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オカエリナサイ(8)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話更新します。

                         8

 

 

「ちょっ、待った待った!」

 僕はひまわりちゃんの前に躍り出る。

「なに?お兄ちゃん?退いてくれないと、ボク戦えないんだけど」

 眉をひそめて、抗議するひまわりちゃんに、両手を広げて、

「一体、何をするつもりなんだよ?戦うって、まさかひまわりちゃんが戦うっていうのか?」

 そういった僕に

「ん?そうだけど…何かダメな事でもあるのかな?」

 にこやかな顔でそう返すひまわりちゃん。

「ダメダメ!何、言ってんだよ。ダメに決まってるよ!そんなの!ひまわりちゃんみたいに小さな子はそんな物騒な事しちゃダメだよ!」

「でも……」

 ひまわりちゃんは少し困ったような顔をして、愛子さんのほうを見た。

「ボクのお仕事だし…お金だって、もうもらってるんだけど……」

「し、仕事……?お金……?」

「ひまわりちゃんはね、ヴードゥーチャイルドが無くなってから、その特技を生かしてお仕事しているのよ」

 困惑している僕に愛子さんが説明してくれる。

「それが裏社会でのボディーガードなの。ほら、よく時代劇とかでやくざが、先生お願いします、とかって言って用心棒が出てくるじゃない?あの用心棒みたいなものよ」

 俄かには信じられないような事を、愛子さんは信じられないほどさらっと言う。

「何ですか、それじゃひまわりちゃんが、この殺しのプロたちの相手をして僕たちを守ってくれるっていうんですか?」

「そういうこと」

 そんな馬鹿な……とてもじゃないけれど僕はやっぱり信じられなかった。

「太郎さん、実はひまわりさんは私よりもきっとお強いのですよ」

 流鏑馬さんまでがそんなことを言い出した。

「どうでしょうか?一度ここはひまわりさんにお任せしてみては?」

「お任せって……」

 僕がひまわりちゃんを見ると、

「お任せあれ!」

 と胸を反らせてどんっとたたいて見せた。

「もう!しつこいわよ、太郎!ひまわりちゃんなら大丈夫だから、こっちにいらっしゃい!」

 愛子さんがじれったそうに僕にそう言う。

「そんなとこに突っ立ってたら、ひまわりちゃんの邪魔になるでしょ!」

「そうだよ、お兄ちゃん。ちょっとあっちに行っててくれるかな?」

 僕を脇へ押しのけるようにして、ひまわりちゃんは前へ進み出る。

「でも……ほんとに大丈夫なのか?」

 僕の問いかけに、ひまわりちゃんは振り返り、

「大丈夫!」

 そう言って、1000ルーメンぐらいの笑顔を見せる。

 そして、それっきり敵である男たちの方を向いてしまった。

 僕はいまだ信じきったわけではないのだけれど、ここは一つひまわりちゃんを信じてみようといった気になっていた。何故だかわからないが。

 もしかしたら、彼女の笑顔に当てられたのかもしれない。

 

 前を向いたまま、ひまわりちゃんが話す。

「愛子ちゃん。確か一曲ずつの契約だったよね?」

 愛子さんは不適に笑って、

「ええ、そうよ。正確にはワンコーラスいくらっていう契約だったと思うわ」

 と答える。

「そうか。わかった。それじゃ――」

 ひまわりちゃんは構える。

「始めるよっ!」

 そう言うとひまわりちゃんはカタパルトから射出されたような勢いで男たちの方へ駆け出した。と同時に

「ちゃーんちゃらっちゃ、ちゃーんちゃらっちゃ、ちゃーんちゃらっちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃーんちゃらっちゃ、ちゃーんちゃらっちゃ、ちゃちゃちゃちゃちゃん」

 走りながらとんでもなく調子っぱずれな歌声を上げる。

 って、なにこれ?

 前奏?

 といった僕の予想は的確にそれを捉えていたようで、この後、彼女はとても明るく元気よく調子っぱずれなまま歌い始めた。

「ぼっくらはみんなぁ~いっきているぅ~」

 これは童謡の「手のひらを太陽に」?

 なんで?

