表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/91

ON THE EDGE(3)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

                       3

 

 

 愛子さんの言ういいアイデアというのは、やっぱり僕にとってはいいアイデアとはいえないものだった。簡単に言うと僕がベースを担当するという、ごく単純なものなのだけれど、それだけが愛子さんの言ういいアイデアという訳ではない。そこに少しだけプラスされるものがあるのだけれど、それは……今は秘密にしておこう。

 いや、出来る事ならば永遠に明かしたくないものだ。

 何となく感づいている方もいるだろうけれど、あんなおぞましい作戦を僕は自分の口で説明するなんて事は、絶対に出来ない。したくない。

 だから、少々強引ではあるけれど、ここで話題を変えてしまおうと思う。

 まあ、ただの時間稼ぎだろうけれど……。

 

「ま、まあ、それでベースはどうにかなるとしても、曲はどうするんですか?」

 時間もあまり無い事だし、ここはナカコちゃんに初心者(主に僕)でも出来るような簡単な曲を選んでもらったほうがいいだろうな。

「曲はもう決まっているわよ!」

 しかし、僕のそんな考えはいつも通り愛子さんのたった一言で吹き飛ばされる。

「あたし達にはあたし達にしか歌えない歌があるのよ!」

「……つまりは?」

 あまり訊きたくはないけれど……。

「オリジナルよ!」

 やっぱり。

「オリジナルなんてどこにあるんですか!?」

「無いわよ」

「じゃあ……」

 まさか?

「無いなら作るしかないじゃない?」

「……今から?」

「そう。今から」

 そう言うと、愛子さんは無い胸を大いに張った。(もう、気を使って慎ましいなんて言うまい)

「今からって……どこにそんな時間があるというんですか!大体、曲は誰が作るんです?歌詞はまだどうにかなるにしても、メロディはちゃんと作ってもらわないと――」

「あるっ!」

 僕が頭の悪い三代目経営者に、経営とは何かを説く先代からの敏腕秘書のように、愛子さんに詰め寄っているその横から、正確にはその斜め下から突然大きな声があがった。

「えっ?」

 そこには僕のほうをしたから見上げているナカコちゃんがいた。その少しつり上がり気味な猫のような大きな目が僕に対して熱視線を送っている。

「きょ、曲ならっ!あ、るっ!」

 そんな真剣な顔で見つめられると、妊娠させてしまうじゃないか。

「何を考えているのですか?太郎さん」

 なだれちゃんの木刀が僕の目の前に突き出される。

「な、何も考えていないよ。それより、曲はあるんだね?ナカコちゃん?」

 木刀をさりげなく遠ざけながら、僕はナカコちゃんに訊ねると、コクンと頷いてまた僕を見上げてくる。

 そんな目で見つめられたら――

「叩っ斬ります」

「何もいやらしいことなんて考えてないって!」

 もしかしてなだれちゃんも琥珀色の左目、持っていない?

「曲があるなら、歌詞だけみんなで考えればいいんじゃない?」

 優等生メイド南は頭の回転も早い。とりあえずの解決策として、そう提案した。

「その通りよ!南ちゃん!」

 愛子さんがビシッと指をさし、宣言する。

「各自、オリジナルの歌詞を考えてくる事!」

 そう言うと満足そうに愛子さんは頷いた。

 その表情に僕は肩をすくめる。

 なんだか、面倒そうな事になってきた……。

 

 それから僕達は各自、演奏の練習をしながら歌詞を考えて数日を過ごした。

 ベースというものは、初めて触ったけれど意外なほど様になるまでに時間はかからなかった。もしかして僕って天才かも?と思ったけれど、ナカコちゃんによるとベースは始めは簡単かもしれないけれど奥が深く、僕が特別に上手いというわけではないそうだ。残念。

 そうやっていよいよ始めてみんなで合わせようという日になった。僕達は東雲町にあるマッシュルームと言う名前のライブハウスを兼ねた練習スタジオに集まった。ちなみに、クリスマスにナカコちゃんのライブを見たのもここだ。

「こんちわー……」

 何となく緊張して、重い扉を開くと、僕以外のメンバーはすでに集合していた。

「遅いわよ。太郎」

「すみません。今、準備しますから」

 僕はどう準備したものか分からないけれど、使ったことも無い大きなアンプ(ベースの音が出てくるスピーカーをこういうらしい)を物色していると、

「まあまあ、準備は置いておいて、それよりも――」

 振り返ると愛子さんが手に紙を広げてこちらに微笑みかけていた。

「歌詞を決めましょう」

「は、はあ……」

 そう、なのか……?

