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それでもセカイは優しく廻る(2)

是非、縦書きで読んでください。

毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話投稿します。

                        2

 

 

 最初に見た時、僕は人形が置いてあるのかと思った。

 それほどにその人は白く、美しく、そして――

 儚げだった。

 

 屋上の真ん中辺りに、いつも僕が寝ているスペースがある。そこは、他の場所と比べて比較的きれいで、寝転がってもあまり汚れる事がない。何故そうなのかは謎だけれど、とにかく僕はこの九月から、たまに授業をサボってはここに寝に来ていたのである。

 である、だなんて、偉そうに言う事でもないが……。

 そのときも僕は、いつものように屋上のその場所で、学校祭の準備なんかサボって寝ることにしようと、意気揚々と足取りも軽くやってきたのだった。が、しかし屋上への扉を開けた僕は、いつもと違う光景に戸惑ってしまう事になる。

「げっ!……誰か寝てる……」

 これは困った事になった。

 せっかく僕だけの安らぎの場所だと思っていたのに……。

 そのときの僕はそこで横たわっている女性に対して、ただただ本当に迷惑だな~と思っていた。もしかしたら多少、怒っていたかもしれない。

 僕の居場所を取られた、と。

 今、考えるとまことに勝手な話だ。

 しかし居場所を取られた僕は、自分勝手にもまるで当然のように、その場所を奪還すべく、次の行動に移る事にした。

 いわゆる抗議行動、デモ活動。

 つまりは、その横たわっている女性に近づいて――

 文句を言う。

 それだけである。

 往々にして僕は他人に対して、特に妙齢の女性に対してあまり強い態度をとることが出来ない性格なのだ。

 なのだ、だなんて、偉そうに言う事でもないが……。

 

 一歩、二歩と近づいていくうちに、その女性の容姿が明らかになっていく。我校の制服を着ていることからおそらくこの学校の生徒だろう。しかもリボンの色から察するに、上級生、それも最上級生の三年生だと分かる。

 僕はさらに近づいていく。

 近づいて改めてよく見てみると、その三年生の容姿は特筆するべきものがあった。

 まず最初に目を引くのはその肌の色の白さだった。

 女性の肌の白さは、雪のようなとよく例えられるけれど、その三年生の肌は冗談ではなく、本当に雪のように白かった。うっすらと浮いた静脈がその白さを物語っている。陶磁器のように白く滑らかな肌の頬は、ほとんど血の気が無く、きれいに整ってバランスよく配置されている目鼻だちはまるで精巧に出来た人形のようだった。目を閉じているので、僕はもしかしたら本当に人形なのではないかと疑ったほどに。

 すやすやと寝息を立てているので、辛うじて生きた人間だとわかる。

 か細いその四肢を投げ出して、あられもない格好でその三年生は寝入っていた。

 僕はその儚げな美しい姿に見入っていたし、魅入っていた。

「……………………」

 見入っているし、魅入っている。

 よく見たい一心で僕はどんどん近づく。

 近づきすぎた僕の顔は、ともすると、その三年生の顔に接触しそうなほどだった。

 ああ、もうくっ付いてしまう!と思った、

 その時――

 その三年生が突然パチッと目を開けた。

「うわああああっ!」

 顔を近づけすぎていた僕は、その三年生の妙に眼力の強い目と、まともに目が合ってしまい、驚きのあまり尻餅をついてしまう。

「痛たたたたた……な、何?」

 無様に尻餅を付いたままの僕の目の前で、その三年生はゆっくり立ち上がる。

「何、とはこっちのセリフだよ、少年」

 片手で肩にかかった髪を払い、三年さん(仮)は僕を見下ろす。

「うら若き乙女の寝顔をそんなまじまじと見るなんて、ちょっと失礼なんじゃない?」

 ふふん、と鼻で軽く笑って、三年さん(仮)はひとつ伸びをする。その拍子に制服のシャツが上にずりあがって、可愛らしいおへそがチラリと見えた。

「ん?何、赤くなってんの?はは~ん、さてはこのきれいなオネーさんに見とれてるんだな~?そんな熱視線を送られたら、あたしもサービスしなくちゃね!」

 そう言ってシナを作るようにくねくねとポーズを取るから、三年さん(仮)のおへそがさらにちらちらと見えるから僕はMYKだった。

 M(目の)

 Y(やり場に)

 K(困る)

 ……覚えてますか?

