オカエリナサイ(4)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。
4
大きく古めかしい門をくぐっても、道はまだ続いていた。
所々に雪がほのかに残る道を、愛子さんのポルシェに乗って進む。
愛子さんの突然の告白に、僕の頭は伊勢湾台風と関東大震災と天保の大飢饉が同時にやってきたほどに混乱していた。
「ちょっと整理させてください……あまりにもいろんな事を聞きすぎて……」
つまり、
今回、木星を連れて行ったのは、世界を壊そうとするぐらいヤバいテロリストで、
さらに、そのテロリストは怪しい機関の出身者で、
そして、その機関というのが、今、僕たちが向かっている場所で
愛子さんも、その機関の出身者で、
しかもその場所は愛子さんの実家で、
テロリスト、黒塚百夜というのが弟で、
愛子さんの本名は、黒塚愛姫で、
…………って
整理できるわけないだろっ!
意味わからんっ!
一人でぶつぶつ言っては頭を抱えるという作業を繰り返している僕を見て、愛子さんはふふっ、と笑みをこぼした。
「まあ、あなたが困惑するのも分かるわよ。あたし自身もちょっとどうかと思うぐらいだもの」
「何だか、色々と聞いてはダメな話を聞いてしまった感は否めませんが、とりあえずは落ち着いたと思います」
本当はそんなに落ち着いてもいないのだけど、そうとでも自分に言い聞かせないと本気で混乱してしまいそう。
「あなたに色々と隠していたのは悪かったと思っているわ。いつか言おうと思っていたのは本当よ。でも、なかなか言えなかった」
愛子さんは言いにくそうに、でもしっかりとした口調でこんな話をしてくれた。
この国には太古の昔より続く家柄がいくつかある。
いわずと知れた天皇家がまさにそうだ。
出雲大社の宮司の家系も相当に古いらしい。
それらと同等、もしくはそれ以上に古い家系。
それが――黒塚家。
いわく、その出自は定かではないが、この国が国の形を持った時点で、すでにその力は時の権力者を超えるほどだったそうだ。
決して歴史の表舞台には出てこないけれど、確実に歴史を裏から操ってきた。
時代ごとに移り変わる支配者たちとは違い、いつの時代も常に変わることなく、力を持ち続けていた。
そんな、嘘のような家系が愛子さんの血筋なのだそうだ。
そのおかげで、愛子さんは蝶よ花よと大切に育てられたそうで、十代後半まで家から出たこともなかったそうだ。
「あたしの話は今は関係ないわよ!」
…だそうだ。
話を戻すと、そんな黒塚家はその強大な権力と底知れぬ財力を駆使して、『養成所』なるものを設立する。
それ自体が出来たのは先の世界大戦時のことらしいが、その母体となる組織自体はそれこそ一説には平安時代の陰陽師の養成に携わっていたと言われているらしいが、定かではない。
その『養成所』がさらにエキスパートクラスとして作ったのが――
「ヴードゥーチャイルドってわけなんですね……」
「そう。東西の冷戦時代に、養成所の中でも特に力の強い子供たちを、別プログラムでさらに強化して各国の諜報機関や軍隊に輸出する。そうやって各国との強いパイプを得た今の黒塚家は世界でも有数の特権階級、所謂、時の権力者然としているわ」
ボウルいっぱいの苦虫を一気に頬張ったような顔をして、
「まったく、つくづく嫌になる……」
愛子さんは言い捨てる。
「それで、その黒塚…愛子さんの実家に行ってどうするんですか?」
そこに木星がいるとでもいうのだろうか?
そんなに簡単なこと……?
