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守るものと、守られるべきものと(7)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

                       7

 

「出てきた……」

 僕達が見つめるモニターの中、実にゆっくりとした足取りで、暢気に如来さんが現れた。その姿にサーチライトが当てられて、まるで舞台に現れたようだった。その姿に外にいる敵たちもざわつく。

『出てきました!どうやら……一人のようです!首謀者は一人で出てきたようです!』

 テレビをつけるとその様子が中継されているようで、レポーターがやかましくまくし立てる。

『首謀者は男、それもかなりの高齢のように見えます。男は何故、このようなことを起こしてしまったのでしょう?』

 レポーターはなおも続ける。

『男をこのような行動へと押しやったのは、社会の闇のせいなのでしょうか?』

「んなわけねえだろ」

 僕は思わずレポーターに反論してしまう。

 

 如来さんが何故ダンボールハウスの村を作ったか、それは愛子さんが教えてくれた。

「如来さんは人の運命が見えてしまうでしょ。だからその人が社会から追いやられてはじき出されてしまうのが分かるみたいなのよ。でもね、それを本人に告げたとしても、反感を買ってまったく相手にしてくれなかったみたいなの。だから、如来さんはそういう人たちがいよいよはじかれてしまった時の受け皿として、この河原にコミュニティを作ったのよ」

「そうだったんですか…」

 ただの小汚い、不気味な爺さんだと思っていた。

 嘘だけど。

「そんなことしてるなんて知らなかったですよ」

「そうなのよ。ただの小汚い爺さんじゃないのよ」

「あれ?ばれてましたか……」

 もう最近は心を読まれても何も感じないなあ……。

「だから、この場所はどうしても守らなくてはいけないのよ……」

 愛子さんの顔はいつにも増して、1,5倍増しの真剣な顔で言う。

「この場所を守る…ですか……」

 確かにこの場所は守られるべき場所なのだろう。

 しかし、如来さんはもういい、と言った。

 誰よりもこの場所を守りたい、そこにしか居場所が無い人たちを守りたい、そのはずの如来さんなのに……。

 もういい、間違いだった、というのは一体どういう意味なんだろう。

 その答えを知る為に、僕達は息を飲んでモニターの中の如来さんを見つめた。

 

『男が何か話しています。ちょっと聞き取りにくいのですが、マイクの感度を上げてみますので、少し音声にノイズが混じるかもしれませんが、視聴者の皆さんにはご了承をねがいます』

 レポーターのその言葉に連動するかのように、カメラは如来さんにクローズアップし、音声も少しノイズ交じりのものに切り替わった。

「やあやあ、どーもどーも」

 中継されているテレビのスピーカーから聞きなれた如来さんの間延びした声が聞こえてきた。見ると、如来さんは片手を挙げて軽く挨拶している。

「おぬしらも大変じゃのう。いくら仕事といってもこんな辺鄙な河原に集まって、騒ぎたくも無いだろうに騒ぎ立てて」

 土手の上の緊迫した空気とは正反対な、穏やかな声が流れてくる。

「じゃからのう。解散してくれんか?」

 ……はあ?

 何言ってんの?

 思わず地の文で突っ込んでしまった。

 僕のそんな気持ちは土手に集まった人たちも同じだったようで、一瞬全員が黙ってしまった。その後――

『な、何を言っているんでしょうか!あの男は!わ、私達を馬鹿にしているのでしょうか!』

 テレビの中のレポーター同様、土手の人たちは口々に如来さんの放った言葉に対しての動揺を訴えている。そのどよめきがバリケードの中にまで、地響きのように響いてくるほどだった。

 

「如来さん、何言ってんですか?」

「さあ?あたしにも分からないわ……」

 僕達も動揺している。

 如来さんの言いたいことが、いまいち良く伝わらない。

 だから、もっとよく聞かなくては。

 

 僕達が見守る中、如来さんは続ける。

「おぬしらも疲れたじゃろう?わしらも、もうへとへとじゃ。見ての通りな~んも出来んただのジジイじゃからのう」

 如来さんは降参のように両手を挙げて笑う。

「だから、もうおしまい。お祭りは終わりじゃ」

 騒ぎ立てる報道陣や機動隊に如来さんは笑いかける。

「わしらはただただ静かに生きていただけじゃ。それをこれからもただただ続けたいと思っているだけなんじゃ。じゃからもう、放っておいてはくれんかのう?」

 それが出来れば苦労は無いよ。如来さん。

 それでも、続ける。

「ここにおるもの達は皆、行き場の無いもの達ばかりなんじゃ。ここを失えば途端に運命を見失ってしまう。だからわしらはここを失うわけにはいかん」

 お願いして何とかなる。

 そんなうまい話がある訳ない。

 それでも、続ける。

 それが如来さんの選んだ答えなんだ。

「わしならどうなっても構わん。どうせもう長くは生きられん。まあ、こんなジジイの命なんぞたいした価値も無いじゃろうが、これがわしの誠意じゃと思って欲しい。じゃからその代わりにわしらから、この場所を取り上げないでくれ」

