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オカエリナサイ(6)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

                        6

 

 

 その場所とは――

「……これって…学校……?」

 ジュピターシステムが映し出した、わが東雲町の地図にピカピカと光る星マーク、それが示した場所とは、僕や南が数日前まで毎日足繁く通っていた市立東雲東高等学校であった。

「あの子の考えそうな事だわ……」

 何故か、にやりと少し楽しそうに笑う愛子さん。

「まさか、こんなに近くにいたなんて……でも、居場所が分かったなら話は早い。早速、行きましょうよ!」

「行くってどこに?」

「そんなの決まってるじゃないですか!学校ですよ!」

 意外そうに首をかしげて愛子さんは、

「何で?今、冬休みなんでしょ?」

 なんてとぼける。

「何、言ってんですか!?本気で言ってるなら、怒りますよ!」

「あなたこそ、本気で言っているの?どうせ、木星を助けるんだとか考えているんでしょうけれど、あなたが行ってどうするのよ?一体、どうやって助けるのよ?」

 愛子さんは僕を射抜くような視線で見つめる。

「そ、それは……」

 確かに、

 僕には愛子さんみたいな特殊能力も、

 流鏑馬さんみたいな身体能力も、

 鏨さんやなだれちゃんみたいな戦闘能力も、

 およそ、力というものを持ち合わせてはいないけれど、

 それでも――

「それでも、僕は行きます。何でか分からないけれど、木星を…あいつを連れ戻したいんです。止めてもダメなんですからね!」

 僕はそう啖呵を切って、ドクロ事務所を飛び出していこうと、ドアに足を向ける。

 まあ、自棄を起こしていたんだと思う。

 一、二歩進んだところで、

「ぐげぇっ!」

 と、まるで……いや、なんとも形容しようが無いほど酷い声を出す羽目になったのは、何も書き手の表現力を試しているわけではなく、ただ単に後ろから襟を掴んで引っ張られ、そのせいで首が急に絞まったからに他ならない。

「げほっ!げほっ!な、何すんですかっ!」

 むせながら涙目で僕は襟を掴んだ人物、つまりは愛子さんを睨む。

「ちょっと待ちなさいよ。何も木星を助けに行かないなんて言ってないじゃない」

「でも、さっき……」

 あれ?確かに行かないとは言ってないかも……。

「ねえ?言ってなかったでしょ?」

「じゃあ、一体どうするってんですか?」

いては事を仕損じるって偉い人も言ってるわ。誰か忘れちゃったけどね。いきなり乗り込んだとしても、あっちがどんな仕掛けで、どんな人数で待ち構えているか分かったものじゃないじゃない?ここは、今すぐ行きたい気持ちをぐっと我慢してきちんと準備しましょう」

 憮然とする僕にウインクを返して愛子さんは微笑む。

 その微笑みは心強いというか、何と言うか……。

「準備って言ったって、そんなに悠長には構えていられないでしょう?」

「そうね。確かにあまり時間がないわ。だから、あなたはとりあえず――」

 愛子さんは天井を見上げて、

「流鏑馬」

 呼びかけると

「はい。何でございましょうか?愛子様」

 と天井が開いて、流鏑馬さんが顔を出す。

「あなた、太郎にかたを教えてやって」

「かしこまりました」

 そう言うと、流鏑馬さんは天井からひらりと僕の前に降り立った。

「それじゃ、行きましょうか?太郎さん」

 愛子さんから僕の襟の後ろを受け取った流鏑馬さんは、そのまま僕を引きずって出て行こうとする。

「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくださいよ!何ですか、型って?」

「いいから、いいから。とりあえず行って来なさい。時間が無いんだし。あたしもあたしでちゃんと準備しとくから、ね?」

「ということですので、さあ」

 有無を言わさず、流鏑馬さんに引きずられて僕はドクロ事務所を後にした。

「頑張ってね~」

 と手を振る愛子さんと、目を白黒させている南が扉が閉まる瞬間に少しだけ見えた。

 

 その後、

 僕は流鏑馬さんの愛車、カタナにまるで荷物のように括り付けられて、一路、流鏑馬さんの里、おそらく忍者の里(本当にあった!?)に連れて行かれ…いや、運搬されたのだった。忍者の里なんていっても普通の田舎と変わらなかったのだけれど、その型というのが曲者だった。

 忍者なだけにね。

 失礼。失言でした。

 忍者の里なんて、そんな男心を近所の年上のお姉ちゃん並みにくすぐる存在なのだけれど、それを全く見て回れないほどほぼ監禁状態でその型というものを詰め込まれた。

 その型というのは、ある言葉に連動したポーズを取るという何だかよく分からないものなのだけれど、その種類が恐ろしくたくさん有って、僕は丸二日、飲まず喰わずで覚えたのだけれどそれでも全ては覚えられなかった。

