕だけ素性をもう一回訊かれてるし……。
………………。
と、とにかく。
僕達はその日、東雲女子校の先生方のきびしぃーーいお説教をたっぷり受けて、それからやっと解放されたのだった。
それから数日後。
「というわけで、これが今回の報酬ですか……」
僕は満漢全席のように目の前に並べられた数々のトルコ料理を見回し、愛子さんに訊ねる。
「ええ、そうよ。存分に召し上がれ」
愛子さんは優雅にコーヒーカップを傾けながら僕に微笑む。
僕と愛子さんは事務所が入っているビルの一階にあるおなじみのトルコ料理屋にて、テーブルを挟んで向かい合って座っているのだった。ちなみに隣のテーブルには南と木星もいて、そちらはあの伸びるアイス『ドンドゥルマ』を頬張っている。
「そうは言ってもですね、限度があるというか……」
僕はとりあえず一番近くにあったサンドウィッチっぽい何かを手に取り口に運ぶ。
「オオ!ツイニ『ドネルケバブ』ヲ食ベル気ニナッタカ!コレデオ前モ立派ナトルコ人ダナ!」
トルコ人シェフは厨房から顔を出して、何故だか嬉しそうにそう叫ぶ。
「誰が食べるか!僕は意地でも食べないぞ!」
危うく食べてしまうところだったケバブを皿に戻して僕はそう宣言する。
別に食べたくないわけではないのだけれど、このトルコ人に言われると反射的にそう返してしまうのだ。何か、食べたら負けかな~って。
しかし、その僕の宣言が思わぬところで効果を発揮した。
「食べ、てくれないの……?」
僕の宣言を聞いたナカコちゃんがモジモジしながら僕に言う。
「あ、あたしが作ったから、嫌なの?お礼にと、お、思って、作ったんだけど……」
臨時ウエイトレスに扮したナカコちゃんは、そう言うと俯いてしまった。
「太郎さん、叩っ斬ります」
それを見ていたなだれちゃんが、ウエイトレス姿のどこから取り出したのか、木刀を僕に向け、
「成敗っ!」
と斬りかかってくる。
「ちょっ!た、タンマ、タンマ!食べます、食べます!美味しく頂きますから!」
僕は慌ててその『ドネルケバブ』を口に放り込む。
「ん?こ、これは……」
香ばしい外側のパンを噛むと、中にはジューシーな肉と新鮮な野菜たちが少しスパイシーなソースと相まって、
「お、美味しい……」
思わずそう呟くほどに、その初めての料理は僕の舌を喜ばした。
「よ、良かった……」
そんな僕の様子にナカコちゃんは微笑み、
「…まあ、それなら斬らないでおきましょう」
となだれちゃんは木刀を収めて、
「コレデオ前モ立派ナトルコ人ダナ!」
とトルコ人シェフをウインクさせた。
「いや…それは無いから……」
それごときでトルコ人になれるんなら、世界中トルコに乗っ取られてるよ。ああ、オスマントルコ帝国ってそういうことか……ってんなわけねえだろっ!
そんな訳で。
今回の依頼の報酬はトルコ料理食べ放題(女子高生ウエイトレス付き)なのだった。
ラッキーッ!……なのか?
