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ひとくい(8)

是非、縦書きで読んでください。

毎週水曜日午前0時(火曜深夜)次話更新します。

                        8

 

 

 夏休みも終わり、僕はまた日常へと還ってきた。

 その後、小越さんは当然、警察に連行されて今は取調べを受けている。警察の取調べにも素直に応じているらしい。まるで二時間ドラマのようなこの事件は、つかの間の間ワイドショーを賑わしたりしたけれど、それ以上面白い事実も出てこずにあっという間にブラウン管から姿を消した。簪家の人々も最初は大変だったようだけれど、今はもう落ち着いている事だろう。それはもちろん僕やドクロ事務所のみんなにとってもそうで、徐々に事件の事は忘れ、話題にのぼる事も少なくなり、後には簪家から対価に頂いた、エアコンだけが残った。

 そう、残ったのはエアコンだけ。

「あっちぃーっ!エアコン!エアコン!」

 僕は放課後、いつものようにドクロ事務所へと駆け込んだ。もちろん目当ては簪

「いや、忍者にはこのようなものは贅沢といいますか、必要ないといいますか…」家から頂いたありがたい最新型のエアコンだ。

「ちょっと!流鏑馬さん!なんでエアコン付けてないんですか!」

「そういう割には、汗びっしょりですよ……」

 九月に入っても全く涼しくならない。これは近年ではもう常識になってきている。したがって、このドクロ事務所内は想像したくないほどの気温になっているはずだけれど、流鏑馬さんはそこで表情だけは涼しげに、しかし汗だくで暑さに耐えていた。

「で、一体何してるんですか……?なんかの修行でも……?」

「いえ、修行では無いです。これは私自身が私に課したペナルティといいますか、自分に罰を与えているのです」

「…何かしたんですか?」

 この人、実はよく分からないんだよな……。

「今回、私は何も役に立ちませんでした……。あの時もせっかく屋根裏にひそんで居たというのに…全く…全く出番が無かったのです!」

「来てたんですね……」

 何やってんだ、この人……。

「こんな役立たずな駄目忍者はこうやって熱せられればいいんですよ!脱水症状で死んでしまえばいいんです!」

「役立たずなのは否定しませんが、それはとても迷惑なのでやめてください」

「はっ!?さらに迷惑までかけてしまうなんて!この上は腹を切って――」

「ちょっ!何やってんですか!?こんな事ぐらいでやめて下さい!」

「こんな事とは!何をおっしゃる!止めないで頂きたい!」

「いやいやいや、マジで止めてください。お願いですから」

 あぁ……心底、面倒くさい……。

 面倒だったのだけれど流鏑馬さんを何とか思いとどまらせて、僕はエアコンの電源を入れる。また壊れるといけないので、エアコンは今では僕の完璧な管理の下に置かれているのだ。

 そうやってひとしきり涼んだところで、僕は事務所に愛子さんも木星も南もいないことに気が付いた。

「あれ?流鏑馬さん、みんなは?」

「ああ、皆さんは暑い暑いとか言って、下に行かれましたよ」

「ああ、それはまあ、そうでしょうね……」

 みんな迷惑だった何ていったら、この人また切腹するとか言い出しかねないからな……。

「そういえば、太郎さんが来たら下に来るように、と愛子様が言っておいででしたよ」

「そうなんですか?なんだろう……?」

 僕はとりあえずエアコンを切らないように流鏑馬さんに釘を刺して、下へ向かった。

 

 この場合の下というのは一階にあるトルコ料理屋を指す。

「オー!イラッシャーイ!オ前モ、ヤット、ドネルケバブ食ベル気ニナッタカ!」

「んなもん、なってねーよ!それより愛子さんたちが来てるだろ?」

「ドネルケバブ食ベナイ奴ハ、犬ニ噛マレテ死ヌガイイサ!」

「何でそこまで言われなきゃならないんだよ!そんなにすごいものなのか?ドネルケバブって?たかが串焼き肉を薄く切って、野菜と一緒にパンで挟んだ奴だろ?」

「チッチッチッ、オ前、何モ分カッテナイ。ソンナ薄ッペラナ食ベ物デハナイノダヨ」

 いや、僕の説明で大体あってると思うぞ……。

「……相変わらず腹立つなぁ……んなことより、愛子さんたち来てんだろって?」

 トルコ人シェフは感じ悪く顎で店の奥を指す。

「ホントハ、ドネルケバブヲ食ベナイ奴ニハ教エタク無イケレド……コレハサービスダヨ」

「んだと!僕は絶対食べないからな!」

 こんなに強引に勧めて来なければきっと食べているだろうに、僕はよっぽどあのトルコ人シェフと相性が悪いようだ。

 

「こっちよ。太郎」

 奥の席から愛子さんが顔を出した。奥のテーブルに愛子さん、その一つ手前のテーブルに木星と南が座って、なにか白いアイスクリームと思われるものを食べていた。この店は、基本的にいつも暇なので、僕たち以外に他に客はいない様だ。

