それでもセカイは優しく廻る(8)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜24時)に次話投稿します。
8
つまるところ――
僕は何がしたかったのだろう?
僕がしたことに何か意味はあったのだろうか?
そんなことを考える数日が過ぎた。
「まあ、よくやった方なんじゃない?」
と、いうのが愛子さんの僕への評価だった。
「あたしは今回何も出来なかったもの…。二人の心を視てしまったら、何をして良いか分からなくなってしまったのよ……」
愛子さんはいつも通り、ドクロ事務所の無駄に格調高い机に腰掛けて話す。
愛子さんが教えてくれたのだけれど、最初から鏨先輩も睦月先輩もお互いに相手の事を思って身を引いていたらしい。鏨先輩は自分が傍にいることで、睦月先輩を傷つけてしまわないかと身を引き、睦月先輩はいずれいなくなってしまう自分が、鏨先輩の重荷になってしまいたくなかったから身を引いていた。
そんな二人の気持ちを、じかに視て知ってしまった愛子さんは、その気持ちを軽々しく相手に伝えるわけにもいかず、かといってそのまま放っておくわけにもいかず、何も出来なかったそうだ。
だから、僕の空回りな暴走を止めるわけにもいかず、その結末を見守ってくれていたのだそうだ。
「でも、結局、僕も何も出来なかったんじゃ……」
「確かに何も出来なかったかもね……それどころか、もしかしたら二人の本意じゃない事をしたかもしれないわ。あなたのせいで二人の優しい気持ちは全く無視されて、鏨くんは睦月ちゃんのとこに行っちゃったし、睦月ちゃんも鏨くんをばっちり巻き込んじゃったんだもの」
言いにくい事をはっきり言う……。
「でも、どうかしら?あなたがいなかったら、きっとあの子たちは後悔したんじゃないかしら……」
「後悔……ですか……」
「だって、そこにどんな理由があったにしろ、死んでしまったらもう二度と会えないわけでしょう?それなら、それが例え一瞬だったのだとしても二人をもう一度お互いに向き合わせたのは良い事だったのだと思うわ」
「そういってもらえると、気が楽になります……でも、僕がしたことといったら、鏨先輩にボコボコにされた事と、睦月先輩を泣かせた事ぐらいで、邪魔にこそなったとしても、役には立たなかったんじゃないですか?」
「それもそうね」
あっさりと認められてしまった。
「でも、結果は結果よ」
「はあ……そうですか……」
僕はまだ痣が残る口元をなでる。
「なによ?何だか納得できてないみたいね?」
「いや、まあ……納得できないっていうか……結果、誰も救っていない気がするんですが……こんな事でいいのかなあって思って……」
「前にも言ったじゃない、人が人を救うことは出来ないって。覚えていないの?」
「覚えていますけど、そうじゃなくて――」
愛子さんが、僕の腫れが引いていない頬を指先でつついた。
「って痛ってーーーっ!何すんですか!?」
「少し黙りなさい。何だか、あなた湿っぽいわよ」
じろじろと顔色を覗き込まれて、僕は愛子さんから視線を逸らす。
「それは……しょうがないじゃないですか……睦月先輩はもう……」
「それが湿っぽいっていうのよ」
愛子さんはまた、僕の頬をつついてニヤニヤする。
「だから、痛いって言ってんでしょ!」
僕は強く抗議したのだけれど、愛子さんはニヤニヤ笑いをやめなかった。それどころか、
「うふふ、あたしがあなたに良い事を教えてあげるわ」
と、もったいつけて言ってきた。
どうせ良い事では無いに決まっている。
「あのね、あなたは――」
僕の答えを待たずに(ただし、顔にははっきりと聞きたくないと書いてある)愛子さんは大層偉そうに話しだす。
「あなたはきっと今回の事を悲しい事、不運な事、まあ、もっとアバウトに言えばマイナスだと思っているんでしょう?でもね、それじゃダメだし、そうじゃないのよ」
「……どういう意味ですか?」
「わからない?あなたにはわからないかもね~?失ったものは戻らない。なくしたものは取り返せない。そんなことは当たり前だけれど、その事で負った傷は捉えようによっては、どうとでもなるって事よ」
「忘れろって事ですか…?そんな事――」
「忘れられるわけ無いでしょ!そうじゃなくて、人を失うってことは、プラスとかマイナスとか決められることじゃないのよ」
「そんなつもりは……」
言いよどんだ僕に、愛子さんは打って変わって厳しい顔つきで詰問する。
「じゃあ、なんで落ち込んでるのよ?」
「そんな、落ち込んでなんか……」
「あなたはどう思ってるか知らないけれど、人を失ってしまうという事は別に悪い事ってわけだけじゃないのよ」
愛子さんは今度は静かに、幼子に言って聞かせるように、丁寧に話し始めた。