「いえ、そうじゃないわ。今からある男に会って今回のことの顛末を問いただすのよ」
「問いただす?」
「もともと百夜はここで軟禁状態だったはずよ。それなのにそれを逃がした挙句、木星まで連れ出させてしまったのは、明らかにあっちの失態。だからそれを追求してどうやって責任を取るのか訊いてやるのよ。フフフ、どんな顔になるでしょうね……」
愛子さんは獣の通り道に落とし穴を仕掛けた猟師みたいに、あくどく嗤った。
「それに、もしかしたらあの子達の逃亡先の、何か情報を持っているかもしれないしね」
そうやって話している間に、遠くのほうに、さっきよりも少しだけ小さな木造の門が見えてきた。愛子さんはポルシェのスピードを緩める。近づいてみるとその門の前に一つの人影が立っているのが見える。ていうか、あれって――
「……や、流鏑馬さん?」
車を降りた僕たちが目にしたのは、いつもと変わらぬ貼り付けたような笑みを浮かべ、黒尽くめのフォーマルな服装に身を包み、慇懃にお辞儀をするよく見知った人の顔だった。
「遠いところをご苦労様でした。さぞお疲れでしょうが、当主様がお待ちですので、早速こちらへどうぞ」
「な、なんで流鏑馬さんがここに?」
まるで、そこにいるのが当然かのように、微笑みながら片手を広げ先を促す流鏑馬さんに、僕は戸惑いを隠すことは出来なかった。
「流鏑馬はもともとここの執事なのよ。あたしがここを出て行くときに付いてきた、というかついて来させられたというか……」
愛子さんのその説明にも流鏑馬さんは全く表情を変えることなく、顔の神経がそのまま硬直してしまったみたいに微笑み続けていた。
「ん?ちょっと待ってください。確か、愛子さんと僕がドクロ事務所を出たときにはまだ流鏑馬さんは事務所にいたような……」
確か南と一緒に僕たちを見送っていたような……。
「ああ、それは私が太郎さんたちを追って、追い抜いて、先回りしただけですよ」
「そ、そんな事出来るんですか?」
愛子さんのポルシェはお世辞にも安全運転とは到底いえない運転でここまで来たんだぞ。
「ええ、あのバイクで来ましたから」
流鏑馬さんの視線の先、遠くの木の陰に一台の銀色のバイクが駐車してあった。
「あれはスズキのGSX1100Sカタナです。いいですよね、あのフォルムといいそのスピードといい、さらに名前がいい。カタナなんて、まさに拙者にうってつけのバイクでござる」
「よかった~。いつもの流鏑馬さんだ~」
僕はほっと胸を撫で下ろす。
「何の事ですか?」
「いえ、こっちの話です」
流鏑馬さんは天然でこのキャラだからな。本人は、全く自分の事を変だなんて思っていないところが厄介だ。
話をはぐらかした僕を、流鏑馬さんは笑顔のまま少しだけ首をかしげて見ていたけれど、ハッとして、
「それよりも、さあ、こちらへ」
と門の中へと僕と愛子さんをいざなった。
二つ目の門の向こうには、我が校のグラウンドよりも広い前庭が広がっていて、その向こうにいかにも歴史を重ねてきたというような、平屋の屋敷の玄関が見える。
玉砂利が敷かれた前庭を横切り玄関に着くと、どこからともなく現れた流鏑馬さんとは違う老紳士みたいな執事が現れ、僕たちを出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、愛姫様。いつかこうやって帰ってきてくださると私は信じておりました。さ、当主様がお待ちですので」
深々と頭を下げてその老執事は愛子さんに挨拶を述べると、僕たちを先導するように屋敷へと入っていく。
「帰ってきたわけじゃないっての……」
愛子さんは誰にともなくそう呟いて、敷居をまたぎ屋敷に入っていく。もちろん僕もそれに続き、流鏑馬さんが最後に連なった。
長い、長い、なっがーーーーい廊下を進んで行き、僕たちが案内されたのは、これまたやたらと広い畳敷きの部屋だった。部屋の片側は少し高くなっている。
「何ですか?この温泉旅館の宴会場をやたらと広く豪華にした部屋は?」
僕の感嘆の声に、愛子さんはこれでもかというほどの呆れ顔を作って、
「何よ?そのいかにもな説明口調は?あなたの語彙の無さには、ほんと呆れるのを通り越して、もう冬れるわ」
寒々とした声でそう言う。
ふゆれるって何だよ!
