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オカエリナサイ(9)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話更新します。

                        9

 

 

 アナタハダレ?

「君を助けに来たんだよ」

 ワタシヲ?

「そう。君を」

 ドウシテ?

「どうしてって、君を助けたいからだよ」

 ワタシヲタスケタイ?ナンデ?

「何でって言われてもな…君は助けられたくないのかい?」

 ワタシヲタスケル?

「ああ、そうさ。そこから出たくはないのかい?」

 ココカラデル…ソレハオソロシイコト。

「そんなことは無いさ。君だってそんなところからは早く出たいだろう?」

 ソレハ……ダケド……。

「怒られるのが怖いのかい?」

 ウン……。

「それなら大丈夫さ。奴らは僕がみんなやっつけちゃったからね」

 ホント……?

「ああ、本当さ。だから、君は何も心配せずに、そこから出てもいいんだよ」

 デテモイイ……。

「ああ、出てもいいんだ。君はもう自由なんだよ」

 ジユウ……。

「さあ、手を出してごらん。僕が引っ張ってあげるから」

 デモ……

「いいから。何も怖くないから。さあ!」

 …………。

「僕と一緒に行こう!さあ!えーっと……君、名前は?」

 ワタシニハ、ナマエガナイ。

「そうなんだ。それじゃ……この機械たちの名前は?」

 コノコタチハ、イオ、エウロパ、ガニメデ、ソレニ、カリスト。

「へえ~木星の衛星の名前なんだね」

 ソウ。

「じゃあ、その中心にいる君はジュピターだ」

 ジュピター……?

「そう。君はジュピター。君の名前はジュピターだよ」

 ワタシハジュピター…。

「さあ!行こうジュピター。僕の手を取りなよ」

 アナタハダレ?

「僕は…僕の名前はハンドレット」

 アナタハ、ハンドレット

 ワタシハ、ジュピター

 

 

 扉を開けた僕の目に飛び込んできたのは、

「なんじゃこりゃ……」

 広大な体育館の床に広がる、無数のケーブルやらコードやらだった。

 それらはまるで蛇のように、それ自体が意識を持っているかのように、そこいらをのたうちまわっている。

「うげぇ…何か気持ち悪ぅ……」

 ひまわりちゃんが僕の横で、二日酔いを通り越して、三日酔いにさいなまれる係長も真っ青なぐらい気持ち悪そうに呟いた。おまけに舌を出して吐くマネまでつきだ。

 月明かりさえあまり差し込まない暗闇の中でも、そのケーブルたちの動きはわかる。ゴムの質感がぬめっとしていて、また、所々で火花がスパークするたびに浮かび上がるそれらの影は、とてもこの世のものとは思えないおぞましさがあった。

 人間は長くてぐにょぐにょと動くものに本能的に嫌悪感をおぼえるものなのだろう。

 渦を巻くように広がる、その嫌悪の中心に奴はいた。

「すごいだろう?たった数日でここまで出来るなんて、やっぱり木星は最高だよ」

 まるで自分の手柄かのように、両手を広げ黒塚百夜は自慢げに話す。

「自己再生と自己増殖。ここにある機械たちはそうやって、この体育館ともはや一体となっているんだって」

 百夜は辺りを見回して満足そうに微笑む。

「ここを僕たちの永遠にするのさ。ここで僕たちは永遠になる」

 こいつ…狂ってやがる……。

「そんな気色悪いところで、気色悪い事言ってないで、早く木星を出しなさい」

 愛子さんにそう言われた百夜は、実におかしそうにくつくつと笑った。

「何がおかしいのよ」

「いや~姉さんは愉快な人だなと思って。くくっ、いや、本当に愉快だ」

「あなた、何、言っているのよ。気でも狂ったわけ?」

「僕はまともだよ。正気さ。ただ、木星が帰ってくると信じている姉さんが余りに滑稽で笑えてくるのさ」

 そう言って百夜はくっくっくと押し殺したように、でも心から愉快そうに笑っている。

 それとは対照的に、ひどく機嫌が悪そうに愛子さんは言い放つ。

「木星が帰ってこないってどういう意味よ?笑ってないで答えなさい!」

 今にも跳びかからんばかりの勢いの愛子さんに対して、馬鹿にしたような態度のまま、百夜は答える。

「姉さん。何度も言うように人は変れないんだよ。僕にとってジュピターが不可欠なのと同じように、ジュピターにとっても僕は必要なのさ。それを引き離す事なんて、誰にもできない。わかるよね?姉さん?」

