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髑髏塚愛子(6)

是非、縦書きで読んでください。

毎週、水曜日午前0時(火曜深夜)に次話投稿します。

                        6

 

 

 僕は走った。

 僕は走った。

 廊下を走るなとか関係ない。

 僕は走った。

 僕は走った。

 階段を駆け下り、渡り廊下を駆け抜ける。

 僕は走った。

 僕は走った。

 僕は走った。

 階段を駆け上がり、理科室の前で愛子さん達を見つけた。

「どうしたのよ、そんな血相を変えて。何かあった?」

 はあっ、はあっ、はあっ、はあっ

「そ…それが……椿が……椿が……」

 息が上がって上手く話せない。

「はははっ、少しは落ち着きなさいよ。何を言っているのか分からないわよ」

「こ、これが、落ち着いていられますか!椿が…椿が消えたんですよ!」

 ひっ、と南が息をのむ。

「椿が、幽霊を追いかけてって、僕もその後を追ったんですが、見失って。で、向こうの校舎を探し回ったんですけど、姿が無いんです。やっぱり、幽霊の狙いは椿だったんですよ!」

「……やっぱり、ね」

 愛子さんは何かを確信したように頷く。

「やっぱりって……?」

「あたしの考えが正しいなら、きっと……」

 愛子さんは向こうの校舎に何かを探しているようだった。

「な、何してるんですか!早く椿を探さないと!」

「まあ、待ちなさいって。きっと、もうすぐ……」

「さっきから、何を探してるんですか?それどころじゃ…な……」

 愛子さんがあまりにも向こうの校舎を気にしているので、僕もつられて見ていると

「あ、愛子さん!あれっ!」

「ほらね」

 愛子さんは不適に笑った。

 向こうの校舎の屋上に僕が見つけたのは、昼間見たのと同じ、黒髪の女子生徒の幽霊だった。それ、は屋上からこちらを見ているようだった。

「行きましょ!」

 

 僕たちは走った。

 僕たちは走った。

 階段を駆け下り、渡り廊下を駆け抜ける。

 僕たちは走った。

 僕たちは走った。

 階段を駆け上がり、ドアを開ける。

 普段は閉まっているはずの屋上に出るドアの鍵が開いていた。僕たちはドアを開けて屋上に出る。屋上には人影が一つ、女子生徒の幽霊がその長い黒髪を風になびかせて、こちらを向いて立っていた。

「あら、逃げなかったのね?それとも、逃げられなかったのかしら?」

 愛子さんの問いかけにもソレは答えない。月も雲に隠れてしまっていて、その表情もよくは見えない。

「椿を…椿をどこへやった!椿を返せ!」

 僕が問いかけても何も答えなかった。

「どうやら何も答える気はないみたいね」

 愛子さんが眼帯を外す。

「それじゃ、その心に直接聞いてみましょう。何故こんな事をしたのかを」

 愛子さんの左目に見つめられて、ソレは少し怯んだように見えた。

「あなた……やっぱり、そうだったのね」

 何かを確信したように愛子さんは言った。

「やっぱりってどういうことですか?」

「あいつは――」

 愛子さんは幽霊をビシッと指差す。

「あいつは幽霊なんかじゃないわ!」

 この言葉に幽霊は明らかに動揺した。

「なっ……それって……?」

 その時、幽霊は僕たちの後ろにある屋上の出入り口に向かって駆け出した。

「逃げるわ!太郎!捕まえて!」

 愛子さんに言われる前に僕は走り出していた。

 幽霊じゃないって……どういう……?

 それも捕まえて本人に直接聞けば分かる事だ。

 真実は自分の目で見極めるのだから。

 僕は幽霊に飛びついた。

「ぐっ…こらっ!大人しくしろ!」

 幽霊は僕の手から逃れようともがく。って、あれ?幽霊に普通に触れてる?しかもこいつ結構、力が強い。僕と幽霊が倒れてこんで、揉み合っていると、

「う、動かないでくださいっ!」

 声がした方を向くと、南がこっちに向けて拳銃を構えていた。

「おまっ、南、お前!な、何してんだよっ!」

 南はブルブルと震えながら銃口をこちらに向けている。

 まさか、それ本物じゃないよな……?

