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オカエリナサイ(1)

毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。

                         1

 

 

 過去というものについて、少し考えてみたいと思う。

 過去――

 過ぎ去る。

 今よりも前の自分。

 今日から見た昨日。

 明日から見た今日。

 今年から見た去年。

 来年から見た今年。

 厳密に言うと、ほんの一瞬、刹那に今は過去へと変わる。

 誰もが持つもの。

 未来は無限に広がっているかもしれないけれど、過去は一本道。

 一度、過ぎたものはもう二度とは戻れない。

 だからこそ大切な過去。

 だからこそ疎ましい過去。

 時に人は過去を自分の自信や、生きがいや、希望に代える。

 時に人は過去を自分の汚点や、後悔や、失敗に変える。

 過去とは――

 良くいうなら、それは思い出。

 悪くいうなら、それは恥。

 良くも悪くも囚われ続けるもの。

 過去を持たない者なんていない。

 しかし、過去というものほど、人それぞれに意味を変えるものも無い。

 それは綺麗な思い出?

 それとも後悔だらけの汚点?

 あなたにとってはどっち?

 僕らにとっては?

 彼女らにとっては?

 

 その答えを知る物語。

 

 

 さて。

 十二月も半分を過ぎ、世間からもそろそろ今年の終わりをカウントダウンする声が聞こえ始める頃。そわそわというか、うきうきというかなんとも据わりの悪い感じの街から隔絶されたような、我がドクロ事務所にて、僕は少し懐かしい人物と再会していた。

「あ、あなたの、く、クリスマスイブの予定は、ど、ど、どうなっているのですか?」

「いや、別に何もないけど……てか、何でなだれちゃんが僕のクリスマスの予定を気にするんだよ?」

 僕がそう言うとなだれちゃんは顔を真っ赤にして、

「あ、あなたはわたしが訊いたことだけ答えればいいんですっ!」

 なんて言う。

 相変わらずなその態度に、思わず僕は少し頬が緩んでしまった。

 彼女はかんざしなだれ。とある事件で僕たちと知り合って、今は東雲女子高等学校に通いながら、ドクロ事務所のあるビルの一階のトルコ料理屋でツンデレ(?)ウェイトレスとしてバイトしている。

 近くにいるのだけれど、僕はあまりトルコ料理屋にいかないので(決してトルコ料理が嫌いなのではなく、店主が嫌いなのだ。ドンドゥルマ最高!ケバブ万歳!)このときはおそらく二ヶ月ぶりぐらいに会ったのだった。

「何をニヤニヤしているんですか?それ、あなたが思うよりももっと気持ちが悪くて、吐き気をもようしますよ。ちょっと叩っ切っていいですか?」

「そのセリフも久しぶりだけど、なんかより酷くなってない?」

「久しぶりなのでサービスです」

 真面目な顔でなだれちゃんはそう言う。

 そんなサービスいらないよ!

 それはそうと、なだれちゃんも落ち着いたので(落ち着いたか?)僕はもう一度訊いてみる。

「それで……なんでなだれちゃんは僕の予定を訊くわけ?」

「そ、それは……こんなものが……」

 モジモジとなだれちゃんが差し出してきたのは、一枚の長方形の紙切れだった。

「これは……?」

「ライブのチケットです。わたしの学校の友達がクリスマスイブにライブイベントに出演するから、友達を誘ってきてって言われて……」

「へえ~それで、僕を誘いに来たんだ?でも、何で僕を?」

 素朴な疑問なのだけれど、わざわざ僕を誘うというのは、一体どうしてなんだろう?そう訊ねたら、なだれちゃんはさらに顔を真っ赤にして、

「か、か、勘違いしないでくださいよね!別にあなたを誘いに来たわけじゃないんですからねっ!で、でも、もし暇なんだったら可愛そうだから、一緒に行ってあげないことも無いんだからっ!いいですかっ!」