「そんな事、あなたが勝手に言ってるだけじゃない!」

「違うよ。彼女もそれを望んでいるのさ。だから、僕についてきた。違うかい?」

「そんな事……」

 言いよどむ愛子さんに畳み掛けるように、百夜は続ける。

「ジュピターはここで、僕と終わることを望んでいる。だから邪魔しないでそこで見ていてくれるかい?姉さん?」

「死にたいなら、あなた一人で死になさいよ!木星まで道連れにするんじゃないわよ。木星に何を言ったのかしらないけれど、あの子がそんな事、望むわけ無いでしょ!」

 精一杯の強がりも、

「ふん。何を言っているんだい、姉さん?」

 百夜に一笑にふされる。

「そんなに言うなら、本人に訊いてみればいい。なあ?ジュピター?」

 百夜の問いかけに、ケーブルやコードがのた打ち回る体育館の舞台の上、上手から音も無く見慣れたセーラー服の金髪少女が現れた。

「木星!」

 愛子さんの呼びかけにも顔色一つ変えずに、人形のように立ち尽くしている。

「百夜!あなた木星に何かしたんじゃないでしょうね!」

 百夜の能力は、僕から言葉や意識を奪った。まさか、木星にも同じように……?

「まさか、僕がジュピターにそんなことするわけないじゃないか。そこにいる一般人くんにならいざ知らず、大切な木星から何かを失わせるなんて出来るわけないさ」

 んだと、馬鹿にしやがって。

「なんだい?その顔は?また、君から意識を奪ってやろうか?僕のこの――」

 百夜は髪をかきあげた。

「左目で」

 闇の中、その左目が赤く光ったように見えた。

 幸い、この距離だとその目の効果は及ばないようで、僕は意識を失わないですんだ。

 どうやら有効範囲みたいなものがあるのかもしれない。

 さてと、

「どうしましょうか?愛子さん?」

「そうね……」

 愛子さんは少しの間、思案顔で黙ったあと、おもむろに

「ブッ飛ばしましょう」

 と何かを吹っ切ったように、すっきりと言った。

「ぶ、ブッ飛ばすって何を!?」

 そんな、物騒な。

 僕のそんなツッコミや戸惑いなんて気にする愛子さんじゃないことは、もうすでに周知の事実だと思う。当然のようにこの時も、

「決まっているじゃない。百夜をブッ飛ばすのよ」

 と、いとも簡単に言ってくれちゃったりするので困る。

「簡単に言いますけど、そんな上手くいきますか?」

「大丈夫よ。だってあたしたちには――」

「そうか、ひまわりちゃん!」

「そうよ」

 僕たちには今、最強の助っ人、ひまわりちゃんこと日向葵ちゃんがいるんだった。

「お願いできる?ひまわりちゃん?」

 愛子さんの問いかけに、真夏に咲く大輪のひまわりのような笑顔を返して、

「いいよっ!」

 と答えるひまわりちゃん。

 可愛すぎるやろーっ!