「ああ、ここにいたんですか?一体どうしたんです。って、うわっ!何ですか?それは?」

 僕が近づくと愛子さんはテーブルの上のアイスらしきものをビヨォ~ンと伸ばして口に入れた。

「何?あなた知らないの?これはドンドゥルマっていうトルコのアイスよ。何でか知らないけど、ものすごく伸びるのよ」

 そう言って愛子さんはまたアイスを伸ばして口に入れた。

「ソウダヨ。ヨク伸ビルドンドゥルマハ、良イドンドゥルマネ」

 厨房から顔を出したトルコ人シェフが得意げに言う。

「また、変なものを……」

「変じゃないわよ。暑い時はアイスに限るでしょ?そうだ!あなたも食べなさい」

「いや、僕は……」

「ドンドゥルマ、もう一つね!」

 僕の制止も空しく、愛子さんは注文してしまった。

「突っ立ってないで、まあ座りなさいよ。結構美味しいんだから」

「はあ…そうですか……」

 僕は愛子さんと、向かい合う形で席に座る。

「ここは奢ってあげるわよ。あなたは今回まあまあ活躍したからね」

 愛子さんは例の伸びるアイスを食べながらそう言った。

「じゃあ、ありがたく頂戴します……けど、僕は今回何か出来たでしょうか?」

「ん?どういうこと?」

「いえ、結局、小織さんが殺されてしまうのを防げ無かったですし、小越さんを止める事もできなかった。僕は一体、何か出来たのかなぁって思って……」

「確かに結果から言えば、あたし達は何も出来てないわね。精々、事件を早めに解決したぐらい。おそらくあのまま放っておいても犯人は捕まったでしょうしね」

「えっ?そうなんですか?」

 大げさに驚いて愛子さんは続ける。

「そりゃそうよ。あなた、日本の警察を舐めるんじゃないわよ。いざとなればDNA鑑定でもして、遺体が小織さんだって気が付くわよ。そうなったら自然と今の小織さんは誰だってことになって、はい!犯人逮捕ってわけ」

「そんな~それじゃ僕たちのやった事なんて、全く意味が無かったじゃないですか?」

「そんなことは無いと思うわよ。少なくともあなたがあそこに居た意味はあったと思うわ」

「そうですかねぇ……」

「そもそも、呪いってものは人の心に住み着くものなんだから、あたしたちがどうこうしたところで無駄だったのかもね」

 愛子さんは少し考えて、

「いえ、人の心が生み出すもの…かな」

 と言いなおした。

「愛子さんは、結局、最後には小越さんの心を視たんですよね?」

「ええ、そうだけど。何で?」

 僕はずっと気になっていたことを訊いた。

「本当のところ、小越さんは呪いによってあんな事を起こしてしまったんでしょうか?」

 僕の疑問に少しだけ宙を眺めて考え、愛子さんは静かに話しだした。

「結論から言っちゃうと、呪いなんかじゃないわ。あれは小越さんが確かに自分自身の手で小織さんを殺したのよ。ただ……」

「ただ……?」

「ただね……呪いと呼べるかどうかは別だけど、刀の影響はあったと思う。あの刀《人喰丸》は呪いの刀でしょ?あの刀を持ったものは人を殺してしまう。もしくは自分を殺す。小越さんはあんな刀さえ持たなければ、決してこんな事を起こさなかったと思うのよ。でも、持ってしまった。持ってしまって、思ってしまった」

 愛子さんは一呼吸置いて、

「この刀は呪われているから、人を殺してしまっても仕方ない、って」

 と悲しそうに言った。

「案外《人喰丸》の呪いなんて、そんなものなのかもね。人間なんだからたまには殺したい人の一人や二人いるでしょ。普段は理性とか自制心とかで抑えていても《人喰丸》は耳元で囁くのよ。呪われているんだから殺してもいいよ~ってね。心の弱い人や、参ってる時なんかだとコロッといっちゃうでしょうね。だってその囁きはとても魅力的なんですもの……」

「…怖い話ですね……」

「そうね…悪いものってとっても――」

 愛子さんはアイスをスプーンですくって、

「甘いのよね…」

 と言い、妙になまめかしくそのアイスを口に入れた。

「甘い…ですか……」

 僕たちは遅すぎたのかもしれない。

 甘い誘惑に誘われた小越さんは、もう戻ることが出来なくなっていたのだろう。

「確かに、そういう意味では小越さんは呪われてしまっていたのかも知れないですね……呪いの通り彼女は自分自身を殺してしまったわけですし……」

 人々の言い伝えや伝承、噂が呪いの正体だったなんて……。

 そんなの、防ぎようが無いじゃないか……。

 

 でも、もしも《人喰丸》の呪いが、殺しのリンクなのだとしたら……。

「……それなら、僕たちは唯一なだれちゃんだけは助ける事ができたと言えるかもしれませんね?あそこで止めなければ、またさらに《人喰丸》の呪いを助長することになったでしょうし…」