「どう?こんなサービス、めったにしないんだからねっ!」

「それ、銀河の妖精のお言葉ですよ……」

「何、それ?あははははっ、変なの!」

 何だかこの三年さん(仮)は思ったよりも取っ付きやすそうな人だな。

「それで――」

 三年さん(仮)は笑顔のまま、

「さっきからあたしのおへそをチラ見してる、失礼な君は一体誰?」

 と、へたり込んだままの僕の顔を覗き込むように訊いてきた。

 てか、ばれてたっ!?恥ずかしっ!

「あ、あの…一年の田中太郎っていいます……」

 僕は思わずおどおどと答えてしまう。

 べ、別に、気まずかったんじゃないんだからねっ!

「ふう~ん…なんだか覚えやすそうな名前ね……」

「ども…それで、あの…先輩は……?」

「ああ、あたし?そういえば、まだ名乗ってなかったわね」

 彼女はヒーローがするように、両手を腰に当て、胸を張って堂々と名乗った。

「あたしの名前は瀬戸せと睦月むつき、見ての通りただのきれいな上級生よ。みんなからはむっきーって呼ばれてるわ。よろしくね、太郎ちゃん」

「太郎…ちゃん?」

 えっ?いきなり、ちゃん付け?

 しかも、自分できれいな上級生とか言ってるし。

「何だかはっきりしないな~。ちゃんとリアクション取りなよ」

「ダメだし!?」

「あははっ!そうそう、その調子!」

 睦月先輩はけらけらと明るく笑う。

 どうやら悪い人ではなさそうなので、僕は思い切って訊いてみる。

「ところで、先輩はこんなところで何やってたんですか?たしか今は全校そろって学校祭の準備のはずですが……」

「それを言えば、太郎ちゃんだってそうじゃん?」

「まあ、そうですけど……僕と違って三年生にとっては最後の学校祭じゃないですか…それなのにこんなトコにいていいんですか?」

 よく聞くのは、最後の学校祭だから派手に思いっきり楽しもうとする、最上級生の話ばかりだ。

「ま~ね~。ちょっとね~」

 明らかに誤魔化すように、睦月先輩はそう言って、遠くを見る。

「なんですか、自分だってはっきりしないじゃないですか!」

 ずるいですよ、と僕が責め立てると、気まずそうにえへへと睦月先輩は笑った。

 それは、さっきまでとは打って変わって歳よりも幼く見える、とても可愛らしい笑顔だった。それにしてもよく笑う人だ。

「あたしの事はひとまず置いといて、太郎ちゃんはどうしてこんなトコに来たの?」

「僕は…その…サボって……あっ!そうだ!そこは僕の場所なんですからね!勝手に使わないで下さいよね!」

「何、言ってんの?」

「いや、だから、そこは僕がいつもサボって寝転がってるところなんですよ」

「そんなのどこに書いてあるのよ?」

「書いてなくてもそうなんです!」

 チッチッチッ、と舌打ちをして

「それは話が通らないよ、少年」

 と睦月先輩は言い出した。

「ちゃんと分かるように、印かなんかつけてないと。あっ!そうだ!こういうのはどう?太郎ちゃんがそこに寝て、それを何かチョークみたいなもので、かたどるのなんてどうかな?」

「いや、それじゃまるで殺人事件の現場にしか見えないですから……」

 わざとか?

