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ひとくい(3)

是非、縦書きで読んでください。

毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話投稿します。

                        3

 

 

 僕たちが案内されたのは、それはそれは、も一つおまけに、それは立派な昔ながらの日本家屋だった。のどかな田園風景の中に風格たっぷりに立っているその屋敷は、家というよりも大名屋敷、もしくは城郭といわれたほうが、ピンとくるぐらいだ。

「ここが私の家です」

「ほえ~……うすうす感づいてはいたけれど、やっぱりなだれちゃんってお嬢様だったんだ……」

 僕はまるで城門のように立派な門を見上げて呟く。

「私はお嬢様ではなく侍だといったはずです。それとそんなアホ面で見上げていると、あなたの知能が知れますよ。不愉快ですし、即刻止めてください」

「相変わらず厳しい……」

 なだれちゃんは僕に冷たい言葉を投げかけた後、おもむろに門の前に進み出て、

「なだれです。皆さんをお連れしました」

 と呼びかける。すると門が静かに開き、中からエプロンをつけた中年のお手伝いさんが出てきた。

「お帰りなさいませ、なだれ様。こちらの方たちがお友達の方々ですね。さあ、お荷物をお持ちいたしますので、どうぞこちらへ」

「助かった~。荷物が多くて死ぬかと思っていたんですよ」

 僕がそう言ってそのお手伝いさんに荷物を渡そうとしていると、

「ああ、それには及びませんよ。彼はあたしの助手ですので、荷物を持つのも彼の仕事なんです。そのまま彼に任せていていいですよ」

 と愛子さんがにこやかに言って僕を遮った。

「何でそんなこと言うんですか!僕に何か恨みでも?」

 僕がそう抗議すると、愛子さんはスッと顔を近づけてきて、

「この家の人を信用するんじゃないわよ。この中に刀を抜いた奴が居るんだから」

 と小声で囁いた。

「そうですね……でも……」

 荷物ぐらい渡しても良いんではないだろうか?

 と言いたいところだけれど、ここは用心しておいたほうがいいのだろうな…。

「じゃあ太郎、がんばってね~」

 ひらひらと手を振って愛子さんは玄関に行ってしまう。その後を木星が付いていく。

「太郎くん、じゃあお願いね。頑張って」

 南も僕を拝むようにして玄関へ向かう。

 ってあれ?これはもしかしてイジメではないのかな?学校帰りに何だかみんなのランドセルを持たされているような感じだぞ……いやいや、そんな訳ない。これは用心の為なのだよ。そうだ、そのはずだ。……そのはずだよな。

「何やってるのよ!太郎!グズグズしないで早く運びなさいよ!」

 玄関のひさしの下で振り返り、愛子さんが僕をせきたててきた。その顔を見て僕はピーンときた。これは愛子さんが悪巧みしている時の顔だ!という事は――

「あんたたち、僕をわざと苛めてるだろ!?騙しやがったな!僕は運ばないぞ!」

「あら、どこにその証拠があるのよ~?ねえ?木星?」

「早くしろ。グズクズ虫」

 プイっと玄関に入っていく木星。

「木星!てめえ、その虫けらを見るような目を止めろ!」

「あら~可哀想に~木星は何も悪いことしてないのにねえ~。何であんな事言われちゃうんだろうね~」

 これ以上ないほど嬉しそうに、意地悪く愛子さんが笑う。

「ぐっぞぉー…おぼえてろよ……」

 僕は仕方なく荷物を担ぐ。そして一歩一歩と玄関へと進む、のだけれどもこのお屋敷、冒頭に述べたようにかなり立派なので玄関まではまだかなりある。

「ほら!がんばって~太郎~!」

「太郎くん、がんばれ~」

 愛子さんと南の応援の声が聞こえてくるのだけれど、暑さに目がくらみそうな僕としてはそれに反応するだけの余裕はとても無かった。

 ていうか、これ、あんたらの荷物だからね!

 応援するぐらいなら持て!

「がんばれ~太郎くん~もう少しだよ~」

 南がやけに楽しそうな声をあげている。

 僕は今まで南だけは僕の味方だと思っていたのに…残念だ!

 大体、トランク十個って何だよ!

 精々、二泊の予定だろ!?

