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守るものと、守られるべきものと(2)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話更新します。

                        2

 

 

 ぞろぞろぞろぞろぞろぞろ……。

 知っている人から、知らない人。

 知り合いたい人から、知りたくもない人。

 まさしく有象無象。

 百鬼夜行。

 仮装行列。

 様々な人間で構成された集団というのは、非常に恐怖心を煽るもので、僕は本能に従って逃げたくなった。人間は命を守っているものなんだろう?

「おっまたせーっ!なかなかいい場所を確保してるじゃない」

 先頭を歩く愛子さんは、満足そうな笑顔を浮かべながら土手を下りてくる。

 その後につき従ってくるのは、いつも通りの百パーセント執事といった風情の流鏑馬さんと、無表情についてきている木星。

 さらには、なだれちゃんとひまわりちゃんも借り出されたみたいで、二人ともそれぞれがそのキャラに沿った表情を浮かべている。

 つまりは僕を睨みつけるなだれちゃんと、僕に向かってにこやかに手を振るひまわりちゃん。

 ああ、僕にとっては二人とも天使だよ。

「太郎くん…顔が大変、タイヘンなことになっているんだけど……」

 南に冷たくあしらわれて、僕は意識、いや、この場合は自我、もしくは自意識を取り戻す。

「はっ!僕としたことが……。と、それはそうと、ありゃなんだ?」

 冗談はさて置き。

 愛子さんの後ろニ列目まではわかる。その後ろは本当に知らない人たちなのだ。誰だ?というか何?まるでF1のオープニングラップみたいに、先頭の知ってる数人とそれに続く知らない人たちの行列(F1ファンの皆さん、すみません)は本当に理解に苦しむ。

 それに、その人たちの格好というのがお世辞にもきれいとは言えるものではなく、もっと簡単に直截的に言うとそれは、

「おい、南。僕の目が確かなら、あの愛子さんについてきている人たちって所謂ホームレスという人たちなんじゃ……?」

「た、太郎くん、人をその見た目だけで判断しちゃダメなんだから……。ただ単にふ、古着が好きなおしゃれ番長かもし、知れないじゃない……」

「そ、そうだよな…僕が間違って――」

 その時だった。

「おおーぅい、小僧。久し振りじゃのう」

 集団の中に一際大きな影。

「元気にしとったかのう?」

「にょ、如来さん!?」

 って事は、僕は間違ってねえ!

「あの……太郎くん、知り合い?」

 南は意外そうというか、戸惑ったような表情で僕に訊ねてきた。

「知り合いというか…あの人たちはその…河原で独自のコミュニティを作って、スローライフを満喫している人たちなんだよ……」

 ……微妙に嘘は言っていないはずだけど。

「……多分」

 言い訳のように付け足しておく。

「なんとその住まいは紙と木で出来てるんだぜ!」

「……昔の西洋人から見た日本の家屋の印象みたいね」

 そう言われれば、古来よりこの国では人は紙と木で住まいを作っているんだった。ただそれは廃材とダンボールではないけれど。

「ま、まあ、見た目ほど悪い人たちじゃないから、大丈夫だよ」

「そう…太郎くんがそう言うなら……」

 南はとりあえずはその汚いおっさん達を、僕に免じて受け入れることにしてくれたようだ。

 仮にも女子高生だぞ?受け入れていいのか?

 とは言ったものの、そのおっさん達はワラワラとすでにビニールシートの上に侵入してきているので、時すでに遅し!といった具合なのだが。

「久しぶり!おにいちゃん!」

 と、元気一杯なひまわりちゃん。

「こんな小さい子におにいちゃんなんて呼ばせて…太郎さん、あなた、やっぱり叩っ切られないと分からないようですね」

 と、殺意一杯ななだれちゃん。

「知らぬ間に大人気じゃのう、小僧」

 と、…………な如来さん。

「何なんですか!?愛子さん!キャラが多すぎてもう付いていけないですよ!」

 はっきり言って許容量を越えている。メモリの増設を願いたい。2テラぐらいじゃ足りないぞ!