「あははっ、そりゃそうだね!」

 あはははっ!と睦月先輩は快活に笑い転げる。

 僕はその顔に思わず見蕩れてしまった。

 不思議な魅力を持った人だな、と感心したような心持ちでずっと見つめていると、「ん?」なんて小首を傾げてくる。その表情があまりにも可愛かったので、僕は顔が赤くなってしまうのが分かり、恥ずかしいのでそれを睦月先輩に見られないように顔を背けた。

「どうしたの?」

 僕が見ると、睦月先輩は最初に寝転んでいた場所から少し横にまた寝転んでいた。

「いや、それはこっちのセリフっていうか……何やってんですか?」

「誰かさんに乙女にとって大切な睡眠を邪魔されたから、もう一度寝ようかと思って……太郎ちゃんもどう?」

 そう言って睦月先輩は目を閉じてすうすうと寝息をたてだした。

「どうって言われても……」

 なんて無防備な……。

 そう思いながら、僕は睦月先輩が空けてくれた、僕の場所に寝転び、空を眺める。その日の空は秋らしい、雲ひとつ無い抜けるような青空だった。午後の日差しの中、心地いい風が頬を撫でる。僕たちは二人して寝転がり、何も会話は無かったけれど、何だかとても大切な時間を共有したみたいで、会話を交わすよりも、もっとお互いを分かり合えた気がした。

 結局、僕はそのまま寝てしまい、次に目覚めたときには彼女はいなかった。

 

「――ということがあったんだよ」

「ほほう…そんな夢を見たんだね、太郎氏」

「ちげえよっ!本当にあったんだって!」

 次の日、今は次の体育の授業のためにグラウンドに移動中なのだけれど、その時を利用して糸くんに話を聞いてもらっているのだった。

「いやいや…ぽっくんは分かっているよ…太郎氏ほどの変態なら、すでに妄想が現実なんだよね?」

「お前はなんもわかってねえっ!」

 妄想が現実って、それはもう病院にいったほうがいいんじゃねえか?

「そんな、安いライトノベルみたいな出会い、本当にある訳無いんだよ!いい加減、目を覚ましたほうがいいんだよ」

 糸くんは人を心底見下したような目付きで薄く笑って、僕の肩をポンポンと叩く。

「ば、馬鹿にすんなよなっ!ホントに居たんだって!信じてくれよーっ!」

 僕は目一杯、身振り手振りを交えて、訴える。

 何だか僕自身も、自信がなくなってきた……。

 僕たちは下駄箱から中庭を通ってグラウンドに向かう。

「もしホントにいたなら、ぽっくんは君のフィギュアを作ってあげるんだよ」

「フィギュアなんて作ってもらっても困るというか、別に嬉しくは無いんだけれど、ホントに居たんだよ!」

「太郎氏、君は何を言っているんだよ!?女キャラと男キャラとだったら、そこには明確なモチベーションの差があるんだよ!大体、君からはフィギュアに対する愛が感じられないってもんなんだよ!フィギュアを一体なんだと思っているんだよ!ぽっくんが男のフィギュアを作るって言うのは、それは和の鉄人が、インスタントラーメンを作るようなものなんだよ!そこらへんをちゃんと考えて欲し――」

「たろーーちゃーーーーんっ!」

 糸くんの熱弁を遮るように、僕たちの頭上から声が降ってきた。声のしたほうを見上げるとそこには――

「たろーーちゃーーーーんっ!こっち、こっちぃーーーっ!」

 昨日と同じ屋上から、僕に向かって元気一杯手を振る睦月先輩がいた。

「ほらっ!いただろ!?本当に居たんだよ!なあ!?」

 睦月先輩は落ちそうなぐらい、手すりから身を乗り出して、さらに激しく手を振る。

 おおーーぅい!と僕も手を振り返す。

 嬉しそうに、馬鹿みたいに大きく手を振る。

「……恥ずかしくないのかい?」

 糸くんに冷静に突っ込まれて、僕ははたと気が付く。

「恥ずかしくなんか……な、ない…よ……」

 嘘です。超恥ずかしいです。

「とにかく僕の言ってた事は本当だっただろ?これで信じてもらえるかな?」

「仕方ない……それじゃ、約束どおり…き、君のフィギュアを、作る…ぐすっ…作るんだよ……ぐすっ……」

 糸くんは涙目だった。

「僕のフィギュア、そんなに嫌なの!?」

 そこまでの覚悟だったなんて……いや、待てよ、これって何か失礼じゃないか?