「早く早く!いいのが出来たのよ!」

 愛子さんは手招きして、真ん中に丸く並べられたパイプ椅子に僕を呼ぶ。ちなみにみんなそこに座って、すでにスタンバイ済みなのだ。

「じゃ、じゃあ……」

 僕は言われるまま一つだけ空いていた席に座る。

「まずはあたしからね!まあ、他のは読まなくてもあたしので決まりだから。早く読みなさい!」

 座るなり、愛子さんにB5サイズの紙を突きつけられながらそう宣言される。

「ああ、はい。じゃあ、まあ読ませてもらいますね」

 何故、僕が読むかかりなのかは置いておいて、とりあえずそこにかかれた文字を僕は読み上げる。

「あなたは何故そんなにも拒むの

 あなたは何故かたくなに閉じるの

 何を望み

 何を願うの

 

 あなたの頬が赤く染まるのを

 あたしはこんなに待っているの

 その全てをすすりつくしたいわ

 

 そうあなたは――蟹」

「って、蟹の歌じゃないですか!」

 なんじゃこりゃ?

「そうよ。あたしの蟹に対する熱い思いを、芸術にまで高めた作品よ」

「で、何ですかこの続きに書いてある『カニ、カニ、カニカニ』って?」

「何ってコーラスよ。バンドなんだから必要でしょ?一番は殻についてだけど、二番はあの爪についてなんだから。食べにくいけれど美味しいわよね、爪」

「何を歌うつもりですか!」

 冗談なのか?いや……愛子さんなんだからきっと本気だ……。

「はい、次」

 僕の言葉に愛子さんは不満たらたらだったけれど、それに付き合っているほど時間がある訳でもなかった。次に僕に歌詞を提出してきたのは意外なことに、

「お前も書いてきたのか?木星?」

 木星はいつも通りの凍てついたような表情で、手にした紙切れを僕に無言で差し出してきた。

「え~っと……なになに?0100010111010011011010010101000010101001010010111010010101……って何?」

「歌詞だ。読めないのか?義務教育を受けているのに?この無能が」

「義務教育でデジタル信号の読み方なんて習うわけねえだろうが!」

 何だよ、無能って!

「しかたない。無能め」

 そう言うと木星はもう一枚、紙切れを差し出した。

「そこまで言うか」

 ひどく傷ついたけれど、木星が一体どんな歌詞を書いてきたのかとても興味があったので、僕はとりあえず読み上げる事にした。

「コンデンサーを接続

 回路電圧は正常

 プログラミングはC言語

 Ωにファラドはクーロン

 インダクタンス

 リアクタンス

 インピーダンスを調整

 インピーダンスを調整

 インピーダンスを調整

 インピーダンスを調整

 インピーダンスを調整」

「インピーダンスを……って何回繰り返すんだよ!て言うか何言ってんのかマジでわからんぞ!」

 インピーダンスって何だよ!

「それはお前の頭が悪いからだ」

「んな訳ねえだろ!何を歌っている歌なんだよ!」

「ラブソング」

「って、どこがだよ!もう!次!」

「あ、あの……私も作ってきたんだけど……」

 次に僕に歌詞をおずおず手渡してきたのは、

「今度こそは少しはマシな歌詞だろうな、南?」

 南らしい可愛らしい便箋に書かれている歌詞を読み上げる。

「あなたのハートをミ・ラ・ク・ル・キャッチ(ギュッ)

 飛び散る想いはト・キ・メ・キ・スターライト(キラッ)

 きらめく瞳にク・ラ・ク・ラするNE

 あたしのココロの鍵を

 あなたが開けてくれるのよ

 

 DOKI・DOKIしてるの

 WAKU・WAKUさせるの

 あなたのト・リ・コ☆」

「……………………」

「ど、どうかな?太郎きゅん?タ、タイトルは『ク・ギ・ヅ・ケ・ゾッコンLOVE』っていうんだけど……」

「う、うん……」

 これ、本気だよな……?

「いや、いいと思うんだけど……その…なんかイメージと違うと言うか……」

「だ、ダメだったかな?そうだよね。私の歌詞なんて……」

 南はそう言って俯き、肩を振るわせ始めた。

「ち、ちがっ、そうじゃなくて!何ていうかすごくいいんだけれど、僕達みたいな素人じゃ良さを表現できないと思うんだよ」

「そ、そうかな……」

「そうだよ!お前の気持ちがよく現れていると思うぞ!」

「そうなんだ、えへへー」

 南はニヤニヤし始めた。どうやら機嫌は直ったようでホッと胸を撫で下ろす。

「ところでさっきから偉そうに言っているけれど、あなたはどうなのよ?太郎?」

 愛子さんが意地悪く笑いながら僕に言う。

「あれだけ色々言ってくれたんだから、さぞかしあなたは素晴らしい歌詞を考えてきてくれているのよね?」

「そ、それは……」

 僕は思わずたじろぐ。

「さあ!どうなの!見せなさいよ!まさか作ってきてないなんて言わないわよね?」

 くくくっと実に邪悪に笑う愛子さん。これは図られたか!

