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守るものと、守られるべきものと(3)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

                        3

 

 

「それは、どういうこと……?」

 如来さんの言葉にいち早く、そして激しく動揺しながら反応したのは、なんと愛子さんだった。意外と言えば意外か。

「どういうも何も、そういうことじゃよ」

 如来さんは本当にどうということもなさそうにそう言うと、手に持った杯に手酌で酒を注ぐ。

 その場にいた誰もが息を飲んで見守っていた。さっきまでの大騒ぎをそのまま一時停止したみたいに、みんな手を止めて二人のやり取りに集中している。

「嘘…ですよね……?」

「嘘だと思うなら、その左目でわしを見てみるがよい」

 如来さんは愛子さんの戸惑いをまるで取り合う素振りも見せずに、いとも簡単に肯定する。その顔はニコニコと笑顔のままだけれど、声には何か緊張感がほんの少し、隠し味程度に含まれているように感じる。隠し味というにはその味は苦すぎる気もするけれど。

「ああ、皆、そのまま宴を続けておくれ。すまない、今のは嘘じゃ。ジョーク、ジョーク」

 わはははは、とあからさまに誤魔化して如来さんは笑う。何を今更、だよな。

 しかし、僕の心のうちのツッコミとは裏腹に、ダンボールハウスの住人たちは宴会を再開し、さらに激しくドンチャンと騒ぎ始めた。

 って、えっ!?それでいいの!?

 今のって所謂、爆弾発言…みたいな。

 みんな何も聞かなかったように、いや、聞いたからこそか、飲めや歌えの大騒ぎを続けた。

 チャン・ドンゴン。

 チャン・リン・シャン。

 …………なんでもありません。

 とにかく。

 ふざけている場合じゃない。

 みんなは騒ぎ始めたけれど、僕は如来さんにもっと説明を求めたい。どういう意味で、どういう理由であんな事を言ったのか?

 その気持ちは愛子さんも同じだったようで、

「如来さん。誤魔化さないで、ちゃんと教えてください」

「ははは、そうさのう……どこから話せばいいか……」

 如来さんは無精髭を撫でて、少し思案してから静かに話し始めた。

「皆も知っておるとおり、わしにはその者の運命を見るという力が宿っておる」

 めしいたこの目の代わりに、と両目を自分で指差して自嘲するように如来さんは笑う。

「少し前…そうじゃ、ちょうど小僧と初めて会ったころからかのう、だんだんと運命が見えなくなってきたのじゃ。少し先の未来、明日とか明後日なら今まで通り見通すことが出来るのじゃが、一ヵ月後、もっと正確に言うなら五月の最後の日以降が全く見えんのじゃ。六月以降が全く見えん」

 如来さんは言葉を飲み込むように、杯を傾けて中の酒を一息に飲み干す。

「こんな事は初めてじゃったから、最初はそれは戸惑ったものじゃ。ただ、よく考えてみるとそこから先が見えないということは、わしにとってそこから先は知らなくても良い事なのではないのか、と思い至った」

 如来さんは心なしか寂しそうな表情を浮かべたけれど、すぐにそれをいつもの笑顔で打ち消して話を続ける。

「わしはその時にはその場にいないのではないか。いないものにとって、未来はどうでも良い事のはずじゃからのう。じゃから、わしにはそこから先の未来がもう無いのじゃよ」

「そんな……」

 愛子さんは何かを言おうとしたみたいだけれど、それには失敗しそれ以上その唇が開かれることはなかった。もちろん僕や、その場で如来さんの話を聞いている人たちはみんな同じだった。ただ、ダンボールハウスの住人たちだけが、狂ったように騒いでいる。

「そんなに湿っぽくならなくてもいいんじゃ。わしはもう十分に生きた。人に運命を教えるなんておこがましい真似をもう何年も何十年も続けて来れたんじゃ。神様もそんなわしを見逃し続けておってくれたようじゃが、そろそろわしの番が回ってきたということじゃろう。ただ、それだけのことなんじゃから――」

