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ON THE EDGE(4)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

                       4

 

 

 普通、学園祭というものは楽しい。

 ましてそれが女子校の学園祭なのだとしたら、それは全男子高校生、垂涎の的だろう。

 本来ならば僕も一男子高校生として、喜びのあまり一人でオクラホマミキサーを後夜祭を先取りして踊りだしてしまうだろうけれど、今の僕はこの状況を素直に喜べる精神状態を持ち合わせていなかった。

 決して僕が異常なのではなくて、この状況が凄まじいほどに異常なのだ。

「……あの、こんなんで大丈夫なんですかね?」

 僕は、今のこの異常な状況を生み出した元凶であるところの愛子さんに訊ねてみる。

「何言っているのよ。よく似合っている…わ…あははははっ!」

 愛子さんは何の遠慮も無く僕を指差して大笑いする。

「そんなに笑うこと無いんじゃないですか?そもそも、この作戦を言い出したのは愛子さんなんですから」

 僕は精一杯の不機嫌を、表情と口調に添付して愛子さんに抗議する。

「あはははははっ!だって……ふふふっ!」

 愛子さんは目に涙を溜めて苦しそうに息をしながら、まだ笑い続けている。

 僕達は今、私立東雲女子高等学校の正門前に立っている。メンバーは愛子さん、木星、南、そして僕。まあ、いつものメンバーといえばそうなのだけれど、少しだけ様子が違う。

「愛子さん、そんなに笑ったら太郎くんがかわいそ…ぶふっ!」

 僕を庇おうとしたんだろうけれど、南も途中でくじけた。肩を震わせて、必死に笑いをこらえている。

 ああ、そうだ。言い直そう。

 少しだけ様子がおかしいんじゃない。大いに様子がおかしいのだ。

 何が?

 僕が。

「こんなんでちゃんと女の子に見えるんですか?」

 僕はスカートをつまみ、ひらひらと揺らして愛子さんに確認する。

「大丈夫だって!あたしのウィッグだって貸したんだから、黙ってればバレないわよ」

 そう言った愛子さんは今にも吹き出しそうに頬を膨らませていた。

「……きっと」

「きっとってどういう意味ですか!愛子さんが言い出したんだから、もっとちゃんと責任とってくださいよ!」

 これが愛子さんの言ういいアイデアというやつなのだけれど、何と言う事はない。

 それはただ単に僕に女装させてベースを弾かせるというものだったのだ。

 最初に聞いた時はそれ以外に方法は無いといったような思考に陥ってしまっていたけれど、今となってみればこの作戦も果たしてどうかと思う。

「本当に大丈夫なのか、心配になってきた……」

 僕は愛子さんに借りたかつらの位置を直しながら呟いた。

 ちなみにそのかつらは黒髪のツインテールという、かぶるのに非常に覚悟のいるものだったのだけれど、愛子さんによると軽音部にはこの髪形がどうしても必要だからとのことで、ほぼ無理やりこの髪形のウィッグを被らされているのだった。

 まあ、どうでもいい、誰にとってもまったく興味の無い、誰にとっても有益にならない情報だよな……。

 何となく渋る僕に、愛子さんは指を突きつけて詰め寄る。

「ここまで来てしまったんだから、覚悟を決めなさい!四の五の言わずにさっさと行くわよ!タロ子ちゃん……ぷっ!」

「何ですか?タロ子ちゃんって!」

 この人、絶対面白がっている。

「そうですよ、愛子さん」

 南も一緒になって愛子さんに訴えてくれる。

「タロ子だなんて適当すぎます。もっと可愛い名前にしてあげないと、太郎くんも可愛そうです」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 何か勘違いなさってますよ、南さん。

「それもそうね……」

 愛子さんは顎に手を当てて思案顔なのだけれど、こういうときに僕の喜ぶような結末に至った為しがない事を僕はよく知っている。

 それこそ骨身にしみて。

「じゃあ、タロにゃん」

「痛々しいし、明らかに何かを意識してますよね?」

 可愛いけどね!

「そうね…それじゃ田中だし……マキ子でいいんじゃない?」

「実名はまずいだろ!」

「何よ。良いと思ったのに……」

 愛子さんは不満げに頬を膨らませる。よくこの顔を僕に見せるのだけれど、本当の年齢を疑いたくなるほどに幼く見えるものだ。

「名前なんて僕は何でも良いんですよ!」

「じゃあ、A子ね」

「何ですか?そのまるで知り合いの秘密の失敗話や失恋話、恋の話をするときの仮名みたいな名前は?」

 まあ、大概そういう場合は自分の話を人はするもので、A子というのは大体実在しなかったりするのだけれど。

「何でも良いならいいじゃない、A子で」

「まあ、良いですけど……」

 もう面倒だし、A子でいいや。

「さあ!今度こそ行くわよ!」

 愛子さんの号令にぞろぞろと南、木星がついて行く。僕はというと、それにため息混じりにひどく不服そうについて行くのだった。そうは言っても結局いつもこうなるのだけど。

 なにはともあれ。

 僕達は禁断の花園(というほどでもないけれども)といわれている女子高の学園祭なるものに進入していった。

 