「まあ、こんなところでしょうか。太郎さんにしてはよくやったほうじゃないですか?」

「は、はい…ありがとうございました……」

 飲まず喰わずが祟ったのか、仰向けに倒れている僕。

「フフフ、満身創痍といった感じですね」

「はは、笑うのもしんどいくらいです。でも、これって何なんですか?」

 いつも通り笑顔を貼り付けている流鏑馬さん。

「フフフ、それは秘密です。それよりもそろそろ行きましょうか」

「はい?行くってどこに……?」

「ああ、間違えました。行くじゃなくて帰るでしたね。あそこは私にとってもあなたにとっても帰るべき場所ですから」

「帰るって事はやっぱり……」

 少しぐらい休ませてくれても……。

「さあ、太郎さん。時間があまり無いんですから、急ぎますよ」

 流鏑馬さんはそう言うと、僕をまた引きずっていき、カタナに括りつけた。

「せめて、ちゃんと乗せてくださいっ!」

 という僕の抗議をかき消すように、カタナのエンジンが咆哮をあげる。

 

「待っていたわよ、太郎。じゃあ、行きましょうか」

 ドクロ事務所に戻った僕を待っていたのは、愛子さんの笑顔と強引なお誘いだった。

「行くってどこですか……?僕は今、帰ってきたばっかりでしかも飲まず喰わずで特訓してきたんですから、少しぐらい休ませて――」

「何、言っているのよ!時間が無いのよ!これから、心強い味方を迎えに行くんだから、あなたも来なさい!」

 ――はもらえないようなので、仕方なくついていく事にした。というかそうなってしまった。

 愛子さんに連れられて来たのはドクロ事務所からそんなに離れていない、駅前の大きな交差点だった。そこには駅と色んなショップの連なるアーケードを繋ぐ幅の広い横断歩道があり、僕たちはそのアーケード側でたくさんの人たちにまぎれて、信号が青に変わるのを待っている。

「それで、僕たちがこれから会うのはどんな人なんですか?」

「とっても頼りになる人よ。敵にするととっても恐ろしいけれど、味方にするならこれ以上頼もしい人はいないわね」

「へえ~。そうなんですか~」

 そんなに物騒な人なんて、大丈夫なのか?

「まあ、普段はそんな事無いから、心配しなくてもいいわよ」

 愛子さんはそう言うと、歩き始める。それで僕も信号が変わったことを知り、少し遅れて横断歩道を渡る。少しだけ早歩きで愛子さんに並んで僕は訊ねる。

「それで、その人はどこにいるんですか?」

 横断歩道の向こうにそれらしい人を探しながら歩く。

「そうね~、もう見えると思うんだけど……」

 愛子さんもキョロキョロと探しているようだ。

 そんなに分かりにくい人なのか?

 聞いた感じだと物騒な人なのに?

 そんな疑念にかられる僕に、

「あっ!居たわよ!ほら、あそこ!」

 と愛子さんが指差した。

 しかし、その場所は人だかりと雑踏でよく見えないので、僕にはその姿がいまいち確認できない。

「えっ?どれですか?よく分からないんですけど?」

「ほら!あそこよ!少しだけ見えるじゃない!」

 少しだけ?

 愛子さんが指差す先に、確かに少しだけ見えるものがあった。人ごみの中からぴょこぴょこと、何だか白くてフカフカしてそうなものが見え隠れしている。

 なにあれ?

 近づくにつれてそれが何かだんだん分かってきた。

「あれって……ぬいぐるみ……?」

 それは、耳を掴まれて逆さまにブンブンと振られるウサギのぬいぐるみだった。そして、それを振っていたのは、

「愛子ちゃ~ん!ひさしぶり~っ!」

 と叫ぶニコニコ顔の女の子だった。

「ひまわりちゃ~ん!元気だった~?大きくなったね~!」

 その子に対して愛子さんは親戚のおば…お姉さんのような笑みを浮かべ、声をかける。

 きゃーっ!なんて二人で手を取り合って再会を喜び合っている。

「いやいやいやいや、愛子さん?その頼りになる味方って……」

「そう、この子よ」

 愛子さんが肩に手を置くと、その子は元気よく手を挙げて、

「はい!ボクが今回の助っ人さんなんだよ!」

 と言いニカっと明るく笑った。

「そういわれても…この子、どこからどう見ても……」

 ただの子供にしか見えない。

 大きめ、というかブカブカなパーカーを着て足元はカラフルなスニーカーを履いている。多分子供用のあのローラースケートみたいになるヤツだろう。短めの髪をカラフルなゴムでパイナップルみたいに括って、年末も押し迫ったこの季節にはとても感じる事ができないような熱量の笑顔をその下に輝かせている。

