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オカエリナサイ(2)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

                        2

 

 

 明けて翌日。

 つまり十二月二十五日。

 世界的に今日はクリスマスと呼ばれ、おそらく世界中の多くの人が、二千年前に生まれたユダヤ人の救世主の誕生日を東方の三賢者同様、盛大にお祝いする日になっている。

 しかし、何故かわが国では当日よりも前日のほうを重視する傾向が強いので、クリスマスもイブのほうを重視するし、元旦よりも大晦日のほうが何だか盛り上がる。

 まあ、個人的な見解かもしれないけれど。

 愛子さんもその辺は僕と同じ感覚を共有しているらしく、僕がそう話したときに「そうよね~」と、いたく同意してくれた。ただし、愛子さんは僕と違ってかなりへそ曲がりで、しかも筋金入りの天邪鬼なので、あえてみんながあまり重要視しない当日に着目し、二十五日、つまりはクリスマス当日にクリスマスパーティーを開催する事を声高に宣言するにいたった。

 そのせいで僕は、寒風吹きすさぶ十二月末の昼下がりに、両手に馬鹿みたいにパーティーグッズを携えて、ドクロ事務所を目指し階段を一歩一歩上っているのだった。

 いや、そもそも聖夜というくらいなのだから、本当はイブからクリスマス当日に変わる瞬間が大事なのかもしれない。何て考えている間に、三階にあるドクロ事務所の扉の前までやってきていた。思えばまだ若葉が青々と茂っていた五月には、この扉を開けるのに大分、勇気がいったな~、一年が過ぎるのは本当、早いな~、などと十二月に皆が思うであろう定型句を思い浮かべながら、ドアノブを捻る。

「こんちはー…って、あれ?」

 ……誰もいない。

 ……もとい、

 機械の駆動音はするので、例の悪口金髪少女は機械の向こう側におそらくいるのだろう。

 部屋をよく見渡してみると、応接セットのガラステーブルの上に書置きが残してあった。

『Dear 太郎くん

 私と愛子さん、流鏑馬さんは食材を調達してきます。

 腕によりをかけてごちそうを作ってあげるから、楽しみにしててね。

 それでちょっとお願いがあるんだけどいいかな?

 その間に部屋の飾り付けをお願いしたいんだけど…ダメ?ダメじゃないよね?

 ご馳走いっぱい食べていいから、お願いね。

 From 南』

 なんとも胸がざわめくような文章は、南が書いたもののようだ。

『やってなかったら死刑だからね!』

 その横に書きなぐってある背筋をざわめかせる一言は愛子さんのものだろう。

 どちらもそのキャラクターが良く出ているなあ、なんてのんびり考えている余裕はない。愛子さんに死刑にされるのは勘弁して欲しいので、僕はとりあえず持ってきたビニール袋から金モールやら、作り物のもみで出来たリースやらを取り出して、部屋のあちこちに、それなりに当たり障りなく配置し始める。

 

 ここで働き始めて、早半年と少し。毎日、数多くの雑用をこなすうちに、せっせと手際よく働く事がすっかり身に付いてしまった僕は、おかげさまでクリスマスの飾りつけぐらいなら、ものの三十分足らずでやっつけてしまえるようになっていた。

 飾り付けの手際がいいなんて、どこで役立つスキルなんだよ……。

 まあ、とにかく僕はそれなりに賑やかに、そこはかとなくチープに、何となく懐かしく飾り付けられたドクロ事務所の室内を見渡し、一人満足していた。

「よし、こんなもんかな」

 ハード(飾りつけ)が完成したのだから、後はソフト(ケーキやご馳走)を待つのみになった僕は、やることが無くなり、はやる気持ちを持て余す事になった。ますますメイド力に磨きがかかった南の手料理や、露出過多な愛子さんのヘンテコ衣装を想像すれば、誰だって期待が中二の桃色の妄想よりも膨らむ。自然とテンションも上がるってものだ。

 だから、一時の気の迷いを一体誰が責められるというのだろう。

「おい」

 僕はうずたかく、しかしながら整然と積み上げられた機械の向こうに声をかけた。

 返事は無い。

「おい。いるんだろ?飾り付けが終わったんだけど、ちょっと見てみないか?」

「………………」

 再度、呼びかけてみるも、機械の向こう側にいるであろう奴は無言を返事に代えて返すばかりである。生憎、僕にはテレパシーは備わっていないので、その返事ではただの拒絶にしか成りえないという事を教えてやらなければ。

「おい。返事ぐらいしろよ、木星」

 機械の向こう側を覗くと、はたしてセーラー服に身を包んだ金髪少女が何台もあるモニターとキーボードとタッチパネルと何だか良く分からないスイッチ達を、忙しく操作しているところだった。昔のSF映画に出てくるようなヘンテコなゴーグルもつけているので、その見た目は何だか良く分からないものになっている。ちなみに愛子さんによると、そのヘンテコなゴーグルで目線を感知して、機械を操っているらしいので、決して木星の趣味でこんな変な格好をしているわけではないと、木星の名誉のために言っておこう。

