守るものと、守られるべきものと(8)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。(今回は遅れてしまいました。すみません。次回からは必ず!!)
8
その後の僕達の運命を、僕は語るべきではないのかもしれない。
本来なら如来さんを助けられなかった時点で、僕達は敗北したのだから、その後をどれだけ語ったところで、それはただの言い訳にしかならないと思うから。
ただ、いい訳だとしても、僕に語らせて欲しい。
いや、語らなくてはいけない。
それが何も出来なかった僕が唯一出来る事だろうから。
倒れたまま動かなくなってしまった如来さんを、僕が必死に揺り起こそうとしている時、土手に集まっていた人たちが何をしていたのかというと、助けようと駆け寄ることも、救急車を呼ぶため119に電話していたわけでもなく、誰が石を投げたのかということでお互いに責任を擦り付けていたのだった。
誰が投げたのだとか、最初に投げ出したのは誰だとか、自分はやめようと言ったとか、こんなにも人は醜くなれるのかと僕は驚いたと共に、呆れかえったほどだ。
そして、何もしない市民団体、相変わらずカメラをまわす事に躍起になっているマスコミに対してどうしようもない憎しみがわいてきた僕は、大声を張り上げながら、そこにあった棒切れを振り回しながら突っ込んでいった。
まあ、もちろんその無謀な特攻は機動隊によって阻まれて、僕はあっけなく取り押さえられてしまったのだけれど。
取り押さえられながら僕が見たのは流鏑馬さんが如来さんを抱きかかえて走り去っていく後姿で、僕はそれを見てホッと胸を撫で下ろした。
そんな汚らしい手で如来さんを触って欲しくなかったから。
翌朝。
僕は一晩を警察署の一室で朝日を迎える事になった。
この歳でまさか警察のお世話になるだなんて、少し前の僕にはまったく想像だにしていなかったことだろう。
それでもやった事の割りに早く釈放されて、しかも両親に連絡さえ行かなかったのはきっと愛子さんか木星が何かしたのだろうと思う。もしかしたら黒塚家が動いたのかもしれない。
いや、それは無いか。
あの家は、一般人なんてアイスのハズレ棒ぐらいにしか思っていないんだから。
警察署の玄関を出てきた僕を迎えたのは、真っ黒いポルシェと
「さあ、行くわよ」
という愛子さんの言葉だった。
「……行くってどこに?」
正直、もう疲れていたのもある。僕は少し休みたかった。
「何言ってるのよ!さっさと乗りなさい!」
「ちょっ、ちょっ、強引な!」
愛子さんは僕の肩を掴むと無理やり助手席に押し込むと、ポルシェをホイルスピンさせながら急発進させた。
「もう始まってるんだから、急がないと……」
愛子さんは前を向いたまま呟く。
「始まってるって何が?」
その僕の質問に答える代わりに愛子さんはアクセルをますます踏み込んで加速させた。
「さあ、着いたわよ」
「ここは……?」
そこは僕が今まで運よく縁がなかった場所だった。
「ここは、って斎場よ」
「斎場って何で?」
「何でって、そんなの決まっているじゃないの。お葬式を挙げるのよ」
「お葬式って誰の――」
あっ……そうか……
「……分かったみたいね。じゃあ行くわよ」
「………………」
先を行く愛子さんに僕は無言でついて行くしかなかった。
扉を開けると、独特のにおいが鼻を突いた。
いい臭いなんだけれど、どこかよそよそしいというか、何となく空々しいそんな臭い。
その空間の中、正面には花に囲まれて、真っ白い木で作られた棺が安置されていた。周りには椅子がたくさん並べられていて、そのほとんどがもうすでにうまっている。座っているのは汚いけれどそれでも精一杯、礼を尽くした服装に身を包んだダンボールハウスの住人達だった。みんな言葉少なに正面の棺を見つめている。
「あの……どうすれば……」
どうすればいいのか、僕は本当に分からなかったので愛子さんに助け舟を求める。
「そうね、まずはこれに着替えなさい」
そう言って愛子さんは僕に一着の黒いスーツを手渡す。愛子さんはマントを脱ぎ捨てると、下にはすでに黒いパンツスーツを着ていた。
ああ、そういうことね。
でも……。
「愛子さん……僕は……」
「ん?何やっているのよ?ちゃっちゃと着替えちゃいなさい」
こっちを見もしないで、愛子さんは母親みたいな事を言う。
「いや、あの……何というか……」
「何よ。何をもたもたしているのよ」
「その……僕みたいなのが出ていいんでしょうか?」
「あなた、何を言っているの?」
「僕の……僕のせいで如来さんは……なのに僕が、僕なんかがここにいてもいいのかと思って……」
「僕なんかって……」
何故だか分からないけれど、愛子さんの顔をまともに見えない。自然と俯いてしまう。自分のつま先に向かって僕は続けた。
「如来さんは僕なんかのために死んでしまったんですよ。それなのに……僕がここにいたら如来さんは喜んではくれないんじゃないだろうかと……」
「太郎」
呼ばれて僕は顔を上げる。
「はい?」
パンッ!