「愛子さん……まさか本気じゃないですよね?こんな子供なら、まだ僕のほうが強いんじゃ……?」

 チッチッチッとその子は僕に向かって指を振る。

「お兄ちゃん、見くびってもらったら困るよ。この日向ひなたあおいそこまで舐められたら商売上がったりなんだよ。なんなら、お兄ちゃんが試してみる?」

 その瞬間、僕の背筋を何か冷たくてぬるっとした感触、ちょうどニシキヘビが這ったような感覚が走った。

 いや、そんな経験は無いけれど。

 ただ、僕を戦慄させるには十分過ぎる。

「……何だ?今の?」

 絶句する僕に愛子さんが教えてくれる。

「それは生物が本能で感じる恐怖ってヤツよ。それだけの殺気をひまわりちゃんはあなたに出してたのよ」

 ねーっ!と二人は声を合わせて笑いあった。

「ま…マジっすか?」

「マジっすよ!お兄ちゃん!」

 ひまわりちゃんは親指を立てて片目を閉じる。

「は、はは」

 僕は愛想笑いしか出来ない。

 確かにさっきの感覚、自分の直感を信じるならこの子は只者ではないのだろうけれど、いかんせん見た目に問題がありすぎる。

 僕が疑いと観察の目をひまわりちゃんに向けていると、

「ん?どしたのかな?お兄ちゃん?」

 と、小首を傾げてひまわりちゃんがそのつぶらな瞳で見上げてきた。

 その顔といったら――

「か、か、か、可愛すぎるやろーーーっ!」

 こんな可愛い生物が居ていいのだろうか。というぐらいに激しく可愛い。

 いや~さっきから実はその可愛さを伝えたかったのだけれど、何か殺伐とした雰囲気が続いていたから言い出せなかったんだよね~。

 もう一度言っておこう。

 掛け値なしに可愛い。

「お兄ちゃんがそんなに褒めてくれるなら、ひまわりがんばっちゃおうかな?」

「うん、うん。ひまわりちゃんはもう何もしなくてもいいよ。何もせずに僕の家の子になりなさい。そうだ、それがいい!」

「きゃー!嬉しい!」

 ひまわりちゃんが僕に抱きつこうと飛びついてきた。もちろん僕も両手を広げてそれに答える。

 僕の胸に飛び込んできたひまわりちゃんの細い腕が僕の首に絡みついた時。

「ぐえっ!」

 するっと、ごく自然にひまわりちゃんは僕の首を絞めてきた。

「あっ、間違えた」

 すぐにひまわりちゃんは外してくれたけれど、僕は一瞬意識がトびそうになった。

 そんな僕を汚い物、そうだな、ちょうど道端に落ちている雨に濡れてボロボロになったダンボールを見るような目で見ていた愛子さんが、呆れたように

「そんな、明らかに変質者みたいな目でひまわりちゃんを見るからそんな目に遭うのよ。自業自得だわ」

 と言い捨てた。

 

 そして、そして。

 僕たちは再度、ドクロ事務所に戻った。

 ひまわりちゃんを見た南は僕と同じようなリアクションを取ったのだけれど、南は別に首をキめられてはいなかった。何だ?その不公平は?

 それに対して流鏑馬さんはひまわりちゃんを怖れるように少し距離を取って接しているようだった。その態度から、どうやらひまわりちゃんはそこそこ有名な子らしいことが分かる。…って分かるか?僕はまだまだ半信半疑だった。ひまわりちゃんのどこにそんな頼りになるっていう部分があるのか?

 そんな僕の不安なんてどこ吹く風、愛子さんは高らかに宣言した。

「これで準備は整ったわね!作戦決行は明日よ!各自、明日に向けて十分に休養を取っておく事!南ちゃん、何か飛びっきりおいしいものをお願いね!」

「は、はい!じゃあ…流鏑馬さん、手伝ってください」

「もちろん」

 流鏑馬さんは微笑んで、隣の部屋のキッチンへとパタパタ走っていく南の後を追った。

 ガチャガチャと隣の部屋から、聞こえる料理の音からどんな料理が出てくるのか不安になってくるけれど、それよりも僕には不安な事があった。

「明日か……大丈夫なのかな……」

 僕の呟きが聞こえてしまったのだろう。愛子さんが

「大丈夫に決まっているじゃない!」

 と僕の頭を後ろから小突いた。

「痛てっ!……でも……」

「でももくそも無いわよ。大丈夫じゃないとダメなのよ。大丈夫にしなくちゃ……」

 愛子さんはそれ以上、言葉を続けなかった。

 そうだ。

 何があっても大丈夫にしなくては。

 僕はひそかに決意を固める。

 木星は口は悪いし、意地悪だし、可愛げはないし、わがままだけれど、

 あんな顔をさせるのは嫌だ。

 あいつを取り返すんだ。

 明日。

 明日は十二月三十一日。

 そう明日は、

 大晦日。


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