 そんな僕の抗議とも悲鳴とも取れない訴えを、故意にかそれとも過失か愛子さんはそっぽを向いたまま僕には取り合ってくれない。

「遅いわね…どうしたのかしら……」

 そんなことを呟きながら土手の上を見ている。

「遅い…?何が……?」

 この上に、まだ何か来るというのだろうか。もしそうなのだとしたら、是非ともお引取り願いたいものなのだけれど、僕のそういった願いが叶ったためしがなかった。

 

 それからまもなくして、土手の向こうからエンジン音が響いてきた。土煙を上げて近づいてきたそれは、一言で言うならクラシックカー、それもモノクロ映画で見るようなタイプの古いけれど必要以上に装飾過多な車だった。

 黒塗りでてかてかと光るその車から一人の老紳士が降り立ち、後部座席を開く。

 いや、わかっているさ。

 大体の予想は付いているとも。

 でも、それをどう受け止めたらいいかわからないから、こうやって実況中継するしか僕には出来ないんだよ。

 たとえ、その老紳士に見覚えがあったとしても、ここは知らない振りをしてあげないと。

 開かれたそのドアから出てきたのはまず真っ赤な緋毛氈。所謂レッドカーペットだ。老紳士に手を引かれ、遅れてそこに降り立ったのはハリウッド女優ではなく、

「んまあーっ!姫姉さま!お久し振りですの!お元気でいらして?」

 と以前にも増して態度に尊大さが加味された、

「ええ、あたしは元気よ。あなたも元気そうで何よりだわ、めると」

 愛子さんは土手の上に現れた妹、黒塚めるとちゃんに姉らしく優しく微笑みかける。

「遅いから、来てくれないのかと思っちゃったじゃない」

「このわたくしが姫姉さまのお誘いをお断りすわけがありませんわ!たとえそれがこんな下々のもの達の宴だとしても、喜んで馳せ参じますわ」

 ゆっくりと土手を下りてくるめるとちゃんは、愛子さんに負けないぐらい尊大にツルペタなお胸を反らせてそんなことを言う。改めて姉妹なんだな~と妙に納得してしまう。めるとちゃんには去年の年末に少し会っただけで、実はそのキャラを僕はまだ掴めきっていなかったのだけれど、どうやら見た目どおりで問題なさそうだ。

 クラシカルなドレスに身を包んだめるとちゃんは、足元ももちろん高そうな真っ赤なローファーを履いて場違いなほど優雅に土手を下りてくる。

「それにしても何ですの?姫姉さまともあろうお方が、そんないかがわしい集団に紛れて。流鏑馬は一体何をやっていたんですの。そんなだからあなたは――」

 その時、僕は見た。めるとちゃんの足首がぐねっとおかしな方向に曲がったのを。土手を下りる時におかしな方向に足首が曲がると、この場合どうなるか、答えは簡単。

「ダメェえええぇええええぇうぇううええええええぇぇえぇぇええええっ!」

 そう。ごろごろと勢いよく土手を転がり落ちる。

 ものすごい勢いで転がり落ちるめるとちゃん。

 まるで何かの格闘ゲームの必殺技みたいだ。

 なんて、余裕をかましていられるのも、最初の数秒だけだった。

 転がり落ちるめるとちゃんは、まるで狙い済ましたかのように僕のほうへ。

「ちょ、ちょ、マジで?嘘だろ?」

 勢いなんて全く衰える様子を見せない。それどころかどんどん加速していくようだ。

 避けなきゃ。

 でも、避けたらめるとちゃんは?

 いや、しかし当たるとただでは済まないぞ。

 なんて、考えてる暇は無いんだって!

 どうする僕?どうしたらいいんだ、僕?

 って早く決めろって、僕!