「ちょっ!待てっ!話せばわかる!」

 幽霊があわてて声をあげる。

 えっ?この声って…?

「う、動くと撃ちますっ!」

『!』

 その時、空気を切り裂くような音が鳴り響いた。と同時に僕の足元の床が弾けて穴が開く。その穴から煙まで出ている。

「お、おい……マジかよ……」

 まさか、本物だったなんて…。南も驚いたように震えている。それはそうだ。普通、ビビるって。

「やだ……気持ちいい……」

 そうだよ。普通ビビッて気持ちよく……ってあれ?

「何これ…ちょー気持ちいいんだけど…」

 あれ?南さん?何をおっしゃっているのですか?

 また空気が切り裂かれた。

『!』

「あはははははっ!たっのしぃー!」

「ちょっ!待て!」

「あははははははははははははははははははははははははははっ!」

『!』

「やめろっ!待てって!やめてくれっ!」

「あははははははははははははははははははははははははははっ!」

『!』

 南は僕と幽霊に向けて銃を乱射した。そして――

「あはははは……ってあれ?出なくなっちゃった」

「り、リボルバーで良かったぁ……」

 六発撃ったところで弾切れとなり、南の暴走は終わった。素人が撃ったせいか弾は運よく全部外れた。その時タイミングよく月が雲から顔を出し、月明かりが幽霊の顔を明らかにさせる。

 月明かりに照らされたその顔は――

「……椿」

 そこには青ざめて怯える椿の顔があった。

 ――それが僕の見た真実だった。

 

「何でこんな事を……?」

 僕の問いかけにも椿は座り込んで何も答えない。

「あたしの前で沈黙は無意味よ」

 愛子さんが脅しても無反応だった。椿はただただ黙りこくっていた。

「そう、そっちがその気なら、あたしが代わりに話してあげる」

 それでも椿は膝を抱えて押し黙っている。

「わかったわ。あくまでも何も話さないつもりね」

「愛子さん……」

「太郎、南ちゃん、この一連の幽霊事件の犯人は彼、椿くんよ」

「椿が…?幽霊にとり憑かれてたとかじゃじゃ無いんですか?」

 僕の質問に愛子さんは静かに首を横に振る。

「違うわ。あたしも実際にこの眼で視るまではその線もあるかと思っていたのだけれど、全て彼が彼自身の意思でやったことだわ。これが真実なのよ。悲しいけれどね」

 真実は人を傷つける。

「最初はただ単に南ちゃんのことを影から見てるだけだったんだって。でも、だんだんもっと近づきたくなって、その時に知ったのが例の幽霊の噂だったって訳。それで制服を盗んで南ちゃんが一人の時を狙って脅かしだした。そうやって脅かしといて、自分がそれを解決する事で近づこうと思っていたみたいよ。つまりは自作自演のヒーローになっていいトコ見せたかったのね。それで――」

「そこからは――」

 愛子さんを遮って、今まで黙り続けていた椿が話し出した。

「そこからは、俺が自分で説明します。自分の気持ちを、そんなすらすら言われると気分悪いし……」

 椿は立ち上がって愛子さんを横目で睨んで話し始めた。

「その人の言うとおり、俺が全部自分でやったんだ。自分の意思で、な。俺はもうやめようと思っていたんだ。今日、トイレにあんな落書きをして、その後南さんを助けてあげて、それで俺の計画は終わるはずだった。だけど俺の計画に狂いが生じた。それは、お前だぜ、太郎……」

 椿は僕のほうに向きなおる。

「僕が……南とぶつかった……から……?」

「そうだ。本当はあの時、俺が南さんから相談を受けるはずだったんだ。そう思って、教室で待っていたんだよ。それで、全部上手くいくはずだった。計画通りに進めば、何も問題無かった……なのに……お前が…お前が…お前がお前がお前がお前がお前が!お前が邪魔したんだよ!俺たちトモダチだろ?なあ?トモダチだよなあ?なのにお前がお前がお前がお前がお前が俺を邪魔したんだ!邪魔したんだよ!」

「僕は……」

 僕は何も言えなかった。何を言えばいいのかわからなかった。

 椿はかぶっていた黒髪のかつらを取り、床に投げつける。

「しかも、何か変な専門家まで連れて来るって言うじゃねえか。それで俺は自作自演で姿を消して、またこうやって制服を着てお前たちを脅かしたら、怖がってもう係わってこないと思ったのに、ついにはこんな屋上にまで来ちまって……もうおしまいだ」

