それでもセカイは優しく廻る(4)
毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話更新します。
4
「それで、あなたはそんなめんどくさそうな事を持ってきたって訳ね」
僕が説明すると愛子さんは非常に、心の底から、これでもかというほど、めんどくさそうにそう答えた。
僕はその後、土下座する鏨先輩を、他の生徒の目もあることだから、となだめすかしてとりあえず立ち上がらせて、そういった問題解決の専門家を紹介すると言ってドクロ事務所につれてきたのだった。
「おい、てめえ。この女、本当に大丈夫なんだろうな?」
鏨先輩が怪訝そうに僕に訊ねる。その気持ちもよ~く分かる。
「はい…まあ…一応……」
僕が自信なさげに答えると、
「何よ、太郎。あなた、そんなこと言っていいわけ?」
と、愛子さんに凄まれた。
「いやいや、そんな頼りないとかは言ってないですよ」
「へえ~。あたしの事そんな風に思ってたんだ……」
「だから、そんなこと思ってないですから!」
でも、実際は愛子さんがちゃんと事件を解決するトコ見たことないんだよな……。
「そんなに言うなら、左目で視てあげようかしら?」
にやりと不適に笑う愛子さん。
まずい。バレたかも。
どっちにしろ、左目で視られたら分かるんだけどね。愛子さんはその能力を使わなくても結構、勘がいいからな~。こういう時、僕がどうするかというと――
「すんませんでした!勘弁してください!」
そう。平謝りしか道は残されていないのだ。
「あなた、後で覚えときなさいよ」
まあ、謝ってもあまり許されはしないのだけれど。
「おい。で、この女、何もんなんだよ?」
痺れを切らした鏨先輩が僕にそう訊いてきたので、「ああ、この人は」と答えようとしたら、
「何よ。さっきからこの女、この女って偉そうに!目上の人はちゃんと敬って、オネエサマと呼びなさい!まったく!なってないわね!」
と、僕の言葉を遮るように、愛子さんが鏨先輩に言った。そのあまりの勢いに伝説の不良も圧倒されたらしく、
「すんません。それで、おねえさんは一体、何者なんで?」
なんて大人しく訊いてる。
僕としては、その態度の変わりようが逆に不気味で恐ろしかったのだけれど、当の本人、つまり愛子さんは全く動じていなかった。
「そっちの太郎から、聞いてないの?何で言ってないのよ!まったく、だからあなたはいつまでたっても、太郎なのよ。そんなことじゃ、ほんとずっと太郎のままよ」
「太郎ってそんなに恥ずべき事なんですか……?」
なんて理不尽な……。
そして、僕は太郎を卒業して一体、何になるってんですか?
そんな僕の隠れた憤りや疑問なんて全く関係なく、愛子さんは滔々と自己紹介を始めるのだった。
「あたしは髑髏塚愛子。職業はトラブルシューター。どんな事やってるかって言うと、他人の困った事、まあ、問題ね、を引き受けてそれを解決して、それに見合った報酬、対価を頂く、そういった仕事をしているわ。小さなものは迷い猫探しから、大きなものは殺人事件まで、たちどころに解決しちゃう、スーパートラブルシューターなんだから」
愛子さんはいつも通り、慎ましやかな胸を精一杯張る。
まあ、猫も殺人もどっちも僕が解決したようなものなんだけれど。
なのにスーパーとか付けちゃって。
「何か言った?」
顔は笑っているけれど目が笑っていない愛子さん。
「……いえ、何も」
「そう。それならいいわ」
微笑む愛子さん。でも、目は笑ってない。
僕たちのやり取りを首を傾げながら聞いていた鏨先輩が、不思議そうな顔をして愛子さんに質問する。
「なんかよくわかんねーんだけど、その髑髏塚さんは――」
「愛子さんって呼びなさい」
ピシャッと訂正する愛子さん。
何かこだわりがあるのか、愛子さんは必ず愛子って呼ばせたがるよな。
それはさて置き、話は続く。
「それで――」
鏨先輩は思ったよりも心が広い人らしく、とても依頼人に対するとは思えないような愛子さんの無礼な態度も、さほど気にした素振りを見せずに質問を続ける。
