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守るものと、守られるべきものと(5)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)次話投稿します。

                         5

 

 

 神武東征。

 大化の改新。

 壇ノ浦の戦い。

 応仁の乱。

 桶狭間の合戦。

 関が原の合戦。

 戊辰戦争。

 日清、日露戦争。

 大東亜戦争。

 考えてみると、この国の歴史というのは戦いの歴史、戦争の歴史と言ってもいいかもしれない。

 この国だけではなく人類と言うのは常に戦い続け、ずっと勝者と敗者とに自らを分け続けているのが歴史ともいえるだろう。

 昔見た子供向けアニメで登場キャラがこんな事を言っていた。

『正義の敵というのは悪じゃない。正義の敵というのは、また別の正義だ』

 その頃の僕はまだ子供で、そんなこと言われてもいまいちピンとこなかった。じゃあ、正義の味方って何の味方なんだよって、そんなことを得意げに言っていたりした。

 ただ、それから数年経ち、僕も身長、体重と共にそれなりに成長したようで、今ならその意味も何となく分かるような気がする。

 戦争というのは戦っている最中はそのどちらもが正義なのであり、勝敗が決した時に初めて、その双方を正義と悪とに分類する。もちろん勝った側が決めるのである。

 まさに勝てば官軍、負ければ賊軍、だ。

 さて、僕たちは今まさに戦いの中にあるのだけれど、愛子さん曰くもうすでに負けているとの事。そんなこと何で言うのかと、さすがの僕でも少しぐらいは怒った方がいいのかとも思ったけれど、実際に戦場に立ってみると、なるほど愛子さんの言うとおりだったのだなと、妙に納得す心持になるのだった。

 戦場と言ってもそこは一地方都市のとある河原なわけで、そんな広さは無い。僕たちはそこに住まうダンボール住人たちの権利を主張すべくバリケードなど(木星特製なのでダンボールハウスを守るには少々過保護気味)を作りその河原に座り込みを決行することになったのだけれど、数日すると事態はみるみる変化していった。

 初日、河原の土手には十人程度の市職員と思われる人影、それと警官らしき人物ぐらいしか見当たらなかった。それが次の日には横断幕を持った一団が現れ、その次の日にはその集団が三つほどに増え、さらにその次の日には報道陣まで数十人単位で河原の土手の上に押し寄せてきた。日に日に増えるその人ゴミに木星が作ったサイバーバリケード(名前がダサいのは僕のせいではない)が、決して大げさではないような気がしてきた。それでも守っているのがダンボールハウスならやっぱり大げさなような気もしないでもないけれど……。

 

 そして四日目。

 日が傾き、空がちょうど群青色を濃くしていく時間帯のことだった。

「何だ?ありゃ……?」

 バリケード越しに見た僕を驚かせ、またおののかせたのは、河原いっぱいに押し寄せた見たこともないほどの大量の人々だった。

 どこまでが市の職員でどこからが市民団体かもうすでに分からないほど、ごっちゃごちゃに入り乱れているが、それらの人たちは一様にこう訴えている。

『河原から出て行け』と。

 横断幕や拡声器でやかましく訴えているそれを、集まった報道陣が鬼気迫る雰囲気で電波に乗せて伝える。

 黒山の人だかりが僕たちに向けるのは悪意。

 彼らからすると僕たちは悪以外の何物でもないようだった。

 そして、彼らはいわば世間と同義。

 愛子さんが言っていたのはそういうことだったのか。

 僕たちはすでに世間からすると悪にされてしまっているみたいで、そういう意味ではもうすでに負けが決まっているのかもしれない。

「愛子さん……外、すごいことになってますけど……」

 木星によって建設されたバリケードのちょうど中心、司令所と名づけられたそこに僕たちは文字通り陣取って、たくさんのモニターとにらめっこしている。

「まあ、予想通りといったところかしら」

 モニターから視線を外し、愛子さんは難しい顔でこちらを振り向く。

「どうするんですか?これって勝ち目ないでしょ……?」

 僕の疑問はみんなの疑問だったようで、ダンボールハウスの住人たちも息を飲んでその答えを待つ。

「そうね。勝ち目はないわ。最初に言ったようにあたしたちには勝ちは無いの」

 まるで当然かのように愛子さんは簡単にそう答える。

「そんな……」

「でも……出来る事はあるはずよ。足掻けるだけ足掻いたら何か起こるかもよ」

「出来る事か……」

 僕には何が出来るのだろう?

