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守るものと、守られるべきものと(1)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話更新します。

 

                         1

 

 

 人というのはいつも何かを守っているもの、なのかもしれない。

 

 人はまず命を守っている。

 

 生命の本能としてこれは当然の事である。そのために人は食事をし、毎日睡眠をし、衣服をきて健康を保とうとするのだ。おいしいごはんに、ぽかぽかお風呂、あったかい布団で眠るのだ。

 

 人は誇りだって守る。

 

 そのためにはときに戦争だって起こすほどに、時として人は狂おしいほどに誇り、プライドというものに固執する。それがもしかしたら人間が人間である所以なのかもしれない。

 

 人は愛する誰かを守る。

 

 それは恋人であったり、友達であったり、仲間であったり、家族であったり。愛するというと大げさではあるけれど、人は多かれ少なかれ他人と関わるもので、そうすることで大切な人、もしくはそうでもなかった人が大切になったりするのだ。

 

 人は場所を守る。

 

 人類が地球の重力に引かれている限り、よって立つ場所は必ず必要で、もし仮に宇宙世紀が来たとしても、座標というもので自分の『居場所』というものはあるのかもしれない。さらに言うと人は心のよりどころとしての居場所というものも持っていて、それこそみんな守っているものなのだろうと思う。それは家であったり、故郷であったり、国であったり、星であったり(?)こころのよりどころは様々。

 

 

 そういったわけで、いつもながら何だか良く分からない与太話をしている僕はとある場所を守っている。何でこんな事になっているかというと、いつも通りまた愛子さんのせいだったりするわけで、その事を説明するには少しばかり時間を戻す必要がある。

 

 

「というわけで、お花見をします」

 いつものようにドクロ事務所でダラダラとしている時だった。

 最近は本当にたいした依頼も無く、猫探しとお年寄りのお使いで細々と運営するしかないこの事務所ではデフォルトでいつもダラダラしているのだけれど、そういう時、たまに愛子さんが訳の分からない思い付きを口走ったりするので、僕や流鏑馬さんは大変だ。

 まあ、もしかしたら流鏑馬さんは喜んでやっているかもしれないけれど……。

 口走るだけならともかく、愛子さんはそれを強要してくるので始末におえない。

「……というわけでって、一体どういったわけでそんなことを口走れるんですか?」

 訳わからないですよ、と僕が続けるよりも早く愛子さんがまくし立てる。

「やるったらやるの!だって今年はまだ何もしてないでしょ?」

 聞き分けの無い子供みたいに、わめき散らす愛子さん。

「理由になってないじゃないですか……」

 この人がこう言い出すと、きかないからな。

「それで…いつなんですか?」

 しょうがないから付き合ってあげることにする。

「そんなの決まっているじゃない」

 愛子さんは、よくもまあそんな顔を今まで色んな死線を越えてきた助手である僕に向けられるな、と思うほど不適に笑って、

「今日よ」

 と、言い、そしていつも通りその慎ましやかな胸を大いに反り返した。

「って、今日っスか!?」

 それはまた、急な……。

「あったりまえじゃないっ!桜っていうのは薄情なんだから、あたしたちの都合なんてお構い無しに勝手に散って、またらいねーんってなるんだから」

「ま、まあ…確かに……」

 と、納得してしまっていいのだろうか?

 いいのだろうか?

 してしまうけど。

 してしまうんだよな……。

「そこで、あなたには指令があります」

 愛子さんはビシッと僕を指差して言う。

「場所取りしてきなさい!」

「はあっ!?」

 僕はそれはそれは、思いっきり怪訝そうに聞き返したことだろう。

「何よ、その信じられないとでも言いたげな顔は!」

「だって、場所取りなんて必要なんですか?ちょっとその辺の公園で軽くやったらいいじゃないですか?そんな大げさな……」

 と、いろいろ言ってはいるけれど本音はただ一言。

 めんどくさい。

「必要に決まっているじゃない!出来るだけ大勢でするんだから!どうせ、あなたのことだから面倒だとでも思っているんでしょ」

「そ、そんなこと……」

 この人のこの察しの良さは何だろう?左目、いらないんじゃない?

