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ON THE EDGE(2)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)次話更新します。

                       2

 

 

 彼女の名前は中原ナカコ。

 東雲女子高等学校に通う十七歳。つまり同い年。

 身長は低め……いや、低い。十七歳には……多分見えない。

 つり上がり気味の大きな目が、こちらを観察するように光っている。

 ナザレというバンドで彼女はギターとヴォーカルを担当している。

 学校では軽音部を立ち上げて、一応部長をしているらしい。

 それで、彼女が我がドクロ事務所にやってきて、これから女子校のけいおん!部のゆるやか部活ライフをほのぼのと描くお話が始まるのかというと、そうではない。そんなはずがあるはずが無い。

 じゃあ、なんでやってきたか?

 それは、この事務所がありとあらゆるトラブルを肩代わりして解決すると謳っているのだから、当然――

「それで、依頼っていうのは?」

 依頼があるに決まっている。

 愛子さんに促されてなだれちゃんが静かに話し始める。

「それが……私の依頼というよりも、この子の依頼なんですけど……」

 なだれちゃんが見遣ると、ナカコちゃんは引きつった顔でコクンと頷いた。

「あた、あたしのっ!い、いらり、依頼っていうのは……そのっ!」

 ナカコちゃんはつっかえながら一生懸命、話そうとしているみたいだけれど、ものすごく聞き取りにくい口調だった。

「ごめんなさい。彼女、ちょっと人見知りなのです」

 なだれちゃんがまるでナカコちゃんのお姉さんのように大人びた口調で話す。

「だから、あたしが代わりに説明します。いいよね?ナカコちゃん?」

「うん……ごめん……」

 ナカコちゃんはモジモジと黙り込んでしまった。ステージの上ではあんなに堂々と演奏していたのに、普段はこんな照れ屋キャラだったなんて意外。

「単刀直入に言います」

 そんなナカコちゃんとは対照的に、いつもより更にしっかりして見えるなだれちゃんが説明を始める。そういうところで二人の関係が垣間見えるような気がする。

「ナカコちゃんとバンドを組んでください」

「……はい?」

 単刀直入が短刀過ぎるだろう?

「確かナカコちゃんってバンド組んでなかったっけ?」

 そう。ファンキーなおじさんとパンキーなおじさんと組んでいたはず。

「それとは違うんです!あっ!というか今回は太郎さんには関係ないんですっ!」

「関係ないだなんて、酷くないか?」

「そ、そうじゃなくて…もう!叩っ斬りますよ!」

「何で!?」

 何か、めんどくさくなったら叩っ斬ってない?

「そうじゃなくて、今回の依頼は太郎さんじゃ無理なんです」

「僕じゃ無理?…って、どういうこと?」

「それはですね――」

 なだれちゃんが言うには、今回の依頼の内容を話すには少しだけ時間を巻き戻す必要があるとの事。

 というわけで。

 1年前。

 ナカコちゃんは思い立って学校で軽音部を作った。しかしながらお嬢様学校として有名な東雲女子高等学校では思うように部員が集まらなかったらしい。しかも、格調高いその校風にそぐわないとの理由から、先生はじめ、生徒会やらからも当たりが厳しい。

 それでも何とか騙し騙し一年間、部は存続してきたのだけれど、この6月にピンチを迎えたのだそうだ。

「それが、学園祭ということか」

「そうなのです。学園祭である程度、しっかりした発表をしないと、部は廃部にされてしまうかもしれないんです」

「なるほどね……だから、ナカコちゃんとバンドを組んでくださいって事ね」

 僕と同時に愛子さんも納得したようだった。

 確かに女子校の学園祭だもの。僕にはお鉢は回ってこない話だ。

「どうですか?愛子さん……?やってくださいますか……?」

 なだれちゃんとナカコちゃん、二人そろって愛子さんを上目遣いで見上げる。

「そうね……面白そうだし……」

 愛子さんはにっこりと微笑んで、

「分かったわ。その問題、あたしが預かりましょう」

 と右手を出した。

「本当ですか!ありがとうございます!良かったね!ナカコちゃん!」

 手を取り合って喜ぶなだれちゃんとナカコちゃん。

「良かったねーなだれちゃん、ナカコちゃん。それにしても愛子さんが楽器が出来たなんて意外だったな~」

 僕は思ったままを口にした。

 愛子さんは今でこそ怪しい事務所を経営している暇人だけれども、本当はものすっごく大きなお屋敷のお嬢様なのだから、楽器ぐらい出来て当たり前。と思うのも当たり前だろうと思う。

「楽器?何のこと?」

 しかし、そんな僕の予想を大きく外れて愛子さんはとぼけるようにそう言い、首をかしげる。

「いやいやいや、ナカコちゃんはギターなんだから、愛子さんは何かベースとかドラムとかでしょ?愛子さんはどっちをするのかな~と思って」

「は?あたし、楽器なんて何も出来ないわよ。あたしはヴォーカルよ。決まっているじゃない」

「…………はあっ!?」

 引き受けちゃって、何、言っちゃってんのこの人!