 などと心の中で愚痴っている間に、一歩一歩確実に進んだ結果、僕は暑さと重さに汗だくになりながらも、やっとの思いで玄関にたどり着いた。

「おお~すごいすごい。よくここまで持って来れたね~」

「はあ…はあ…ま、まあな……」

 南が頭を撫でて褒めてくれた。

「よしよし。えらいえらい。はいご褒美」

 渡されたご褒美は干し肉だった。

「ワン!って僕は犬か!」

 虫とか犬とか酷くない!?

 調教か!?僕は調教されているのか!?

「あらあらー」

 僕と南が玄関(悲しい事に僕の部屋よりも広い)でじゃれていると、不意に声をかけられる。その声のしたほうを向くと上品そうな和服美人がニコニコと立っていた。

「なだれのお友達は、楽しい方たちがいっぱいでいいわね~」

「みなさん、こちらが私の母上です」

 なだれちゃんに紹介されたその女性はゆっくり深く頭を下げる。何だか一つ一つの動作がゆっくりとしているけれど、優雅さが滲み出ている。

「なだれの母の簪小雪こゆきです。なだれがいつもお世話になっています。ちょっとお転婆ですけれども仲良くしてやってくださいましね」

「あの…どうも…こ、こちらこそ……」

 僕はそんな挨拶を交わしたことが無かったのでドギマギとしてしまった。誤解が無いように言っておくが、決してなだれちゃんのお母さんが思ったより若く、綺麗だったからではない。念のため。

「あなた、何、赤くなってるのよ?」

 愛子さんが冷めた視線で僕を見て、冷たく言い放った。

「あ、赤くなんてなってないですよぉ」

 まさか心を視られたわけじゃあるまいな……。

「太郎くんはそんなだから駄目なんだよ~」

「ち、ちがっ…これは暑くてだな……」

 南にまで責められて、僕は言い訳をしようと南の方を振り返ったのだけれど、そこで見た南の顔は、口元だけ笑っているけれど目元は全く笑っていないという非常に恐ろしいものだった。

「なだれちゃんにだってデレデレするもんね~」

「僕がいつデレデレしたってんだよ?」

「さあ?いつだろうね~」

 目は全く笑わずにフフフフと笑う南。

 それは本当に怖いぞ……。オヤシロ様の祟りにあいそうだ……。

「まあまあ~仲がよろしいのですね~。若いって良い事ですわね~」

 僕と南を交互に見ながら、なだれちゃんのお母さんがのんびりと言う。

「お母さん…事はそんなに暢気に構えているわけにはいかないんですよ……」

 そんな僕たちのやり取りを尻目に、木星はさっさと玄関から上がってしまった。

「あっ!こら!お邪魔します、は!?」

 僕の制止も気にせず、木星はトテトテと廊下を行ってしまった。

「すみません。礼儀を知らない子なんです。こんな大勢で押しかけただけでも迷惑でしたでしょうに……」

 愛子さんがここぞとばかりに、大人オーラ全開の笑顔で挨拶をする。

「いえ、お気遣いなく。自分の家だと思ってどうぞおくつろぎになってくださいませ。それにしても、みなさん――」

 お母さんは僕たちをまじまじと見て

「変わった格好をなさってらっしゃいますね~。都会ではそういった格好が流行っているのでしょうか~?その…なんと言いましたか…コス…コス…」

 と何かを思い出す仕草をとる。

「え~と…なんでしたっけ~?」

「コス…プレっすか?」

「そう!それです!みなさんがなさっているのはそれなんでしょう~?」

 このときの僕たちの格好は――

 僕=Tシャツとハーフパンツ(普通)

 愛子さん=黒マント、下はノースリーブの目玉柄のワンピース(超異常)

 南=完璧に着こなされたメイド服(夏服だから生地が薄い、でも異常)

 木星=セーラー服の夏服(異常ではないけど着ているのが金髪少女)

 という、ちょいと小粋なコスプレサークルのような格好だったものだから、自然とお母さんに尋ねられた僕の答えもこうなる。

「そ、そうなんですよ~。みんな張り切っちゃって…あは、あははは」

 いや、本当は全員、普段着なんだけどね……。

 まあ、そう見えちゃいますよね……。

 誤魔化せたのかどうかは定かではないが、お母さんはあらあら~とニコニコしていた。ちなみになだれちゃんはこの間もずっと不機嫌そうに僕を睨んでいたのだった。

 こんなんで僕、やっていけるのかな……。

 