「そうね……。あそこで止める事ができたのだから、きっともう《人喰丸》の伝説なんて途切れてしまったでしょう。まあ、あれは太郎のお手柄なんじゃない?」

「そうなんですかね……?」

「そういうことにしときなさい。ほら、ご褒美がきたわよ」

 どうやら僕の分のドンドゥルマが出来たらしく、ウエイトレスの娘がこっちに持ってくるところだった。それにしてもこのウエイトレス、新人のようで手つきがかなりおぼつかない。ゆーっくり持ってきているのに、ずっとカチャカチャ音を立てている。手が恐ろしく震えているようだ。

「お、おま、お待たせしました…ドンヅル、ど、ドンドゥルマ、だすっ!」

 まるで、落としたように勢いよくテーブルに置いたせいで、スプーンがテーブルに落ちた。しかも噛んでるし。

「も、申し訳ありません!すぐにお取替えします!」

「いいですよ。別に気にしないから……」

「そんな…それではせめてこの腹を切ってお詫びを!」

「いや!そこまでしなくても!…って、あれ?」

 何だ?このよく知った展開は?

 僕の周りでこんな事を言うのは二人しかいない。

 一人は流鏑馬さん。

 そしてもう一人は――。

 僕はウエイトレスの顔を見て固まってしまった。

「な…な…な…なだれちゃん!?」

 そこには少しだけ頬を赤らめたなだれちゃんがモジモジと立っていた。

「な、なんでこんなところに?」

「実は、あの後さすがにあの家には住むことが出来なくなってしまい、人に売って母と二人でこちらの町に引っ越してきたのです。この二学期からはこちらの東雲女子高等学校に編入して、学費の足しにと、ここでアルバイトを始めたというわけなのです。ですのでこれから、どうぞよろしくお願いします」

 なだれちゃんは折り目正しくぺこりと頭を下げた。

「いやいや、こちらこそよろしく。にしても急で驚いたよ」

 僕がそう言うとなだれちゃんは少し笑って、

「驚かそうと思って…」

 と、言ってはにかんだ。

「それに……あなたにお礼が言いたくて」

「僕に……?」

「はい。あの時あなたが私を止めてくださらなければ、きっと私は小越姉さまを殺してしまっていた事でしょう。そんなことをしていたら、私はきっとこうやって生きている事は出来なかったはず。本当に感謝しています。ありがとう」

 なだれちゃんが目を見てしっかり言ってくるものだから、僕は思わず照れてしまう。

「そ、そんな事無いよ……」

「それにあの時のあなた、とっても…その…かっこよ…」

「ん?何?」

 僕が覗き込むとなだれちゃんは顔を真っ赤にして、

「何でもないですっ!このド変態!」

 と言い、僕の頬を引っ叩いた。

「な、何すんだよっ!」

「あなたなんて知りません!さっさとそのアイスでも食べればいいんです!」

「何だよ…」

 ブツブツ文句を言いながらも僕はなだれちゃんの運んでくれたアイスを一さじすくい、口に入れた。

 それは、殴られた頬にしみるほど冷たく、そしてとても甘かった。

 

 この夏の思い出のように。

 


人というものは、時に無責任に、事の責任の所在をすりかえます。悲しい事が起こったとき、嫌な思いをしたとき、自分の立場の不遇を思ったとき、人はその原因を自分以外に擦り付けます。曰く「これは〇〇のせい」曰く「〇〇だからしょうがない」曰く「今は〇〇だけど、それは本来の自分ではない」など。私たちはとてもとても弱い人間です。ですので自然とこういった自衛本能とでも言うべき、自己保身のための言い訳というものを誰しもがしてしまうわけです。しかし、昨今、その言い訳がなんでもまかり通ってしまうのはいかがなものかと思います。まして人を殺した理由さえゲームや漫画、はては音楽やインターネットのせいにまでしてしまう社会というものに、私は激しく違和感を感じています。何か悲惨な事件が起こってしまったとき、テレビのニュースや新聞が訳知り顔で「犯人は〇〇の愛好家だったから今回の事件を…」であるとか「こういったことを起こす人物像として、〇〇のファンがあげられます…」であるとか、訳の分からない情報操作をして、責任の所在をすり替え、糾弾します。それは、何かおかしいと日々感じており今回のようなお話を思いつくにいたったわけです。作中で愛子さんが言ったように、自分のした事を逃げずに受け止めることが、唯一、相手への償いになるのだと思います。自分を騙し、目を背けていてはそこから這い出すことも、もう一度立ち上がることも出来ないですしね。というわけでフリーク・フリークス第3話「ひとくい」でした。

今回、太郎くんは非常にかっこよかったと思います。作者としては何だか面白くないのですが、まあ、彼も頑張ったってことでサービスです。なだれちゃんは名前を含め、キャラとしても気に入っているのでまた出てくるかもしれません。そのときはどうぞよろしく。

さて、次回は久しぶりに(といっても二話ぶりに)学校が舞台です。みなさんお忘れかもしれませんが、太郎は高校生なのです。学校で、高校生といえば、そう!恋愛!!というわけで、次回「それでもセカイは優しく廻る」を乞うご期待!!

最後になりましたが、読者の皆様にはいつもいつも感謝しております。感想を下さった方もおられて、非常に励みになっておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いします。

                       壱原イチ

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