 椿はがっくりと肩を落とす。

 確かにそう考えると全てにつじつまが合う。最初に南をトイレで脅かして、落書きをして教室に先回りする。椿の脚を持ってすれば不可能ではない。そして、教室で南に話を聞いて二人でトイレに戻り落書きにショックを受けた南を励ます。これなら二人の距離は飛躍的に縮まるはず。しかし、その役を僕に横取りされた。それに動揺した椿は思わず僕たちの前に女子生徒の幽霊の格好を晒してしまった。それが、僕たちが見た教室に居た幽霊の正体だったんだ。

「でも、何でわざわざ……?」

「太郎は何も分かってないわね~」

 愛子さんが呆れたような声を上げる。

「そんなの決まっているじゃない。彼は南ちゃんのことが好きだったのよ。所謂、男女交際をしたいと思っていたの。でも、南ちゃんは人気が高い。何とかして他のみんなを出し抜きたかった。それで今回の本人が言うところの『計画』っていうのを思いついたのよ」

「だから、勝手に俺の気持ちを話すなって言ってるだろ!」

 椿に怒鳴られて、はいはい、と愛子さんは肩をすくめる。

「み、南さん」

「は、はいっ!」

 椿に急に呼ばれて南はビクッと体を震わせる。

「な、何、かな?」

「こんな変なことになっちゃってゴメン。それでも、もしよければ俺と――」

「ごめんなさいっ!」

 南は椿にその先を言わせなかった。

「木春くんの気持ちは嬉しいけど……私、無理。だって、とっても怖かったんだよ。本当にショックだったし、傷つけられたと思う。そんな人と私、とてもじゃないけど仲良くなんて出来ない。だから…ごめんなさいっ!」

 そして南は深々と椿に頭を下げた。

「あ~あ………振られちまった……俺、どこで間違えたんだろなあ………」

 そう言って椿は空を仰いだ。さっきまでの雲が晴れて夜空には月が綺麗に輝いている。

「かっこつけるんじゃないわよ」

 月明かりを背に愛子さんが言う。

「あなたは間違えた。でも、例え間違わなかったとしても南ちゃんとは結ばれないわ」

「えっ?それって……?」

「いるのよ。南ちゃんには好きな人が。ね?」

 愛子さんが南にウインクをする。

 ってだからウインクって……。

「わわわわ、あ、愛子さん、な、何言ってるんですかっ!」

 南は両手を前に突き出し、ブンブン振って必死に誤魔化そうとする。

「へ~え、そうだったんだ~」

「た、田中くんも茶化さないでっ!」

 南はプンプンと口にして怒りを表現した。

 いや、だからリアクション古くない?初めて聞いたよ。プンプンって……。

「だから、椿くんが間違えたのはこんな大それた事をしてしまった事もそうだけど、そもそも南ちゃんを本気で好きになってしまった事自体、間違いだったのよ」

「なんだ……じゃあ、全部意味無かったって事か……馬鹿みたいだな、俺……」

 椿はその場に膝をつき、そしてへたり込んでしまった。月に照らされたその顔は、僕からは少し笑って見えて、何だかすっきりしたようにも見える。

 そう、まるで憑き物が落ちたように。

「あなたの気持ちよく分かるわ」

 愛子さんが、つかつかと椿に近づいていく。

「同情だってしているし、好きな子に振られちゃってかわいそうだと思うわ」

 愛子さんがへたり込んでいる椿の横まで来た。

「いっぱい傷ついたんでしょうね……」

 愛子さんは椿の肩に手を置く。

 僕はてっきり慰めるのだと思った。

「でも、あなたは人を傷つけた。人を裏切り、欺き、自分の都合を押し付けた。脅し、脅かし、手なずけようとした。それって――

 

 とっても、悪い事なのよ。

 

 ――知ってた?」

 月明かりに照らされて愛子さんの顔がよく見える。

「悪いことした子には、お仕置きをしなくちゃね」

 そう言って愛子さんはとても凄惨に笑った。

 それは心が凍ってしまうほど恐ろしくも美しい笑顔だった。


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