 如来さんはゆっくり立ち上がると、俯く愛子さんに静かに近づく。

「だから、そんなに悲しむ事は無いんじゃよ」

 と、小さい子にそうするように、頭の上にポンポンと二回軽く手を置いた。

「でも……」

「いいんじゃ。わしは満足しておる。この力のおかげで面白い者にも結構出会えたしのう」

 言って聞かせるように、如来さんは優しく話す。その姿はまさしくその名前通りの神々しさをも感じるほどだった。

「まあ、まだ死んではおらんのじゃがな」

 如来さんはいつも通りを取り戻して、わはははとおどけたように豪快に笑った。

 

「じゃがな~……ちと、困った事というか、心配事があってのう……」

「心配事……?」

 僕の問いかけに如来さんは頷く。

「そうじゃ。その事で愛子ちゃんに頼みごと、というか依頼があったんじゃよ」

「如来さんが心配事だなんて、珍しいというか……」

 ありえないはずなんだよな。

 ただ、先が見えなくなってしまったから、心配事も出てきたというわけか……。

「心配なんて何年ぶりかのう」

 如来さんはあくまでも暢気にそんなことを言っているけれど、何だか複雑な気持ちだ。

「それで、その心配事って?」

 愛子さんに促されて、如来さんは説明を始める。

「それは、わしらが住むあの河原の事なんじゃが……」

 如来さんから依頼された話というのは、とてもじゃないけれど、僕たちのような猫探しとかで細々と食いつないでいるような訳のわからない集団では対処できそうも無い、そんな話だった。

 

 始まりは二月ごろだったらしい。

 ちょうど僕が頭がおかしいゴスロリ娘に拉致監禁されて、無理心中させられそうになっていた頃、平和につつましく過ごしていたダンボールハウス村に一人の男が現れたそうだ。

 その男は身なりはきれいで話しぶりは柔らかで、実に人当たりの良さそうな男だったらしい。ただ、その男はこう言った。

『立ち退いて頂きます』

 と。

 

「はあ?」

 僕は思わず、そう聞き返してしまう。

「あんなところ、何の意味があって立ち退かされるんですか?」

「さあ?わしもあんなところに価値があるとは思わなんだから、行き場の無い、運命からはじき出されてしまったもの達を集めて村を作ったんじゃがな……」

 それは不法占拠というものなのでは?

「今まで何十年とあそこに住んでおるのじゃが、初めて言われたわ」

 それは職務怠慢というものなのでは?

 役所のどの部署の管轄かは知らないけれど。

「ずっとほったらかされていたのに、それが何で急に?」

「そうさのう……あそこに油田が見つかったからかのう」

「ま、マジで!?」

 今すぐその村の住人にしてください!仮に村長が河童の着ぐるみを着ていたとしても頭をいくらでも下げますから!

「嘘に決まっておるじゃろうが。相変わらず俗な小僧じゃのう」

「嘘かよ!」

 いや、わかってたけどね!

「だったら、本当に理由が見当たらないですよ」

「そうなんじゃ、それが逆に――」

 如来さんは不意に笑顔をその顔から消した。

「恐ろしいんじゃ」

 震え上がるように、声を震わせて如来さんは言った。

「恐ろしいのはわかりましたけど……どうするんですか?立ち退くんですか?」

「そういうわけにもいかんじゃろう……」

 僕に訊かれて、如来さんは馬鹿騒ぎを続けている皆の方を眺める。

「こやつらは、もうどこにも行き場所が、生き場所が無いのじゃ。理由もなしに立ち退く事は出来んじゃろう」

「だから、愛子さんにこいつらを頼むって言ったんですね」

「そうじゃ。愛子ちゃんなら何とかできなくても面白いことにはなるじゃろう?」

「そうですね……」

 さすが如来さん。よく分かってらっしゃる。

「何を言っているのよ!如来さんでも怒るわよ!」

 愛子さんは心底、心外といった風に怒り心頭のようだ。

「あたしが何とかしてあげるわ!任せなさい!」

 愛子さんはいつも通りその慎ましやかな胸を(以下略)如来さんに手を差し伸べて、

「その問題、あたしが預からせてもらうわ!」

 と、いつもよりも2割増ほど力強く宣言した。

 

