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ひとくい(2)

是非、縦書きで読んでください。

毎週水曜日午前0時(火曜深夜)に次話更新します。

                        2

 

 

のろいとまじないって実は同じ漢字を使うって知ってた?」

 愛子さんは冷凍みかんを剥きながら僕に訊ねる。

「へえ~」

 僕はポッキーを口に入れながら答える。

「だから、恋のおまじないって書くと何だかメルヘンっぽいけれど、全部漢字に直して恋の御呪いって書くと一気にその恋の重さが変わるのよね~。何か大人のドロドロしたヤツみたいな?不倫とか道ならぬ恋とか?」

 愛子さんは冷凍みかんを口に入れながら言う。

「へえ~」

 僕はさらにもう一本ポッキーを口に入れながら答える。

「そう考えるとまじないって言葉自身についても色々考えさせられちゃうわよね~。あ、南ちゃん、お茶ちょうだい」

 愛子さんはそう言って、南から水筒から入れたお茶を受け取る。

「へえ~。あ、僕にもお茶を」

 僕も南からお茶を受け取る。

「あたしはとりわけ、まじないの『まじ』について考えてみたんだけれど、アレってもしかしてマジカルとか、マジックとかの『マジ』と一緒なんじゃないかしら?元々はそれが伝わってきて、まじないになったんじゃないかとあたしは考えるのよ。ね?ね?すごくない?」

 愛子さんは冷凍みかんを、また剥きながら自慢してきた。

「へえ~」

 僕はポッキーを口に入れながら答える。

「…ちょっと、太郎?あなたちゃんと聞いてる?」

 愛子さんは冷凍みかんを剥く手を止めて僕に訊いてきた。

「…ええ、聞いてますよ」

 僕はポッキーを口に入れながら答える。

「じゃあ、何の話していたか言ってみなさいよ」

「えっと…あれでしょ?あの…まじかるタルるーとくんの女子は何故、小学生なのにあんなに発育がいいのかでしょ?」

「全然違うわよ!そんな変態な話してないでしょ!なんで聞いていないのよ!」

「疲れてんですよ……だって……」

 僕は流れる車窓を眺める。そこには一面の田園風景と、自然と郷愁がかき立てられる里山が広がっていた。

 そうなのだ。

 今、僕たちは電車に乗っている。しかも――

「かれこれもう、四時間も乗り続けているんですから……」

 電車を乗り継ぎ、四時間ずっと僕たちは電車に揺られているのだった。

「ていうか、愛子さんはよくもまあ、そんなに元気ですね……」

「あたしだって疲れているわよ。でも、少しでも旅を楽しくしようとして、何か話題を探して無理やり話してるんじゃない!ちゃんと聞きなさいよ!」

「はあ…頑張ります……」

 僕は口ではそう言いながらも、もうギブアップ寸前だった。

 ちなみに僕たちは二人だけでは無く南と木星も一緒に来ているのだけれど、南はさっきから放心状態でお茶汲みのみをしていて、木星は死んだように寝ている。

 そのまま死んでいても、僕は構わないけどね。

「でね、マジカルとラジカルって似てるじゃない?で、あたしは思うわけよ。こいつらも怪しいって。それでね――」

 愛子さんも大分疲れているようで、話す内容が支離滅裂になりつつある。その証拠に目の焦点が全然合っていない。

 さて――

 冒頭からの意味不明で、思考をただ垂れ流したような会話のわけは理解していただけたと思うけれど、僕が何故、単線のローカル線に四時間以上揺られ、愛子さんの訳の分からない話に相槌を打ち続けているかを説明するには、少し時間を戻す必要がある。

 

 以下、回想。

「《人喰丸》だなんて、なかなかに物騒な名前ね」

 場所はドクロ事務所。なだれちゃんがやってきた日だ。愛子さんは机に肘を付いて指を組み、なだれちゃんの方を見ている。

 所謂、ゲンドウのポーズだ。

「それで、具体的にはどんな呪いなの?」

 愛子さんの問いかけに、なだれちゃんが答える。

「はい。さっきも言ったように、その刀を抜いたら必ず誰かの命か自分の命を奪うことになってしまうんです。そんな呪われた力があるんです、その刀には!」

「へえ~。だけど、なんでそんな刀があなたの家にあるの?」

「それは……私の家は古くからある武家の一族なのですが、どうやら先祖が手に入れて、そのまま誰にも触らせないようにして隠していたみたいなんです。私も言い伝えだけしか聞いたことが無かったのですが、それが去年、蔵を整理していたら出てきてしまって……」

「なるほどね…。でもその呪いって本物なの?」

「それは……本当のところは分かりません……でも、こんな話が残っているんです」

 それからなだれちゃんが話した話は、何だかとても信じられないような物語だった。

 物語というか、一言で言うならそれは怪談というべきかもしれない。

 