 入る前はあんなに渋って、いかにも不承不承といった僕なのだけれど、入ってしまえばそれはそれ、なんといってもここは女子高の学園祭なのだ、楽しいに決まっている。

「太郎…もといA子、あなた、なんだか目が血走っているわよ。少し落ち着きなさいよ」

「こ、これが落ち着いていられますか!」

 それはそうだ、周り中がうら若き女子高生の楽しそうな笑顔で満ち溢れているのだ。お花畑の中に放り込まれたようなもの。これを天国と言わずして何を天国とするか!

「いや、だからそんなギラギラした目で周りを見ていたら、あなたバレるわよ」

「そ、それは……」

 困る。

 女子高だからだろうか、それとも東雲女子は由緒正しきお嬢様学校だからだろうか、周りを見渡してみても他校の女子生徒は少しは居たとしても、男子生徒の姿は皆目見当たらなかった。もしかしたら男子生徒の参加は禁止されているのかもしれない。

 こんな中、もしこの格好で潜入しているのがばれてしまったら、最低でも学校に連絡が行き、下手をすれば停学、最悪、警察さんのお世話になることもあるかもしれない。

「わかりました……少し自重します……」

 ここでバレてしまっては元も子もない。僕はまるで僕を誘惑するかように模擬店に呼び込む女の子達を振り切り、一路音楽準備室を目指した。(声を出せないのでジェスチャーだけで断るのはなかなかに至難の業であった)

 

 音楽準備室に着くと、すでにナカコちゃんとなだれちゃんがいた。の、だけれど……。

「その格好は何ですか?太郎さん?ああ、いえ、何も言わなくて結構です。つまりあれですよね?私に叩っ斬ってほしいという事ですよね?いいでしょう。そこまで言うなら今すぐ叩っ斬って差し上げますから、そこになおって下さい」

 木刀を上段に構えるなだれちゃん。

「違うだろ!なだれちゃんの代わりに僕がベースを弾く事になったから、こんな格好をしているんじゃないか!」

 必死に訴える僕。誰だって命は惜しいものだ。

 そんな僕の魂の訴えが功を奏したのか、なだれちゃんは案外簡単に木刀とその怒りの矛先を納めてくれた。

「そういえばそうでしたね。これは失礼をいたしました……」

 ごめんなさい、となだれちゃん。

「わ、わかってくれたんならいいよ」

「それで私はその代償として一体どんな変態な要求を強要されるのですか?私も武士です。貸しは必ず返す所存です。さあ、何なりと言ってください!さあ、言えばいいじゃない!」

「んなことしねえよっ!」

 そんな涙目で見られたら、たとえその気があっても撤回するだろうな……。

 なだれちゃんはその僕の言葉を最初疑っていたようで、じろじろと無遠慮に伺っていたのだけれど、僕にその気がないと分かるとやっと警戒を解いてくれたのだった。

 なんだか面倒な子……。

 それはそうと。

「……それで、準備はどうなんだい?ナカコちゃん?」

 僕はなにげなくそう訊いただけなのだけれど、

「はひっ?!」

 その問いかけにナカコちゃんは体をビクッと震わせて、油が切れたロボットの形態模写(のような動き)でこちらを振り向いた。

「じゅ、準備?で、出来てるっ!……と思う……多分……」

「どっち?」

「だ、だいじょうび!あっ!ちがっ!大丈夫っ!……多分……」

 本当に大丈夫なのかよ……?

 ステージの上じゃあんなに堂々としているというのに、ナカコちゃんはどうやら普段はからっきしダメなようで、今も僕の目の前で青ざめて震えている。

「どうしたんだよ?ナカコちゃん?」

「い、いつもは、おじさん達がいっしょだ、から……」

 なるほどね。あのおじさん達とどんな関係かはわからないけれど、よほど信頼しているんだな。

「さて、これからどうすればいいのかしら?」

 あたりを物珍しそうに眺めていた愛子さんが勢いよく振り向きながら、そう訊ねる。

「ああ、はい。えーっと……」

 応えたのはなだれちゃん。

「軽音部の出番は午後三時からなんで、そろそろ講堂のほうにアンプとかドラムセットとかを持って移動して、スタンバイは今から大体三十分後ですね」

「……おぉ~」

 マネージャーみたい。

「了解したわ!それじゃ早速運びましょうか?流鏑馬!」

 愛子さんは当然かのように、ここにはいない流鏑馬さんを呼ぶ。

「はい」

 呼ばれて流鏑馬さんは天井裏から顔を出した。

 てか、どこにいるんだよ!