「というわけだから、はい、これ持って」

「はい。…って、これなんですか?」

 僕が愛子さんに手渡されたのは、雑にに作られたようなプラカード、そして、

「あと、これを被って、これと、これも着けてね」

「これって……」

「いいから、いいから」

 僕は愛子さんに促されるまま、渡されたヘルメットとサングラス、そしてバッテンが書かれたマスクをそれぞれ装着した。

「って、これ、どう見ても過激派な人たちじゃないですか!」

「あなたは見た目がひ弱そうだから、それぐらいしないと」

「にしても、これって逆効果なんじゃ?」

「そんなこと無いわよ。とってもヤバそうに見えるし」

「確かにヤバそうかもしれませんが、果たして僕はシャバに帰れるんでしょうか……」

 このまま犯罪者のレッテルを貼られそうだ。

「さあ!それじゃ行きましょうか!」

 愛子さんの号令でみんなそろってぞろぞろとバリケードからその前に進み出る。

 今、気が付いたのだけれど、周りを見ると僕はじめそこにいる全員が僕と同じ格好、つまりどこから持ってきたのかと思うほど汚らしいヘルメットとサングラス、それにマスクという出で立ちで、これで手に火炎瓶でも持っていたら、激動の昭和史、安保闘争の辺りで見ていたファッションだった。

 この格好で一体何をするつもりなんだ?愛子さん?

 バリケードの前に一列に並んだ僕たちを一斉にカメラのフラッシュと警察のサーチライトが照らし、影が背後で蠢く。サングラスがないと眩しさに目が潰れてしまっていたかもしれないほどの光量で照らされていると、なるほどこの格好もなかなかに理に適っているのだな、なんて暢気にも思う。

「あー、あー、チェッ、チェッ、マイテスッ、マイテスッ」

 愛子さんはサングラス姿のまま、拡声器で何かボソボソ話している。

 ………………。

 ああ、『チェック、チェック、マイクテスト、マイクテスト』って言っているんだ。

 って、何?そのまるでベテランの音声さんみたいなチェックの仕方。だし、拡声器にマイクテストっているか?

 そんな僕の心を知ってか知らずか、知っていても知らん振りか、愛子さんは拡声器で堂々と話しはじめた。

「あー、あー、聞こえますかー?えー、国家権力の犬共、血税を貪る豚共、それに思想を持たず、弱者を叩く事にしか生きがいを持たないゴキブリのようなマスコミの皆さん、はじめまして」

 おい。

「あたし達はあなたたちのようなゴミの言う事なんて、とてもじゃないですが聞き入れることは出来かねます。まったく、あなたたちの言う事を聞くぐらいなら、一生をひよこの選別に捧げるほうがまだましだわ」

 おい、おい、おい。

「したがって、この場所を一平米たりとも明け渡すつもりはないわ!分かったなら、さっさと帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」

 おい、おい、おい、おい、おい!

「おととい、きやがれぇーええええーっ!」

 って、うおいっ!!

「な、何言ってんですかっ!?愛子さんっ?」

「えっ?何が?」

「何がじゃないですよ!な、何、言っちゃってんですかっ!どうするつもりなんです!?」

「別に」

「別に、じゃねえよ!」

 どこぞのわがまま女優かよ!