 と迷っている間に僕の目の前はめるとちゃんの広がったドレスで埋め尽くされた。

 タイムオーバー。

 どかどか、どさっ。

 それを望んだわけではないにしろ、結果として僕は身を挺してめるとちゃんの回転を止めたのだった。

「痛ってーっ!って……あれ?真っ暗?」

 衝撃に目を閉じて、次に開けた時には目の前が真っ暗だった。いや、目を凝らすと微かに白いものが目の前にあるような……。

「あ、あ、あなたは!ど、どこに頭を入れていらっしゃるんですのよ!」

 声がして頭をぽかっと叩かれる。

「痛っ!何だよ?」

「早く出なさいよ!もうっ!」

 ぽかぽかぽかと頭を叩かれて、僕が今どういう状態なのかやっと理解出来た。

「わ、悪りぃ!」

 めるとちゃんのスカートから顔を出すと、めるとちゃんは顔を真っ赤にして涙目で僕を睨んでいた。

「全く失礼な虫ですわ!悪い虫っていうのはあなたみたいなもののことを言うんですわ。きっと!」

 巻き毛を揺らして、プンプンといった風情だ。

「いやいやいや、おかしいだろ!僕はどちらかといえば、めるとちゃんを助けたんだから!その、なんちゅうか不可抗力っていうか……」

 と、言い訳しているのはめるとちゃんに対してだけではなく、

「太郎さん……あなたという人は……」

 振り返るとそこに、まるで歴戦の剣豪のようにゆっくりと木刀の切っ先を僕に向けるなだれちゃんがいた。

「成敗してくれる!」

 八代将軍、吉宗公よろしく、暴れん坊な台詞を叫ぶとなだれちゃんは僕に切りかかってくる。

「勘弁してーっ!」

 さすがに木刀でも本気で叩けば死ぬぞ。

 逃げ惑う僕を追いかけるなだれちゃん。

「待てーっ!」「待たないーっ!」

 そんな僕たちを見て一同は大笑い。

 いや、笑い事じゃないって!

「そうなんだよ!笑い事ではないんだよ!」

「そうです!太郎さまは私と死ぬんですから殺さないでください!」

 そこに、いつの間にか佐々咲兄妹がいた。

「お前ら、何でいるんだよ!」

「それは、ぽっくんたちも招待されたからなんだよ」

「ええ、そうです。太郎さまが行くところが私の目的地なんです。それはそうと――」

 始めて会った時と同じようにゴスロリ服に身を包んだ佐々咲綾は、堂々としっかりめるとちゃんを指差し、

「この子は一体なんですか?私とキャラが被っているじゃないですか!全く!作者は一体何を考えているんですか!こんな事じゃアニメ化はおろかコミカライズでさえ難しいですよ!そりゃあ、最初はドラマCDとかですからキャラの見た目はそんなに気にする事は無いかも知れませんが、先を見据えればキャラの見た目が被っているなんて、愚の骨頂です!」

「………………」

 あまりの発言にみんな唖然とする。さっきまで僕を叩っ切ることに本気だったなだれちゃんでさえ、その動きを止めて佐々咲綾ちゃんの方を見ている。

「おい、虫」

 指を指されためるとちゃんが静かに僕に話しかける。

「何?」

 虫と呼ばれたことをスルーしてしまうほど、僕も呆気にとられている

「あのものは何を言ってますの?説明してくださる?」

「わからん」

「わからんじゃわかりませんの。もっとちゃんと説明してくださる?」

「いや、だからわからん」

「だから、わからんだけじゃなくて、何とか説明してくださらないと、わたくし怒りますわよ」

「だーかーらー、わっかんねえんだって。頭があれなんだろ?」

「ああ、そうなのですのね。それでわかりましたの」

「わかったのかよ!」

 それ、無理やりわかったことにしてるだろ!

 というかわかることを放棄してない?

 そんな僕たちのことなんて気にする素振りもなく、

「何はともあれ、太郎さまは私と結ばれるんですから!」

 そう言って綾ちゃんはものすごいスピードで擦り寄ってくる。

「って、怖っ!」

 怨霊じみた動きで僕に近づいてきた綾ちゃんは、僕の腕を強引に取ると、

「な、何!?」

「もう離しません!太郎さま!」

 ピトッと引っ付いてきた。

「そんなことすると……」

 恐ろしい事が起こるぞ!

 そんな僕による、横溝作品に出てくる長老とか大婆さまといったキャラクターみたいな勘の通り、

「太郎さん、やっぱり斬ります」

「太郎くん、その子とは一体どんな関係なのかな?」

「太郎、あなた、ちょっとお仕置きが必要みたいね」

「お兄ちゃん、ひまわりのことの方が好きだよね!?」

 四者四様のリアクションに、軽く戦慄と諦観をおぼえ、そこに少しのやけっぱちを一つまみ投入した僕は、

「ああーっ!もうっ!みんな好きにしてくれっ!」

 と叫ぶ。

「わははははははははははははははははははははっ!」

 その様子に如来さんが突然笑い出し、

「仲良き事は、これ幸いなり」

 と頷く。どうやらこれで話をまとめたつもりらしい。

「どこがだよ……」

 僕の悪態にも、如来さんは頷き、

「良きかな、良きかな」

 と、にかっと笑うのだった。

 

「それにしても、如来さんが外に出てくるなんて珍しいんじゃないですか?」

 最初のドタバタも少し落ち着き、みんな各々が花見を楽しみだした頃、僕は如来さんにお酒を注ぎながらそんなことを尋ねてみる。

 如来さんは目が不自由なはずだから、こんな所までやってくるのは一人では絶対無理だ。だからこそ、あのダンボールハウスの集落の住人を連れ立って、この花見にやってきたのだろう。でも、何が如来さんにそこまでさせたのだろう?