 如来さんは深々と頭を下げた。

「頼む。この通りじゃ」

 その姿に僕の胸が軋んだ。

 

「如来さん……どうしてそこまで出来るんだ……?」

 僕にはそこまでする理由というのが、どうにも理解できない。

「如来さんというのはそういう人なのよ」

 愛子さんが理由にもならないようなことを呟く。

「でも、最初は自分とまったく関係ない人たちなんですよね?そんな人たちのために自分の命も差し出すというのは、何と言うかやりすぎなような気もするんですけど……」

「そうね……そうかも知れないわね……ただ――」

 テレビの画面の中で頭を下げたままの如来さんを見つめて、愛子さんが静かに言う。

「如来さんにとっては、それはごく自然な普通の事なのかもしれないわね。運命が見えてしまうというのは、どうしてもその人の運命を深く知ってしまうという事。それって良くも悪くも、その人の運命に深く関わってしまうということじゃない?そうなってしまったら、それってもう、家族みたいなものよね」

「家族……ですか」

「家族なら、あなたでもそうするでしょ?」

「僕は……」

 僕はどうするだろう?

 家族の為だとしても、果たしてそこまで出来るのだろうか?

 

『な…な、何なのでしょうか?』

 如来さんの行動が、レポーターは心から信じられないといった風だ。

『なんとも都合の良い事ばかりを言っているようです。そんなあの男には――』

 レポーターの顔が不気味に歪む。

『天罰が必要かもしれません』

 その目はもう狂気に染まっているように見えた。

 レポーターのその言葉を合図にしたように、ありとあらゆる罵詈雑言が如来さんに浴びせられる。あげく、物まで投げられだした。

 

「愛子さん!」

「これはまずいわね」

 その目を僕は見た覚えがあった。

「これって、あいつに操られてないですか?」

 そう。

 その目はあいつ、天苑に操られている人間特有の狂気に光る目つきだった。

「だとしたら、如来さんが危ないわ!流鏑馬!」

「はい」

 流鏑馬さんはすでに出て行こうとしている。

「如来さんを守って!お願い!」

「かしこまりました」

 そう、答えるのが早いか、流鏑馬さんはバリケードを軽々と飛び越えて如来さんの下に走る。

 しかし――

 

『ああっと!もう一人出てきました!しかし、機動隊が全力でもってその男を止めております』

 レポーターの声にテレビに目を向ける。

 画面の中では流鏑馬さんはあえなく機動隊によってその動きを封じられてしまうのが映し出されていた。

「くそっ!どうしたら…」

 何か嫌な予感がする。

 この感じはあの時と同じだ。

 バリケードの外からは地響きのような怒号が聞こえてきている。

 外の人たちはもうすでに天苑に操られているんだ。

「こうなったら僕が――」

「あなたが出て行ってどうなるって言うのよ!」

 僕の考えは愛子さんに一喝される。

「確かに僕が行ったところでどうにもならないかもしれないけれど、それでも僕はこんな事を見過ごすわけにはいかない!」

 僕はバリケードを出て行こうとする。

 その行く手を木星のサイバーバリケードは蠢き遮ってしまう。

 静かに立ちはだかるように。

「どういうつもりだ?木星?」

「………………」

 僕の問いかけに木星は応えない。

「僕を出せって言ってんだよ!木星!」

「木星は、あなたが出て行ってもどうしようもないって言ってるのよ」

 黙ったままの木星の代わりに愛子さんが答える。

「だからって……このまま黙って見ておくわけにもいかないでしょうが!」

 画面の中の惨状はますます酷くなる一方だ。

 如来さんには口汚い罵声と、当たればただでは済みそうにないようなもの達が雨霰のごとく投げかけられていた。

 僕は画面を指差して訴える。

「どうして如来さんを放っておくんですか!」

「あなたが行ったところでどうにもならないでしょ!」

 愛子さんも画面を指差し、僕を睨みつける。

「……とにかく」

 僕は愛子さんから視線を逸らし、

「僕は出て行きます。このまま見ているだけだなんてとてもじゃないけれど出来ない」

 捨て台詞を吐いて僕は出て行こうとする。

「太郎、あなた……本当に行くの?」

 愛子さんが僕の背中に向けて、再度確認する。

「はい。止めても無駄ですよ」

「わかったわ……木星、お願い」

 愛子さんの声にバリケードが動いて道を開ける。

「愛子さん……」

 振り返ると愛子さんはふてくされた様な表情をしてこちらを見ていた。

「しょうがないから行けばいいわ。でもね、これだけは約束するのよ」

 愛子さんは僕に人差し指を突きつけて、

「何があっても後悔しない事。いいわね」

 脅すような口調で僕に言った。

「は、はい…分かりました……」

 愛子さんの言った奇妙な約束事に首を捻りながら、僕はバリケードから出て行った。

 