「それで、その愛子さんは一体どうやって、他人の問題を解決するってんだよ?」
「それは、この左目で――」
愛子さんは左目の眼帯を外し、その琥珀色の瞳で鏨先輩を見る。
「心を視て、その人の問題を解決してあげるのよ。問題というものは人の心が作り出すもの。外側だけ解決したって、それは本当に解決した事にならないわ。あたしならどんな問題でもサクッと、マルッと見事に解決してみせるわ。だ、か、ら、何も心配せずにどーんと大船に乗ったつもりで、あたしにまかせなさいっ!」
背一杯張っている慎ましやかな胸を、愛子さんはドンッと叩く。
「……だそうです」
自信満々な愛子さんと、それとは対照的に縮こまっている僕とを交互に見て、鏨先輩はさらに続ける。
「いや、何、言ってっか、やっぱりよくわかんねーんだけど、つまりはその変わった色の左目で俺の心を視て、その悩みを根こそぎ解決してくれるって訳なんだよな?それって本気で言ってんのか?んな事出来るわけ――」
「あなた、小学校の頃からその瀬戸睦月って子のことが好きだったのね。一途ね~」
愛子さんが鏨先輩を遮って言う。その言葉に鏨先輩は言葉を止める。
「おい、てめえ、先にこの女に何か吹き込んだりは……」
僕はそう訊ねられて、激しく首を横に振る。
「てえことは…おい、嘘だろ……」
愛子さんのその能力は、普通、すぐには信じられるものではない。鏨先輩もそうみたいで、目を白黒させて戸惑っていた。
「嘘ではないわ。何なら、まだ続きを話してあげましょうか?あなたは中学生の時、大いにグレてしまったけれど、そんな時でも彼女だけは変わらずにあなたに接してくれた。当時は素直になれなくて、邪険に扱ってしまった事をあなたは悔やんでいるわね。でも、本当は心の中であなたは嬉しくて嬉しくてたまらなかった。何とかしてこの気持ちを伝えようと、あなたは彼女の誕生日に靴箱に花束を詰め込んだ。まあ、若気の至りといっても、これはちょっと迷惑だったと思うわよ」
にやりと笑う愛子さんに対して、鏨先輩は顔を真っ赤にしてわなわなと震えている。
「おい、な、何でその事を……」
「だ、か、ら、あたしには心が視えるって言っているじゃない。まあ、この場合は心っていうよりもあなたの記憶、思い出を視ているのだけど。そして、お年頃になったあなた達はより仲良くなって、周りの学校からは伝説の不良と怖れられるあなたも、その子といる時だけはその心は温かく満たされていったのね。まあ!いい話ね~。でも、いざ付き合おうと自分の秘めた想いを打ち明けてみると、彼女の返事は――」
「わあ!わあ!わあ!わあ!わあ!」
鏨先輩は手を大きく振って、愛子さんの話をかき消そうと躍起になる。が、手を振ったぐらいで出来るわけなく、
「NOだったのよね~。かっなし~い。かっわいそ~に~」
と、あっけなく失恋をばらされてしまう。それにしても鏨先輩って伝説の不良っていう位だからもっと恐ろしい人なのかと思っていたけれど、案外そうでもないのかもしれない。両手を振って必死に否定しようとしている仕草を見ていると、そんな風に思えた。
「てめえ!なにこっち見てニヤニヤしてんだよ!きめえんだよっ!」
そう言って鏨先輩は僕の頬を殴った。
「ぐはっ!」
それもグーで。
なんて理不尽な……。
「何すんですかっ!」
僕の抗議はいつも通りきれいさっぱりスルーされて、鏨先輩は続ける。
「わ、わかった。愛子さんのその『心が視える』って力を信じてやるよ。だとしても、一体どうやって俺の悩みを解決してくれるんだよ?」
「それはまあ…こう、ズバッと……ねえ?太郎?」
「相変わらず、何も考えてないんですね……」
僕は殴られた頬をさすりながら、二人を見る。それにしても鏨先輩の拳はさすが伝説の不良だけあって、一撃で僕の奥歯をガタガタいわせるほどの威力だった。
「本人に、つまり睦月先輩に訊いてみればいいじゃないですか?何で鏨先輩を振ったのかって、ぐはっ!」
殴られた。二度も殴られた。親父にもぶたれた事ないのに!