あまりのくだらなさに、僕が突っ込まないでいると、それが少し不服だったのか、機嫌が悪そうに愛子さんは説明を始めた。
「ここは所謂、謁見の間ってやつよ。何というか、この家の奴らってこういった回りくどくて大仰で威圧的な演出が大好きなのよ。本当、趣味、悪……」
「ああ、なるほど。だから愛子さんも……」
悪趣味な演出過多なんだな。
と言いかけて止める。
「だから、何よ?」
「いえ、何でも……」
金メダルを全種目で獲得できそうなほど、勢いよく泳ぐ僕の目を覗き込むように愛子さんは言った。
「へえ~あたしに隠し事…あなた、まだあたしの事が分かってないようね?さて、だからの次は何を言おうとして――」
愛子さんが左目の眼帯を外そうと手をかけた時だった。
ふすまが開いて、さっきの老執事が現れた。
おかげで愛子さんの追及はそこで終わり、かわりに
「当主様がまもなくおいでです。愛姫様、どうぞそちらにお座りになってお待ちください」
そう言われた愛子さんは、部屋の真ん中に置いてある平安時代の貴族が座っていた壇に(百人一首とかを参照に)いかにも不承不承といった風に座った。
「あの……僕はどこに座れば……?」
愛子さんの席に無理やり座ってもいいのだけれど、何となくあれって一人用っぽいしな。
僕が一人おろおろと居場所を探していると、その老執事はにっこりと微笑んで、
「お連れの方は速やかにご退室願います。あなた様の謁見は許されておりませんので」
この部屋に案内した時のように、片手を広げて僕を部屋の出入り口へと誘導しようとする。その慇懃無礼な態度に思わずムカッとする。
何か言い返そうと、口を開きかけた時、
「太郎はいいのよ。あたしが許します」
と愛子さんが静かに力強く言った。
「しかし…いくら愛姫様がお許しになられても……」
明らかに困り顔になる老執事。ざまあみろってんだ。
「あたしがいいって言ったらいいのよ。それとも少し見ない間にあたしに意見できるまでに偉くなったのかしら?」
「め、滅相もございません……」
手を千切れんばかりの勢いで振って、老執事は否定して逃げるように部屋から出て行った。
べーっと出て行った老執事に舌を出していると、
「何、変な顔しているのよ」
愛子さんに子供っぽい行動を見られたしまった。
恥ずかしさに顔が熱くなる。
「それはそうと、あなたはこれから出てくるヤツの顔を見ないほうがいいわ。何があってもあなたは顔を上げないようにしていなさい」
愛子さんは珍しく余裕がないほどに逼迫した表情で、僕を脅すように言う。
「絶対よ。あなたはもうすでに色々と知りすぎているけれど、ただ知っているのとその目に焼き付けてしまうのとでは、全く意味が変わってくるのよ。いいこと?絶対に顔を上げてはダメなんだからね。これがあなたの運命を守る、天王山、分水嶺、関が原なのよ。わかった?絶対死守しなさいよ!」
そんな、ご無体な……。
負け戦で篭城中の戦国大名じゃあるまいし……。
愛子さんの席の横に座りながら、僕は訊ねる。
「それってどういう――」
その時、ふすまが開いた。
と同時に、僕の頭を愛子さんが畳に付きそうなぐらい、低く押さえつけてきた。
「あ、愛子さん!?」
「黙りなさい」
押さえつけられた頭の耳元で、早口でそう囁かれて、僕は魔法にかかったかのように身動きが出来なくなってしまった。
すっ、すっ、と開いたふすまから誰かが入ってくる衣擦れの音が聞こえる。
その音が止み、その誰かが僕たちの正面、一段高くなった所に座った気配が伝わる。
「私に客人などと珍しい事もあると思えば、そなたであったか」
どことなく底冷えするような響きのする声で、その男は、
「面をあげよ。愛姫」
と愛子さんに言う。
愛子さんが顔を上げる音がして、
「ご健勝そうでなによりです。お兄様」
とその男に負けないぐらい冷え切った声音で挨拶を返す。
っと、
待て待て、
何かスルーしてはいけないものがあったような……。
「我が妹ながら、なかなかに食えぬ表情をするようになったな、愛姫よ」
「今は、髑髏塚愛子と名乗っております。この家のものと思われたくありませんので。ですのでわたしの事は愛子とお呼びください、お兄様」
妹!?お兄様!?
この二人、兄妹かよっ!?