「運んで」

「仰せのままに」

 黒子のような格好の流鏑馬さんは、シュタと天井裏から床に降り立つと軽々とギターアンプ、ベースアンプ、キーボード、ドラムセット、その他機材達を持ち上げて、

「愛子様、参りましょう」

 と涼しい顔で言う。

 唖然としている僕達を尻目に、

「そうね」

 と頷いて愛子さんは音楽準備室を出て行こうとする。

「あら?どうしたの、みんな?何をそんな変な顔をしてこっち見ているのよ?」

 あまりの驚きに僕達が反応できないでいると、愛子さんには何故僕達がとまっているか理解できないらしく、

「何よ?行かないの?」

 と不思議そうにしている。

「いや……行きますけど……」

「あたし達のステージが待っているのよ!急がないと!」

 楽しそうに微笑む愛子さんに、僕は肩をすくめる。

 少しずれてるんだよな。この人たち……。

 戸惑うナカコちゃんとなだれちゃん、南を促して、僕達は愛子さん達に付いて音楽準備室を出た。

 

 講堂に着くと、ステージでは日本舞踊部による発表がちょうど終わろうとしていて、この後の手品同好会の発表をはさんで、僕達の出番だという事だ。

「おつかれさまでーす」

 発表を終えた日本舞踊部に挨拶をする。

「おつかれさまです?」

 すれ違った日舞部員の語尾にクエスチョンマークが付いた。

 ……しまった。バレたか?

 と思ったけれど、その日舞部員は首を傾げながらも何とか僕のことをスルーしてくれたようだった。

「……危なかった~」

「危なかった~じゃないわよ!バレたらどうするのよ!たろ…A子!」

「……すみません」

「せっかくのみんなの努力が水の泡なんだから!気をつけてよね!」

「……はい。すみません」

 とは言ったものの、あなた何も努力してませんよね?愛子さん?

「あん?何か言った?」

「な、何も言ってないですよ……」

 凄む愛子さんに思わず声が上擦ってしまう。

「ちょっと、二人とも静かにしてください!」

 小声で南が僕達を注意する。さすが優等生メイドだ。

「はい……」

「はい……」

 二人して神妙に頷く。

 舞台袖から覗くとステージではすでに次の手品同好会の発表が行われていた。

「ふっふっふっ……腕が鳴る、いや…喉がなるかしらね」

 不適に笑いながら愛子さんが呟く。

「喉が鳴るのはお腹が空いたときですよ」

 冷静に突っ込んではいるけれど、僕も緊張のせいかいつもの切れ味が無いような気がする。妙に喉が渇く。

「そ、そういえばナカコちゃんは?」

 あたりを見渡すとナカコちゃんは隅の方で丸まって、うずくまっていた。

「だ、大丈夫!?一体どうして――」

 覗き込むとナカコちゃんは白目を剥いて気絶していた。

 その様子を詳しくここに書いてしまうと、ナカコちゃんの人権、もしくはどこかの都条例に引っかかってしまうので書かないけれど、ようはそういうことだ。

「ちょっ、どうしたんだよ!ナカコちゃん!」

 僕が肩を揺らすとすぐに気がついたので、何か病気というわけではないようだけれど……。

「大丈夫なのかよ?ナカコちゃん?」

「だ、大丈夫、なの……ちょっと、緊張して……」

 焦点の定まらない目で僕を見つめながら、うわ言の様にナカコちゃんは呟く。

 確かに緊張するけれど、そこまでか?

「手品、終わるみたいだよ。たろ…A子ちゃん!」

 南が僕に教えてくれた。確かに散漫な拍手と共に、手品同好会の発表が終わったというアナウンスが流れている。

「ということだ、ナカコちゃん。もう行かないと」

 ナカコちゃんはコクンと小さく頷いた。

「さあ!行くわよ、みんな!ステージは待ってはくれないんだから!」

 愛子さんが先陣を切ってステージへと躍り出る。

 それに続いて僕達もそれぞれの楽器を持って各々がステージへと出て行った。

 まだ、緞帳どんちょうは下りたままだけれど、そこには熱気のようなものが滞留しているように感じる。その中、みんな黙ったままモクモクと準備を始める。

 自ずと鼓動が早くなる。

 手が汗ばみ、喉はカラカラだ。

 不安と期待が入り混じる中、アナウンスが鳴り響いた。

「次は、軽音楽部の発表です」

 それと同時に緞帳が少しずつ上がり、隙間からスポットライトの光が差し込んでくる。

 さあ、ステージの開演だ。

 

 ……と、思ったのだけれど、どうも様子がおかしい。

 幕が開いてからも客席のざわめきが収まらない。

 そこで、僕は気がついた。気がついてしまった。

 僕達がおかしているどうしようもないほどの失敗を。

 誰かの小声が耳に届く。

「あの子達……誰?」


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