 

「でも、まさか如来さんから依頼されることになるとはね……」

 花見から数日後、ドクロ事務所にて僕たちはこれからどうするかを検討するという名目で、まあ、結局ダラダラとしているのだった。

「……と、いうと?」

「如来さんは運命が見えるのよ。トラブルなんて避けることも出来れば、受け止めることだってできるんだから、あたしの出番なんて無かったって訳」

「ああ、そういう……」

 続きはあまり言いたい内容ではないな。

 如来さんは先が見えなくなった、と言っていた。そこから先が分からなくなったと。それはつまり、そこから先は如来さんはいない、という事。いないというのはつまり――。

「ま、まあ、紅茶でも飲んで落ち着きましょうよ。太郎くん、愛子さん」

 僕たちの雰囲気を感じ取って、南がすかさずティーブレイクを進言する。

 こういうところ、さすがだなと思う。

「そうね。頂くわ」

 愛子さんが南に微笑みながら優雅に応える。

「はい。じゃあ向こうで流鏑馬さんと淹れてきますね」

 南もそれに微笑んでそう応えると、パタパタと軽やかに事務所の奥のキッチンというよりも簡易台所と言ったほうがいいような部屋へと消える。

「それじゃ――」

 愛子さんが眼帯を外す。

「作戦会議でも始めましょうか」

 不適に笑う愛子さん。

 って、

「何で眼帯を外すんですか!」

「いや、いつもならこの辺りで外しているような気がして」

「どんな理由ですか、それ」

 人の心が視えるとうるさいとか、疲れるとか言ってなかったっけ?

「それは本当よ。でも何だか最近、この力をあまり使ってないような気がしてね」

 誰のせいかしら?と、愛子さん。それは多分ここにはいない誰かのせいですよ。

「とにかく、あなたと話すならこの方が楽なのよ。別にいいじゃない。裸を見せろって言ってる訳じゃないんだし」

 場合によっては裸よりも恥ずかしかったりするから!

「まあ!そんな乙女みたいな事言っちゃって。何ならあなたの心の奥底を覗いて、隠された性癖をここで暴露したっていいんだからね」

「何でそんなことされなきゃダメなんですか!僕に暴露されて困るようなそんな変態みたいな性癖なんて――」

「幼女に踏まれたい」

「ごめんなさい!」

 暴露するの早くないですか?

「だって、その方が面白いでしょ?」

「……面白くないです」

 基本的に意地悪が好きな人なんだよな。

「何か言った?」

「何も言ってません!てか、勝手に見てるんでしょ!それよりも早く如来さんの依頼について作戦練りましょうよ!」

「うふふ、そうね。太郎苛めもこれぐらいにして、少し考えないとね」

 苛めの自覚、あったんだ。

「好きでしょ?いじめ」

「好きじゃありません!」

「さて、お遊びはこれぐらいにして……」

 愛子さんは真剣な顔に切り替わった。というわけで僕も心を切り替えようと思う。

「今はまだたまにその市の担当者、と思われる男がやってきて、立ち退くように口頭で伝えるだけだからいいけれど、そのうち奴らは攻めてくるわよ」

「攻めてくるって…本気ですか?」

「ナメてはダメよ!こうしているうちにも、あそこをどうやって攻めるか作戦を立てているかもしれないわ!」

「僕たちも作戦立ててますよね」

 何に対してかは分からないけれど……。

「そうよ!今度は戦争なのよ!」

 どぉーーーーん!といった擬態語が背後に見えそうなほど堂々と腕を組んで宣言する。

 まあ、よく宣言する人だ。アメリカの大統領だってもう少し宣言は控えるものだろう。何故控えるかというと、それは宣言の重みを持たせるためなのだろう。独立宣言もポツダム宣言も奴隷解放宣言も一回しかしないところに意味があるのだ。それをこうしょっちゅう宣言されていると自然、僕の態度だって、