ともかく僕は目の前にあるトルコ料理たちを無垢な少年の夢のごとく、とりあえず詰め込めるだけ口に詰め込んで、咀嚼して飲み込む作業に没頭した。それほどにその料理たちはなかなかに美味しかった。
トルコ人のオヤジが期待に満ちた顔でこちらを凝視してくる以外は、本当に上々の出来だった。
愛子さんが受ける依頼というのは本来ならば報酬を受け取るものなのだけれど、最近はよくもらい忘れていたり、もらい損なったりしているので、今回のようにすんなり報酬をもらうことが珍しいのだ。
……って、いやダメだろ、それ。
貰おうよ、報酬……。
まあ、珍しく報酬を受け取れたので、ここは美味しく頂いときましょうか。
パクパクと。
モグモグと。
さて、
「それはそうと、その後はどう?ナカコちゃん?」
僕の問いかけにビクッと体を震わせるナカコちゃん。
「そ、その後…って……?」
ナカコちゃんはいつも通り油の切れたロボットのような動きで、ゆっくりと僕のほうを振り返る。
「いや、僕達は怒られただけで済んだけれど、ナカコちゃんは停学とかならなかったのかな、と思ってさ」
「あ、ああ…それは…だ、だ、大丈夫……顧、問の先生が庇って、くれた…から……」
「そうか…なら良かった。それで新入部員のほうは?」
「それは……まだ……」
「そうなんだ……」
そりゃそうか。
たった一回演奏しただけで、そんな簡単に部員が集まったのなら、とっくの昔に集まってるよな。それで今頃は毎日、部室でみんなでわいわいとお茶してることだろう。
世の中はそんなに甘くは無いか……。
「で、でも!」
ナカコちゃんは顔を上げて僕の顔をしっかりと見つめながら、はっきりと強い口調で話す。
「もう、本当に大丈夫。こ、これからはあたし、一人でも大丈夫、だから!」
興奮気味に話すナカコちゃんの頬が赤く染まっていく。
「あたし、今までは自分じゃ何も出来ない、そ、それこそギター弾くぐらいしか出来ないと、お、思ってた。けど、違う、それじゃダメ、なんだとわかった。そうじゃなくて、あたし、は、まだ、なにも始めていない、これからなんだって思った。みんなと居れば何でも出来る、と思ってたけど、みんなと居なきゃ何も出来ないんじゃない。あたしも、一人でも何か出来るはず、いや…やらなきゃって思ったの!」
ナカコちゃんは微笑む。
「だから、あたしは大丈夫。もう一人でも大丈夫なの。こんな風に思えるようになったのも、みんなのおかげだよ。ありがとう」
そう言って満面の笑みを浮かべる。
その笑顔は何よりも美しく何よりも強いものだった。
「それなら良かった」
その笑顔に僕も微笑み、彼女が作ってくれたドネルケバブをもう一つ頬張るのだった。
「ナカコちゃん、良かったですね」
「ええ、そうね」
僕の問いかけにいつも通り机に腰掛けた愛子さんが返事する。
存分にトルコ料理(と女子高生ウエイトレス)を堪能した僕達は思春期の妄想のごとく膨れるだけ膨らましたお腹を持て余して、トルコ料理屋を出た後にドクロ事務所にて少し休憩しているのだった。
「あの子は自分の力というものがわかっていなかったのよ。自分が何が出来て、何が出来ないか。何が得意で何が不得意か……」
ナカコちゃんは自分の可能性というものに自分で制限をかけていただけなのかも知れない。
「これでナカコちゃんも知る事ができるでしょうね。自分の可能性と、その限界を」
「確かに……そうかもしれないですね」
自分の可能性を知る為には何か行動を起こさなければ分からない。
何か行動を起こすことによって、可能性が現実に、もっと言うと夢が目標になるのだろう。
それによって人は知るのだ。
自分の可能性の力と、その限界を。
でも、それは裏を返せばとても厳しい事。
動かなければ何も知らないけれど、知らなければいつまでも自分の可能性、自分の力を信じ続ける事ができる。
可能性の限界と向き合わないで済む。
それはきっと甘い香りのする残酷だ。
「でも、きっと彼女なら大丈夫だと、僕は信じてますよ」
「あら?どうして?」
愛子さんはイタズラっぽく笑って僕にそう訊ねる。
「そんなの決まってるじゃないですか。だって――」
脳裏にナカコちゃんの笑顔が浮かぶ。
「彼女が大丈夫って言ったから」
僕はそう言い切ると笑った。
「そうね……だといいわね……」
愛子さんは僕に優しく微笑みかけてそう言った。
南が入れてくれた紅茶を飲みながら少し話し込んでしまい、気がつくと随分と遅くなってしまった。
僕と南が事務所を出る頃にはあたりはもうすっかり暗くなっていて、おまけに雲行きまであやしかった。
事務所の前で南とは別れて僕は少しだけ早足でアパートを目指す。
しかし――
「やべっ、降ってきた」
アパートまであと五分といったところで、運悪く雨が降り出してきたのだった。
もちろん傘なんて持ってない僕は早足からだんだんと加速して行き、最終的にはすっかりと走り出していた。
そんな風に走ってアパートまで帰ってくると、我が眠罠荘の前に一つの人影が立っているのが見える。
そんなに珍しい事でもないのだけれど、こういうのって何となく気になってしまうよね。
傘を差してアパートを見上げている横顔を覗き見ると、その人物と不意に目が合ってしまった。
その人物は年齢はおそらく僕と同じぐらい、体つきから察するにおそらく男だろうけれど、整っていてとても中性的な顔立ちなので女の子にも見える。
白いシャツに黒いズボンというシンプルな出で立ちが、彼の美少年っぷりにより拍車をかけているように思える。
そんな男の子と目が合ってしまったのだ。僕にソノ気が無くてもドギマギしてしまうってものだ。
しかもあろう事か彼は微笑みかけてくるではないか。
「こんばんは。君が田中太郎くんだね?」
そして、僕の名前を……って、えっ?
