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ひとくい(6)

是非、縦書きで読んでください。

毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話投稿します。

                         6

 

 

「それじゃ、考えてみましょうか?」

 呪いで殺されたわけじゃないとすると、まず誰がやったかってことなんだけど……。

「こういった場合、やっぱり小越さんが死んで一番得した人が怪しいですよね」

 という事は、考えたくないけれど簪家の人たちぐらいしか怪しい人がいないんだよな…。まさかとは思うけれど……。

「あの……」

 振り返るとなだれちゃんが青い顔で立っていた。

「母が少し気分が悪いようなので、私たちは別室に行っています。もし刑事さんに訊かれたら、そう伝えていただけないでしょうか……」

 なだれちゃんからは、いつもの勇ましさはすっかり消え、なだれちゃん自身も大分参っているようだった。

「わかった…伝えとくよ……」

 僕がそう言うと、なだれちゃんはすっと会釈してお母さん、小織さんと一緒に奥の部屋へと行ってしまった。

「……これで話しやすくなったわね」

「そんなこと言っちゃうと、身も蓋もないですけどね……」

 愛子さんも僕と同じことを考えていたようだ。

「さて、推理小説とかだとこういった場合、読者に分かりやすくする為に状況を一度整理するわよね。あたしたちもそうしてみましょうか」

 愛子さんは何だか少し楽しそうに言った。なんて不謹慎な……。

「…愛子さん、そんなに嬉しそうにしちゃ駄目ですよ……。大体、愛子さんが呪いはないって言ったんじゃないですか?それなのにこの状況はどう考えても――」

「呪いで死んだって言うの?」

「いや…そうは言ってませんが……でも……」

「まあ、あなたの言いたい事も分かるわ。でも、あたし達はきっと何かを見落としているはずなのよ」

「何かって…?」

「それを、今から考えるんじゃない」

 いつも通りのノープランってやつですね、愛子さん。

「まず、殺されていた状況なんだけど、それは太郎が実際に見たのよね?」

「はい。部屋中が血の海でした。今でも思い出したくないぐらいの酷さで…だから、恥ずかしいんですけど、実はあまりじっくりとは見れてないんです……」

「腰抜け」

 今までずっと黙っていた木星がこちらを見ずに言う。

「何だと!お前!そりゃコナン君とか金田一君は見慣れてるかも知んないけど、僕はただの高校生なんだから、そんなの無理だよ!」

 僕の訴えを「フン」と鼻で笑って、木星は僕を横目で見てすぐ前を向く。

「まあ、それはしょうがないって事にしといてあげる。えーっと確か、首と…あと、手首が切断されていたのよね。後は何か現場を見て気付いたことはない?」

「あまり見てないんですけれど……そういえば…入り口の障子にも血がついていたような気がします。それぐらいですかね……」

「具体的にはどこに?」

「えーっと…部屋に入ろうとしたときに気が付いたから、障子の取っ手のところについてました。それも結構たっぷりと……」

 僕が、血だと気が付かないほどにたっぷりと。

「なるほどね……。やっぱり、あたしの言うとおり小越さんは呪いなんかで死んでないわ。明らかに誰かに殺されているわよ」

 愛子さんは何かを確信したように、顎に手を当てて何度も頷いた。

「何でそこまで断定できるんですか?」

「鈍いわね、あなたの言ってることが正しいなら、誰かが小越さんを殺さないとそんな風には血がつかないのよ」

「ああ、そうか。部屋の外ってことは、誰かが小越さんを殺してその部屋から出て行かないと、外には血がつかないですよね。障子を閉めたときに取っ手に血がついてしまったということか……」

 これで呪いの線はかなり薄くなったけれど、そうなってくるとさらに難しい問題が浮かび上がってくる。

「でも……もしも誰かが小越さんを殺したんだとしたら、一体なんで?」

「そうね……それにどうやってってところがまだ分からないわ」

 そうなのだ。

 もしも誰かが殺したとして、その割には不自然な点が多すぎる。

 まず第一に、何故小越さんが殺されなければいけなかったのか?

 小越さんは誰かに恨まれる様な人とは思えない。というかそもそも誰かに恨まれるほど、人と接していないのではないだろうか?今のところ、怪しいのは簪家の人たちだけれど、その誰もがわざわざ小越さんを殺すほど憎んでいるようには見えなかった。