 僕たちはその後、それぞれの部屋に案内された。部屋に荷物を運び(もちろん僕が)何となく居間に集まる事になった。今後の話をするのと、一応、用心の為ということだ。

 自分の分の荷物を置き、特にやる事も無かった僕はすぐに教えられた居間に向かった。長い廊下をいくらか迷いながらも、僕は庭に面した居間にたどり着く事ができた。

 それにしても家だけじゃなくて庭も広い家だな……。それにあそこには何かでっかい離れみたいな建物まであるし……。

「あれは道場よ」

 僕が居間の入り口で離れの方を見ていると、後ろから声をかけられ、振り返る。するとそこには垢抜けた感じの美人なお姉さんが腕を組んで立っていた。

「あんたね?なだれが連れてきた男ってのは。へえ~なかなかかわいいじゃない?」

 くるくると巻いた髪を揺らして、彼女は笑った。

「あ、あの…誰ですか……?」

「うふふ…人に名前を聞くときはまず自分から名乗るものよ。な~んて、そんなのどっちでもいいわよね~。ばっかみたい」

 あはは、とその美人さんは口を大きく開けて笑う。

「あははは…ああ、あたしは小織こおり、簪小織よ。なだれの姉。で、あんたは?」

「僕は…田中…太郎です」

「何それ?それ本名?偽名じゃないの?」

「残念ながら本名です……」

「あははは!マジで!?本気!?あんたの親、馬鹿じゃないの!?」

 あはははは、と腹を抱えて笑い転げる小織さん。

 ……最悪だ。

 久しぶりに最悪な人に出会ってしまった。

 小織ってのも変だと思うんだけど……。

 なんて、まあ、そんなこと言うと厄介そうだからな……。

 という事で、僕は黙っておく事にした。

「あははははは!あれ?もしかして怒った?あははは、ゴメンね~」

「……ちょっと、笑いすぎじゃないですか?」

「まあまあ、そんなに怒んないでよ。だって名前が…ぷっ!あはははっ!」

「しつこいですよっ!」

 僕の堪忍袋の尾もいい加減、限界を迎えそうだったので、勢いよく小織さんを睨もうと向き直る。その瞬間、僕は目の前の光景に卒倒しそうになるほど混乱した。

「えっ…?えっ…?」

 小織さんの目の前で僕は阿呆のように、ただおろおろとしていた。

 僕の目の前、小織さんの背後に一人の人物が音も無く現れていたのだけれど、それだけで僕はこんなに驚いたわけではない。その顔を見て僕はこんなにも驚き、失態を晒すことになったのだった。それは――

「えっ…?小織さんが…もう一人……?」

 小織さんの背後の人物は、その前に立つ小織さんと全く、寸分の狂いなく百パーセント同じ顔だった。といってもそれは驚きすぎた僕が少し尾ひれをつけている。本当は顔自体は全く同じなのだけど、全体の雰囲気が顔とは逆に百パーセント正反対だった。

 髪の色は真っ黒、まるで鴉の濡れ羽のように。服装もよく言えばおしとやか、悪く言えばひたすら地味だった。しかも目付きが悪いというか、下から睨みつけるような、人を妬んでいる様な不快感の付きまとう目付きだった。