「ただ、追加料金はいただくよっ!」

 可愛いけど、お金のことはしっかりしているんだね……。

 いや、しょうがないのはわかっている。

 だって中身は愛子さんと同い年なんだから。

 ただ、その見た目でそんな現実的なことを言われちゃうと、何と言うか……。

 などと、僕がつらつらと思っているうちに、腕をぐるぐる回しながら、「何、歌おうかな~」なんて言いつつ、ひまわりちゃんは前へ出る。

 その様子を黙って見ていた百夜が、余裕の笑顔を一ミリも崩さずに、

「くくっ、僕をブッ飛ばしたところで、何も変わらないよ」

 と僕たちを馬鹿にしたように笑った。

「それでも、僕もブッ飛ばされるのはごめんだからね」

 百夜が指を鳴らすと、天井から何かが落ちてきた。僕はまた、何か爆弾のような危険な物が落ちてきたのかと思い身構えたのだけれど、それが何か分かった瞬間、肩から力が抜けるように、緊張を解いた。

「あれって…うさぎ?」

 正確にはうさぎのぬいぐるみだった。

 落ちてきたうさぎのぬいぐるみは、ぽーんと跳ねるとちょうどひまわりちゃんの足元に転がってきて、

「わあ!うさちゃんだ!かっわいいっ!」

 ひまわりちゃんはそのぬいぐるみを拾い上げると力いっぱい抱きしめた。

「あっ!危ないっ!」

 愛子さんが叫ぶ。

 えっ?危ない?

 僕が驚いてひまわりちゃんを見たときには、すでにうさぎのぬいぐるみは風船みたいに急激に膨らみ、

『パンッ!』

 と、弾けとんだ。

「ひまわりちゃん!」

 僕たちが駆け寄るよりも早くひまわりちゃんは崩れ落ちるようにその場に倒れてしまった。

「ひまわりちゃん!大丈夫!?」

 愛子さんに抱えあげられたひまわりちゃんは、

「うさちゃん……かわ…いい……」

 と、うわごとを呟きながら、笑顔で眠っていた。

「良かった…毒ガスではなかったようね」

 安堵の表情で、愛子さんはひまわりちゃんの髪を撫でる。それがくすぐったかったのか、ひまわりちゃんは身を捩った。

「フラワーはもともと僕たちの仲間だったんだ。弱点ぐらい、いくつでも知っているさ」

 余裕の笑みを寸分も崩さず、まるでそういったお面でも被っているかのように、百夜は僕たちに言う。

 さっきからの余裕の根拠はこれだったのか。

 考えてみれば、すぐわかりそうなものだ。流鏑馬さんは手が出せない。愛子さんは戦闘能力なんて無いに等しい。それに、僕はきっと眼中に無いだろう。自分で言うのはなかなか悲しいものがあるけれど、仕方が無い。それが真実というものだ。そうなると一番真っ先に潰しておかなくてはいけないのは、自然とひまわりちゃんになる。僕たちはもっと用心すべきだったんだ。さっき見たひまわりちゃんの意外な強さに、どこか油断していたのだと思う。そう思うと――