「ふふふ、何で名前を知っているのか訊きたそうな顔だね?」
「あ、あの……悪いんだけど、もしかしてどこかで会った事あったかな?」
こんな美少年と会っていたら覚えていそうなものだけれど、糸くんのときのようなこともあるからな。
しかし彼の答えはというと、
「いや、会ったことは無いよ。今日が正真正銘の初対面さ」
というものだった。
だったら、何で僕の名前を知っている?
僕の中の何かが警告を発している。
おかしい。
ヤバイ。
と。
「だから、ぼくは君にこう言うよ。はじめまして、ぼくの名前は噤――」
彼の瞳の色が変わっていくのを僕は見た。
その色は――金色。
「ぼくは君の――」
噤くんは美しく微笑み言った。
「ぼくは君の敵さ」
十代の頃から私は一貫してずぅーっとギターを弾いています。もともと目立ちたがり屋だった私は最初ヴォーカルをしていたのですが、ギターも自分でやったらもっと目立つんじゃね?と思い、それ以来ずっと弾きつづけています。それは今も変わらないのですが、今と昔では少しだけスタンスが違います。それは何かというと、まあ、バンドなり何なり音楽をやっていた人なら一度はプロを目指したりもするでしょう。かく言う私もその一人です。特に二十代の頃はバイトなんかで生計を立てながら、細々と活動したものです。その辺が今とは違っている点です。音楽だったり表現だったりへの情熱は変わりませんが、若気の至りとでも言いましょうか、自分の実力もよくわからずに無謀にも色々と挑戦しては挫折し、『自分はこんなもんじゃない』と慰めて、変な焦りに夜も眠れなくなったり、挙句バンドなんてしなくなったり、言い訳ばっかりし始めたり…と今考えると非常に恥ずかしい日々を送っていたものだな~と感慨深かったりします。まあ、ここでもまだカッコつけていますけどね。ただ、それでも私は周りにどう思われていたって、あの日々を良かった、いや、最低でも後悔はないと胸を張って言える自信があります。結局のところやる前に諦めるか、やってから諦めるかの違いしかないのだろうけれど、そこには随分な差があるように感じます。何が言いたいのかよくわからなくなってきましたので、最後に昔、塾の先生に言われた一言で締めたいと思います。「可能性は底の見えない壷だ。信じて水を入れ続ければいつかは溢れる。いつか溢れる事を信じて水を入れ続けなければ、いつまで経っても水は溢れないもの」だそうです。深イイ!!ちなみに私はそんな先生があまり好きではありませんでした。というわけでフリーク・フリークス第八話「ON THE EDGE」でした。
さてナカコちゃん再登場で今回はかなり話に絡んできているのですが、このキャラ実は昔書いた小説のキャラなのです。ただ、恐ろしく気に入っているのでどうしても出したくて出しちゃいました。ちょっとキャラがや設定が違いますが詳しくは「少女奇譚」の第二話をごらんください。ナカコちゃんが可愛いですよ。
それと、途中に何個か作詞したのですが、どなたか曲をつけて歌ってみていただければ面白いなと思います。私のオススメは南作詞の「ク・ギ・ヅ・ケ・ゾッコンLOVE」ですね。
最後になりましたが、今回も読者の皆様にはただただ感謝しかありません。第八話は一回休んでしまったり、更新を遅らせてしまったりと、自分としても厳しかったですけれど、これを乗り切ってこれたのも読んでくださる皆さんがいるからこそ!これからもよろしくお願いします。次回、第九話「さよならのロマンス(仮)」をお楽しみに。あれ?まさか最終回??