「あはは!何?その馬鹿みたいな顔?一体何のつもり?自分で考えているよりも大分、阿呆っぽいからやめたほうがいいわよ、それ。あははは!」

 あたしを笑い殺すつもり?、と小織さん。どうやら自分の背後には気付いていないようだ。

「あ、あの…後ろ……」

「あはははっ!ええっ?何っ?」

 笑っている小織さんとの対比で、後ろの小織さんの不気味さがますます際立ってくる。

「一体、何があるって――」

 振り返った小織さんの笑い声が止まった。

「あんた……あたしの後ろで何やってんだよ!」

 そう叫んだ小織さんは、後ろの小織さんを激しく突き飛ばした。

「一体、何のつもりって訊いてんだよ!小越こごえ!」

「こごえ……?」

 小織さんのあまりの剣幕に、僕は一瞬たじろいでしまったが、それでも気になったことをとりあえず訊いてみる。

「こごえって……?」

「ああ…こいつの名前だよ。あたしの双子の妹。ほんっと最悪!マジきめぇーんだよ。寄ってくんなよな!くせぇーんだよ!」

 そう言うと小織さんは、小越さんを足で小突くように蹴飛ばした。

「ちょっ…ちょっと!止めてくださいよ!いくらなんでもそれは酷すぎますよ!」

 僕は二人の間に身体を差し入れて、小織さんを止める。

「いいんだよ!そいつはほんと疫病神みたいなもんなんだから!」

「そんな事……」

 こんな言い草なんて、他人事ながらとても聞くに堪えない。二人の間に何があったかは分からないけれど、それでもこれは明らかに言いすぎだ。

「もう止めてあげてください!いくらなんでも言いすぎでしょ!」

「そんな事無いわよ。ほら…?」

 小織さんが顎でさした方を見ると、尻餅を付いた状態で座り込んでいる小越さんの口元が気味悪く歪んで、ニタ~と笑っているのが見えた。僕はその表情があまりにも気味悪くて、目を逸らしてしまったぐらいだ。

「ね?こいつ頭おかしいんだよ。だから、何やってもいいんだって」

「だからって、なんでもやって良い事は無いでしょ!?ちょっとそれは酷すぎますよ…」

「はん!いい子ぶっちゃって。さすがなだれの男ね。ああ!気分悪い!」

 小織さんは鼻で笑うと、プイっと廊下を僕が来たほうに歩いていってしまった。なだれちゃんとは全然違う性格。とてもじゃないが姉妹とは思えないな……。

 さて、突き倒された小越さんはというと、小織さんが行ってしまったというのに、まだ座り込んだままだった。

「あの……大丈夫…ですか…?」

 僕はとりあえず一般の礼儀に則って、小越さんを引き起こそうと手を差し伸べる。その手を小越さんは二、三度、躊躇いながらそっと掴んだ。僕は勢いをつけて小越さんを引き起こす。

「あ…がと……」

 引き起こされた時に、何か言われたのだけれど声が小さすぎて聞こえなかった。

「えっ?何か言いましたか?」

 僕がそう訊ねたというのに、小越さんはすうっと僕の横をすり抜けて、居間の入り口、庭に面した縁側まで進んで行ってしまった。

 何だよ…礼ぐらい言えよな…。

 と思っていると、小越さんが不意に立ち止まり、振り返った。

 やばっ!もしかして僕、無意識のうちに声に出してた……?

「…………………………」

 振り返った小越さんは、僕を例の目付きで睨んで押し黙っている。

「いや…その…僕は一般論を言ったまでで…決してそんなお礼を言って欲しいとか、そんなことを望んでいるわけではな…い…のだ…けれど……」

 そんな僕の言い訳を聞いても小越さんは無反応、さっきと同じように僕を睨んでいる。

「あ…あの…何ですか……?」

 ここでやっと小越さんに反応があった。

 ガクガクと身体を震わせ、その震えが止まったと思ったら今度は首をかしげて、不気味にニタ~っと笑った。

 僕の全身にびっしりと鳥肌が立った。

 眩暈めまいがするほど怖かった。

 笑った小越さんの口元がゆっくり動き、かろうじて聞こえるほどの声で、

「あなたって優しいんダスね……」

 と言った。

「えっ…?ダス…?」

 小越さんは顔を真っ赤にして、廊下を小織さんが消えた方向へ走っていってしまった。

「何…?言い間違い…?」

 照れたのか?

 よく分からない人だ……。

 僕の周りには良くも悪くも主張の強い人たちが多い、というかそういう人しかいないので、小越さんみたいな人はどう扱っていいのか正直困る。かと言って小越さんも印象が薄いとか、そういうわけでは断じて無い。ましてインパクトは、はっきり言って最大級だ。

 メテオインパクトだ。

 メテオインパクト小越と名付けよう。

 本人には絶対言えないけれど……。

 何だか競走馬みたいだし……。

 それともアニメのオープニング?

 

 それにしてもこの簪家っていうのはみんな見事にバラバラ。

 超真面目な侍ガールな、なだれちゃん。

 おっとりセレブお母さん、小雪さん。

 性格最悪、派手で今どきな双子(姉)、小織さん。

 暗黒ダーク物質マターな双子(妹)MI小越さん。

 これに強烈な個性のドクロ事務所の面々がプラスされるのだから、僕のこれからが非常に心配になってくる。

 少しだけハーレムみたいだなんて考えてた僕が甘かった。

 本当にこんなんで僕、やっていけるのかな……?

 

 僕のこの、お気楽な不安は見事に的中することになる。

 それはとても最悪な形で……。

 


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