「ちきしょーっ!くやしーっ!」

「悔しがっても仕方ないわよ……」

 愛子さんはこんな時でも冷静に僕にはつっ込む。

「大体、悔しがってるあなたって、何かムカつくのよ」

「…ひどくないですか?」

「悔しがるぐらいなら、次の手を考えなさいよ」

「そんな事言ったって……愛子さんのほうこそ何か考えているんですか?」

「そりゃ…あなた……考えているわよ……」

 絶対、考えてなかったな。

「へえ~それはどんな考えなんですか?」

 意地悪してやろう。

「それは…たった一つの冴えたやり方……よ」

「で?それは?」

「それは……」

 愛子さんは珍しく困っているように見えた。

「それは?」

「それは……」

 愛子さんは困っているように見えたが、何かに思い当たった表情に変わり、

「それは、あなたがひまわりちゃんの代わりに、百夜をブッ飛ばしてあの子を止めるのよ!わかった!?」

 そう言うと僕の鼻先に人差し指を突きつけた。

「…何、言ってるんですか……」

 僕はその人差し指を掴み、鼻先から外しながら言う。

「僕は一回、あいつにコテンパンにやられているんですよ。いくらなんでも、無理ですよ。自分で言うのもなんですが……」

 思い出すと情けなくなる……。

「そこを何とかするのが、トラブルシューターなんじゃない?」

 愛子さんはそう言うといつも通り僕にウインクした。

「そう言って、何とかなったためしが無いと言うか……」

「何か言ったかしら?」

 愛子さんは眉毛を吊り上げて、顔は笑顔という実に器用な表情を作って、僕に凄みを利かせる。

「いえ、何も言っておりません!」

「そう、それならいいわ」

 満足そうに笑って頷き、愛子さんは

「それじゃ、早速だけど今回の作戦を伝えます」

 と腕組みをする。

「あなた、目をつぶるのよ」

「はい」

 言われて僕は目を閉じる。

 一体、何をされるのだろうか…。

 まさか、これは勝利のおまじないのキッスを――

「何をやっているの。また、いつもみたいに気持ち悪い顔になっているわよ」

「だって、目を閉じろって言ったじゃないですか!」

 それに、いつもみたいに、なんて酷すぎる……。いいかげん泣くぞ。

「今、目をつぶってどうするのよ!百夜と戦う時に目をつぶるの!」

 愛子さんは頭から湯気が上がっているのが見えそうなほど、怒りながら僕に言う。

「目をつぶって戦うって……なんで?」

「あなた、相変わらず勘が鈍いわね。百夜の力の秘密よ。それは――」

 その後、愛子さんから聞いた百夜の力というのは、恐ろしいものではあるけれど、確かに攻略できないほどのものではないような気がする。おそらくドルアーガの塔よりも簡単だろう。しかし――

「目をつぶって戦うって、本当に大丈夫なんですか?」

「ええ、あたしの言うとおりにしていれば、ね」

 愛子さんはいつも通り安請け合い。それが、心強いような、不安を煽るような……。

「待ちくたびれたんだけど、そろそろ相談は済んだのかい?姉さん?」

 退屈を隠そうともせず、コリをほぐすように首を動かして、百夜はうんざりしたように言う。

「どう考えても、もう手は無いと思うんだけど?大人しくそこで見ていてくれないかな?」

「生憎、あたしもこの太郎も諦めが悪い事で有名なのよ。それに、ちゃんと手は考えてあるわ」

「へえ~それは楽しみだな。それで、一体どうするつもりなんだい?」

 馬鹿にしたように手を広げ挑発してくる百夜。

「ひまわりちゃんが寝ちゃったんだから、この、うちの隠しだま、太郎があなたをブッ飛ばして、その考えを正してあげるわ!覚悟なさい!」

 僕の方に手を置いて、愛子さんはいつも以上に不適に笑う。

「はははっ!何の冗談だい?相変わらず姉さんはおもしろいなあ」

「冗談じゃないわよ。あたし達は至って本気なんだから」

 僕も百夜を睨みつける。

「へえ~そっちの一般人くんも本気みたいだね。面白い、相手してあげるよ」

 そう言うと、百夜はゆっくりとこちらに近づいてくる。

 僕は睨みながらも愛子さんに、

「あの、愛子さん本当に大丈夫なんですよね?」

 と囁く。

 顔では自信満々なのをアピールしてはいるが、本心は、

「目をつぶって戦うなんて…」

 と、このように不安でいっぱいだ。

「何を今さら言っているのよ」

 愛子さんはまるで当然かのように、

「そんなのやってみないと分からないわよ」

 などと無責任に言う。

「そんな事言われたら、不安でしょうが無いんですが……」

 もちろん百夜には悟られないように睨み付けながら、僕は抗議する。

「何?あなた、あたしの事を信じてないわけ?」

「そういうわけじゃ……」

 でも……と続けようとした僕の口を閉じさせたのは、愛子さんの力強い視線だった。

「大丈夫」

 愛子さんはしっかりと僕の目を見て

「あたしを信じて」

 と言うと、静かに左目の眼帯を外した。


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