「そうと決まれば。流鏑馬」

「はい。愛子様」

 実に執事らしく(執事らしくって何だ?)頭を下げる流鏑馬さん。

「太郎に例のものを」

「はい、かしこまりました」

 足音まで消えるほどに静かに颯爽と隣の部屋に消えた流鏑馬さんは、次に現れた時には両手いっぱいにビニールシートを抱え、髑髏塚様一行と書かれた看板を小脇に抱えて現れた。

「これだけあれば、かなりな土地を確保できるはずだわ。さあ!行くのよ!太郎!」

 今度はビシッと出口のドアを指差して愛子さんが言う。

「行って、一番いい場所を命を駆けて死守するのよ!わかった?」

「僕の命は花見の場所に賭けられるぐらいの価値しかないんですか……?」

 これは日本国憲法によって定められ、守られるべきである基本的人権を無視しているのではないだろうか?

「四の五の言わずにさっさと行きなさい!桜と同じぐらいに、花見客だって容赦なく私たちのことなんて待ってくれないわよ」

「そういうことですので、よろしく頼みますよ、太郎さん」

 流鏑馬さんは何となく嬉しそうに、僕にその『場所取りセット』を託し、うやうやしくお辞儀をする。

「そんなこと言われたら……」

 行かない、とは口が裂けたとしても言うわけには行けない。

「しょうがないですね……」

 僕は両手いっぱいの『場所取りセット』を抱えたまま、肩をすくめて小さく笑った。

 

 といった事情で僕は今、花見の場所取りのために、河原の桜並木の下にビニールシートを広げ、その真ん中に例の看板を立てて、その前に座り込んでいるのだ。

「はあ……何やってんだろう?」

 僕以外に河原にいたのは、遠くで犬の散歩している女性と

「そんなにため息をついちゃダメなんだから、太郎くん」

 いつも通りメイド服姿で、魔法瓶にいれた紅茶を僕にふるまってくれている南ぐらいしかいない。

「付き合ってくれてありがとうな。こんなところに一人でずっといるなんて、考えただけでゾッとするよ」

 一人だったらとっくの昔に家に帰っていることだろう。メイドさんが淹れてくれた紅茶ぐらい飲めないと、誰が悲しくて全く必要の無い場所取りをしなくちゃならないって言うんだ。

 僕の感謝の言葉に、南が過剰なまでに手を顔の前でブンブンと振って、

「全然!全然!私も好きで来ているんだから気にしないで。って、好きってそういう意味じゃなくって、何て言うか……」

 何を思ったのか、南はそう言うと耳の先まで真っ赤になって俯いてしまった。

「ん?どうしたんだ?」

 南は天然っていうか、たまに変なことするからな。

 様子を伺おうと僕が覗き込もうとすると、南はふいに顔を上げて、

「そういえば、私たちが始めて会ったのも今みたいに桜が咲いていた頃だったよね?覚えてる?」

 などと、およそ関係ないことを話し始めた。

 何かを誤魔化そうとしているのか?

「いや……よくは覚えていないけれど……」

 とりあえず僕は話を合わせることにする。

 それにしても、こんな時期に僕は南に会っていただろうか?南はその容姿とキャラクターから入学当時から有名だったから、僕のほうは一方的に知ってはいたけれど、果たしてきちんと知り合ったのは学校の幽霊騒動の時だったように思うのだけれど……。

 しかし、僕のそんな反応を見て、南は、

「そうなんだ……覚えていないんだ……」

 と、明らかにガッカリした。

 ガッカリと共に何だか寂しいような目付きで見られた。

 そしてその後、悲しく薄く笑って遠くを見られた。

「いや、覚えているというか、いや、思い出してきたような、その何と言うか、そ、そうだ!そうそう、そうだったよな!」

「どこで会ったのよ?」

 僕の必死の取り繕いを一言で黙らせるとは、南もなかなかにやりよる。

「……きょ、教室?」

「もういい!」

 僕の答えはお気に召さなかったようで、南は実に可愛らしくそっぽ向いてしまった。

「あの…南さん…?申し訳ないんだけど――」

「あっ!」

 思い出せない、と言おうとした僕を遮って、南が土手の上を指差す。それにつられてその方向を見た僕は言葉を失った。

「な、なんだ、あれ……?」

 そこに僕が見たのは、土手の上をぞろぞろと歩いてくる何だかよくわからない集団だった。

 明らかに浮浪者と思われる集団。妙に派手な格好で髪を一つに括った女の子。木刀を携えた女子高生。

 そして、執事、金髪幼女と黒マントの女。

 ぞろぞろとやってくるその集団を見て、この一年の僕の苦労を目の当たりにした気がした。心の底からしみじみとこう思う。

 僕もいろいろ大変だったな~。

 と。


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