「痛っ!」
何!?
左頬がジンジンと熱くなる。
何故か?それは愛子さんに頬を叩かれたから。
「あなた、何を言っているのか分かって言っているの?それ?」
愛子さんは目に涙を浮かべ僕をしっかりと睨みつける。
「あなたは…あなただけは、絶対にそんなことを言ってはいけないのよ。あなたがそんなことを言うということは、如来さんがした事を、してくれた事を、あなた自身が否定してしまう事なんだから」
「………………」
何も言葉に出来ない。
いや、違う。
ただ単に自分の失言に気付いて、言い訳を考えようとして、だけど言い訳のしようの無さに黙るしかなかったんだ。
「あなたが自分を責めたい気持ちも分からないでもないわ。いえ、同感だってしていると思う。あたしだって何も出来なかったんだから。でも、あたし達がそうやって自分を責めて、自分のせいだと決め付けて、そうすることで如来さんの死を勝手に乗り越えた気になってしまうのは、結局如来さんが残した事を全て台無しにする事なのよ。そうやって自分のせいにしてしまって、自分を責めたほうがよっぽど気が楽でしょうが、あなたやあたしがそれをやってしまったら、本当に如来さんの死が無駄になってしまうわ。あたし達は、あたし達のせいじゃなく、あたし達のために如来さんがしてくれた事を、しっかりと受け止めないといけないのよ」
「……僕にはよく分からないです」
そう言って、本当は分かりたくないだけなのかもしれない。
「今は分からなくてもいいわよ。それよりもとりあえず着替えてきなさい。その格好じゃさすがにあんまりだわ」
愛子さんは薄く微笑みかけると、僕の背後に回りこみ、
「あなたが来るまで待っててあげるから、早く着替えてくるのよ」
そう言って、背中を押した。
そう言って、背中を押してくれた。
過激派ルックから一転、黒いスーツに身を包んだ僕はどこからどう見てもただの葬儀屋にしか見えなかった。
着替えて会場に戻るとちょうどお坊さんがお経を読み始めるところだった。
って、よく見たらそのお坊さんが、なんと、
「や、流鏑馬さん!?」
驚いた僕に流鏑馬さんはウインクを飛ばして、そのままお経を読み続ける。
一体何やってんだ?というよりも、この人、本当に何でも出来るな……。弱点は方向音痴な事ぐらいか……。忍者としては致命的だけれど。
僕の心配をよそに(木星もひまわりちゃんも意外なほど大人しく式に参加していた。大人になったんだな、お兄ちゃんは嬉しいぞ)滞りなく式は進み、僕は今、煙突から立ち上る煙を眺めながら、今回の事を何となく考えているのだった。
それというのも、僕にはどうしても分からない事があったのだ。
運命が見えているはずの如来さんが何故、自分の死を避けなかったのか?
もしくは、自ら死を受け入れたのか?
どうしてそんなことをする必要があったというんだ?