 という僕の疑問なんて、ふっ飛ばしてしまうように、腕をブンブンと振り回しながらひまわりちゃんは男たちの方へ駆けていく。

 歌いながらひまわりちゃんは、目に止まらないようなすばやさで一番近くにいた男の背後へと回りこみ、首筋に後ろからその細い腕を回す。その瞬間、

『ゴギン』

 校舎に反響するほど大きな音が響き、その音と同じくしてその男はその場に倒れた。

「いきぃ~ているからうったうんだぁ~」

 早すぎて何をしたか全く見えなかった。

 男たちが騒然とする。

 しかし、男たちもプロだった。

 目の前の事象の解析よりも先に、僕たちのほうから歌いながら飛び出してきたひとりの少女がどうやら敵対行為を起こしていると判断し、その排除行動に移った。

 その判断はさすがといわざるを得ないが、ただ、彼らはいくら仕事とはいえここは一度逃げたほうが良かったのかもしれない。

 しかし彼らの愚かを誰が責められるだろうか。

「ぼっくらはみんなぁ~」

 倒れた男の傍に立っていたひまわりちゃんを捕まえようと男が手を伸ばす。

「いっきているぅ~」

 その手に巻きつくようにひまわりちゃんが動いたら、

『ボギン』

 何かが砕け外れた音がして、その男もその場にうずくまる。

「いきぃ~ているから」

 怖気づいたように、その場に立ち竦む男たちの方へひまわりちゃんはすばやく移動する。その中から一番近くにいた男が、

「かなしぃんだぁ~」

『ゴギン』

 片足を突然失ったかのように、横向きに崩れ落ちる。

 続けざま、傍にいた男の首筋にひまわりちゃんはその小さな体躯を絡め、

「てぇのひらを~たいようにぃ~」

 男の顔が一瞬、驚愕の表情のままありえない方向へと向く。

『ゴリッ』

「すかしてみぃ~れぇ~ばぁ~」

 崩れ落ちる男から、ひらりと飛び降りてひまわりちゃんは次の目標を目指す。

「まっかにぃながぁ~れるぅ~」

 驚いて動けない男の膝を掴み、

『『ボギン』』

 二重に重なった破砕音と共に男は倒れる。

「ぼくのちぃ~しぃ~お~」

 ひまわりちゃんの調子が外れた歌声はなおも続いていた。

 宵闇に眠ったように静まり返った学校の敷地内に、男たちのうめき声と彼女の場違いなほどに明るい歌声だけが響いていた。

「すげぇ……」

 はたしてこれを凄いと表現していいのか、僕には判断できなかったけれど、その状況は僕にそう言わしめ、それ以上の言葉を奪った。

「おけらだぁって、かえるだぁって」

 ひまわりちゃんを捕まえようと両腕を伸ばしてきた男の腕をそのまま取り、

「あめんぼだぁってぇ~」

 肘がありえない方向へと曲げる。

『ゴギッ』

「みんなみんな」

 最後の男は今さらのように、その手に拳銃を構える。

「ひまわりちゃん!危ないっ!」

 僕が叫ぶよりも早く、彼女は反応していた。

「いきているんだ」

 拳銃を構えた腕に飛びつき、腕を抱え込むようにして、首には足を絡めて

『ゴギン』

 腕と首が同時に変な方向へ向いた男は、そのままその場に崩れ落ちる。

 男から飛び降りたひまわりちゃんは、

「ともだちなぁ~ん~だぁ~」

 と歌い、

「じゃん!」

 満足気に笑った。

 

「あれ?もう終わりか~つまんないのぉ~」

 遊び足りない子供のように、周りを見渡してひまわりちゃんはそんなことを不満げに言う。

「相変わらず凄いわね……。それはそうとひまわりちゃん、ちゃんと約束は守ってくれたわよね?」

 さすがの愛子さんもその凄まじい戦闘を目の当たりにして引き気味だ。

「うん。そういうオーダーだったからね」

 愛子さんの問いかけに、とてもさっきまで数人の男たちを相手に圧倒的な強さで持ってねじ伏せ、今、目の前の状況を作り上げた張本人とは思えないほど無邪気にひまわりちゃんが答える。

「ちゃんと誰も殺していないよ」

 そんなことをまるで母親の言いつけを守った子供みたいに誇らしげに言う。

 って、殺してない?

 殺すつもりだったのか?