「い、いいでしょう!僕の歌詞をお見せしましょう!すごすぎてビビるんじゃないですよ!」

 僕は懐に忍ばせていた渾身の作を取り出して、こほんと一つ咳払いをしてから、静かに読み上げる。

「ガラスのハートを持つ君よ

 孤独に震える夜に

 二人よりそい いつまでも

 永遠とわに 永遠に

 神様だって二人を離せないさ

 君の瞳を守りたい

 そして――」

「ちょっと。もう良いわ」

 愛子さんに遮られる。

「えっ?今からがサビなんですけど?」

「いや、もういいから」

「そんなこと言わずに」

「もう良いって言ってるでしょ!」

 朗読を続けようとする僕に、愛子さんは普段見ることが出来ないほどの剣幕でそう言う。

「そ、そうですか……それで、僕の歌詞はどうでした?僕としてはこの出だしの――」

「臭いわね」

 と愛子さん。

「はい。臭いです」

 と南。

「吐きそう」

 とナカコちゃん。

「死ね」

 と木星。

 ……みんな酷くない?

「まあ、とにかく太郎のは論外ね」

 と愛子さんが言うと、みんな一斉に頷いた。

 ……くじけそう。

「じゃ、じゃあ、誰の歌詞にするんですか?みんなも同じようなものじゃないですか!」

「いや、それはあたしでしょ」

 と愛子さん。

「私がいいんじゃないかな?かな?」

 と南。

「死ね」

 と木星。

 あれ?木星さんは僕に死んでほしいだけかな?

「あ、あのっ!」

 僕が木星の願いによって息を引き取りそうになっているところに、ナカコちゃんから突然声がかけられる。

「あた、あたしも、あるっ!」

 って何が?

「歌詞……書いて、きた」

「そうなんだ。じゃあ見せてよ」

 ナカコちゃんはコクンと頷いて、差し出した僕の手の上に一枚の紙を乗せる。

 そこに書かれた歌詞は、先に教えられたメロディともなかなか合っていそうで、さすが作曲者といったところだ。しかもこの歌詞――

「あら、いい歌詞じゃない」

 僕の手元を覗き込んだ愛子さんが率直な感想を述べる。

 そう。

 ナカコちゃんが書いてきた歌詞は、何というか愛子さんの気持ちをまるで代弁したような内容で、少し寂しいけれど強い歌詞だった。

「やっぱり、ナカコちゃんの曲なんだし、歌詞もナカコちゃんのものがいいと思うんですが?どうですか?愛子さん?」

「そうね……いいんじゃない?それでやってみましょう」

 そう言って愛子さんはナカコちゃんに微笑みかける。それに対してナカコちゃんは、はにかんだようにモジモジするのだった。

 この子、いちいち可愛いな!

 ……おっと、心の声が出てしまった。

 とにかくこれで、僕達が演奏する曲が決まったので、

「それじゃ、練習を始めるわよ!」

 僕達はやっと楽器を手にした。

 

 これで全て上手くいく。

 というほど、世の中というものは甘くない。

 それこそ旬を迎えた蟹の甘さに比べたら、世の中なんてカニカマだ。

 いや、何を言っているのか自分でもよくわからないけれど、つまり、

「何で、演奏がバラバラになるんですか!」

 素人の集団なのだ。初めから上手くいくはずが無い。世の中に溢れる、バンドを組んで活躍するアニメや漫画はあくまでもフィクションなんだと思い知らされた。

「太郎!あんたがリズムを狂わせているんじゃない?」

「違いますよ。僕はちゃんと練習どおり弾いているのに、愛子さんと木星が自分勝手に歌って叩くから、合わせられないんじゃないですか!」

「私は間違っていない。お前が死ね」

「何言ってんだ?木星?てめえもっと正確にリズムをキープ出来ねえのかよ!」

「うるさい。潰すぞ」

「ああーっ!もう!みんな仲良くしてくださいよ」

 見かねた南が、いがみ合う僕と愛子さんたちの間に割って入る。

「仲良くしないと、いつまでたってもあわせることなんて出来ないよ!」

「そうだな……」

「そうね……」

 南のあまりの気迫に僕達は気勢をそがれる。

「でも一体どうしたら……?って、ん?」

 考えをめぐらす僕の頭の中に、一つの冴えた考えが閃いた。

「何?どうしたのよ?太郎?」

 愛子さんが不思議そうに僕を見る。

「愛子さん、僕にいいアイデアがあります」

 僕はそう言うと口の端を片方だけ上げて、得意げに笑った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