 はっきり言って、小越さんが殺される理由が全く分からないのだ。

 そういった可能性があるのはどちらかといえば小織さんのほうだろう。

 あの人なら、きっといろんな人に恨まれている事だろうし、もしかしたら妬まれているかもしれない。

 結構、美人だしね。

 美人という事なら、なだれちゃんも小雪お母さんも可能性はある。ただ、その点でも小越さんはあまり当てはまるとは言えない。

 本当はベースが良いはずなんだから、努力次第でいくらでも綺麗になれるはずなのに、小越さんは諦めていたのかもな。

「ねえ、太郎。あなた今、何考えていたのよ?」

「えっ?何って、どういうことですか……?」

「目が、バサロ泳法ぐらい華麗に泳いでいるわよ」

「まさか、僕の目がそんな金メダリストみたいには泳ぐ事が出来るはずないじゃないですか。はははは、もう嫌だな~」

「なんなら、視てやってもいいのよ」

「すみませんでした。違う事考えてました」

 僕はこれでもかと頭を下げて、愛子さんに今考えていた事を正直に話した。

「……まあ、というわけで小越さんは、もしかしたらとてつもない原石だったのではないかと、僕は思うわけですよ。だから非常に惜しい事をしたなと……」

 あれ?こんな話だったっけか?

 いや、だから睨むなよ南。

「変態。お前も死ね」

 木星さん、その視線だけで僕は百万回死にそうですよ。

 そんな僕たちのことなんてお構い無しに、愛子さんはえらく真剣に考え込んでいた。

「どうしたんですか?愛子さん?」

「いや…今、何かちょっと引っかかったんだけれど……」

「愛子さんまで、そんなことを……何度も言っているように誤解ですからね」

「そんなことじゃないわよ。あなたが、あたしたちの想像の斜め上をいく変態だってことは、これはもう常識よ。そんなことよりも――」

 愛子さんは、いつになく真剣に何かを考えているようだった。

 それにしても、愛子さんたちの中での僕って一体……。

 僕は一体、どこで間違えてしまったのだろうか……。

「な~んか、間違ってる気がするのよね~」

「えっ?今、心を読みましたか?」

「いや、読んでないわよ。何で?」

「……何でもないです」

「あら――」

 愛子さんは蠱惑こわく的に笑って

「――そう?」

 と目を細めて僕を見てきた。

 その表情は、背筋が凍りつくほどに魅力的で、僕は思わず黙ってしまう。

 愛子さんはたまにこうだから、始末に終えない。しかし、だからこそ僕は一緒に居るのだろう。

 何を言われても、どんな事をされても。

「まあ、あなたは生まれてきた事自体、間違いだけれどね」

「……僕の心を返してください」

 うふふ、と笑って愛子さんは続けた。

「とりあえずそれは置いといて、もう少し考えてみましょうか。だって太郎がこの謎を解いてくれるんでしょ?じっちゃんの何かをかけて」

「なんだか色々間違ってますけれど、面倒なので無視しますよ……」

 これに付き合っていて、こんなに話が長くなってしまったのだ。

 

 閑話休題。

「確かに小越さんって一番殺されなさそうなのよね…まあ、無理やりこじつけたら、小織さんがそういった感情を持ちそうっちゃあ、持ちそうなんだけれど……」

「その問題は考えても今はとても分かりそうにないので、もう一つの謎の方を考えてみましょうか」

 僕の提案に愛子さんはいまいち乗り気ではないようだった。

「そうは言っても、そっちの方がもっと訳わかんないのよね~」

「そうですよね…ちょっと整理してみましょうか?」

 こういったことは、きちんと整理すると自然と答えが見えてくるものだったりする。

 一つ目の謎。

 殺された小越さんの首と手首は、一体どこに行ったのか?

 もしくは一体何のために切断され持ち去られたのか?

 二つ目の謎。

 凶器の《人喰丸》にどうして小越さんの指紋しか残されていなかったのだろうか?

 殺された小越さんの指紋しか残っていないというのは、僕たちにいったいどんなメッセージを発しているのだろう?