 と、怒ったように言った。

 さすが本家、といったツンデレっぷりだ。

「いいですかも何も…まあ、暇だからいいけど……」

「えっ?本当!?」

 なだれちゃんはものすごい勢いで訊いてきた。

「本当に!?もし、嘘だったら叩っ切りますからねっ!」

「そんな物騒な!」

 それになだれちゃん、年頃の女の子にあってはいけないぐらい目が血走ってるよ。

「太郎が行くならあたしも行きたいなあ」

 今まで黙って事を見守っていた、愛子さんが突然口を開いた。

「えっ…それは……」

 なだれちゃんはどことなく分が悪そうな素振りで、言いよどんだ。

「そういうのってたくさんで行った方がその友達も喜ぶんじゃない?」

「確かにそうですけど……」

「何で?ダメなの?チケットがないとか?」

「いや、そうじゃないんですけど……」

「じゃあ、決定ね。太郎の分の他にあと二枚ちょうだい」

 ブイサインみたいに、なだれちゃんに指を突き出した愛子さんは満足そうに笑う。

「はい…わかりました……」

 なだれちゃんは、何か都合が悪いのか、実に渋々といった様子だ。

「でも…あと二枚って……?」

「ああ、それはあたしの分ともう一枚は――」

 愛子さんは紅茶を出そうとしている南の腕を掴んで、

「――南ちゃんの分よ」

 ブイサインの代わりに、なだれちゃんのほうに突き出す。

 急に腕を掴まれて、訳のわからない話に無理やり引っ張り込まれた南は、目を白黒させながら、

「えっ?わ、私ですか?」

 と、心底驚いたようだった。

「なぁにぃ~?南ちゃん?行きたくないのぉ?クリスマスイブだよぉ?」

 ニヤニヤと意地悪そうにいう愛子さんに「いや…その…」なんて言いながら南は僕の方をチラチラと見てくる。

 ん?なんだ?助け舟か?

 よし、それなら!

 と僕が南に助け舟を出そうとした時だった。

「……そういうことなら、私も行きたいです」

 南は少し頬を染めて、嬉しそうに微笑んで言い、その答えに愛子さんは満足気に頷いた。

 どうやら僕の空振った助け舟は余計なお世話だったらしく、南はそのクリスマスイブのライブイベントに行きたかったらしい。

 まあ、みんな行くからね。のけ者は嫌だよね。

 それはそうと、愛子さんは何で南を誘ったんだろう?

 いつもの勘の良さで南が行きたがっていることが分かったんだろうか?

 それとも琥珀色の左目で視たのだろうか?

 ……謎だ。

 なにはともあれ。

 僕たちはクリスマスイブになだれちゃんの友達のライブに行く事になった。

 

 十二月というのは一年の中でも最も忙しく、普段は落ち着き払っているお坊さんまでもが忙しなくスーパーカブを駆っている。そんな師走なのだから、少し気を抜いただけで、あっという間に月日が流れ、今日はもう十二月二十四日。そうクリスマスイブ。そして時刻は午後八時の少し前。そして今、僕は何をしているかというと、なだれちゃんの友達のバンドの登場を待って、ステージを何となく眺めているところなのだった。

 こういったライブというものに来た事がなかったのだけれど、結構楽しいものなのだと分かった。いろんな人が暗くて狭いところに押し込まれて、目の前で繰り広げられる爆音の演奏に身を委ねていると、その場には不思議な一体感が生まれて、自然とテンションが上がっていくのがわかる。もうすでに三組のバンドが演奏を終えているのだけれど、そのどれもが分からないなりにも素晴らしいものだった。僕はあまり音楽を嗜むほうではないので、文字通り馬の耳に念仏かも知れないけれど、馬だって念仏の意味は分からなくたって、その心地よさぐらいは分かるはずだ。