「いいのよ。どうせ、あたし達はあの人たちにとっては悪なんだし、悪であってほしいと願われているのだから」

「だとしても……」

 ちょっと言いすぎなんじゃ?

 案の定、土手の向こうからは気持ちいいほどの怒号と罵声が沸き起こった。

 そりゃ、そうだよな。

「ふふふふ……」

 愛子さんはその中、不適に笑う。

「この風、この空気、この肌触りこそ、戦場よ。敵の怒号さえ心地良いわ」

「あの…どこの歴史上の英傑が現れたんですか?」

 関羽ですか?慶次ですか?ランバ・ラルですか?

「冗談はさて置き、これであいつらもあたしたちを敵として認めざるを得ないでしょ」

 愛子さんは土手にいる人たちを見やりながら呟く。ところで。

「敵としてって、どういう意味ですか?」

「こうやって喧嘩を売っておけば、あいつらも躍起になってあたしたちを攻撃してくるでしょ?それが狙いというか、そうなってもらわないと困るのよ」

 愛子さんはそう言うと、颯爽とマントを翻し、バリケードの中に引き上げる。ということは自然と僕たちもついて引き上げるのだった。

「いや、説明になってませんよ!愛子さん!」

 ズンズン進む愛子さんに食い下がるように説明を求めると、

「もう!めんどくさいわねー」

 と、その言葉よりも、もっと心底めんどくさそうに愛子さんは顔をしかめて答える。ちなみにサングラスはもう外してますよ。(愛子さんはなんと眼帯の上からサングラスと言う左目を過保護にした状態だったのだ!)

「あたしが一番怖れていたのは、あいつらが冷静に法的手段に訴える事だったのよ。だってそんなことされたら、本当に勝ち目が無いというか、戦いようが無いわ。戦うまでも無く不戦敗よ。そうならないために――」

 いつも通り凄惨に笑う愛子さん。

「さんざん煽ったんだから」

「煽りすぎな気もしますが……」

 でも、確かに敵として認められなければ、戦ってさえもらえないかもしれない。

 そういう意味では、愛子さんの行動は正しいのかも。

 悪として正しい。

 そんな矛盾。

 

「さあて、これで、あちらはどう出るかしらね」

 場違いなほど楽しそうな愛子さんなのだけれど、本当に大丈夫なのか?

「愛子さん、これで僕たちは完璧に世の中的には悪者になっちゃったんですけど、そこまでする必要はあったんですか?」

「そんなの、あるに決まってるじゃない!」

「へえ~、それは何でなんです?」

「えっ?それは……」

「それは?」

「ま、まあいいじゃない!悪者だろうが何だろうが、とにかくここを守ったもの勝ちなんだから、ね?」

 無いんだな。

 まあ、愛子さんの言いたいことは何となく分かるけれど。

 つまりは、僕たちはあいつらから《悪》だとして認識されなくてはならなかった。

 そのためにはあいつらに自分達こそ正義だと思わせないといけない。

 となると、僕たちは負ける必要があるのだということ。

 ちょうど、天苑の策略で世間のイメージでは僕たちの印象は最悪だった事だし、ましてその事は都合が良かったぐらいだ。

 それは分かる。十分、理解できる。

 でも、何だろう?

 愛子さんの頼りなさとは別に何か嫌な予感のようなものを感じる。

 このまま、僕たちは悪者のままでいいのだろうか?

 このまま、負けたままでいいのだろうか?

 負けたままでもこの場所を守れるのだろうか?

 僕はそんな危惧を抱えたまま、バリケードの内側、木星によって作られた司令所の真ん中にある円卓の席に着く。

 僕のほかには木星、流鏑馬さん、それに如来さんと名前も知らないダンボールハウスの住人ニ、三人がそれぞれ席につく。

 そんな中、最後に席についた愛子さんが不適な笑みを浮かべ、

「それじゃ、みんなそろった事だし――」

 みんなの顔を見渡して、高らかに宣言する。

「戦争を始めましょうか」

 


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