守るものと、守られるべきものと(6)
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「とは言ったものの……」
一体どうやって戦うというんだ?
「大丈夫なんですか……?愛子さん?」
「大丈夫って何がよ?」
僕の心配なんて日本列島を逸れて、はるか東シナ海を北上する台風ぐらいどこ吹く風な愛子さんは、僕を攻めるような目で睨みつける。
「何がってそりゃ……」
それはもう。
たくさんありすぎて、どこから書き連ねればいいかも分からないほど。
もし全てをここに書いたならば、それだけで今週分の文字数をゆうに超えることだろう事は確実。
ん?今週分って何?
ま、まあ、そこはあまり追求しない方がいいと、僕の中の何かが訴えているので……。
それは置いておくとしても、心配事は僕の脳内で超メガ盛りだった。
「戦争って言っても、一体どうやって戦うんですか?」
「そうね」
思っていることを素直に告げてみたけれども、期待したような回答は愛子さんからは返ってこないので、僕は続けて訊いてみる。
「あれって、警察とかですよね?そんなのに喧嘩売っちゃってホントに大丈夫なんですか?」
「そうね」
愛子さんは目を閉じてその一言しか返してくれない。
「警察と戦うって事はやっぱりそれって公務執行妨害とかになるんですよね?」
「そうね」
「じゃあ、僕たちは犯罪者?」
「そうね」
って。
「そうね、じゃねえよっ!」
突然、無責任すぎねえか?
「もう!うっるさいわね!それを今、考えているんじゃない!」
癇癪を起こしたように喚く愛子さん。だとしてもだ。
「今、考えてるって、遅すぎるでしょうが!何、考えてるんだよ!」
「だから、考えてるっていっているじゃない!少し黙っていなさいよ!」
「いや、だから、そうじゃなくて、何を考えているのか僕は訊いているんですよ!」
「だから、考えているんだって!」
「そうじゃなくて!何考えてるんだって!」
ああーっ!ややこしいっ!
僕と愛子さんはお互いに睨みあう格好で円卓を挟み対峙する。
ぐぬぬぬぬぬぬぬ。
と、睨みあっていても仕方が無いので、
「……とにかく、一度落ち着きましょうか」
「……ええ、そうね」
今度の『そうね』には僕も素直に従った。お互いに深く息を吸い込み、それをゆっくりと吐き出す。息を吐ききった頃には少しだけ頭が冷えた。ような気がした。
「……じゃあ、一応訊きますけど、こっちの戦力ってどれくらいなんですか?」
こうなってしまっては、もう後戻りは出来ない。僕も腹を括らなくてはいけないのかもしれない。
「それがね……」
愛子さんは歯切れが悪い。
「??」
「その……今回もひまわりちゃんに助太刀を頼もうと思って依頼したんだけど……」
愛子さん曰く。
ひまわりちゃんはとある人材派遣センター(もちろん非合法)に所属していて、そこに依頼すると派遣されてくるらしい。報酬も直接ではなくて、その派遣センターに支払う事になっていて、仕事内容以外は本当にアルバイト情報誌によく載っているアウトソーシング系の会社と同じ感じなのだ。
今回も大晦日の時のように依頼したのだけれど、その元締めからNGが出たのだそうだ。
「そんな……何でなんですか?」
ひまわりちゃんがいれば、本当に百人力。一騎当千とはまさにあの子のことをいうというのに。あの子さえくれば軍隊でも持ち出さない限り太刀打ちできないだろう。
「それが、シスターが頭固いから『犯罪行為にうちの子は貸せません』だって」
「は?シスター?」
「ああ、言ってなかったかしら?シスタースティグマがひまわりちゃんの後見人というか元締めなのよ」
「シスタースティグマ??」
「ええ!覚えてないの?ほら!なだれちゃんをあたしに紹介した――」
「ああ~、そういえば、そんな名前でしたかね~……」
そんな人もいたような……。
昔、なだれちゃんが通っていた学校、星生授受学園(だったかな?)のシスターがそんな名前だった気がする。というか、シスター、何やってんの!
