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Heart-Shaped Box(4)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

 

                        4

 

 

 気がつくと、案の定、見知らぬ場所だった。

 暗くてよくわからないけれど、どうやらだだっ広い倉庫のようなところにつれてこられたらしい。

「えーっと…これは……」

 鉄の柱に、後ろ手に手錠で縛られている。これは……やっぱり……。

「監禁……だよな」

 まさか自分の身にこんな事態が起こるなんて、想像だにしなかった。

 身を捩って手錠を外そうと試みたけれど、いたずらに自分の手首をぐりぐりと鉄のエッジにこすり付けてひりひりとさせるだけで、全く逃れられそうにない。

「さてと……」

 どうしたものか……。

 おそらくではあるけれど、人の気配はあまり感じられない。遠くの方で小さく車の排気音がたまに聞こえるぐらいだ。

 僕はもう一度、手錠が外れないか体をジタバタと大きく動かしてみたけれど、息を荒くするだけで肝心の手錠は外れそうな素振りを見せようとはしない。まあ、この格好だと僕の手首は見えないわけで、したがってその手首にかけられている手錠がどんな素振りを見せているのかは見えないのだけれど……。

 さあ、こうなったら僕に出来る事は限られてくる。

 それは諦める事と、

「誰かーっ!助けてーーーっ!」

 助けを呼ぶことだ。

「誰かーっ!誰かいませんかーっ!助けてくださーいっ!」

 助けを呼んではみたけれど、やっぱりというか、予想通りというか、

「……返事は無しか……」

 分かってはいたけれど、こうも予想通りだと場違いなほどに妙に安心する。いや、安心はしていないけれど、納得する。

 そうか。

 そうだよな。

 大体、こんな風に誰かを呼んで助けが来たためしがない。

 それどころか人っ子一人現れない。

 そんな僕の心からの叫びは助けは呼ばなかったけれど、暗闇のなかにむくりと起き上がる一つの影を作った。

「起きたのですね?太郎さま」

 ゴスロリ少女、略してゴスじょは床に直接寝ていたらしく、立ち上がると服の埃と皺を異常なほど気にしていた。

「こんな埃っぽいところにつれて来てしまい、仕方ないといっても本当に心苦しく思いますわ」

 黒いクラシックなドレスをパタパタと叩きながら、そんなことをそのゴス女は言う。

 その表情は拍子抜けするほど穏やかなものだった。

 そんな顔されたら、訊きにくいけれど、いや訊きたくもないけれど、訊かないわけにはいかないだろうな……。

「僕をこんなところに監禁して、一体どうするつもりなんだ?」

 僕はなるべく刺激しないように、静かに優しくそう訊ねた。

 そんな僕の問いかけに彼女は心底意外そうな顔をして、

「監禁?何のことですか?」

 と微笑んだ。

 とぼけるにしてもこれは、

「苦しすぎるだろ!」

 これを監禁と呼ばずに、一体何を監禁と呼ぶんだ!

「太郎さまはご自分でここに来たんじゃないですか。もう、そんなことまでお忘れになるだなんて、うっかりさんですね~」

「うっかりじゃねーよっ!」

 自分で来てなんで手錠されてんだよ!

「まあ、太郎さまったら、だいた~ん」

 うふふ、と彼女は頬を赤らめて笑う。

 ……なんだこいつ。

「さあ、お遊びはここまでにして、ご飯にします?それともお風呂?それとも……」

 彼女はモジモジと

「あ、た、し?」

 と言い、きゃーっと自分の顔を両手で覆う。

 ………………。

 ………怖っ!

 この子、怖すぎる!

 どこまでが本気でどこからが冗談なのか全く分からない。

「もちろん私ですよね?」

「いや、そのチョイスが一番ないから!」

 ありがたいけれど、恐ろしすぎるよ!

「と、とりあえず、ご飯に、し、しようかな……?」

「はいっ!」

 いい返事で頷くと、ゴス女はどこからともなくコンロを取り出して、その服装には似つかわしくないラグビー部マネージャーが持っていそうな大きなやかんをその上に置き、火をつける。

『もしも、ラグビー部のマネージャーがゴシックロリータだったら』か!

 もしゴスか!

「それはそうと、何を作る気なんだ?」

 ご飯を食べられるのは正直助かるけれど、この調子だったら何が出てくるか、わかったものじゃないぞ。

「それは、これです」

「そ、それは!」

 彼女が取り出して、僕に見せたのは、

「人類の英知の結晶。全てのことわりの頂点。インスタントラーメンです」

「そんな大層な……」

 彼女は鼻歌(曲目はバッハ)交じりにカップめんの封を開けていく。

 

「ところで、僕はこれから一体どうなるんだ?」

 一番の関心事だからな。

 僕は出来るだけ相手を刺激しないように、微笑さえうかべるほど穏やかに訊ねる。

「そんなこと決まっているじゃないですか」

 彼女はカップめんにお湯を注ぎながら答える。

「ここで私と暮らしていくんですよ」

「ここで……?暮らす……?」

 何言ってやがんだ?