 最初に、その呪いが始まったのは江戸時代のことだった。

 その男は江戸で旗本をしていた。その男は家柄が良かったので、そのおかげで良家の嫁を貰い受けることが出来た。その嫁が持ってきた嫁入り道具の中に、何故か見知らぬ一本の刀が含まれていた。こしらえが非常に豪華だったので、どこかの名のある刀工の作なのだろうと喜び、その男は何故その刀が嫁入り道具の中に入っていたかなどとは考えなかった。

 そして悲劇が起こった。

 それは男の祝言の日だった。

 祝いの席という事もあり酒を飲み、ひとしきり酔っ払った男は、集まったみんなに自慢しようとその刀を持ち出して、その刀を抜いて見せた。拵えの豪華さに負けないほどその刃は怪しく煌き、刃紋は燃えるようだった。そこに集まっていた一人の男が、その男に訊いた。

「その刀、いかほどの切れ味なのだ?」

 男は答えた。

「それはそれは、良く切れる。ほら、このように」

 男はそう言うと刃を煌かした。

 すると男の嫁の首が飛んだ。

「人の首など、軽く切れますぞ」

 男はそう言って笑った。

 嫁の白無垢が見る見るうちに赤く染まる。

 その場にいた全員が目の前で起こった事が飲み込めず動けないで居ると、男はすぐ近くに居た、男に切れ味を尋ねた男の首もねた。

「ほうら、いかがかな?よく切れるでござろう?」

 それからはその場は騒然となった。部屋の入り口に人が殺到し皆、我先に逃げ出し悲鳴やら怒号やらでめちゃくちゃだった。それを後ろからその男は、一人ずつ首を刎ねていった。縁側から逃げたもの達が役人を連れてきたときには部屋の中は血まみれで、そこらじゅうに首と首の無い死体が散乱した有様だった。その中心で男は刀をぶらりと垂らして立っていた。

「刀を置いて神妙にしろ!」

 役人の声に男は反応した。

「お役人様も見て下され。この刀は本当に良く切れますぞ」

 嬉しそうにそう言うと、男は自分の首を刎ねた。

 悲劇はこれで終わらなかった。

 その後、その刀はその場に踏み入った役人が預かる事になったのだが、その役人の家でも同様のことが起こった。さらにその次の家でも起こった。人々はこれらの事はその刀の呪いなのだと噂し始めた。

 そこに一人の剣豪が現れた。彼が言うには

「それは刀の魔力に己が精神が負けてしまうから」

 だそうで事実、彼は刀を抜いても誰も殺さなかった。彼はその事で名を上げ、これで悲劇は終わったと誰もが思った。

 しかしその剣豪も死んでしまった。ある朝、家の者が彼がなかなか起きてこないのを不審に思い、様子を見に行った所、布団の上で変わり果てた姿で発見された。彼は真っ赤に染まった布団の上で、首を刎ねられて死んでいたのだった。さらに不思議なことに彼の首はどこにも無く、辺りを探しても結局見つからなかった。

 人々は噂した。

 やはりあの刀は呪われていたのだと。

 見つからない彼の首は、刀に喰われてしまったのだと。

 

「だから《人喰丸》っていうのね」

 愛子さんは得心いったという風だ。

「ええ。それでその後、私のご先祖がその刀をどういった経緯かは分からないのですが、手に入れて二度と誰も抜かないようにと蔵の奥に隠していたみたいなんです。でも、この前それを見つけてしまって……。見つけるまでは半信半疑だったのですが、実物を見ると、抜いてなくても何となく引き寄せられるというか、抜いてみたい衝動に駆られるというか、とても不気味は魅力がある刀なんです」

「だから、なだれちゃんのご先祖様も捨てられなかったんじゃない?」

「そうかもしれません…。それで蔵の整理をしている間だけ、床の間に飾っていたのですが、ある日その刀が何者かによって抜かれていたんです。きっと抜いてみたい衝動に駆られて抜いてしまったんだと思います」

 なだれちゃんは目に涙を浮かべて愛子さんをまっすぐ見る。

「お願いします。どうかその刀を抜いた人を止めてください。これでもし、誰かが死んでしまったら……私……」

 そういうとなだれちゃんは黙ってしまった。

「そうは言ってもねえ……」

「あなたは人の心が視えるのだとシスターから伺いました。その力があれば、誰が抜いたかすぐ分かるんじゃないですか?」

「それが分かってもどうすることも出来ないんじゃない?」

「それは…でも、それが分かればきっと何か対策が練れると思うんです。その人を刀から遠ざけるとか……」

「確かにねえ……まあ、一番いいのは事前に予防できればそれに越した事は無いわよね」

「それに……こんな事は言いたくないんですけど、もし、仮に誰かが殺されてしまった時に、あなたが居れば犯人がすぐ分かると思うんです」

 なだれちゃんは何かを決心したような顔で愛子さんを見つめる。

「最悪、もし止められなかった時に……私はその犯人をきっと許せないと思います。なんであの刀を抜いてしまったのか。どうしても私はその犯人を許せないと思う。だから…私はきっと……きっと……」