「まったく!聖職者はこれだから!」
「いや、シスターがおっしゃることが正しいかと……」
ひまわりちゃんはもう犯罪に手を染めてはいけないのだろう。
それだけあの子の今までが壮絶だったと言う事だ。
「だから、あたしたちの戦力ってはっきり言って木星と流鏑馬だけよ。どう?心細いでしょう!?」
いつもながら大変控えめなその胸を大いに反らせて、愛子さんはまるで自慢するかのように僕にそう告げる。
「そんな偉そうに言うような事でもないですよ」
苦笑しかでない。
「でも、それじゃ、戦うといっても本当に戦えるんですか?」
「ふっふっふっ、あの二人を甘く見るんじゃないわよ」
愛子さんはまるで悪役のようにニヤリと笑う。
「あの二人が本気を出せば、アメリカの国防総省でさえ半日で落とせるわよ」
「いや、そんな戦力、要りませんよ」
一地方都市の公務員たちに対するには強すぎる戦力だろう。あの二人には是非ともフリーザ様並に30パーセントほどの力で手加減してほしいものだ。
「でも、数がねえ……。あと、殺しちゃダメってのも難しいわよねえ」
何か、物騒な事言い出したぞ。
「当たり前じゃないですか!シャレになりませんよ!」
「でも、もし向こうがあたしたちを殺そうとしてきたら?ねえ?どうするのよ?」
「そ、そんなこと……」
ある訳ない。
と思いたいけれど、僕は集団の恐ろしさというものを目の当たりにしている。それこそ天苑と初めて争った《こころのみちしるべ》の事件の時だ。催眠が解けた信者たちは、狂ったように元教祖を責め立てだした。その姿はまるで中世ヨーロッパの魔女狩りだとか、江戸時代のキリシタンの迫害、ナチスによるホロコーストみたいだった。というと、あまりにも大げさだけれども、それぐらい僕は恐ろしく、また、何か世の中の一つの心理を見せられたような気がして、妙に納得した気持ちにもなったのだった。
「愛子ちゃんは相変わらず物騒じゃのう。もっと穏やかに考えられんのか?」
僕たちの少しだけ張り詰めだした空気をほぐすみたいに暢気な声を出したのは、ずっと黙って事の顛末を見つめていた如来さんだった。
「そんなところは初めてあったころからなあ~んも変わっとらん。まったく景気がいい話じゃよ」
「何が、景気がいいのよ」
もう!と、ふくれっ面な愛子さん。
「わはははっ!まあ、良いではないか、のう?そんなことよりも――」
如来さんはいつも通りの満面の笑顔のまま、
「もう、やめんか」
と優しく言った。
「愛子ちゃんの言うとおり、これには勝ち目が無い。そんな戦い、一体、何になるというんじゃ?確かにわしは依頼した。だがの、さすがにこれはやりすぎじゃ」
「はあ!?何、言ってるのよ!如来さん!確かに勝ち目は無いでしょうけれど、それでも戦いようはあるのよ!」
机を激しく叩きながら強く訴える愛子さんに対して、まったく真逆の態度で如来さんは静かに言う。
「もういいんじゃ。すまんかった。わしが間違っておったんじゃ」
「間違いって……」
「そう。間違っちゃったんじゃよ」
イタズラっぽくにっこりと笑う如来さんに愛子さんも僕も、その場にいた誰もが何も言えなかった。
「だ、だけど――」
沈黙を破ったのは、愛子さんだった。
「だけど、あたし達は守らないと……」
そう。
僕たちのこの戦いはこの場所、自分達が守るべき場所、如来さん達のいるべき場所、守りたい場所、守りたいものがあるから戦っているんだ。
なのに、それを間違いだったの一言で済ませられてしまうと、さすがに……。
「如来さん。僕達はあなたの依頼でこうやって、危険を冒してまでこのダンボールハウスを守ろうとしているんですよ」
僕達がおかすのは危険だけじゃなくて、この国の法律の方なのだろうけれど。
「それなのに……間違ったって言うのはちょっと酷いんじゃないですか?」
さすがの僕だって如来さんに文句の一つも言いたくなるというものだ。
確かにおそらく勝ち目は無いだろうし、大体、何の意味があるのかさえ僕には分からない。
でも。
それでも。
僕達は守ろうとしている。
守りたいと思っている。
なのに。
その気持ちを視線に込めて、僕は如来さんを睨むけれど、当の如来さんは相変わらず微笑んでいる。
「そうじゃ。わしは酷いんじゃよ。やっと分かったか、小僧」
その表情はとても穏やかなものなのに、僕には如来さんの気持ちがまったく読めない。
「もう、おしまいなんじゃよ。依頼はたった今をもって取り下げる。あとはわしが何とかする」
「そんな……」
「わしのように、もう死んでしまう者の言う事なんて聞く必要ないんじゃ。わしのような者のために小僧が犯罪者になるの、わしは看過できん」
何を言っているんだ?如来さん?
「後はわしに任せて、小僧たちはわしの骨でも拾う準備でもしてておくれ」
「そうやって、死ぬ死ぬ言うのは死なないっていうフラグなんですから!」
精一杯強がって見たけれど、やっぱり如来さんは微笑むだけだった。
何が、そんなに面白いだよ!
だんだん腹が立ってきた!
だけど、僕はその思いを如来さんに伝える事ができなかった。
それは、何故かというと――
「あーあー。首謀者に告ぐ、首謀者に告ぐ。大人しくこちらに投降するならば、我々は君達と話し合う準備が出来ている。今までの不法占拠も全て白紙に戻して、これからの対応を協議したいと思っている。したがって、武器を捨てて、バリケードを解きなさい。これは命令ではない。あくまでも提案である」
僕達が内部で揉めているうちに、さすが統制の取れた国家権力は機動隊を導入し、木星の作ったサイバーバリケードをすっかり包囲していたのだった。
「もう一度言う。武器を捨てて大人しく出てきなさい。そうすれば今までのことは水に流して、君達の事は悪いようにはしない。これは君達にとってもいい提案だと思うんだが、どうだろうか?」
拡声器を使い訴えてくる声は、事務的でもあり、反対にひどく人当たりよくも聞こえる。
「潮時じゃろうなあ……」
外を見遣って、如来さんは呟いた。
「じゃあ、行ってくるかのう」
そう言って如来さんは出て行こうとする。
「ちょ、ちょ、如来さん!何やっているんですか?」
「何って、投降するんじゃよ」
「な、何言ってるんですか!そんなの向こうの罠に決まっているじゃないですか!」
くっくっと短く肩を揺らして、如来さんはこう言った。
「だぁいじょーうぶじゃよ!」
如来さんはそのまま外に出て行こうとする。
「如来さん!」
愛子さんが呼びかける。が、何を言っていいのか、何を言うべきなのか、分からないようでただ口を小さく動かして、必死に何かを伝えようとする。
その様子に目を細め、如来さんは
「じゃあの」
と一言だけ言って、外に出て行ってしまった。
僕は何も言えず、ただただその背中を見つめていただけだった。