 しかし、その後に続いたひまわりちゃんの言葉は僕をもっと驚かせた。

「でも、なんでそんなオーダーだったのかな?愛子ちゃん?この人たち、多分愛子ちゃんたちを殺すつもりだったんだと思うけど……?」

 心底、不思議そうにひまわりちゃんは愛子さんに尋ねる。

「なんで、殺しちゃダメなの?」

 小首をかしげ、そう訊ねるひまわりちゃんに

「それは、あたしも変わったって事よ、ひまわりちゃん」

 静かに言い含めるように愛子さんは言った。

「ふぅん。まあいいけどねっ!」

 ひまわりちゃんはぴょこんと跳ねて微笑む。

「ボクはボクの仕事をこなすだけだし!」

「そうね。ひまわりちゃんには関係ない話かもね」

 愛子さんは颯爽とマントを翻し、一歩踏み出す。

「さあ!これで邪魔者もいなくなったし、先に進みましょうか」

 

 校舎の脇を通り体育館を目指しながら、僕はどうしても気になっている事を愛子さんに訊いてみる。今、訊くことではないかもしれないけれど、今しか訊けないかもしれない話だ。

「あの…愛子さん?」

「何?」

 前を向いたまま愛子さんは答える。

「実はずっと気になっているんですけれど、教えてもらっていいですか」

 僕は声を潜めて、愛子さんに尋ねる。

「いいけど…何よ?」

「単刀直入に訊きますけど、ひまわりちゃんって何者なんですか?ていうか、大丈夫なんですか?」

 僕は少し前をぴょこぴょこ跳ねるようにして歩くひまわりちゃんに聞こえないように注意して愛子さんに話す。

「さっきの発言といい、戦いぶりといい、いくら元ヴードゥーチャイルドといっても、その…何ていうか……」

「怖い?」

 愛子さんが僕の心を見透かしたように言う。左目は眼帯に隠されたままだ。

「怖いっていうか……怖いだけじゃなくて、何というか可哀想というか……」

「そう……ひまわりちゃんっていくつだと思う?」

 唐突に愛子さんがそんなことを訊いてくる。

「えっ……いくつって…そりゃ、小学4年か5年ぐらいだろうから十歳ぐらいでしょ?」

「あの子、あたしと同い年よ」

「はあ?何をまた。冗談だとしてももっとマシな……」

 愛子さんの表情は決して冗談や軽口をたたいているときのものではない。この数ヶ月、見続けてきた僕が見誤るはずがない。

「そんな…嘘でしょ……」

 驚きを隠せないでいる僕に、愛子さんが説明してくれる。

「人というのは相手が可愛いものだと、途端に好意的に捉えようとするものなのよ。こんなに可愛いんだから、きっといい子だ。こんなに可愛いんだからそんな酷い事するわけがない。こんなに可愛いんだから、可愛そうなんだってね」

 確かにそういったことはよくある。

 僕も昔、流氷の妖精と呼ばれるクリオネが実は肉食で、獲物を捕らえるときに触手を大きく広げて悪魔みたいに邪悪な姿になるのを見て、子供心にひどくショックを受けた覚えがある。これも全て、その見た目の可愛さゆえの僕自信の思い込みのせいなのだけれど、クリオネにとってはいい迷惑かもしれない。

「そうやって生きながらえてきた種族だっているだろうから、これは一つの生存戦略なんだろうけれど、それを人為的に施されたのがひまわりちゃんなのよ」

 当の本人であるところのひまわりちゃんはというと、我関せずというか、自分の話題が挙がっていることも知らずに、僕たちの少し前を鼻歌交じりに機嫌よく歩いている。

「あの子は人体のありとあらゆる関節、神経、血管といった構造を知り尽くしていて、それを最小の力で攻撃するという技を持っているのだけれど、その技をかけるためには相手に近づかなくてはダメでしょう?」

「確かに……」

 さっきの戦闘も僕の目には詳しく見えなかったけれども、それでも推測はできる。あの男たちは全て腕、足、を骨折、もしくは脱臼させられ、また首を決められて失神させられて倒されたていたのだ。攻撃方法はそう――

関節技サブミッション……」

「関節技をかけるためには近づかなくてはいけない。相手に警戒されては近づけないでしょ?相手に警戒されない為には――」

「相手に可愛いと思わせる」

「そう。こんなに可愛いものが自分を攻撃してくるわけがない。また、こんなに可愛いものが自分よりも強いわけがない。そう思えば誰だって油断するし、不用意に近づいてくるわ」