 外に出ると、投げつけられる怒号とゴミや石は想像以上の激しさで僕を迎え入れた。

「如来さん!」

 飛んでくる石や汚い言葉を避けながら如来さんに近づく。

「小僧!何故、出てきた!」

 顔を上げた如来さんは驚いたように僕の顔を見る。

「助けに来たんですよ!さあ、一度バリケードの中に戻りましょう。どうするかはそこでまた考えればいいじゃないですか」

「お主はまったく……」

 如来さんは困ったような笑顔で、

「余計な事をする」

 って、えっ?

「何故、出てきた?余計な事をしおってからに」

「ひ、酷くないですか!」

「酷いも何も、わしはもういいと言ったじゃろうが!」

「だって、それは如来さんが僕達に気を使って……」

「もう!何やっとるんじゃ!」

「ええーーーっ!」

 そんなオチかよ。

 僕達は飛び交う石、ゴミ、罵倒の中そんな会話を暢気に交わしていた。

 そんなことしていたのが、まずかったのかもしれない。

 それは突然やってきた。

 何の前触れも無く、僕の視界の端にそれが見えた。

「危ない!如来さん!」

 今までとは違い、当たると致命傷になるほどの大きさの石が飛んでくるのが見えた。僕はとっさに如来さんを庇うように動く。

 しかしそれを如来さんは制して、僕のほうを見て微笑む。

「如来さん……?」

 僕の目の前で微笑んでいた如来さんが急に崩れ落ちた。

「ちょ、如来さん…?如来さん!」

 そのまま如来さんは仰向けに倒れてしまった。

 その異変に気がついたのか、石もゴミも罵声も一斉に飛んでくるのが止んだ。

「何で?如来さん!何で?」

 さっきとは打って変わって静まり返った河原の真ん中、僕の上擦った声だけが場違いなほどに響きわたる。

 倒れこんでしまって、今にも気を失いそうな如来さんは、それでも気丈に僕に微笑みかけて、

「何も気にする事は無いからの、小僧。お主が気に病むことなど、何も無いんじゃ」

 とうわごとみたいに繰り返す。その意味は分からない。

「何を言っているんです?如来さん?とにかく傷口を何かで塞がないと」

 僕があたふたと如来さんの手当てを試みるのを、片手で制して如来さんは続ける。

「いいんじゃ。もういいんじゃよ」

「何がいいんですか!如来さん!早く手当てしないと!」

「違うんじゃ、これがわしの運命なんじゃよ。お主が出てこようと出てこまいとこうなる事は決まっておったんじゃ」

 本当は痛いのだろう。如来さんは苦しそうに、だけれどそれでも何とか笑顔のままで僕に語りかける。

「わしがこうなるには理由があったんじゃ。今まで運命を語り、運命を弄び、運命を辱めた罰なんじゃよ」

「罰って……」

 如来さんのおかげで助かった人もたくさんいるんじゃないのか?

「罰じゃよ。運命というものは人間がどうこうしてはいけないものなんじゃよ。それをわしはもう随分と長い間やぶってきたからのう。バチが当たって当然じゃ」

「そんなこと……ある訳ないじゃないですか」

 そう口走ったけれど、心のどこかではその通りかもしれないと思う僕もいた。

「ぐふふ、ただのう、わしは多分、運命に殺されてここで死ぬんじゃろうが――」

 如来さんは、愛子さんに負けないぐらい不適に笑って、

「ただで死んでたまるか」

 そう言うと、口を大きく横に広げてそのまま眠るように目を閉じてしまった。

「如来さん、何を不吉な事を……」

 石が当たった箇所を手当てしようと如来さんの後頭部に手をやると、生暖かくてぬるっとした触感に思わず手を引いた。

 その手を見た僕は息を飲んだ。

 僕の右手がペンキに漬け込んだぐらい真っ赤に染まっていたから。

「えっ?何だよ?これ……如来さん……?如来さん!」

 僕の問いかけに如来さんはもう応えなかった。

 

 嘘みたいな話だけれど、如来さんはこのままもう二度と目覚める事は無かった。

 

 


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