僕が、頭がS極に、畳がN極になったようにくっつけて、二人のやり取りを一人ドギマギしながら聞いていることなんてまるで関係なく、愛子さんの兄らしき人物は話を続ける。
「その表情だと、この家に帰ってきたというわけでもないのであろう?一体、何をしに来たのだ?」
その言い草に僕は少し違和感と腹立たしさを感じたのだけれど、愛子さんはまるで何事でもないように、静かに話し始める。
「おとぼけになるおつもりですか、お兄様。話というのは、わたしたちの弟、百夜のことです。百夜はこの黒塚家で保護という名の軟禁状態にあったはず。それなのに、わたし達の元に現れて、あろう事かわたし達の仲間、木星を連れ去ったのです。あの子はまた何かを始めようとしている。何も知らないとは言わせませんよ、お兄様」
静かに、それなのに十分すぎるほど強く激しく、愛子さんはそのお兄様とやらに自分の怒りを突きつけた。
「どう、ご説明なさるおつもりで?」
頭を下げていても僕の頭上の空気が、ピリピリと夏の嵐の前のように緊張感をもって張り詰めているのが分かる。しかし、そんな空気を打ち破るように、
「はーっはっはっはっはっはっはっはっ!」
突然、馬鹿のような高笑いをその男があげた。
「何が面白いのですか?」
愛子さんはちっとも面白くないとでも言いたげだ。
「いや、我が妹の成長が愉快でな。思わず声をあげて笑ってしまったのだ」
こいつ、なんか腹が立つ。
「それはそうと愛姫よ。そなたは何か勘違いをしておるようだ。今回の百夜の逃亡は、私自身もついさっき知ったのだ。今、この黒塚家の総力を上げて、その潜伏先を捜索しておる」
どことなく馬鹿にしたような声でその男は言った。
「その話を信じられるとでも?」
愛子さんの声はますます研ぎ澄まされて鋭さを増しているようだった。
「それは、どういう意味だ?」
「お兄様はこれを機に、自分の思い通りにならないヴードゥーチャイルドを処分しようとして、わざと百夜を逃がして、さらにあの子が執心だった木星の居場所を教えたんじゃないですか?そうすれば、あの子がまた仲間を集めて、反乱を起こす。それを理由にそのメンバー全員を……」
愛子さんの怒りが、まるで火のように伝わってくるようだ。
「そうだといったらどうするんだ?」
「あなたは――」
愛子さんが何かを叫ぶ、それと同時に、
「もしそうなら、僕がお前をぶっ潰してやるっ!」
僕はバネ仕掛けのように跳ね起きて、その男を睨みつけてそう叫んでいた。
「あ、あなた、何で起き上がるのよ!」
「愛子さん。あんな事言われて、我慢できるほど僕は聞き分けのいい子供でも、達観した大人でもないですよ」
ここで何も言わないなんて、僕の精神衛生上、非常によろしくない。
「だからって、あたしはあなたをこれ以上巻き込まないように――」
「ここまで巻き込んどいて、それはないですよ、愛子さん。それなら最初から僕を連れてこなければ良かったじゃないですか」
僕に遮られて愛子さんは「そ、それは…」なんて渋々黙る。
「愛姫。こいつは何だ?さっきのセリフはまさか私に言ったんじゃないだろうな?」
呆気にとられたような表情だったその男は、ゆっくりと口を開く。
「お前に言ったんだよ!当たり前だろが!」
僕は視線により力を込めて睨みつける。
その男はまるで僕自身を、初めて異人をみた江戸時代の侍のように、しげしげと観察する様に眺めていた。
男は、声や話しぶりから想像していたよりももっと若く、年齢としては愛子さんとそんなに変わらないように見える。若干細面な輪郭に、切れ長で涼やかな目元で僕を見ながら、
「珍しい…というよりも信じられない……。まさかこの私に市井の者が話しかけるだけではなく、あろう事かお前呼ばわり……全く信じられん……」
和室にはおよそ似つかわしくない、クラシックな軍服のようなデザインの洋服を着てその男は立ち上がった僕を見上げていた。
「特別に名前を訊いてやろう。お前、何という名だ?」
鷹揚に男は僕に訊いてきた。
「答えるんじゃないわよ!」
愛子さんの制止も、そのときの僕の耳には届く事がなかった。
それだけ僕は憤っていたのだった。
「僕は、田中太郎だ。覚えておけ!お前の名前も教えろ!」
掴みかからんばかりの勢いで、僕はその男に名前を訊く。
「私の名前を問うか…良い覚悟だ。しかと聞くがよい」
その男は僕の目をにらみ返しながら
「黒塚幾歳それが私の名だ」
そう言うと男は不適に笑った。
その顔は、嫌になるほど愛子さんにそっくりだった。