 この謎が最大の謎なのだけれど、これさえ分かれば、もしかしたら全部謎が解けるような予感がする。

「何よ!カッコつけて、こういったものは整理した方が~とか言ってたくせに!全然見えてこないじゃない!」

「ちょっと今、考えているんですから騒がないでくださいよ!」

「何よ!あたしだって考えているんだから!」

 もう!とそっぽを向いて、ブツブツと文句を言う愛子さん。

 一体いくつなんだよ……。

 そうは言っても愛子さんの言うとおり、なにも解決していない。でも、何かが引っかかっているような気がするのも確かだ。

 ただ正直、どこから手を付けたらいいかもわからない。

「……あのさ~」

 そんなお手上げ状態の僕と愛子さんに、南がおずおずと話しかけてきた。

「さっきから考えていたんだけど、やっぱりおかしいよ」

「何が?南ちゃん?」

「あのですね、《人喰丸》の伝説って覚えてる?」

「ああ、抜いたら人を殺すか、自分が殺されるってやつだろ?」

「そうそれと、刀の魔力に打ち勝った剣豪は、殺されてその首はどこかに消えちゃったんだよね?」

「ああ、そうだけど……?それで《人喰丸》って呼ばれているんだろ?」

「そう。その伝説のせいで《人喰丸》って呼ばれてるんだけど、今回の事件では――」

「あーーーーっ!」

 愛子さんが突然叫んだ。

「そうかーっ!わかったーっ!」

「何が分かったんですか?愛子さん…?」

 僕の勘が正しければおそらく期待はずれだろうけれど、とりあえず訊ねてみた。

「ふっ、ふっ、ふっ、それはね、ワトソン君、手首なのだよっ!手首っ!ただ単に呪いを真似て殺すだけなら、首だけでいいのに犯人は手首も切断して持ち去っているのよ!」

 人差し指を立てて、さも偉そうに僕に手柄を誇るように愛子さんは教えてくれる。

「それで、犯人は何で手首も持ち去ったんですか?」

「ええーっとね……それは……」

 僕の問いかけに愛子さんは明らかに動揺してしどろもどろ、言い訳を始めた。

「そ、それはあなたが考えるのよ!太郎!」

「どんな無茶ブリですか!?」

 それはそうと、確かに聞いていた《人喰丸》の伝説とは違う。これはもしかしたら何か手がかりのようなものを手にしたのではないだろうか…?ただ、まだまだ細くて頼りないものだけれど……。

「なんで手首を……?」

 単純に考えたら、犯人はそれが目的だった。被害者の首だけではなく、手首も欲しかった。そのために殺害した……ということは少し考えにくいよな……。

 じゃあ、逆にそこに犯人の都合が悪いものがあった。だから、持ち去った。《人喰丸》の伝説にまぎれさせれば、気付かれにくいし……。そう考えると何となくつじつまは合っているような気がするけれど……。

「でも……犯人の都合が悪いって、手首に一体、何があるってんだよ……?」

 何かを見落としている感は否めないけれど、いくら考えても答えは導かれなかった。

「わかんないからとりあえず、次いってみましょうか?」

「そうですね。二つ目の謎は……っと」

 愛子さんに促されて、僕は次の疑問を考えてみた。

 第二に怪しいのは、凶器に使われた《人喰丸》に殺された小越さん自身の指紋以外、誰の指紋も検出されなかった事だ。

 これはさらに手ごわい。

 だって、絶対にありえないことだから。

 それこそ呪いでもなければ絶対に無理だ。

「例えば……自殺とかは……?」

 南が苦し紛れにそう言ったけれど、

「…無い…よね……」

 と自分で否定した。

「確かにな…百歩譲って自分で首と片手は切り落とせても、両手だもんな~…普通に考えたら、無理だよな……」

 とてもじゃないけれど、現実的でない。そもそも、自分で自分の首なんて切れるものなのか?そんな事、まともな状態じゃ出来るわけない。

 それこそ、呪われているぐらいじゃなければ。

「それに例え、別の誰かが小越さんを《人喰丸》で殺して、その首と手を切断したとしても、全く指紋をつけずに出来るわけないしな……」

 手袋でもつけていたんだろうか…?いや、それでも何らかの手がかりは残ってしまうはず。しかし《人喰丸》には小越さんの指紋以外、何も残っていなかったのだ。

 

 どうにも説明がつかない。

 

 この事件にはかなり多くの証拠が残っている。凶器も残っているし、指紋もしっかり残っている。部屋にも沢山の証拠があるのだけれど、その全部がどうにも繋がらない。

 部屋に残された痕跡によると、犯人は小越さん以外の第三者。

 でも残された凶器には、小越さんの指紋のみ。

 無くなったものは、首と手首。

 これらの証拠から繋がりが見えてこない。

 キーワードは――

 第三者。

 指紋。

 手首。

「第三者、指紋、手首……第三者、指紋、手首……第三者、指紋、手首…………」

 僕は無意識にキーワードを呟いていた。それは愛子さんも同じで、さっきからブツブツ僕と同じような事を繰り返し呟いている。

 何かが引っかかりそうな感覚があるんだけれど……

 第三者が――

 指紋の――

 手首を――

 第三者に――

 指紋が――

 手首で――

 ん?

 今、何か分かったような気が……。

「あたし…分かっちゃったかも……」

「愛子さんもですか…?実は、僕もなんです……」

 僕には、僕たちがきっと同じ考えにたどり着いた予感があった。

「愛子さん。僕の考えが正しければ、犯人はきっとあの人……」

「そうね。あの人でなければ、この事件は不可能だわ」

 そう。この犯行が可能なのはたった一人。

 この世の中で一人しかいないのだ。

 しかし、その答えはとても悲しいものだった。

 その一人しかありえないことを、僕は心のどこかでまだ信じたくなかった。

 解決してしまうのを、躊躇ってしまうぐらいに……。

 


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