「いやいやいや…ちょっと意味が……」

「ほら、後は三分間待つだけでご飯が出来上がりますよ」

 僕のことなんて全く見えていないみたいに、彼女はニコニコとカップめんを見つめる。

「ちょっと、僕の話も少しは聞いて――」

「あーーーーーっ!」

 僕の言葉を遮って彼女は叫んだ。その声に僕は驚いて、思わずビクッと体を震わせる。

 いちいち行動が唐突過ぎて、この子、心臓に悪すぎるぞ。

「ど、どうしたっ!」

「太郎さまのは五分待つやつでした。ごめんなさい」

 カップめんの蓋に書いてある作り方を指差してがら、彼女は頭を下げる。

「こうなったら私も五分待ちます!」

「いや、そこは三分で食べればいいよ……」

 伸びてしまってはそのカップめんの製作者にも悪いし。

 そんな僕の言葉を聞いたゴス女は、胸の前で手を合わし、ぐっと噛みしめるような表情をしてから、

「なんって、お優しいっ!」

 と、目をきらっきらと輝かせて大げさに叫ぶ。

「いや……そういう意味じゃ……」

 なんとも話の通じない相手というは、やりにくいものだ。僕はそんなことを思いながら、ふうふうとカップめんに息を吹きかけては冷まし、それを美味そうにすする彼女を見る。そんな風に無邪気にラーメンをすする彼女を見ていると、僕はふと思った。

 話は通じないけれど、何だか思ったよりもいい子かもしれない。

 話は通じないけれど、もしかしたら解放してくれるかもしれない。

 ただ単にやりにくい、自分の気持ちを表現するのが苦手なだけかもしれない。

 話は通じないけれど。

 そう思うと、やりにくいけれど、やれないことは無いなと思った。

 そう思ってしまったのだった。

 だから、

「僕のこと、何だか前から知ってるみたいだけど、どこかで会ったっけ?」

 と、無謀にもコミュニケーションをとろうとしてしまった。

「太郎さまが解決した《こころのみちしるべ》の事件を覚えていますか?」

「あ…ああ……覚えているよ」

 忘れられるわけが無い。

 僕は五月ごろ、とある宗教団体に潜入し、殺されかけて、なんだかんだ、すったもんだあって最終的にはその団体を解散にまで追い込んでいる。まあ、僕がしたというか愛子さんについていっただけなんだけど。

「……それで?」

「そのときに私も太郎さまに助けられたのです」

「そう…なんだ……」

 助けたのは僕というよりも愛子さんなんだけどな……。

「そのときに決めたのです。私は一生を太郎さまに捧げると」

「へ、へえ……」

 そんな安易な。

「さあ、おしゃべりしている間に、太郎さまのインスタントラーメンも出来上がりましたよ。どうぞお上がりなさいませ」

 彼女はそう言って微笑みかける。

「ああ、いつの間にか、もう五分経ったんだ。それじゃ、いただきまーすって、この手じゃ食べられないじゃねえか!」

 がちゃがちゃと手錠を鳴らして、僕は抗議の意思をあらわにする。

「うふふ、食べたいですか?」

 ゴス女は意地悪そうに笑って、僕にそう問いかける。

「それは、まあ……」

「じゃあ、私のお願いをきいてくださいますか?」

 彼女は僕を瞬きをほとんどしないで見つめて、ほとんど脅迫するような問い詰めるような口調でそう詰め寄る。

「……どんな?」

 湧き上がる嫌な予感。

 でも、そう訊かざるをえない。

 彼女は少しの間だけ俯き、それでも何かを決心したように顔を真っ直ぐ上げて、

「私と…私と、付き合ってください」

 そう、はっきりと僕に聞き取りやすいように確実に言った。

「…………………」

 予想はしていたけれど、その言葉は僕を黙らせるのに十分な効果を持って、僕の鼓膜を振るわせた。

「……あ、ありがとう」

 口をついて出てきたのはそんな場違いな言葉だった。

 僕はとにかく考える。

 どんな状況であれ、こんな事を言われた事は無かったから、何と答えたものかとっさには思いつかなかったのだ。

『いいよ』というのは簡単だろう。そう言っておけば何も波風はたたないだろうし、おまけに性格はアレだけれど、顔の可愛い彼女がついてくる。それで適当に付き合って、好きになったら続ければいいし、嫌になったら別れればいいんだ。幸い現代のこの国において、法律的にも社会モラル的にも、自由恋愛を禁止するものは何も無いのだから。

「……でも」

 でも、それでいいのだろうか?