「そうか……だから……」

「だからあの子はずっと可愛いままの姿にする為に、成長を止めたのよ。もちろん薬でね。そのせいで出てくる副作用をまた薬で抑えるものだから、三年前の彼女は常に薬を飲み続けないと生きていられないほどだったわよ」

 僕たちの前を歩くひまわりちゃんにそんな過去があったなんて、今の様子からはとてもうかがい知る事はできない。

「小さな頃から、人をどうやって騙し、どうやって相手を油断させて、どうやってその息の根を止めるのかだけを教え込まれたあの子にしてみれば、敵を殺さないなんて考えられない事なんでしょうね」

 前を歩くひまわりちゃんを少し悲しそうに愛子さんは見る。

「それでも、あの子はヴードゥーチャイルドから解放されて、成長ももう止めなくていいわけだし、それを良い事と思ってくれればいいんだけど……」

 最初にひまわりちゃんと会ったときに愛子さんが「大きくなったね」と言っていた、その本当の意味が、今、分かった。

「だけど、あの子このまま大きくなって、それでどうするんだろうね……」

「そう…ですね……」

 僕はやっと自分が何を知ったのかを知った。

 ヴードゥーチャイルド。

 それを僕は言葉の上だけで、人の命も尊厳も無視した狂った機関だと思っていた。

 そこから解放されれば、それだけですべてなかったことに出来る。

 そう思っていた。

 でも実際はそんなに簡単な話ではない。

 形の上では離れたとしても、ずっと付きまとってくる。

 過去というものはそういうもの。

 だとしたら

 ひまわりちゃんは、

 黒塚百夜は、

 木星は、

 そして――

 愛子さんは、

 その過去を抱えたまま、一体どんな気持ちなのだろう?

 決して人に預ける事のできないそれを、どうすればいいのだろう?

 だから、彼女らは戦うのかもしれない。

 だから、黒塚百夜は反旗を翻し、世界を相手に戦ったのかもしれない。

 そう思うと、なんだか僕はどうすればいいのか分からなくなる。

 黒塚百夜は本当に悪いやつなのか?

 はたして僕は今、正しいのだろうか?

 

「着いたわよ」

 愛子さんに声をかけられて、僕は思考を切り替えて前を向く。

 闇の中に体育館はその巨大な姿を溶かしていた。

「さて、どうしようかしら……」

 僕の目の前には来る者を全て拒絶するかのように、ぴったりと閉じ合わされた鋼鉄製の扉が静かにその役目を全うしている。

 愛子さんはどうやってその中に入るか思案中のようで、流鏑馬さんに何か指示している。

 なんて、していると、

『ギギギギギィーッ』

 とさび付いた鉄同士が擦れ合う音が響いて、ゆっくりと扉が開いていく。

「あら?招き入れてくれるなんて、気前がいいわね」

 愛子さんはそう言うと、何の警戒もすることなく、さっさと入っていこうとする。

「愛子様、ここは私がはじめに入ります。ですので、どうぞ私の後ろについてきてください」

 流鏑馬さんに制されて愛子さんは少し不満そうだったけれど、その言い分は十分正しいものだったので、

「……そうね。それじゃ、流鏑馬が先に入って。その後にあたしとひまわりちゃん。で、最後が太郎ね」

 わかった?と念を押される。

 それほどに僕はさっきの思考に囚われ続けていて、このときもはたから見ると上の空に見えていたかもしれない。

「あ、はい……」

「あなた、大丈夫?なんだか様子がちょっとおかしいけれど……」

「いえ、なんでもないです……」

「そう、それならいいけど……」

 愛子さんは勘がいい。

「あまり余計な事を考えない方がいいわよ。そんなことしていたら――」

 愛子さんは凄惨に笑う。

「足元をすくわれるわよ」

「はい、気をつけます……」

 愛子さんはそう言い残すと、僕をおいて体育館の扉の中にその姿を消してしまった。

 その後ろに、跳ねるようにひまわりちゃんが続く。

 僕は少しだけ開かれた鉄の扉を見つめ、一つ息をつく。

「さて、ほんと、どうしたものかね……」

 僕は足を踏み入れる。

 まだ、考えはまとまっていなかった。


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