「確かに珍しいが……」

 如来さんは朱塗りの杯に注がれた日本酒を一息に飲み干して、

「愛子ちゃんが美味い酒と美味い料理があると言ったからのう」

 といい、酒臭い息でわはは、と豪快に笑う。

「理由がショボイ……」

 如来さんって神様みたいな力を持っている人だろ?そんなことでほいほい出てくるなよ!

 確かに南が腕によりをかけて作ってくれた料理はどれも美味しく、めるとちゃんが持ってきたお酒は、どれも有名な各地の銘酒であり名酒であった。

「この人は?」

 僕の背中に引っ付いたままの綾ちゃんが素直に訊ねてくる。

「ああ、この人は如来さん。その目で見ることでその人の運命を見ることが出来るんだよ」

 面倒なのでもう突っ込まないけれど、綾ちゃんはさっきからずっと僕の背後霊かスタンドのように背中に張り付いているのだ。

「わははははっ!少し見ない間に随分ともてるようになったんじゃのう、小僧よ」

 如来さんは酔っているのか、大きな声でそう言う。

「全然、そんなこと無いですよ。僕なんてただただ振り回されているだけです」

 僕は背中に引っ付いた綾ちゃんともども、肩をすくめる。

「太郎さま。という事は、もしかしてこの如来さんという方は、私たちの将来も見てくださるんじゃないですか?」

「ああ、そうだろうね」

 まあ、見なくても大体わかるけどね。

 あと、将来じゃなくて運命だからね。

 将来は確定しているかもしれないけれど、運命は変わるんだよ。

「見て頂きましょうよ!太郎さま!」

 綾ちゃんは目を輝かせて、僕の背中から身を乗り出してそんなことを提案してくる。

「そんなことしなくても……」

 どうせわかるんだって、と言いたいけれど、どうやら綾ちゃんは何かものすごい期待をしているようで、僕のたしなめる言葉にすでに聞く耳を持っていないどころか、全く見当たらない。

 僕がおずおずと如来さんのほうに目をやると、如来さんにしては珍しく、困ったような顔をしてこちらを向いていた。

「そうですよね。言いにくいかもしれませんが、彼女の為にもそこははっきり――」

「それは出来ん」

「そう、出来ない。って、えっ?」

 出来ない?

 早合点して話を進めようとしていた僕を遮って、如来さんは出来ないと断言し、すまなさそうに笑った。

「如来さん…あの…出来ないってどういう……?」

「そのままの意味じゃよ」

 そのままの意味?その意味が分からない。

 僕の声音から、僕の戸惑いと疑問を読み取った如来さんは、

「もう、運命を見ることが出来んのじゃよ。そうそう、そのことで愛子ちゃんに依頼があるんじゃった」

 と、頬を掻く。

「運命が見えないって力が無くなってしまったんですか??それに愛子さんに依頼なんて……?」

 何だか意外すぎる気がする。

 その僕の疑問には如来さんは首を横に振る。

「力を失ってはおらんよ。ただ、何年も先のこと、もっと言うと一ヵ月後のことから、ぱったりと見ることが出来なくなってしまったのじゃ」

「そんな……何で……?」

「何で、もクソもない。わしの愛子ちゃんへの依頼もその事に付属する事じゃわい」

 如来さんは少しだけ居住まいを正す。

「愛子ちゃん!」

 大声で愛子さんを呼ぶと如来さんはニカッと笑う。

「こいつらを頼む!」

 如来さんはそう言うとニカッと笑ったままの顔で深々と頭を下げる。

「頼むって、何で?」

 僕はまだ理由がわからない。わかりそうなものなのに、どこかでその可能性、そのルートを削除してしまっていたのだろう。

「決まっておるじゃろう?」

 如来さんは僕の方にその酒臭い息を吹きかけながら、

「わしはもうすぐ死ぬからじゃ」

 と言い、真っ赤な杯をまた空けた。


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