 とにかく、一人でクリスマスイブを過ごす事を回避できた事を差し引かずとも、来て良かったと僕は思っていた。

「来て良かった…ですか……?」

 そんな、僕の気持ちを読んだのか、なだれちゃんがいつの間にか隣にいて、僕にそう訊いてきた。

「ああ、ライブって初めてきたんだけど、結構楽しいものなんだと分かったよ。ありがとうな、誘ってくれて」

「そうですか…。それは良かったです」

 なだれちゃんは心底ほっとしたようだった。

「なあ、それはそうとなだれちゃんの友達の出番はまだなのかい?」

「ああ、それならほら――」

 なだれちゃんに促されてステージを見ると、ぞろぞろとメンバーが出てくるところだった。

 最初に出てきたのはやたらにファンキーな格好のドラムの人だった。ショッキングピンクのシャツが目に痛い。

 次は髪の毛をウニみたいにツンツンに尖らせたベース担当の人だった。上下、黒い革ジャン革パンでいかにもロックと言った風情の人だ。とんがったサングラスが余計に雰囲気を怖くしている。

「あっ、あの子がわたしの友達です」

 なだれちゃんが指差したほうにいたのは、先に出てきた男たちとはとても似つかわしくない、小さな女の子だった。

 肩の辺りで切りそろえた髪を弾ませて出てきた彼女は、パッと見は中学生か、下手をすると小学生にも見えかねないほど幼く見える。しかし、その見た目とは裏腹にとても大人っぽい、黒いシックなイブニングドレスを着た彼女は妙に色っぽく見えなくもない。いや、実際、かなり魅力的に見える。

 むき出しの肩に真っ黒いギターをかけたその子は、振り向きざまマイクに向かって、一言こう言った。

「こんばんは。ナザレです」

 そう言ったきり、ドラムのカウントから爆音の演奏が始まった。

 凄い迫力だった。

 自分の語彙の足りなさを心から悔やむほど、とにかく凄い演奏だった。

 心臓の鼓動とシンクロするようなドラム。

 体の芯から震わせるような重低音を響かせるベース。

 その上でキラキラと輝くような音色を奏でるギター。

 そして何よりもその子の声が良かった。

 決して上手というわけではないのだろうけれど、妙に説得力のある歌声だった。

 そのまま何曲もぶっ続けに演奏をした彼女達。

 僕はその間、ただただステージに釘付けになっていた。

 曲の合間にMCもなく数曲が過ぎ、

「改めまして、あたし達はナザレっていいます。よろしく」

 とギターの子が棒読みで話し始めた。

「本当はあたしのお父さんがギターヴォーカルで組んでたバンドなんだけど、訳あって今はあたしがギターとヴォーカルやってます」

 彼女が話す姿を、ドラムとベースの人はまるで自分の娘を見るような目で見ている。

「まだまだ組んだばっかりのバンドなんで、曲数が足りなくて次はカバーをやります」

 そういって始まった曲はギターをワウワウいわせるイントロから始まった。

 その後ドラムとベースが入ると一気に曲が爆発した。

 感情をただ、ぶつけるような演奏を、クールな無表情でこなす彼女はとてもカッコよかった。

 圧巻だった。

 その後、初めて作詞したという曲を演奏してその日のライブは終了した。

 

 ライブも終わると、ライブハウス内はそれぞれがガヤガヤとその日のライブの感想を語り合ったり、楽屋から出てきたバンドのメンバーが来てくれた客に挨拶していたりと、まだ余韻を残していて賑やかだ。