「………………」

 僕の再三に渡る呼びかけにも、木星はまったく答えようとはしない。

「おい。無視するな」

 そういった僕に、やっと顔を向けた木星は

「…にほんご、わっかりませーん」

 といつも通り感情の欠落したような平坦な口調でそう言い、またモニターたちのほうに目を向ける。

「そりゃないだろ…もっとマシな言い草だってあるってもんだ」

 あまりの答えに呆れる僕に向かって、木星は

「うるさいから、死ね」

 と、こちらをチラッとも見もしないで言い放つ。

「なんだよ!お前だって少しぐらいパーティーが楽しみじゃねえのかよ!」

 木星はそう言った僕の瞳をゴーグルの奥からジッと見つめてきた。

「………………」

「な、何だよ……?」

「わたしは何も楽しみにしてはいけない」

 僕の気のせいかもしれないが、寂しそうにそう言った木星に、勝手ながら胸が少し痛んだ。だから僕は訊かざるを得ない。

「それって、どういう――」

 珍しく会話らしい会話を木星と交わしたので、驚きながらもその真意を確かめるべく、僕が次の質問を繰り出そうとした時だった。

 ――ガチャ。

 事務所の扉が開く音がした。

 愛子さんたちが帰ってきたのかと思い、振り返った僕の視線の先には、見知らぬ少年が一人立っていた。

 身長は僕と同じぐらい。体格もさほど変わらないだろう。年齢は良く分からないが、見た目で判断するとおそらく同年代だと思われる。時代遅れな詰襟の学生服を着たその少年は鬼太郎みたいに片目が髪の毛で隠れている。

 まるで女の子みたいに美形な少年が、微笑んで立っている様は、何だか妙に神々しく、それでいて何となく薄ら寒いものも同時に感じた。

「あの…どちら様でしょうか?」

 僕の問いかけには応じず、その少年はゆっくりとこちらに向かってきた。

 それはそうと、この少年どこかで会ったような……。

「ああ、仕事の依頼だったら、もう少しすれば代表が――」

 僕のことなんてまったく見えていないかのように、少年は僕の横をすり抜けて、ジュピターシステムの向こう側を覗き込む。

「やっと会えた…とても探したんだよ――」

 少年は凄惨な笑みを浮かべる。

「ジュピター」

 そう呼びかけられた木星は、ゴーグルを外し少年の顔を見て、驚きの表情になる。

「なんであなたが……?」

 驚いた木星にも、他人のことを『あなた』なんて呼ぶ木星にも心底驚いたけれど、それよりももっと僕の注意を引いたのは、その少年が木星を昔の名前で呼んだことだった。

「し、知り合いなのか?木星?」

 木星も僕のことなど目に入っていないように、その少年から目が離せないようだ。

「なぜ、あなたがここにいる?」

「フフフ、それは、君を迎えに来たんだよ、ジュピター」

 少年は木星に手を差し伸べる。

「さあ、行こう」

 木星は目を見開き、その手を取るでもなく、ただただ表情を強張らせ驚いている。

「いやいや、行こうってどこにだよ!?てか、あんた誰だよ!?」

 さっきからずっと無視され続けて、いくら温和な僕でもさすがに口調がきつくなってしまう。しかしそのかいも無く、僕の問いにはやっぱり答えずに、少年は木星の腕を無理やり掴み、力任せに引っ張って機械の奥から引きずり出した。

「ちょ、ちょっと待てよ!木星はまだ、行くとも行かないとも言ってないだろ!」

 木星を引きずるようにして、外に連れ出そうと出口に向かう少年に、行く手を塞ぐように僕は立ちはだかる。

「……邪魔だ」

「やっと、口をきいたな。ちゃんと説明してもらおうか。あんたが誰で、木星をどこに連れて行こうとしているのか」

「……邪魔だな」

「おい。何とか言えよ。どういうことかきちんと――」

 その時、少年が髪をかきあげて、隠れていた左目が僕を見る。

 ルビーのように深紅の瞳が僕を見据えて、

「――黙れ」

 と静かに言う。

「……!?」

(嘘だろ……?)

 声の出し方を忘れてしまったかのように、話そうとするけれど、言葉をつむぎだす事が全然できなくなっていた。

「驚いているみたいだな…そんなに驚く事も無いだろう?その目で見るだけで、その心を見ることが出来る女もいるんだから、黙らせるぐらいなんてこと無いさ」

(こいつ、愛子さんのことを知ってる!?)

「ぼくが本気を出せば、声だけじゃなくて君の全部を消し去る事もできるんだよ。それこそ命だって消す事ができる」

 僕を嘲り笑うように、少年は目を細めて、

「なんなら、今ここで君を消してあげようか?」

 そう言うと少年はおかしそうにくつくつと笑った。

 いや、嗤ったのか。

 

「――ハンドレット」

 今までずっと押し黙っていた木星が口を開く。

「……一緒に行く」

「フフ…そう言うと思ってたよ、ジュピター」

 ハンドレットと呼ばれた少年は満足そうに微笑んで、掴んでいた木星の腕を離した。

「じゃあ、行こうか」

 促されて木星は少年と一緒に出て行こうとする。

(このまま行かせてはダメだ!)