「へえ、そうですか」

 といったものにもなるというものだ。

 もちろんこの長ったらしい説明ともつかないモノローグは僕の心を勝手に視ている人に対してのものなので、そんなに真剣に捉えなくてもいいですよ。

 といったわけで、僕は何気なくつきっぱなしになっていたテレビに視線を向ける。

「あなた、わざとめんどくさい事を考えているでしょ!そんなことしても――」

「愛子さん!これって……」

 愛子さんの嫌味を遮ってまで訴えるほどのものが、僕の目に飛び込んできた。

「これは…まさか、あのダンボール村?」

 テレビは夕方のニュースを流しているのだけれど、その画面に見慣れた河原の映像が映し出されていた。こうやって見ると、より冷静な視線で見れるから、あのダンボール村の異様さがよく分かる。画面から妖気が立ち上っているようだ……。

「何よ、これ……」

 愛子さんもよほど意外だったようで、呆然と画面を見るしかないようだ。

「どうやら、社会問題の一つとして取り上げられちゃったみたいですよ」

 画面の端には『クローズアップ特集、現代社会の闇』なんて大層なお題がついている。

『私は今、市内某所にある、ホームレスが河原に作った集落の前に来ています』

 画面の中でレポーターが芝居がかった話し方で、深刻を顔に貼り付けて訴えている。

『この集落というのはホームレスたちが河原という公共の土地を不法に占拠し、生活している場所なのです。この近くではこの集落が出来てからというもの、真夜中に河原の方から奇声が聞こえ続けたり、怪しい男に声をかけられるといった事件が多発し、近隣の住人を不安に陥れている模様です』

 嘘とは言わないまでも、そのレポーターはテレビ用に誇張した情報を早口でまくし立てる。

『この事態にやっと市も動かざるを得なくなったようで、この度対策委員会が発足されたという事で、近隣の方々もホッと胸を撫で下ろされているとの事です』

 夕暮れの河原をバックにレポーターは話し続けている。ということはまさかこれって中継なのか?

『それでは今後どういった対策をとられるのかといったことを、有識者で構成されたその対策委員会の委員のお一人にご説明していただきたいと思います』

 レポーターに促されて一人の人物が画面の中に登場する。

「あ…あ…そ、そんな、嘘だろ……」

「何でこいつが出てくるのよ……」

 画面の中に出てきた人物を見た僕と愛子さんはとてもじゃないが信じる事ができなかった。僕にいたっては、信じられないあまりテレビの裏側や配線を無駄に点検したりもしたぐらいだ。それほどにその人物は衝撃以外の何ものでもなかった。まさかこんな形で、またこの人物を目にすることになるなんて。

 画面に現れた男は真っ白いスーツを颯爽と着こなし、豊かな銀髪をオールバックにしている。その表情は、その形のマスクを被っているように、人当たりが良さそうな、でもそのせいで胡散臭くの見える笑顔を見せている。画面越しに視線が合うだけで僕は背筋が冷えるような気がした。見ているだけで冷や汗をかきそうだ。

『それではご紹介します。こちらが今回の河原のダンボールハウス一斉撤去及び再開発計画を市から委託されている企業の代表者で、対策委員もされている――』

 紹介されたその男は、より目を細めて画面の向こう側から、こちら側に微笑みかける。

天苑あまぞのはくさんです』

 そんなわけは無いと思うけれど、天苑はこちらを、特に僕を見ているような気がする。いくらなんでも馬鹿げているかもしれないけれど、そう感じた。

 天苑はゆっくりと、そしてはっきりとこちらを見ながら、

『よろしくお願いします』

 と言うと、こちらに胡散臭い笑顔を向けたまま、慇懃な態度でお辞儀した。


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