 なだれちゃんは何かを言いかけたけれど、結局黙ってしまった。

「………………」

「………………」

 愛子さんも黙ってしまい、二人して押し黙ってしまうから、僕はその緊張感に潰されそうになってしまう。

「あ…あの……二人とも…ね?何かしゃべらないと……ほら?」

「そうね……」

 愛子さんが微笑んでくれたから、場の空気が少し和らいだ。

「とにかくあなたの家に行ってみましょう。それで行けば何か分かるんじゃない?あとは、出たトコ勝負で何とかなるでしょ!」

「そんな無責任な……」

 まあ、愛子さんが無責任なのはいつものことか。

「それで、なだれちゃんの家ってどこにあるんだい?」

 僕が訊ねると、なだれちゃんは震えながら恐怖に顔を歪め、

「あなた…私の家を知ってどうするつもりなの!?」

 と後ろに下がりながら言った。

「人をそんな犯罪者を見るような目で見ないでくれ!」

 その視線で死んでしまいそうだ。

 僕が何をしたって言うんだ……って言うとほんとに犯罪者っぽくなってしまうので言わない。言ってやるものか。

「まあ…いいです。あなたは髑髏塚さんの助手ってことだから特別に教えて差し上げます。髑髏塚さんに感謝してください」

「へいへい。おありがとうごぜーます」

「ふざけているなら、今すぐ叩っ切って差し上げます」

 なだれちゃんは木刀を構えなおす。

「いえ!まったくふざけておりませんっ!申し訳ありませんでしたっ!」

 僕は頭を下げられるだけ下げた。その角度は百二十度を記録したらしい。

「分かればいいのです」

 構えていた木刀を下ろして、なだれちゃんは頷いた。

「ありがとうございます…それで、お家はどちらの方に……?」

「ああ、それが…少し遠いんですけど…」

 こほん、と彼女は一つしわぶいて

「長野です」

 と教えてくれた。

「へえ~それは遠いですね…ってええーーーーーっ!?」

 精々、隣町ぐらいだと思っていた……。

 回想、終了。

 

 そういった訳で僕たちは今、長野県のとある村に来ているのだった。

 長い回想シーンだったせいで、僕たちはすでに目的の駅に到着していた。本当はあの後、さらに続く愛子さんのどうでもいい話を聞いていられなくて、つい寝てしまったがためにここでは書けないほど酷い悪戯をされたりしたのだけれど、それはここでは割愛させていただく。あんな事が世の中に知られてしまうと、僕はこの先この国では生きていけなくなってしまうのでご容赦願いたい。

 ちなみに夏休みという事で南と木星は付いて来たが、流鏑馬さんは今回はお留守番ということなので、それが一体どういうことかというと――

「あの……少しは自分で持ってもらえませんか?」

 僕の仕事、具体的には僕が持つ荷物が増えるということなのだった。

「それぐらい持ちなさいよ。あなたが役に立てる数少ないチャンスなんだから」

「それにしてもこれはやりすぎでしょ!一体、何を持ってきてるんですか!?」

 そう言った僕の目の前に広がるのは、昔ながらの小さな木造の駅のホームに大小様々なトランクが計十個積み上がっている光景だった。ちなみのそのうち一つは木星、一つは南のものだ。残りは全て愛子さん。

「女の子は色々と必要なのよ。ねえ?木星?」

 愛子さんに振られた木星はいつも通り、

「さっさと運べ、能無し変態野郎」

 ……だそうだ。

「あのな、僕は能無しでも変態でも無いし、野郎でも無い…ことはないけれども、女の子がそんなこと言っちゃいけません!」

 まあ、僕が何を言ってもこいつは容赦なく無視するんだけどね。

「それはそうと、あっついわね~」

 愛子さんがマントの裾をパタパタ仰いで言う。

「そうですね。確かにこれは…」

 これならドクロ事務所のほうがマシかもしれない。

 長野県に来るにあたって愛子さんは散々、あそこは涼しいとか、気候が違うとか、もうすでに秋が来ているとか煽りまくっていたので、僕たちは誰もが期待をしていたのだけれど、これは予想以上に暑い。何だか長野に裏切られた気分だ。

 いや、長野は全然悪くない。まして被害者だ。

 勝手に期待してごめん、長野。

 てか、長野って誰だよ?V6の人?

 いかん。暑さと疲労でおかしな思考回路になっているようだ。

「ちょっと!話と違うわよ、太郎。どうしてくれるのよ?」

「……あなたは一度、脳の記憶中枢を調べてもらった方がいいんじゃないですか?」

 何でこの人こんなに都合よく人のせいに出来るんだろう……?

「まあ、いいわ。それじゃ行きましょうか?」

「はいはい……」

 愛子さんたちは先にスタスタ行ってしまって、僕は大量のトランクたちを担いだり背負ったりしてその後を必死に追いかける。改札口を出るとそこには――

「皆さん、ようこそおいでくださいました。さあ、車を用意しておりますので、どうぞこちらへ」

 蝉時雨と蒸しかえるような暑さと一緒に、なだれちゃんが僕たちを出迎えてくれたのだった。

 


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