「なるほど…確かに君の話は本当だったみたいだけれど、一つ、君に言いたい事があるんだよ」

 糸くんは目元の涙を手の甲で拭きながら、僕にそう言った。

「なんだよ?言いたい事って?」

「それは――」

 糸くんは僕の顔先に人差し指を突きつけて

「ライトノベルの主人公は、何故かやたらとモテる」

 と宣言した。

「はあっ!?」

「そして、女子たちに振り回されるのだ」

 ふっふっふっ、と妙に不適に笑う糸くん。

「痛い目にあえばいいっ!!」

「なに、不吉な事言ってんだよ!そんなのただの負け惜しみじゃねーか」

 それになんだよ、ライトノベルの主人公って?

 そんな言いかたしたら、僕がまるでそれみたいじゃないか。

「キョンしかり、上条さんしかり、阿良々木くんしかり、みんなモテるけれど、そのせいで大変な目に遭っているんだよ。君もそうなればいいんだよ!」

 このやろーっ!と叫んで糸くんはグラウンドへ走り去ってしまった。

「何だ、あれ……?」

 まあ、いいさ。

 出会いというものは、常に自分を新しくしてくれる。

 出会いというものには、

 常に何らかの理由があり、

 常に何らかの意味があり、

 常に何らかの意思がある。

 僕もいろんな人に出会ってきたと思うけれど、会わなければよかったと思うような出会いは無かったと思う。

 きっと、睦月先輩に出会ったのも、僕にとって大切な事なのだろう。

 屋上から手を振る彼女を見ながら、僕はそんなことを考えていた。

 

 そして放課後――

 僕は屋上へと続く階段を、息を弾ませながら上がっていた。

 もちろんそこには、睦月先輩への純粋な興味と、不純な動機があるのだけれども…。

 階段を上りきり、僕は屋上の扉を勢いよく開く。

「せんぱーいっ!……って、あれ?」

 開け放たれた扉の向こう、屋上には誰もいなかった。

 それはそうだ。

 僕は別に睦月先輩と約束をしたわけではない。居るほうが確率的には少ないはずだ。だけど、僕は何故だか分からないけれど、屋上に行けば先輩に会えるような気がしたのだった。それは思い込みかもしれないけれど、予感に近い感覚で、気がつくと僕はその感覚に背中を押されるようにして、この屋上にまでやってきたのだった。だからこの時の僕は、自分がおかしな理由で屋上に来ているとは考えずにこう考えた。

『あれ…?まだ、早かったか……。じゃあ、待つとしようかな……』

 つまり、待っていれば睦月先輩が来ると信じていたのだった。

 だから、その扉が開かれた時に間違えてしまったのは、仕方の無い事なのだ。

 

 屋上に寝転んで睦月先輩を待っていると、屋上の扉が開く音がした。

 コツコツと誰かが近づいてくる音がする。

 僕は目を閉じたまま、寝たふりをしてその人物が近づいてくるのを待つ。

 そう、このまま寝たふりをして、近づいてきた時に飛び起きて驚かしてやろうという、非常に子供じみた作戦なのだ。

 コツコツとゆっくりその人物も近づいてくる。

『ふふふ、先輩も僕を起こして驚かそうとしているんだな…』

 そうは、いくもんか。

 すぐそばまでその人物が来るのを待って、僕は飛び起きる。

「わあっ!驚いたでしょ?睦月先輩……って、あれ?」

 おどけて飛び起きた僕の前にいたのは、待ち人である睦月先輩ではなく、金属バットを頭上高く振り上げた、長髪を真っ赤に染めた男だった。

「えっ?何?……うわっ!?あぶねっ!」

 その男は僕に向かって力一杯バットを振り下ろした。

「ちょっ!タンマ!タンマ!何なんだよ!あんたは!」

 僕にそう言われた男は振り下ろした金属バットの先を、まるでホームラン予告するように僕のほうへ向け、

「田中太郎、てめえを……ぶっ殺すっ!」

 と高らかに宣戦布告した。


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