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ON THE EDGE(5)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

※今回は少し遅れちゃいました。すみません…。

 

                        5

 

 

 ざわつく客席にいち早く気がついたのは、やはりというべきか優等生である南だった。

「何かおかしいよ、たろ、いやA子ちゃん!」

「確かに…何か、重大な事に気がついていないような気が……」

 ……あっ

「そうか!この学校じゃ誰も僕達の事分からないんだ!」

 ステージの上で本当にこの学校の生徒なのはナカコちゃんだけだ。

 あとの僕達は全員偽物。

 見たことあるはずない僕たちの姿を見て、客席は動揺しているのだった。

「ど、ど、ど、どうしよ!太郎きゅんっ!?」

「どうしよって言われても……」

 もう、どうしようもないよな……。

 こんな風に僕と南がステージ上でこそこそと相談している間にも、異変を感じた客席はよりざわめきを大きくしていっている。

「う~ん……これはさすがに無理かも……」

 誰かに、それこそ教師にでも連絡されたら、全員で指導室行き確定……いや、指導室ならまだいいけれど、もしかしたらまた警察の厄介になることに……なんてことも。

「愛子さん、ここは一旦出なおしましょう……って愛子さん?」

 さっきから少し後ろで黙り続けている愛子さんに、仕切りなおしを提言しようと振り返ると、

 〝カツ、カツ、カツ〟

 と靴のかかとを鳴らして愛子さんがスタンドマイクの前に進み出る。

「こ、これは……」

 まったくもって、嫌な予感しかしない……。

 こういうときの愛子さんときたら、僕の記憶している限り余計なことしかしていない。

 しかもいつものあの不適な笑顔のおまけ付き。

 これで状況が悪くならなかったためしがない。なんなら僕の…何かを賭けてもいい。

 まあ、僕に賭けるほど大事なものなんて無いけれどね。

 

 スタンドマイクを握り締めた愛子さんは、客席に向けて

「うるっさいわね!黙りなさいよ!」

 と、プロレスラーも顔負けなマイクパフォーマンスをかます。

「ごたごた言ってないで、あたしの歌をありがたく聴きなさい!」

 客席「…………」

 僕達「…………」

 呆気にとられて最初はみんな黙ってしまったけれど徐々に、

「何言ってんのよ、あいつ!」

「マジ意味わかんないんですけど~」

「はあ!?あんたの歌なんて聞きたくないっつーの!」

 といった、およそ名門お嬢様学校とは思えないような汚い言葉で口々に僕達に文句を投げつけてくる。

「愛子さ~ん。これはまずいですよ。」

 僕の抗議に対して愛子さんは

「だって~色々うるさいんだもん。せっかくみんな一生懸命練習してきたのに…」

 ぷうーっと頬を膨らませる愛子さん。その表情は僕のハードディスクに永久保存されましたけれど、

「それにしてもあの言い方じゃ……」

 どう考えてもまずいだろう。

 そうしているうちにも何人かはすでに席を立って出て行こうとしている。

「まずい、何とかしなくちゃ」

 とは言ったもののどうすることも出来ない。

 そうやって僕達が恥ずかしげもなくおろおろとしていたら、

「あ…あ、あのっ!」

 と、必死さの滲み出たその声に、マイクもハウリングを起こす。

「み、みんな待って!待ってく、ださいっ!」

 僕達の中で最初に声をあげたのは以外にも――

「あ、あたしは、軽音、部のな、中原ナカコで、すっ!」

 ナカコちゃんは、僕達が驚くほど大きな声で話し始める。

「あ、あのっ!こ、この人たちはその…怪しくないって言うかその……」

 モジモジと俯きながら話していたナカコちゃんが、グッと顔を上げる。

「この人たちは、あ、あたしがお願いした人たちなの。ほんとはちゃんとしたメンバーで演奏したかったんだけど……部員が全然集まらなくて……」

 ナカコちゃんの必死さが伝わったのか、さっきまでざわついていた客席も徐々に静まりつつある。

「あ、あたしっ!ロックが好き!みんなとバンドするのも好き!だから、み、みんなにもそれを伝えたくて、一緒に楽しくしたかったのに、それで部活も作ったのに……」

 ナカコちゃんは目に涙を溜めて、

「でも、あ、あたし……上手く喋れないし、友達もあんまりいないから……だから、この人たちに手伝ってもらって、それでやっと歌えるの……一人じゃ何も出来ないけれど、みんなで、だとあたしだって歌えるんだよ。だから……きっと、みんなも……」

 ギュッと拳を握り締めて、

「み、みんなも、う、歌えるかりゃっ!」

 思いっきり大事なところで噛んだ。

 ……噛んだっ!?