「もう会えなくなってしまう…そこだけを見ると確かに寂しいし、悲しい事だと思うわ。でも、何もかもそんな風に決めてしまったら、せっかくの、その人との最後が台無しになってしまうじゃない。人と会えなくなるということは、その人に会いたいときには記憶の中だけでしか会えなくなるということ。寂しいかもしれないけれど、それっていつでも会いたいときに会えるってことじゃない?ほら、だから、誰かを失ってしまうってことは決して悪い事じゃないのよ」
最後は珍しく、優しく微笑みながら愛子さんは
「あなたは失う事で負った傷をもっと大事にしなさい。それはとても大切な、かけがえの無い、あなただけに刻まれた傷跡なのだから、ね?」
と言って、僕の腫れ上がっている頬をまたひとさし指でつついた。
「って、痛ってぇーーーっ!」
叫び声を上げた僕を、うふふ、と満足気に愛子さんは見る。
「痛いって言ったじゃないですか!」
僕は頬をさすりながら、愛子さんを非難を込めて睨みつける。
出会いというものには、
常に何らかの理由があり、
常に何らかの意味があり、
常に何らかの意思がある。
それと同時に、
別れというものにも、
常に何らかの理由があり、
常に何らかの意味があり、
常に何らかの意思がある。
出会いも別れも等しく僕たちを新しくしてくれる。
愛子さんが教えてくれたのはそういうことなんだろう。
理由も理屈も何だかあやふやだし、口から出まかせのようにも聞こえるけれど、きっとこれは愛子さんなりの僕への慰めであり、励ましなのだろう。
愛子さんが教えてくれた事は、それはそれで一つの真実。
失うという事がどういうことなのか。
それは、まだ未熟な僕には捉え切れない。
でも、少しだけわかったような気がするのもたしかだ。
「でも…愛子さん……」
だから、僕はこう言う。
「何だか…ありがとうございます……」
自分の気持ちを正直に伝える事は照れくさい事かもしれないけれど、それはとても大切なことなのだと今回のことで思い知った。
「何?気持ち悪いんだけど」
そんな僕の心を知ってか知らずか、愛子さんはそう言って眉をひそめる。
「……もういいです」
がっかりだよ!
せっかく、素直になったのに!
すると、拗ねてそっぽを向いた僕の頭を愛子さんは優しく撫でて、
「あたしに感謝なんてしなくていいのよ。あたしもあなたに――」
振り返ると愛子さんは微笑んでいた。
「たくさん救われているんだから」
お互いさまなのよ、と愛子さんは僕の頭を撫で続ける。
心が透き通っていくような感じがするのは、何故なのだろう。
ただ、そうされる事は、とても心地よかった。
久しぶりに学校に行ってみると、周りの僕を見る目が少し変わっていた。
聞こえてくる噂話をニ、三あげてみると、
『普段は、美女の奴隷として働いている』とか
『殴られて、罵られるのが三度の飯より好物』だとか
『南にメイド姿を強要している』だとかいった、全く根も葉もない(?)ものばかりだった。
なかでも一番みんなの興味を引いているのは
『伝説の不良にタイマンを挑んだ』
というものだった。
といったわけで、廊下を歩いていても、授業を受けていても、周りはみんな僕を遠巻きに見てこそこそと話をしているのだった。
いよいよ学校に居場所が無いかもしれないと考えてしまう。
だから、僕は――
屋上の扉を開けると、
「よう……久しぶりじゃねえか……」
不知崎鏨先輩は、睦月先輩に始めて会った時と同じ場所に寝転んで、空を眺めていた。
「ども、です。その節はご迷惑を……」
「ああ?何のことだ?」
鏨先輩はこちらをチラッと見て、そう言った。
「てめえもなかなか大変だな。何かよくわかんねえ噂を流されてよ」
「はい……何だか鏨先輩の気持ちがわかる気がします」
僕は鏨先輩の隣に寝転んで、空を眺める。
「ははっ、言うじゃねえか」
そう言ったきり鏨先輩は黙り、僕たちは一時、二人で空を眺めていた。冬の足音が聞こえてくるような、高い高い空を眺めていると、唐突に鏨先輩が語り始めた。
「あのよー、俺、最近良く考えるんだけどよ…死ぬってどんななんだろうな……?」
「さあ?……僕は幸いまだ死んだ事は無いんで……」
「てめえ、またぶん殴るぞ!」
僕の軽口に鏨先輩は相変わらずな反応をしめす。
「……まあ、いいか。俺は死ぬって多分とても痛くて、とても苦しくて、とても辛いもんなんだろうなと思うんだよな……」
「そう…かもですね……」
「でもよ…俺は死んでもねえのに、痛くて、苦しくて、辛くってたまんねえ。これって、何でなんだろうな……」
「それは……」
そう言った鏨先輩の顔を僕はまともに見ることが出来なかった。
僕だって痛くて、苦しくて、辛い。
でも、それは鏨先輩のほうが僕とは比べ物にはならないほど、痛く、苦しく、辛いのだろう。そう思うと何を言えばいいのかわからなかった。