「なかなかいいライブだったじゃない。……で、あなた何を探しているのよ?」

 キョロキョロとあたりを見渡していた僕の横に、愛子さんと南がいつの間にか立っていた。

「いや…ちょっと……あっ、居た」

 僕はライブハウスの片隅にいた、一人の少女に近づいた。

「あの……こんばんは……」

 その少女は突然話しかけた僕にまったく動じず、真っ直ぐ僕の瞳をみてきた。

「いや、別にナンパとかじゃないですよ!さっきの演奏すげえカッコよかったから、少し話してみたかったというか、何というか……」

 僕がそう言うと、その少女は僕の目をしっかりと見据えたまま、表情を変えずに一言、

「ありがとう」

 と言ったきり、そのまま黙って僕の目を見つめ続けた。

「あは、あははは…どういたしまして……」

 何だか気まずくて僕は愛想笑いを浮かべる。

「あーっ!ナカコ!そんなところに居たー!」

 声がしたほうを向くと、なだれちゃんともう一人背の高いカッコよさげな女の子がズンズンと人を掻き分けてこちらに向かってくるところだった。

「あっ!いーたんっ!なだれーっ!」

 ナカコと呼ばれたその子は、なだれちゃんたちを見つけて、驚くほど満面の笑顔で手を振った。なるほど、ナカコちゃんはどうやら極度の人見知りだったようで……。

 そうこうしているうちに、目の前までやってきた、そのいーたんと呼ばれた子は

「ん?君は誰?」

 と僕に無邪気な顔で訊いてきた。

「むっ?まさかナンパか?」

「違う違う!僕は――」

「この人は田中太郎。わたしの一応……友達…です」

 僕が自己紹介をしようとするのを遮るように、なだれちゃんが紹介してくれた。なだれちゃんに紹介されると、そのいーたんは何かに気がついたように目を見開いてこう言った。

「あーっ!君かーっ!なだれがいつも言ってるのはーっ!そうか、そうかーっ!」

 あははははーっと豪快に笑っていーたんは僕の背中をバンバン叩いた。

「痛たたたたたた、ちょ、痛いって!それより、いつも言ってるって?」

「ああ、それは、なだれがいつも――」

「わーわーわーっ!いーたん!何言ってるの!?」

 説明しようとしたいーたんの声を掻き消すように手を振り回して、なだれちゃんが僕たちの間に割って入った。

「もういいから行こう、ナカコちゃん、いーたん。あっちにハルカちゃんたちとかも待たしてあるし」

 なだれちゃんは二人の手を引いてライブハウスを出て行こうとする。

 ずるずると引っ張られていく二人。ナカコちゃんはか細く「ギター…」とギターをまだおいたままな事を控えめに訴えて、いーたんはバイバーイなんて明るく手を振っている。

「それじゃ、太郎さん、みなさん、また!」

 と元気良くなだれちゃんは言って、向こうへ行ってしまった。

 その姿を見ていると、色々と思うところがあって感慨深いものだった。

「なだれちゃん、元気そうだったわね…良かった……」

 またしても、いつの間にか隣に立っていた愛子さんが、僕の気持ちを代弁するように呟いた。

「ええ、いい友達も出来たみたいですしね……」

 なだれちゃんにはこの夏に悲しい出来事が起こった。心配したのだけれど、その過去に囚われることなく表向きは元気に過ごしているようだった。でも、そんな簡単には消えない傷跡。これからも彼女は過去を抱えて生きていくのだろうけれど、ひとまずは笑顔で過ごしているようで、よかったと思う。良かったのだと思いたい。

 

「あっ、しまった。ナカコちゃんにあのカバー曲の名前聞き忘れた」

 カッコよかったから知りたかったのにな。

「あれはジミ・ヘンドリクスのヴードゥーチャイルドって曲よ」

 意外なことに愛子さんが曲名を教えてくれた。

「へえ~愛子さんが知ってるなんて、意外だなあ。何で知ってるんですか?」

「それは――」

 愛子さんは自分の内面を隠すように表情をなくして、

「ちょっとねー」

 と明らかな生返事を返す。

「へえ~……」

 僕は何となく雰囲気がまずいなと思い、それ以上余計な詮索はしなかった。

 しかし、その曲名は僕にとっても忘れがたいものになるという事を、この時の僕はまだ、思いもしなかった。


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