「ぷっ…くくっ……」

 振り向くと愛子さんが肩を震わせている。

「か、噛んだ…大事なところで……あは、あははははははっ!」

 笑っちゃったよ…この人……。

 その声が呼び水になったのか、

「……あはははあはははははははっ!」

「マジで!?あはははははっ!」

「うけるんだけど!マジっ!あははははははっ!」

 といった具合に、会場全体が笑いに包まれる。

 さぞかしナカコちゃんは恥ずかしそうにしているかと思いきや、顔を覗き込むと意外なことに

「えへ、えへへへ」

 と照れ笑いを浮かべて、何だか嬉しそうにしていた。

 

 さっきまでのざわめきや、罵声が「いいぞー!」だとか「おもしろいぞー!」とか「ナカコー!」といった声援に変わった。きっとナカコちゃんの必死の訴えと最後のドジが会場の空気を変えてしまったんだろう。

「愛子さん!」

 やるなら今だ!

「ええ!わかっているわよ!太郎!」

 太郎って言っちゃてるし……。

 愛子さんは眼帯を颯爽と外して、

「さあ!始めるわよ!」

 とみんなに合図する。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

 愛子さんがカウントを出し、演奏が始まる。

 軽やかに音楽に合わせて舞う愛子さんを、みんな必死に見て演奏する。

 さて、

 皆さんは覚えておられるだろうか?

 初心者集団の僕達は、個々の演奏は何とか聞かせられるぐらいにまで上達したのだけれど、いざバンドとして合わせるとなると、その個性が邪魔をするのか、てんでバラバラ、全くまとまりがなくなってしまって、とても聞かせられるものでなくなってしまうのだった。(ナカコちゃん曰くそこがバンドの面白いところであり、難しいところなのだそうだ)

 そこで、考えた僕達は一計を講じた。

 それがこの作戦。

 愛子さんはその琥珀色の左目で全員のリズムを視て、そのリズムにあわせて体を動かす。

 その愛子さんの動きに僕達はリズムを合わせ、演奏する。

 そのリズムを愛子さんは左目で視て体を動かす。

 それを見て……といった感じ。

 分かったかな?

 つまり愛子さんの琥珀色の左目で全員のリズムをシンクロさせるという、ある意味裏技というか卑怯とでもいわれそうな作戦だけれど、時間が無い僕達にはこうするしかなかったのだ。

 しかも、僕達でしか、愛子さんの左目でしかなしえない作戦なんだ。

 この作戦のおかげで僕達は何年も共に演奏してきたベテランバンドのように、バッチリあわせることが出来るようになった。

 

 ミドルテンポのバラード。

 南の鍵盤が静かに伴奏を始め、愛子さんは僕のほうに少しだけ目配せをして歌い始める――

 

 

 はじめからわかってたつもり

 世界は何も答えてくれない

 あなたはいつも一人ぼっちで

 膝を抱えてる

 

 見てきたこと聞いたこと

 知ってるつもりだけど

 いつだってあなたは涙を流す

 また今日も

 

 その傷ついた手じゃ

 何も受け止められない

 そのかすれた声じゃ

 届かないけれど

 

 此処へきて

 ずっと離れないように

 傍にいて

 もっと近づいて

 あなたの吐息があたしに触れる

 それだけで生きてられる

 

 優しい嘘と愛しい絶望を

 あたしが教えてあげる

 

 

 ――ナカコちゃんの泣き叫ぶようなギターソロ、僕達は愛子さんの動きに合わせて心を丁寧に演奏する。

 

 

 夜が明けていく

 白い風が吹いて

 あなたの頬を染める

 それだけが真実

 

 だからもっと

 此処へきて

 そっと寄り添っていて

 手をとって

 ギュッと離さないでいて

 あなたのココロがあたしに触れる

 そのままを受け止めて

 

 涙で滲む本当の気持ちを

 あたしに見せてくれる?

 

 

 僕達の渾身の演奏が終わった。

 …パチ…パチ…パチパチパチパチ……

 後は鳴り止まない拍手が会場を覆い尽くした。

 

 高揚感と充足感、それに少しだけの安堵を混ぜたような気持ちで僕はみんなの顔を見る。木星はいつも通りの無表情、南は照れくさそうに笑っている。愛子さんはいつも通り慎ましやかなその胸を大いにそらして拍手と喝采を浴び続けている。

 そんな中、ナカコちゃんはというと……?

「あ、ありがとう、ございました!」

 満面の笑みで客席にそう言うと勢いよく頭を下げる。

 どうやら僕達の今回の依頼は珍しく大成功のようだった。

 僕も感謝の意を込めて客席に向かって深々と頭を下げる。

「た、太郎くん!?頭!」

「えっ?」

 振り返ると南が慌てふためいてなにやらジェスチャーで訴えている。

「何?何だよ?」

「だから!あ、た、ま!」

「頭がどうしたって……」

 言われるまま頭に手をやるとそこにはいつもの僕の髪の毛が……。

 あっ、しまった。

 気が付いた時にはもう遅い。

 客席はざわめきから一気に爆笑の海へと変わった。

「何あれ?あはははははっ!」

「変態じゃん!あはははっ!」

 客席から一斉に笑いを誘ったのは、舞台上の女装をした男子高校生の姿。

 つまりは僕だった。

 ……最悪だ。


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