「楽器なんて無理よ~。あんな細々したことなんて、あたし向いてないのよね。それよりもほら、あたしみたいな美女が颯爽と現れて歌を歌ったほうがアピール度が高いと思わない?あたしの歌を聴けーってな具合に、あたしが歌えば、きっと新入部員が大漁よ」

「まず、訊きたいのはどこからそんな銀河の妖精みたいな自信がわいてくるんだよ!」

 気が動転して変なこと聞いちゃったけれど、まず訊くべきはそこじゃないだろう、自分?

「いや、それよりもなんでそんななのに、引き受けちゃったんですか!」

 そう、そこ。

「何よ!相変わらずうるさいんだから!大丈夫よ!何ならあたしのアカペラでもいいぐらいだわ」

 そんなことをしたら合唱部に新入部員が集まる事になるぞ。

「心配しなくても、何とかなるわよ。ねえ?木星?」

 ジュピターシステムの裏から顔を出した木星は、手にいつもの携帯ゲーム機を持っていた。

「愛子。私がドラムをする」

 木星は実に軽々しくそんなことを言い、引っ込んでしまった。

 久し振りに出てきたと思ったら、こんなのでいいのか?

「そんなこと言って本当に出来るのか?木星?」

 最近になって気がついたのだけれど、どうも木星は愛子さんに甘いというか、愛子さんのいうことなら基本的になんでもいう事をきく傾向がある。まあ、雇われているのだから何かにつけて文句を言う僕のほうが間違っているのかもしれないけれど。

 この時も愛子さんの無茶を軽々しく受けてしまうし、出来ない事は断ればいいと思うんだけれど。

 しかし、そんな僕の親心(?)も知らずに木星はこう答えるのだった。

「見くびるな。潰れろ、クソ虫」

 あれ?反抗期かな?

「リズムゲームは得意」

 そう言って木星は手に持っていた携帯ゲーム機の画面をこちらに向ける。その画面には有名なリズムゲームの得点画面が映し出されていた。動いてくる丸にあわせて太鼓を叩くゲームで、赤は太鼓のハラを青はフチを叩くというものだ。表示されている得点を見ると、なるほど、確かになかなかな高得点だと思う。

 でも、

「お前、それ、和太鼓じゃねえか!」

「わかっている」

 そう言って木星は「鬼」レベルのステージに挑戦しだした。

「わかってるって言っても……」

 そういう問題じゃないんだよ、木星さん。

 ドラムはそんなバチ二本だけでは叩けないんだよ。

「ドラムマニアもやっている」

「いや、そうじゃなくて……」

「うるさい。死ね」

「単刀直入ですね……」

 もういいや。

 どうなっても知らないからな!

 僕が投げやりになりかけている時だった。

「あのー……」

 眼鏡っ子で巨乳な優等生メイドがおずおずと手を挙げた。

「どうした?南?トイレか?」

「ち、ちがうよ!その……私、キーボードなら少し出来るから力になれるかな~と思って……」

「へえ~そうなのか。それで、どれぐらいやってるんだ?」

「え~っと……三歳のときからピアノを習っているから……十三年、かな?」

「南……お前は……」

「な、何?かな?太郎くん……?」

「お前は救いの女神だっ!」

 僕はこの喜びを表現しようと、南に思わず抱きつこうとした。が、そんな僕の目の前をものすごい速さで振り下ろされるものが横切る。

「何をやっているんですかっ!」

 その行為はなだれちゃんの木刀居合い抜きによって阻まれてしまった。

「あぶねっ!死ぬじゃねえか!」

「危ないのはあなたの行為です!どさくさに紛れて何を破廉恥な事を……」

 真っ赤になって震えるなだれちゃん。

「叩っ斬ります!」

「ちょ、ちょ、ちょっと!ちょっと待って!」

 今、まさに切りかかろうとするなだれちゃんを手で制して、僕は必死に訴える。

「違うんだよ!なだれちゃん!僕は今回の依頼がどうなるか心配だったんだけれど、南が加入するなら何とかなりそうだと思って嬉しくなって、思わず抱きつこうとしただけで、決して何かやましい事を考えての事じゃないんだ!だから、殺さないでくれ!」

 拝む僕に対して、なだれちゃんは、

「べ、別に殺すつもりは無いですけど……。ま、まあ、それなら一応許します……」

 と木刀を納めてくれた。

 命拾いしたな、僕。

 

 でも、本当にこれで何とかなるかもしれない。

 ギターはナカコちゃんだから大丈夫だし、それに南のキーボードでメロディを乗せて、ドラムは無理でもあれだけのプログラミングをやってのける木星だから、リズムだって打ち込みで何とかするだろうし、愛子さんは……まあ、いいか。とにかく何となくこの、素人だらけの集団でも何とか形に出来そうな感じになってきた。

「あとは……ベースか」

 とは言ったものの、ベースってなんだ?

 ギターのでっかいやつみたいなあれだよな?

 要るのか?