「んなこと訊けるわけねーだろが!てめえ、俺をおちょくってんのか?」
「違いますよ!最後まで聞いてください!つまり、愛子さんの力があれば、直接心を視て何で睦月先輩が振ったのかわかるでしょ?」
僕はジンジンと痺れるように疼く頬を押さえて言う。
「おおっ!そうか!それなら直接訊かなくても分かるよな!てめえ、頭いいじゃねえか!ただのキモイ変態だとばかり思っていたけれど、違ったんだな!」
「僕のどこが変態なんですかっ!?」
「えっ?だって、てめえ、殴られて喜ぶんだろ?」
「誰が喜ぶか!んなこと、誰に聞いた!?」
まあ、聞かなくてもわかるけど……。
「あら、いつもとても嬉しそうに喜んでるじゃない」
愛子さんがとても意外そうに声をあげた。
「やっぱ、あんたか……。言っときますが、いつも喜んでんのは叩いてる愛子さんのほうだけで、僕は全然嬉しくなんかないんですからねっ!」
「えっ?そうだったの……?」
愛子さんは泣きそうなぐらい寂しそうな顔をして、
「あたしはてっきり口ではそう言いながらも、あなたもこうやって触れ合う事でてっきり喜んで楽しんでいると思っていたのに……あたしの勘違いだったみたいね……。わかったわ……これからはあなたのことを決して叩いたりとか、口汚く罵ったりはしないわ」
そう言って俯いてしまった。
すこし、悪い事をしてしまったか……。
「いや、僕も言いすぎてしまいました…。本当はそんなに嫌じゃないです。僕のほうも、そうやってかまってもらって嬉しかったですし、楽しかったことは認めます。だから、その…これからも――」
「叩いたりして良いってことねっ!」
僕の言葉尻を掴むように愛子さんが嬉しそうに顔を上げた。
「あなたのほうから頼んでくるなんて、ほんとあなたって、筋金入りの変態ね!わかったわ。そうまで言うなら、これからはあなたの気が済むまであたしが叩いてあげる!」
「……騙される僕のほうが馬鹿でした」
そんな僕たちを不思議そうに眺めていた鏨先輩が、おもむろに訊いてきた。
「おい、随分と仲良さそうだけど、てめえ達って一体どんな関係なんだよ?」
「どんな関係って訊かれても……」
「主人と奴隷よ」
「変なこと言わないでください!愛子さん!」
そんなこと言ったら信じる人がいるでしょ!
ほら、南が隣の部屋からドア越しに睨んでるし!(南は鏨先輩にビビッて、いつも通り紅茶を出したら、隣に引っ込んでしまっていたのだった)
そんな僕たちの様子を見ていた鏨先輩が、ふっと笑って今までと違い静かに話し始めた。
「てめえはいいな、そんな風に付き合ってくれる人がいっぱい居て。俺は自分の好きなようにやってただけなのに、いつの間にか周りからは怖がられるし、気が付いたら俺の周りには誰も居なくなってた。正直、羨ましいぜ……」
「鏨先輩……」
鏨先輩の顔はまるで自分を嗤っているようなそんな顔だった。そんな顔、伝説の不良がするとは思いもよらず、僕は何も声をかけられなかった。
「そんな、あなたに唯一変わらずに接してくれたのは、その瀬戸睦月という子だけだったのね……。でも、そんな子と今、気まずいと……その子のことが本当に大事なのね」
「ああ、幼馴染だしな……ずっと一緒だったし、これからもずっと一緒だと思ってたんだけどな……」
そう言うと鏨先輩は黙り込んでしまった。
「何と悲しいお話なんでしょうかっ!私は心から同情いたしますよ!」
天井から急に降ってわいた声に顔を上げると、天井裏から顔を出した流鏑馬さんが号泣していた。
「愛子様!是非、力になってあげましょう!不肖、この流鏑馬、微力ながらもお力をお貸しいたします」