 僕は二人の行く手を遮るように、立ちはだかった。

「…何を口をパクパクさせているんだい?金魚の物真似でもしているのかな?」

 僕は声が出ないけれど、必死に木星に訴えた。

(行くな!木星!なんか知んねえけど、こいつはヤバイ気がする!)

 木星はそんな僕の顔を、いつも通りの絶対零度みたいに冷えた目つきで睨み、

「気持ち悪い顔。死んだほうがいい」

 と、これまたいつも通り平坦な口調で冷たく言い放った。

 いつも通りの木星に少しだけホッとした。

 でも――

(お前、そいつと一緒にどこに行くんだよ?愛子さんには――)

「お前には――」

 僕の口の動きから察知したのか、木星は僕の問いにこう答えた。

「お前には関係ない。気にするな」

 僕を気遣ったようなその答えは何だか木星らしくなくて、僕は言葉にならない不安を感じた。

「だそうだ。関係ないから引っ込んでいてくれるかな?」

 少年にそう言われて、はい、そうですか、と聞き分けよく引き下がれるわけが無い。自慢じゃないが、聞き分けの悪さならぐずった三歳児よりも、耳が遠くなった頑固ジジイよりも悪い事を自負している僕なのだ。そのまま手を広げ立ちはだかる。

「…何をしているのかな?」

(行かせない)

「ははっ、何を言っているのか分からないな。声を消しただけじゃまだ自分の無力を分かっていないみたいだね」

 少年はそう言うと髪をかき上げ、

「少し寝ててもらおうか」

 と、紅い瞳で見据えられる。

 その瞬間、僕の体から力が抜けた。

 抜けたなんてものじゃない、元々最初から無かったかのように、力が全く入らない。

 僕は膝から崩れ、無様にも床に倒れて、そのまま動けなくなってしまった。

 さらに意識が遠のいていく。

 だんだん。

 だんだんと。

 まるで強制的に眠らされるように。

 意識が手からこぼれる砂のようだ。

 どうしようもないほどに留めておけない。

 目の前が徐々に霞んで行き、

 意識を失う瞬間。

 最後に見たのはドアを出て行くときに、少しだけ振り返った木星のどこと無く悲しそうな、さみしそうな横顔だった。

 

「――どうしたのっ!太郎くん!」

 次に目を覚ましたのは、けたたましく叫ぶ南の声に鼓膜を連打されたときだった。

「そんなところで、なんで寝ているのよ。アハハッ、バッカねえ~」

 その後、僕の鼓膜どころか脳みその奥までどつきまわしたのは、愛子さんの笑い声だった。

「…これが、寝ているように見えますか……」

 精一杯強がる僕に、愛子さんが静かに、しかし強く訊ねる。

「で、本当にあなたどうしたのよ?何があったの?」

 情けなくも南に抱き起こされながら、まだ少し出にくい声を振り絞って僕は出来るだけ静かに言う。

「……木星が、連れ去られました…変なヤツが来て、そいつ、何だか木星の知り合いだったみたいで……止められ、ませんでした……」

 最後のほうは何も出来なかった悔しさや無力感で忸怩たる思いが滲み出て、言葉が詰まってしまった。

 そんな僕の言葉に愛子さんは

「そう……」

 と一言だけ静かに呟いてそのまま黙って考え込んでしまった。

 僕は少しでも現状を伝えて、愛子さんの考えを助けようと、詳しく状況を説明しようと試みる。

「そいつ……何だか変な力が…紅い…左目で見られると、声が出なくなったり……力が入らなくなってしまったんです……あいつ…何なんだよ……」

 そんな僕の話を南は息を呑んで聞いていたのだけれど、愛子さんはまるで僕がそう言うのが分かっていたかのように、そっけなく

「そう……」

 とだけ呟いたのだった。

「何で、それだけなんですか…愛子さん、木星が連れ去られたんですよ。木星は仲間じゃないんですか……それなのに……」

 その態度に僕は少しだけ違和感と憤りを感じ、思わずこう言っていた。

 分かっている。

 本当は僕は何も出来ないでいる自分、何も出来なかった自分に腹が立っているのだ。

 僕は自分の代わりに愛子さんを責めているだけなんだ。

 それが、どれだけ間違っているかも知っている。

 でも、止められなかった。

 気がつくと僕は情けなく叫んでいた。

「いつもみたいに何とかしてくださいよ!愛子さん!」

 最低だと思う。

 責任転嫁も甚だしい。

 しかしそんな僕に、愛子さんは不適に笑って、

「あなたがそういうなら――」

 手を差し伸べる。

「その問題、あたしが預からしてもらうわ」

 僕は唯一すがる事の出来るよすがのように、その手をしっかり握り返した。


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