「なあ、ナカコちゃん?ベースっているのか?何ならこの四人でも――」

「いるっ!」

 ナカコちゃんは僕に噛み付くんじゃないかというほど、勢いづいて訴える。

「あっ…その…べ、ベースがないと、音が薄い、と、いうか……欲しいと、い、いうか……」

 勢いはどうやら始めだけだったみたい。

「そうか。いるならしょうがないな」

 僕はナカコちゃんに微笑みかける。

「うん……あ、りがと……」

 ナカコちゃんはぎこちなくそう言って、目を逸らす。

 おや?

 かわいい……?

 可愛いのだけれど、こんな事を考えていると決まって……。

「太郎さん。いやらしい目でナカコちゃんを見ないでいただけます?叩っ斬りますよ」

 ほら、こうなるでしょ?

「いや、別に見てないよ。それよりもなだれちゃん、あとはベースだけなんだけど……」

 話を逸らさないとなだれちゃんに今度こそ切り殺されてしまいそうなので、力技で話を変える。僕はそう言って、目線で訴える。

「あ、あたし?ですか?無理、無理、無理、無理、絶対無理っ!」

 僕の目線になだれちゃんは過剰なまでに反応する。

「無理ってそんな事無いだろ?そもそもなだれちゃんが持ち込んできた依頼なんだから、それぐらいしてもいいんじゃねえか?」

「そ、そんなこと言ったって……」

 どうやら、話は逸れて僕は命拾いしたらしい。それにしても、なだれちゃんはそう言ったっきりモジモジとするばかりで、いつもの歯切れの良さが全く無くなってしまっていた。

「そんなモジモジして、一体どうしたというのよ?」

 見かねた愛子さんが問いかけると、なだれちゃんは恥ずかしそうに顔を赤らめて、

「それが……あたし、音楽が苦手なんです。その、リズム感が無いというか……」

「だ、大丈夫!簡単にすれば、ベースはそんなに、む、むずかし、くはない、から!そ、れに、一緒にやってくれると、うれしい!かも……」

 ナカコちゃんがつっかえつっかえ、なだれちゃんを説得する。

「そ、そうかな……?」

 なだれちゃんもまんざらではないようで、少しその気になってきたようだった。

「そうと決まれば、早速。流鏑馬、お願い」

「はい、愛子さま」

 恭しく頭を下げて、隣の部屋に消えた流鏑馬さんが次に現れた時に手にしていたのは――

「こんな事もあるかと、用意していたのよ」

「何というか、何でも出てきますね……」

 ギターやらベースやら、ドラムやら、アコーディオンやら、マラカスやら、ディジュリドゥだとか。とにかく山のような楽器だった。

「こういうときに、愛子さんがお金持ちだということを思い出しますね……」

「そうよ!あたしはお金持ちなのよ!」

 さて、いつも通り慎ましやかな胸を大いに張る愛子さんは放っておいて、

「じゃあ、なだれちゃん。ちょっと弾いて見せてよ」

「ええっ!?今ですか!?」

「そりゃ、そうだよ。ナカコちゃん、基本だけでも少し教えてあげてもらえるかな?」

 何事も早い方がいいからね。

 コクンと頷いてナカコちゃんはなだれちゃんに基本の弾き方と簡単なフレーズを教えだした。

 その数分後。

「もう、無、理……」

 精も根も尽き果てたような顔つきでナカコちゃんはそう呟き、ソファに座り込んだ。

「な、何が……」

 ナカコちゃんに訊いても何も答えない。そのかわり、答えたのはなだれちゃんだった。

「だから無理って言ったのよ……」

 ふっ……と悲しそうに笑うなだれちゃん。

「あたし、とてつもなく不器用なんです……」

「そ、そんなに……?」

 それはそれで少し聞いてみたい気もする。

「とにかく、あたしはダメです……ごめんなさい」

 珍しくしおらしいなだれちゃんだった。

「あ、ああ……僕のほうこそ無理言ってごめん……」

 気まずさを打ち砕くように、僕はわざと明るく、

「そ、それじゃ!誰かベースを探さないとなっ!」

 と言ったのだけれど、それが更に空気を悪くしたのは、想像に難くないだろう。

「ふっふっふっ……」

 そんな空気をものともしない愛子さんは不敵な笑みを浮かべる。

「何ですか?そんな変な笑い声をあげて」

「変とは何よ!失礼ね!」

 愛子さんは僕にふくれっ面を見せる。こういう表情が妙に幼く見えるから、愛子さんは何歳なのか未だによくわからない。

「それで?一体どうしたんです?」

 愛子さんはふくれっ面からいつもの不適な笑顔に戻って、

「ふっふっふっ、あたしにいいアイデアがあるのよ」

 そう言うと実に凄惨に笑った。

 愛子さんがこういう顔つきでこんな事を言う時は、大概僕に有益な情報がもたらされたためしは無かったけれども、その思い付きが今までのトラブルを解決する手がかりやきっかけになったというのも、それはそれで事実だ。

 と、いうわけで。

 どんな理由をつけようが、次に僕が言う言葉は決まっているのだ。

「それじゃ、そのいいアイデアとやらを聞かせてもらいましょうか?」

「ふっふっふっ、それはね――」

 愛子さんはますます凄惨に笑い、僕にその考えを教える。

 それはやっぱり僕にとってはいいアイデアでは無かった。


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