 僕の知っている『恋愛』ってモノは、そんな簡単で、お手軽で、コンビニでも売っているようなものだっただろうか?

 その時、

 僕の脳裏に睦月先輩の顔がよぎった。

 

「そのお願いは、悪いけれどきけない」

 僕がそう答えると、彼女の顔が硬直した。

「な、な、何を言って……」

 明らかに狼狽する彼女。

「そ、そんな訳、そんな訳…ない……」

 僕はそんな彼女に追い討ちをかけるわけではないけれど、

「ちゃんと伝えたいんだ。しっかり聞いてくれ」

 はっきりと言う事が、彼女への正しい答えだと思った。

 彼女はこんな僕のことを好きと言ってくれた。

 はっきりとそう伝えてくれたんだ。

 それならはっきりとつたえなくてはいけない。

「僕は、君とは付き合えない」

 彼女をしっかりと見つめながら、僕は出来るだけはっきりとそう言った。

「そんな……なんで……?」

 さすがに彼女もショックを受けたようだ。

「前までの僕ならもしかしたら付き合ってたかもしれない。こんな監禁まがいな事をして脅さなくてもね。でも、僕はもうある事を知ってしまったんだ」

 死ぬ気で人を好きになった人のことを。

「知ってしまった僕は、自分を偽ってまで君と付き合うことは出来ないよ。それは君にも僕にも、僕にその事をおしえてくれた人にも悪い。そんな事、僕は出来ないし、したくないんだ」

 僕はもう一度しっかりと彼女を見つめなおして言う。

「だから、君とは付き合えない。嬉しいし、ありがたいんだけどね」

 

 彼女は俯いたまま顔をあげようとしない。

「…………んですか?」

 そのまま、何かを呟いたから僕は聞き逃した。

「えっ?何か言った?」

「死にたいのかって……訊いたんだよーっ!」

 ええーーーーーっ!

「今、自分がどんな状況か分かって言ってんだよね!?」

 何か、キャラ変わってない?

「それって死にたいって事よね?死んでもいいって事よね?私、最初に言ったよね?付き合ってくれなきゃ殺すって言ったよね?それでも付き合えないって言うって事は、そんな事言っちゃうって事は、殺してくれって事よね?私と一緒に死んでくれるって事よね?ねえ?そうだよね?」

 彼女はくつくつと笑いながら続ける。

「ねえ?うんって言いなさいよ!死にたいんでしょ?ねえ、私と死にたいんだよね?いいわよ、死んであげるわ!そうだ……そうだわ!良い事を思いついた!」

 彼女はそう叫んで袖を捲り上げた。

「っっ!?」

 あらわになった彼女の白い左腕を見て、僕は声も出せないほど驚いてしまった。

 その腕は全く日に当たっていないように真っ白で血の気が無いみたいだった。すべすべというか、もっと悪く言うとぬめぬめしたように、爬虫類の腹のように見えるその細い腕の内側にたくさんの赤黒い線が見える。

「君は……リストカッター……」

 手首から肘にかけて無数の切り傷をまるで誇らしく見せびらかすようにして、彼女はいびつに微笑む。

「今から、儀式をしましょう」

「ぎ、儀式……?」

 彼女は、戸惑っている僕を無視して、微笑みながら左腕を僕のほうに差し出す。僕に傷だらけの左手首を見せながら、そこに彼女は右手を近づけていく。その右手にはどこから取り出したのか、いつの間にか銀色に輝く剃刀が握られていた。

「おい……まさか……」

 彼女は左手首に剃刀の刃を当てて、

「やめろーっ!」

 僕が叫ぶより早く、勢いよく引いた。

 その瞬間、真っ白い腕から深紅の液体があふれ出し、手首から先を真っ赤に染める。

「お前、何やってんだよ!死にてえのか!」

 彼女はそう言う僕を見て首をかしげる。

「何をやっているって?儀式じゃないですか」

 彼女はゆっくりと近づいてくる。ぼたぼたと音を立てて、彼女の手首から流れ出た液体が床に真っ赤なしみを作っていく。

「こうやって、私の血と太郎さまの血を混ぜて一つになるんです。そうすれば二人は永遠になれるんですよ」

「何を言って……」

 その時、僕は彼女の目にもうすでに狂気の光が宿っているのが見えた。

「さあ、太郎さま。痛いのは最初だけですからね。すぐに気持ちよくなりますから」

 彼女は歪な微笑のまま僕に近づき、

「愛してます、永遠に」

 と耳元で囁いた。

 その言葉に戦慄する僕の首元には冷たい感触。

 僕は目を閉じた。


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