「そうね。それじゃ――」
愛子さんは鏨先輩に手を差し伸べて、
「この問題、あたしが預かるわ」
鏨先輩はその手を静かにとって、
「……お願いします」
と小さく呟いた。
「ご安心ください!私どもならば必ず不知崎鏨様のお悩みを解決して差し上げ、瀬戸睦月様と仲直りさせてあげられ――」
「あなたの出番は無いわよ、流鏑馬」
「は、はいっ……?」
顔を覗かせたまま固まる流鏑馬さん。
「それはそうよ。あなたが活躍するようなアクションシーンはもうすでに太郎がやっちゃっているんだし、この後に続くストーリーにあなたの出番なんかあるわけないじゃない」
「そんな~。私は前回も全く出番が無かったっていうのに……」
おろおろおろ~と変な声を出して流鏑馬さんは天井裏に引っ込んでいった。
閑話休題。
「そういえば…睦月先輩も同じ様なこと言ってたような……」
僕がそう言うと、胸元を鏨先輩に力いっぱい掴まれた。
「な、何て言ってたっ!?」
「く、苦しいです……離して……」
「ああ、わりぃ。で?なんて?」
この人は力加減を知らない人だな……。
「げほっ、げほっ…ほとんど同じことですよ。いつも気が付いたら一緒に居たとか、付き合うなら鏨先輩だと思ってたとか……」
「そうか!そうかそうか!あいつも俺と同じように感じていたんだな!……おい、じゃあ何で俺の事、最近避けるようになったんだよ?おかしいじゃねえか!?」
そう言って、また僕の胸元を掴みかかる鏨先輩。
「知らないですよ!僕に言われても!でも、何か、変わっちゃったとか言ってましたよ。睦月先輩が!」
「変わった……?睦月が……?」
「わかったなら離してください!マジで息が、できな…い……」
気絶寸前でやっと手を離した鏨先輩は、一人考え込んでいた。
「どうやら、そこに何か理由がありそうね」
愛子さんが左目に眼帯を付けながら話し出す。
「早急にその睦月ちゃんに会わなきゃダメね。そうと決まれば――」
愛子さんはマントを脱ぎ捨てた。
「潜入捜査よ!」
マントの下に我が校の女子制服を着込んで、愛子さんはポーズを取る。
「潜入って言ったって、前と違って人に会わなきゃいけないんですから、昼間なんですよ。そんなの出来っこないじゃないですか」
「そんなの大丈夫よ。ねえ?木星?」
愛子さんの無茶ブリに機械の裏からひょっこり顔を出した木星は、
「無理」
と一言だけ言ってまた引っ込んだ。
「そんなこと無いわよ!木星なら出来るって!ほら、学校のコンピュータに侵入して、生徒の名簿を書き換えてあたしも生徒ってことにして――」
「それは年齢的に無理なんじゃ……?」
「ああん?あなた、今、何か言った?」
「いえ!何も言っていません!」
まあ、見た目はいけそうだけどね。ただ、女子高生はそんな、般若のような表情はしませんよ、愛子さん。
「ここに連れてきてもいいけど、出来ればこっそりとその子の心が見れたら一番いいのよね~。何とかならない、太郎?」
「自然に出会うってことですよね……」
確かにここに連れて来るのには何か理由をつけないといけないし……。それなら愛子さんが学校に来るのが簡単だけど、それ自体がすでに難しそうだし……。何とか愛子さんが何の障害も無く学校にやってきて、睦月先輩と自然な形で顔を合わせるような形にしないと……。ん?そういえば――
「愛子さん、何とかなるかもしれないですよ。今なら愛子さんが昼間に学校に来ても大丈夫な日があります。それなら、睦月先輩とも自然な形で会えるんじゃないですか?」
僕は自分の考えを愛子さんに伝える。
「今度、学校祭があるんで来ませんか?」