「教えてくださいよ。如来さん」
細く立ち上る白い煙に向かって呟いたとしても、もちろん答えは返ってこなかった。
「……それはね――」
背後から声がして振り返ると、愛子さんがそこにいた。
「如来さんに一杯食わされたのよ。あたしもあなたも。というか、あそこにいた全員が」
「……どういう意味ですか?」
「ここからはあたしの推測……まあ、如来さんの心を少しだけ視たから結構あっていると思うんだけど……あたしが思うに、如来さんは今回の事が起こらなくても、そう長くは生きられなかったんだと思うの。自分が居なくなってしまったら、あのダンボールハウスの人たちはきっとみんな路頭に迷ってしまう。しかもタイミング悪く立ち退き要求まで出てくる始末だし」
「だから愛子さんに依頼してきたんじゃないんですか?」
花見の時に『こいつらを頼む』と。
「如来さんはあたしの事をよく知っているわ。太郎よりも付き合いは長いしね。だから知っていたはずよ。あたしにそこまでの力が無いって事ぐらい」
「そうなんですか?じゃあ、一体なんで?」
「きっと如来さんがあたしに期待したのは騒動を起こして欲しかったんだと思うわ。あたしに言えば、あなたや木星とかを連れて何かしでかすでしょ?」
「まあ、そうですね……」
自分で分かってたんだ……。
「それで騒ぎ立てたら世の中の注目を集めるでしょ?そこで、如来さんがああいう形で死んでしまったとしたら?」
「世の中の同情を買いますね」
「ええ、そうよ。だから、あの後、市の職員…ああ、本物の方ね、が来て今回の事故の謝罪をして、ダンボールハウスの人たちをみんなしかるべき福祉施設に入れてくれることになったのよ」
「そうか。それが如来さんの狙いだったというわけですか……」
「ええ、多分ね。まんまとしてやられたわ。でも――」
愛子さんは僕と同じ方向を眺めて、小さく呟いた。
「あたし達は、色々と失ってしまった……」
「確かにそうですね……」
僕達は大切な場所を失った。
僕達は大切な人も失った。
その結果、得たものとは一体なんだったんだろう?
「愛子さん」
「何?」
「教えてくれても、やっぱり僕には分かりません」
「そうね。太郎にはまだ早かったかもしれないわね。でも、そういうものなのよ。世の中のほとんどの事というのは、自分のおよび知らないところで、自分の思惑なんて関係なく進んでいくものなの。いつでも自分の思い通りになって、自分がいつでも勝てるなんて思わないことよ」
そう言う愛子さんの目には錯覚かもしれないが、涙が浮かんでいたように見えた。
「あたし達の腕はいつでも短すぎて届かないのよ。だから想いも届かないし、夢にも届かない、大事な人も守れないの。それでも必死に腕を伸ばしているのよ。必死に、必死に届くよう、届かせるように伸ばして……」
それ以上愛子さんは何も言わなかった。
「僕は……やっぱりよく分からないです……」
わからないというよりも、認めたくないだけなのかもしれない。
それは、まだ僕が子供だからなのだろうか?
もしそうなのだとしたら、僕は子供のままでいい。
そんな事、分かりたくもない。
でも、歳をとるということが大人になるということなのだとしたら?
僕もいつかは『わかって』しまうのだろうか?
分からない。
今は、まだ分からない。
けれど――
「さて、それじゃ、如来さんに最後のお別れをしにいきましょうか」
こちらを向いた愛子さんはもうすでにさっきまでの雰囲気はどこにも無く、いつものような笑顔だった。
「……はい」
その笑顔に誘われるように僕は歩き出す。
そのまま、いつまでもそこに留まっているわけにはいかない。
僕達は歩き始めないといけないんだ。
主人公の太郎は幸いにしてまだ無いといっていましたが、作者である私自身はこの歳にもなると、結構な回数お葬式に出席しています。まあ、何の自慢にもなりませんが。出席していつも思うことが、葬式というのは死んだ人のものではなく、生きている人のものなんだということ。確かに死んだ人のためにするんですが、それは生きて、残ってしまった人のものなんだなといつも感じます。なんて不謹慎なとお怒りな声もあるとは思いますが、もう少し聞いてください。人の死とは悲しいものです。その人が近ければ近いほどより悲しく、場合によってはとても受け入れられません。でも、残された人たちは生きていかなければなりません。悲しいからといってそこにずっと留まるわけにはいかないのです。だから、きちんとお別れをして、何とか自分と折り合いをつけて、一歩踏み出すために、みんなお葬式を挙げるのです。そういったことを式の最中に考えていた私は、いつかそんなお話が書けたらな~と思っていたので、書いてみました。実に不謹慎。罰当たりな事です。ただ、それで悲しい事から立ち直る術を誰かに伝えられたのだとしたら、神様も、曾祖母もきっと許してくれると思います。そんなわけで第七話「守るものと、守られるべきものと」でした。
それはそうと、今回のタイトル「守るものと、守られるべきものと」ってなんかエヴァっぽくて自分としてはツボです。
さ~て、次回のフリフリは~?「南です。最近、優等生キャラということを作者にすっかり忘れられてしまって、眼鏡っ子という設定も今は星の彼方。私は一体どうなるのでしょうね?次回は『ON THE EDGE』の一本です』次回もお楽しみに~!じゃーんけーんポン!うふふふふ。