でも、この人を今、慰められるのは僕だけなのかもしれない。
「これは、受け売りなんですが……」
僕は空を見たまま話し始める。
「人を失う痛み、傷っていうものは大切にしたほうがいいそうです。それは自分自身だけが持つ、その人との思い出だったり、絆だったりの証なんだから」
慰める術を持たない僕は、少しだけ脚色を加えて愛子さんの言葉を鏨先輩に伝えた。
「……そうかもな…ははっ、良い事言うじゃねえか」
鏨先輩は勢いよく立ち上がると、手すりに歩み寄る。
「あいつ、ここからよく景色を眺めてたんだ。いつまでも飽きもしないで…。一体あいつには何が見えていたんだろうな……」
手すりに寄りかかるようにして、鏨先輩は続ける。
「こうやって同じように眺めていたら、あいつの気持ちも分かったかもしれねえなあ……もう遅いかも知れねえけど……」
寂しそうに笑った鏨先輩に僕は「そんなことは…」と声をかけようとした。
そのときだった。
「あっははははははははははははっ!」
鏨先輩が突然大声で笑い出したので、僕は驚いて言葉を飲み込む。
「ど、どうしたんですか?」
言葉には出さなかったけれど、おかしくなってしまったんだと思った。
「はははははっ!ちょっとこれを見てくれよ。あいつ、やっぱり最高だわ」
鏨先輩は笑いをこらえ切れないといった風に、僕に手すりの一箇所を見るように促す。
「何なんですか?そんなに面白いことが…?」
僕としては伝説の不良の大爆笑のほうが、よっぽど驚くことなのだけれど。
しかし、手すりには確かに爆笑するほどではないかもしれないが、思わず頬を緩めてしまうようなものがあった。
そこには――
「あいつ、恥ずかしげも無くこんなもん書きやがって」
たがね、むつき、と書かれた相合傘がマジックで書いてあった。
僕も思わず笑みがこぼれてしまった。
確かにこの場所に立って睦月先輩と同じものを見ていれば、鏨先輩は睦月先輩の本当の気持ちを知ったかもしれない。
もう遅い。
そうかもしれない。
ただ、僕はそうじゃないと思う。
結果、鏨先輩と睦月先輩は結ばれていないかもしれない。
お互いにただ傷つけあっただけかもしれない。
いなくなってから、その本心を見つけてしまったのかもしれない。
でも、それはとても良い事なのだと思う。
二人はしっかりとお互いを傷つけ、血みどろになりながらもお互いをその心に刻み付けたのだから。
忘れられるはずが無い。
それはある種、呪縛の様なものだ。
大切な大切な思い。
大切な大切な重い。
辛く、痛く、苦しい想いを抱え込んで、
それでも世界は優しくまわっていくのだろう。
その重みに軋みながらも、
少しずつ、
確実に。
そんなことを考えていると、ふと僕の胸がちくりと痛んだ。
何の痛みなんだろうと考えた時に、一つの答えが自然と僕の口をついて出た。
「そうか……僕、失恋したんだ……」
きっと、初めて本気で人を好きになったのだと思う。
その事に今さらながらに気がついた。
そんな僕の呟きは胸の痛みとともに、晩秋の風に舞い上がり、高く澄み渡った空に溶けていった。
こうして、僕の初恋は終わったのだった。
今まで、様々な人と別れてきたと思います。この歳になると、その中にはもう会えなくなってしまった人も何人か居て、寂しいような、何かを失ってしまったという喪失感をそれ相応に経験してきました。それはとても悲しい事だし、嫌な事なのだけれど、それと同時にとても大切な事なのだとも思います。それは何故か?その事が今回のお話のメインテーマだったのですが、自分の中にもはっきりとした答えが無いので、なんだか少しぼやけたような話だった気もします。まあ、実は少しわざとそうしたところもあるのですが…。答えはそれぞれ、読む人によって違います的な??私の考えは書けたと思いますので、後は皆さんが自由に受け取って、もし良ければ少し考えて答えを導き出していただければ、作者冥利につきます。というわけで、フリーク・フリークス第4話「それでもセカイは優しく廻る」でした。
話は変わりますが、先輩っていいですよね?睦月先輩みたいな人が実際にいれば、学校に行くのが楽しくて楽しくてしょうがないと思います。太郎はまったく羨ましい…。糸くんではないけれど、痛い目に遭えばいいんだよっ!!
それはそうと、太郎は何だか不良になりつつあるのですが、大丈夫なのでしょうか?学校もサボってばかりだし、いまいちクラスにも馴染めていないようですし、作者としてもとても心配です。がんばれ!太郎!
最後になりましたが、読んでいただいた皆さんにはいつもいつも書くための力を頂いています。皆さんのアクセス数に一喜一憂しながらも、ただただ感謝しつつお話は次話「オカエリナサイ」に続いていきます。是非、末永くお付き合い頂ける事を希望して。ありがとうございました。
壱原イチ